脇役転生の筈だった

紗砂

26


『咲夜ちゃん、清水から話は聞いているわよ』


夜、電話を掛けてきたのは紛れもなく母だった。
そしてその声はいつもよりも数倍明るく感じた。


『ふふっ…咲夜ちゃんのね婚約はみーんな、あの人とあの子が断ってきたのよ?』


あの人とあの子…それは私の父と兄だ。
だが、そんな話が来ていたのは初耳だ。
私に何も言わず断るとはどういうことなのだろうか?


『咲夜ちゃんのお望みのお相手はどなた?』


清水から聞いたはずなのに私にう聞いてくる母は少し意地悪だと思う。


「…天野天也、ですわ……」

『………天野…ねぇ…。
咲夜ちゃん、本当に良いのね?
成立してしまえば後戻りは出来ないわよ?』


母なりに私を心配しているのが良くわかる。
だからなのだろうか?
一瞬、躊躇ってしまった。
その、いつになく真面目に話す母の言葉に。


「大丈夫です、お母様。
心配なのはお兄様が時々潰すと呟いている事…でしょうか……」

『………あの子は一体誰に似たのかしら…』


母の重重しそうな言葉が電話の向こうから聞こえてくる。


『でも、分かったわ。
咲夜ちゃんがそこまで言うのなら認めましょう。
お父様の事は安心しなさい。
何としてでも認めさせるわ』


…との事で、母からは婚約を認めて貰った。
心配していた事も大丈夫そうだし、あとは天也だけだ。

そう思い、私は母にお礼をつげ電話を切った。
それから少しして、天也からの連絡が来た。


『咲夜、急なんだが……明日、光隆会が終わってから、大丈夫か?』


本当に急だ。
だが、明日は確か予定は入って居なかったはず。


「問題ありませんわ」

『そうか…。
良かった』

「服装は制服で大丈夫ですの?」

『あぁ、それで問題無い』


なら、大丈夫そうだ。
注意する事は天也の親の前で素を出さないこと。
それと、礼儀作法だな。
いつも以上に注意する必要があるだろう。


「それと……お母様から許可が出ましたわ」

『っ……本当かっ!?』

「嘘を言ってどうしますの……」


天也は本当に嬉しそうに声をあげた。
私は少しだけ笑みを浮かべながらも呆れたように声を出す。


『あとは父上だけか…』

「そうですわね…。
私も、頑張ってみます」


折角私が兄を諌めてここまでしたんだ。
全て水の泡…ってのは嫌だしね。
それに……天也の父親に認めて貰いたいし。


『あぁ。
……じゃあ、また明日な』

「えぇ、おやすみなさい」

『…おやすみ』


その優しい天也の声を聞き、少しだけ名残惜しく感じるのはきっと気の所為だろうと思いたい。


「お、お嬢様!
大変です!!
悠人様が……!!」


清水が私の部屋に駆け込んできた。
…一体、兄がどうしたと言うのだろうか?


「清水、落ち着きなさい。
お兄様がどうしたの?」

「ゆ、悠人様が…倒れられました」

「なっ……!?
お兄様が!?
一体、何が……」

「そ、それが……。
……お、お嬢様不足、らしいです……」


……はい?
お嬢様不足?
つまり、私不足?
…………。
はぁ、心配して損した。


「…放っておいて大丈夫だと皆に伝えて…。
私は一応、お兄様のところへ向かいますわ」

「畏まりました」


私は清水が出ていったのを確認してから重くため息をつき、兄の部屋へと向かった。
……兄の病気シスコンはいつになったら治るのだろうか?


「お兄様、私ですわ。
入っても宜しいでしょうか?」

「さ、咲夜!!
咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜咲夜!!
ほ、本物……!
僕の可愛い可愛い咲夜!
僕の咲夜があんな害しかない奴と婚約するなんてやっぱり夢だったんだ!!」

「…お兄様、夢ではありませんわ」


私が現実を突きつけると兄はそのままベットに倒れ込んでしまった。
………うん。
つまりは、あれだ。
兄の現実逃避だな。
なら放っておいていいはずだ。
……よし、戻ろう。


「………お兄様の事はもう放っておいて問題ありませんわ」

「畏まりました。
念の為、1人は残しておきます」

「……迷惑をおかけいたしますわ」


本当に兄が申し訳ない。

……いや、私も悪いのか?
このシスコンを放っておいたし……。
こらからは少しずつ冷たくした方がいいのか?

…でも、そうするとマカロンを買ってくれなくなるかもしれないし…。

いや、そうなったらその分、ダイエットにもなるのか?
それに迷惑をかけることも少なくなるならいいのか。

……よし、これからは少し冷たくしていこう。


という事で今回の件で兄に対する扱いが変わった。
そして、次の日。
昨日決めた事を実行するかのように兄よりも前に学校へ向かった私だった。
清水には昨日のうちから話してあるので特に疑問を持たれる事は無かった。


「おはようございますわ」

「おはようございます、咲夜。
今日は随分と早いですね」

「おはよう、咲夜。
悠人先輩はどうしたの?
1人に見えたけど……」

「咲夜、おはよう。
その、なんだ。
放課後、忘れるなよ」


奏橙は兄の事を探しているようだ。
もし見つかったら身の安全が脅かされると分かっているからだろう。
それと比べ、天也は顔を赤らめてそんな事を言ってきた。
……つられて私まで顔が赤くなりそうになった。
まぁ、意地でも冷静を装ったが。


「お兄様は置いてきましたわ。
昨日、少々思うところがあったので…。
それと、天也。
忘れてはいないのでご安心を。
屋敷の者にお兄様の足止めを頼んでありますから大丈夫でしょう…………多分……」

「多分ってなんだ多分って……」

「悠人先輩、今度は何をやったの?」


質問ばかりでウザイと感じてしまうのは仕方ないと思う。



「……天也との婚約の件ですわ。
お兄様が倒れましたの。
原因は清水が言うに『お嬢様不足』ですって。
一応、心配してお部屋まで伺ってみればお兄様なんて言ったと思います?
まず、名前を連呼されましたわ。
そして、
『僕の咲夜があんな害しかない奴と婚約するなんてやっぱり夢だったんだ』
と、現実逃避をしているお兄様に現実を突きつけたらまた倒れてしまわれたんですの。
ですので、これを機にお兄様には妹離れしてもらおうかと」


笑顔で告げると天也は頭を抱え、奏橙は笑い愛音は絶句した。


「本当、呪いの様で怖かったですわ……」

「あの悠人先輩の事だし無理だと思うなぁ。
それどころか
『僕の天使が可愛い!
ツンデレになった!?
そんな咲夜もやっぱり可愛い!!』
とか言いそうじゃない?
それか、
『僕の天使が少し遅い反抗期になった!?
でも、それもいい!』
とか」


……うわっ……ありそう。
……あれ?
なら、どうすれば兄が妹離れするのだろうか?

……方法ない気がしてくるのは何故だろう。

そうこうしているうちに光隆会の教室につき、4人で中に入る。
どうやら私達が最後だったらしい。


「さて、全員揃ったところで……。
まずはお疲れ様。
当日は他の委員会と協力して見回りや補助をしてもらったりとあまり自由時間は無かったかもしれないけど皆のおかげで成功する事が出来たよ。
次は体育祭があって忙しくなるだろうけど文化祭よりはマシなはずだから頑張ろう」


と、明来先輩。
それに、私達は無言で頷く。

それにしても、体育祭か……。
毎年、私も天也も奏橙もほとんどの種目に出ていた気がする。
愛音は運動音痴だからなぁ…。
ありえない程に。
今年は出来るだけ種目減らしたいなぁ。


「仕事の方は3年でやっておくから1年はもう帰って、2年は片付けに行っていいよ」


……あれ?
これ、来た意味ある?
……明らかにない。
3人もこんなに早く終わると思っていなかった様で拍子抜けしている。


「咲夜、行くぞ」

「えぇ、分かりましたわ。
奏橙、愛音、お先に失礼しますわ」

「あ…はい。
頑張ってください」

「じゃあ、またね。
咲夜、天也、頑張ってね」


奏橙と愛音から声援を貰い、天也の家の車でそのまま待ち合わせ場所へと向かった。

待ち合わせ場所は喫茶店らしい。
そこの喫茶店の珈琲が美味しいのだとか。
それと、シホォンケーキも人気があるらしい。


「咲夜、父上は少し……かなり変わっているが気にしないでほしい」


車の中で、私は不安だけが募っていくのであった。


喫茶店に着くと既に天也の父は来ていたようで個室へと案内された。

緊張する中、個室の中に入ると厳つい男の人がいた。
厳しそうな方、それが天也の父に対する私の第一印象だった。


「遅れてしまい申し訳ございません。
私は海野咲夜と申します」

「…咲夜、そんな畏まる必要は無いぞ?
父上は……」

「君が天也の初恋の相手だね。
話は聞いているよ。
取り敢えず席に着いて何か頼みなよ」


……第一印象が崩れ一気に軽いイメージへとなった。
…この差は何なのだろうか?


「え……失礼します」

「父上、せめてもう少し緊張感を持って欲しいのですが……」

「えー…。
天也の想い人だし、怖がらせるのもねぇ?
で、婚約だったっけ?
いいよ、許可する。
あの人の娘さんなら大丈夫でしょ。
問題は、紅谷は娘離れ出来るかなんだよねぇ……」


……あれ?
顔合わせってこんなのだっけ?
私、結構意気込んで来たんだけど!?
その言い様だと母と父の事は知ってるみたいだし……。
それと、何故父が娘離れ出来ていないと知っているのだろうか?


「父に関しては母が止めてくださるそうです。
兄は…屋敷の者に任せてありますが……」

「……紅谷はまだ娘離れは出来ない、か…。
こちらから言っても無駄だろうし……。
どうしようか?」


何故私の家族には厄介な人しか居ないのだろうか?
兄とか父とか……。
娘離れとか妹離れとかさ、そろそろしようよ……。


「……父上、咲夜の両親と面識が?」


天也も聞いて居なかったらしく問いかける。


「まぁね。
昔はよく4人で居たからね」


と、いう事らしい。
……父も母も何故教えてくれなかったのだろうか?
……私が聞かなかったからだな。
絶対にそう言われる。


「まぁ、とにかく婚約の事は了承した。
紅谷は放っておくとしても1度、留美さんとは相談しておかないとかな?
婚約発表についてはまた追って連絡という形でいいかな?」

「はい」

「じゃあ、仕事を抜け出してきたから戻るよ。
2人はゆっくりしてるといい」

「お気遣いありがとうございます」


短い間しか話せなかったが……緊張感はしなかった。
それに、婚約を認めて貰えた。


「…夢みたいだ」

「夢?」

「あぁ。
……どれだけアピールしても咲夜は全く俺の気持ちに気付かなかったしな。
それに…あの時はまさかこんな関係になるとは思っていなかった」


天也の言うあの時というのはきっと初等部の時の入試での事だろう。
あの時、消しゴムを拾わなければこんな関係にはならなかっただろうしな。


「……あの時は面白い令嬢としか思っていなかったしな。
それに、こんなに鈍感だとも思っていなかった」

「…面白い令嬢って何ですの…。
…まぁ、私も天也の事は面倒な方としか思っていませんでしたが」


あの時は攻略対象者に近付きたく無かったし。
それに俺様ってイメージだったし……。

私が正直に言うと天也は苦笑をもらした。


「面倒って…初対面でそんな事思われていたのか…。
あの頃は今と比べて冷たかったからな。
俺と奏橙を絶対に避けていただろう?」

「えぇ。
そんな事もありましたわね。
結局、私が折れましたが」


だって、撒いても絶対に現れるし。
意味無いって悟ったからね。
無意味な事はやるつもりはないし。


「咲夜…俺はやっぱりお前の事が好きだ」


突然の告白に私は頭の中が真っ白になる。
それなのに、顔が段々と赤くなっていくのを感じた。
天也も恥ずかしいらしく少し顔を赤らめていてそれはそれで格好良いと思う。

…そんな事を思っている自分が恥ずかしくなりより一層、顔に赤みが増していく。


「……突然そんなことを言わないでください。
でも……私も、その……天也の事が好き、ですわ…」


照れながらも口にすると天也は嬉しそうに微笑んだのだった。

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