最強になって異世界を楽しむ!

水泳お兄さん

装飾曲2

 地に倒れ伏せているエレナは、意識だけは手放さずに、気力を振り絞り立ち上がる。
 蹴り2発で体は既に限界。
 それに、敵はまだ余裕を残している。

「勝てる気がしない、そう思っているのか」

 粛清剣を掴み、構えようとしたエレナへ、アラベスクが声をかける。

「私はまだ」
「諦めろ。お前も同族のように、無様に死ぬんだよ」

 次の瞬間、エレナの足元の血が槍となり、エレナを突き刺そうと伸びる。
 粛清剣でどうにか防ぐが、踏ん張る力もないのか、槍の衝撃で体制を崩す。

「地の利は俺にある」

 アラベスクは体制を崩したエレナへ、血の槍を投擲する。
 わざと急所は外したのか、血の槍はエレナの右肩へと命中し、エレナは右手の粛清剣を手放してしまう。
 後ろに数歩たたらを踏んだエレナだが、その目にはまだ戦意が残っている。

「むかつく目だ。さっさと死ねよ」

 アラベスクは今度は2本、エレナへ血の槍を投擲する。
 エレナに避けることは出来ず、両太ももに血の槍が突き刺さり、エレナはその場に膝をつく。

「うっ……」
「串刺しだ。穴だらけにしてやるよ」

 アラベスクの周囲には十数本の血の槍が並び、矛先はエレナへと向けられている。
 防御不可、回避不可。
 エレナはその光景を前にしても、アラベスクを睨む。
 自分が殺されても、呪いでもなんでもしてお前を殺す、そう意思を込めた目をして。
 アラベスクはその目に苛立ちを感じ、血の槍を一斉にエレナへ放つ。

「スペルブレイク!」

 離れた場所からその言葉が聞こえた瞬間、血の槍は普通の血となり、バシャリと地に落ちる。

「誰だ」

 アラベスクは邪魔をされて腹が立ったのか、底冷えするような声音で、その人物へそう尋ねる。

「リナ……?」
「エレナさん、助けに来ましたよ!」

 そこに居たのは、ギルドの受付嬢リナだった。

***

「ワタル、この休憩を終えれば一気に要塞まで行く。準備を忘れるでないぞ」
「わかってる。……エレナには、結局追いつかなかったね」

 要塞にかなり近付いたワタルたちは、最後の休憩を取り、装備などの確認をしていた。

「敏捷のステータスに差がありすぎる。仕方のないことじゃ」
「でも、相手は幹部なんだよね。エレナ1人じゃ……」
「だからこそ、わしらが一刻も早く行く必要があるんじゃ。今はエレナを信じておれ」
「そうだね、そうするよ」
「よし、では行くとするかのう」

 相手は魔王軍幹部。
 エレナ1人では、恐らく殺されてしまうだろう。
 そう思いながらも、ワタルはエレナを信じ、できる限り急いで要塞へと向かう。

***

「リナ、どうして」
「後ろからつけさせてもらいました。途中で撒かれましたけどね」

 リナはエレナの前に立ち、アラベスクと対峙している。
 その手には短剣が握られており、戦う気でここへ来たのだとわかった。

「逃げてくれ。私なら大丈夫だ」
「どこがですか。満身創痍でしょう」

 いくら禁忌と魔女といえど、魔王軍幹部は圧倒的な力を誇る。
 リナでは殺されてしまう。
 そう思い、エレナはリナへ逃げるように言うが、リナが引く様子はない。

「話は終わりだ。邪魔をするなら殺す」

 アラベスクは近くの兵士の死体から剣を奪い、鞘から抜いて構える。
 リナに血液を操る魔法は効かないと考え、純粋な物理攻撃を中心にするつもりなのだろう。
 剣を構えたアラベスクは、ゆっくりとリナとの間合いを詰めていく。

「それに、私なら大丈夫です。エリヤが作った最高傑作のうちの1本を借りてきましたから」

 リナはエレナへそう言い残し、アラベスクへ走って距離を詰めていく。
 その速度はエレナに比べると遅く、アラベスクならば簡単に見切ることが出来るだろう。

「堂々と出てきてその程度か」

 アラベスクは迫ってくるリナへ、真っ直ぐに剣を振り下ろす。
 たとえリナが短剣で防いでも、受け止めることなどできず、簡単に両断されてしまうだろう。

「さて、どうでしょう」

 リナはアラベスクの剣を目の前にし、あろうことが短剣を近くの地面へと投げる。
 その行動にアラベスクも疑問を持つが、剣は止めることはない。
 剣はリナを捉え、真っ二つに両断する。

「転移」

 ようなことにはならなかった。
 リナが短く言葉を呟くと、アラベスクの前からリナが姿を消す。
 剣は空振りし、なにもない地面を斬る。

「水よ、礫となり、敵を貫け」
「なに?」

 リナはいつの間にかアラベスクの横に居り、水の礫を放つ。
 アラベスクは防御が間に合わず、水の礫により体から血を流す。

「刺し貫け!」

 アラベスクが怯んだ隙にリナは魔法陣を展開し、異常に短い時間で魔法を発動させる。
 魔法陣から大量の鉄の剣が現れ、一斉にアラベスクを貫かんと向かっていく。

「ぐっ!」
「スペルブレイク!」

 アラベスクは避けられないと見ると、血で壁を作り防ごうとする。
 が、すぐにリナがそれを破壊し、普通の血液へと戻す。
 アラベスクは急所への剣は弾くが、腕や足を貫かれ、片膝をつく。

「すごい……」

 それを見たエレナは、感嘆の声を漏らす。
 自分の魔法を完璧に把握し、恐らくあの短剣の能力も、完璧に使いこなしている。
 幹部に対して一歩も引かず、むしろ押していた。

「消えたのはその短剣の能力か。それに、禁忌の魔女か」
「まだ生きてますか。すごい生命力ですね」

 リナの足元には地面に刺さった短剣があり、短剣のあるばしょに一瞬で移動する能力だと、アラベスクは仮定する。
 リナは足元の短剣を拾って構え、油断なく魔法陣を展開する。
 トドメを刺すつもりだろう。

「召喚『吸血鬼』」

 アラベスクもそう簡単にやられる気はなく、召喚スキルによって4体の吸血鬼を召喚する。
 アラベスクほど強い吸血鬼ではないだろうが、吸血鬼というのは幹部でなくとも十分強い。

「ダメですか」

 リナは無理に魔法を使わず、魔法陣を破棄して4体の吸血鬼の相手をする。
 その間にアラベスクは体の傷を癒すべく、血液を集めて始める。

「神の裁きを受けよ」

 リナは吸血鬼たちの攻撃を避け、聖属性魔法によって2体の吸血鬼を倒す。
 このままでは、アラベスクは完全に傷を癒してしまうだろう。

「ぐっ……はあっ!」

 エレナは右腕に力を込め、粛清剣をアラベスクへ投擲する。
 アラベスクはそれを回避するために、傷の治療を中断し回避する。

「十分です、エレナさん」

 最後の吸血鬼を倒したリナが、その隙に短剣を投擲し、魔法陣を展開する。

「ナメるな」

 アラベスクは剣で短剣を叩き落とし、リナへ斬り掛かる。
 一瞬で距離を詰め、リナの臓物をぶちまけようと、剣を横薙ぎに振る。

「転移」

 リナはまたも短剣の能力を使い、アラベスクに叩き落とされた短剣へと転移する。

「同じ手が通じると思うな!」

 それを読んでいたアラベスクは、振り返りリナへ剣を投擲する。
 剣はアラベスクの狙い通り、リナの頭部へ真っ直ぐに向かって飛ぶ。
 しかしその剣は、リナの目の前に現れた土の壁に阻まれ、リナへ届くことはなかった。

「魔法陣を展開してる時に、無詠唱でほかの魔法使えるのは私の長所なんです」
「チッ!」

 慌ててアラベスクがリナに殴りかかろうとするが、遅すぎた。

「爆ぜよ」

 完成したリナの魔法により、、アラベスクの真下で爆発魔法が発動する。
 アラベスクの体は爆発に包まれ、音と爆風が辺りを包み込んだ。

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