最強になって異世界を楽しむ!

水泳お兄さん

救世主

 魔剣を構えたワタルに対し、コラールは余裕のつもりか、仕掛けずに出方を伺っていた。

「レクシア、行くよ」

 レクシアに合図を送ると、手元の魔剣が淡く光り、ワタルの体に力が沸き上がる。
 それを確認してワタルがコラールに飛びかかると同時に、マリーも魔法陣を展開する。

「魔剣の力如きで、我を倒せると思うか」

 真上から振り下ろされる魔剣を、コラールは2本の指で受け止めようとする。

「なに!」

 1度は魔剣を掴んだコラールだったが、そこから押し込むワタルの力に耐えきれず、掴んでいた指を離して後ろへと下がる。

「はあああっ!」

 下がったコラールへ、ワタルは迷わず追撃する。
 レクシアの力によって底上げされた身体能力は、今やコラールを上回っていた。
 真下から斬り上げられる魔剣を、コラールは受け止めずに右へ避ける。

「調子にのるでないわ!」

 攻撃後を狙われ、真横からコラールの蹴りが放たれる。
 ワタルは視界の隅でそれを見ると、魔剣を持っているのとは反対の腕で、蹴りを受け止める。

「お返しです」

 驚きに目を見開くコラールへ、がら空きの腹に向けてワタルが蹴りを放つ。
 コラールはワタルと同じように片腕で防ごうとするが、防ぎきれずに後ろへと吹き飛ばされた。

「今なら、トドメを刺せる!」

 体制を崩しているコラールへ、一瞬で距離を詰めると、首をはねようと横薙ぎに魔剣を振る。

「ふざけるな」

 不意に、横から声がしたと思えば、ワタルの振った魔剣は上へと弾かれていた。
 すぐに声がした方へ視線を向けると、そこにはもう1人の幹部、ロンドが腰の剣を抜いていた。

「手出しするなと言ったではないか」
「だったら真面目にやれ」
「人間相手に力を出すなど、恥なのであるがな」

 ワタルが2人の幹部に警戒し下がると、ため息を吐きながらコラールが立ち上がる。
 その手にはいつの間に取り出したのか、大鎌が握られていた。

「ワタルと言ったな。神殺しの魔剣を使いこなすとは、人間にしては楽しめそうであるな」

 コラールはワタルを見て、心底楽しそうに笑っている。
 ワタルはといえば、ロンドを警戒して動いていなかった。

「手出しして悪かったな」

 ロンドはワタルに一言詫びると、剣を鞘に戻してその場に座り込んだ。
 もう手出しはしない、という意思表示なのだろう。

「我が力の一部を見れること、光栄に思うのであるな」
「強がりですか」

 ついさっきまで、ワタルはコラールを圧倒していた。
 力を少し出した程度では、その差は埋まらないはずだ。
 その考えが、自分の願望も入っていることに、ワタルは気付かず駆け出す。
 それを見ても笑っているコラールへ、ワタルは心臓部目掛けて突きを放つ。

「やはり、動きは単調であるな」

 コラールは自分の心臓に迫る魔剣を、大鎌の柄でいとも容易く弾く。

「……」

 今まで届いていた攻撃が届かない。
 驚きに声も出せないワタルへ、コラールは大鎌を振る。
 底上げされた身体能力にものを言わせ、無理矢理後ろへ飛んでそれを避けようとする。
 大鎌は避けきるが、コラールはそれを見てナイフを取り出すと、ワタルへ投擲する。
 後ろへ飛んでいたワタルは、当然回避できずに、ナイフを左肩に受ける。

「ぐっ」

 鋭い痛みが走るが、すぐにナイフを引き抜き、地面へ投げ捨てる。
 左肩に刺さったのが幸いだったか、戦闘に支障はない。

「っ!?」

 まだ戦える。
 そう思い両手で魔剣を握ろうとしたワタルだったが、左腕がまったく動かないことに気付き、急いで左腕の服を捲る。
 ワタルの左腕には、見たことのない無数の文字が、淡く紫色に光りながら、鎖のように書かれていた。

「我の呪いである。左腕は使えないようであるな」

 大鎌を振り回しながら、丁寧にコラールがワタルに説明する。

「片腕で十分です」

 左腕は諦め、残った右腕だけで魔剣を構える。
 既にレクシアの力を使ってから、3分が経過していた。
 そろそろマリーの魔法も完成すると見て、ワタルはコラールへ全力をぶつけようと、地を蹴り距離を詰める

「水よ、槍となり、敵を貫け」

 接近しながら、魔法を発動しコラールへと放つ。
 コラールは無数の槍を大鎌を回すことで全て防ぎ、槍は水となって飛び散る。

「刃となり、敵を切り裂け」

 だが、それで終わりではない。
 弾かれ飛び散った水は、ワタルの言葉により無数の刃となって、コラールへ襲いかかる。

「魔法の扱いはなかなかであるな。人間にしては、であるが」

 コラールは周囲から迫る水の刃を、虫でも追い払うかのように素手で全て叩き落とす。

「む?」

 これで魔法による攻撃は終えたのか、ワタルはコラールよりも数歩離れた位置で接近をやめる。
 この距離では、魔剣の刀身は届かない。

「魔法剣」

 周囲の水は、まだ消えてはいない。
 ワタルはその水を魔剣へと集めると、刀身を伸ばしコラールへ横薙ぎに振る。
 レクシアも土魔法により、コラールの周囲の地面を盛り上げて壁にし、逃げ道を塞ぐ。
 コラールの反応は遅れており、タイミングは完璧。
 確実に当たる。

「見事である!」

 しかし、届かない。
 コラールを中心として風が吹き荒れ、魔剣はコラールに当たる直前で跳ね返され、土の壁も破壊される。
 ワタルは吹き飛ばされないようにするだけで精一杯だった。

「我に魔法を使わせたこと、人間では初めてである。誇るべきことであるぞ!」

 コラールはなにがそれほど愉快なのか、今までで1番の笑顔を見せ、大声でワタルへそう言った。
 対してワタルは、折れそうになる心に必死で耐えていた。
 レクシアの力で強化しても、まったく傷をつけられない。
 魔法も通じず、相手は未だに本気を出していない。
 ワタルの戦意を削ぐには、十分だった。

「次は何をして我を楽しませてくれるのだ?」

 ギリッと奥歯を噛み締め、ワタルは前を向く。
 まだ負けられない。
 心は持ち直したが、体は別だった。

「ワタルくん、時間!」

 既に5分経ったのか、レクシアが強制的に力を使うのをやめる。
 すると、その瞬間にワタルの全身を激痛が走り回る。

「がっ、ああああ!」
「ワタルくん!」

 ワタルの手から離れ、人間の状態になったレクシアは、ワタルを支える。

「それが魔剣の反動であるか。もっと楽しめそうだと思ったのだが、無理そうであるな」

 コラールは悲しさと哀れみを混ぜたような表情をすると、ゆっくりワタルへ歩いていく。
 夜想曲の剣を杖のようにし、どうにか立ち上がるが、ワタルにもう戦う力はない。
 ここで終わり、そう思った矢先、背後で強烈な光が起こった。

「なんである……ぬう!」

 光の正体を確認する前に、ワタルの隣を人影が通り過ぎ、コラールを殴り飛ばす。

「ワタルさん、情けないですよ? 早く立ってください」

 激痛で動くのも辛いワタルにそう言った、見るのは3度目の銀髪碧眼の美女。
 女神ハラルが立っていた。

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