恋物語 〜想いは時空を超える〜

雪姫

御影 志筑と佐久良 飛鳥の密会

廊下へ出るとまるで別世界のようでした。
辺りは静まりかえっており、提灯の灯りでなんとか周りが見えるほどです。

私はゆっくりと廊下を歩いていきます。
キシキシと床が鳴り、その音が異様に響いているように感じられました。
できるだけ音をたてないようにして先程の場所で彼を待とうと思い、腰をおろします。

「まぁ!」
ふと顔をあげると目の前には夏の夜に蛍が飛び交う姿が池にうつっている幻想的な景色がありました。
毎年見ていますが、この景色にはいつでも心を揺さぶられております。

私は庭の地面に足をつけて立ち上がり、数歩進んで夏の夜の幻想的な景色の中に溶け込むことを試みました。
その場でクルクルと回り蛍達を見ていると、なんとなく視線を感じて振り返ります。
そこには草木に隠れてじっと私を見つめる佐久良 飛鳥がいました。

「えっ、」
「…………………」

(なにか言ってほしい…!)
私が恥ずかしさに顔を赤らめていると、佐久良 飛鳥が近づいてきてフッと吹き出します。

「な、なんですか?」
「アンタ案外おもしろいな」
「…え?」
「いや、1人で回ってたから」
「ずっと見ていたのですか!?」
「あぁ。」
特に悪びれた様子がない彼に恥ずかしさが増します。

「こ、声をかけて、ください」
「気づかなかったのはそっちだろ」
なんて冷たくて悪い人なんでしょうか。
黙って見つめていた彼を今度は私が睨みつけました。

「そんな睨むなよ」
「お返しです。」
ハァとため息をつくと佐久良 飛鳥は私の隣に並びました。

「でも、確かに綺麗だ」
そう言って同じようにこの景色を見つめる彼の横顔があまりにも端麗で美しかったので、私は胸の鼓動が高まっていくのを抑えられませんでした。

「…それで、御用は?」
尋ねると彼は思い出したように頷いて話し始めます。
「胎内巡りでの話の続きだが、声が言ったことがもう1つあった。」
「なんですか?」
「…もし次の満月までに想いが通じなければ、」
彼は1度ここで言葉を切り、私を見ました。
私が頷くと彼は重い口を開きます。

「アンタと俺の未来は、無い。」
「! 」
つまりそれは、
「死ぬ、ということですか?」
「そういうことだろう」
「な、なんてこと…」
今日が丁度満月の夜なので、あと1ヵ月しかありません。
私がその場に崩れ落ちそうになると、彼が素早く肩を支えてくれました。

「迷ったが、一応伝えておこうと思ったんだ。」
「…ありがとう、ございます」
死ぬと言われてこんなことを考えるのはあれですが、支えられているすぐ後ろで声がするのはなんとも言えないくすぐったさがあり、私の声はわずかにうわずってしまいました。

「…この際はっきり伝えておくが」
「はい?」
彼は1度呼吸を整えるように息をして、耳元で囁きます。

「俺は、好きだ」
「…え?」
何を言われたのかあまりよく理解出来ませんでした。
首を傾げた私を今度は正面から見つめてきます。

「御影 志筑のことが好きだ。」
意味を呑み込むうちを私の顔は赤くなり、とうとう自分でもわかるくらい林檎のようになりました。

「ご、ご冗談でしょう?」
「本気」
「でも、私達はまだ、出逢ったばかりで」
「それが?」
「そ、それがって言われましても…」
何を言っても淡々と返してくる彼を直視できません。
もう何がなんだかわからなくなり、部屋に戻ろうと背を向けて走り出そうとする前に手首を掴まれました。

「どこに行くつもり?」
「え、えっと、もう遅いので、部屋へ行こうと」
「今日は父親が帰ってきたから宴をしてるだろ?」
「ど、どうして知っているんですか?」
「得意なんだ、情報収集」
この時代に来てたいして時間も経っていないのにそんな情報を集められるなんて!
私はとても驚いて、開いた口が塞がりません。

「…私なんて特にこれといって取り柄もないのに、どうして好いてくださったのですか?」
「それ本気で言ってるのか?」
言われた意味がわからなくて黙っていると、彼がため息をつきました。

「無自覚も困ったもんだな」
「なにか言われましたか?」
「いや、何も。」
彼は私を真っ直ぐ見て、続けます。

「アンタ、恋人とかいたことは?」
「1度もありません。」
「好きな奴は?」
「いないです。」
「婚約者「いません!」
もう17になるのに私にはこういう話が一切ありませんでした。
父の考え方が、『婚約は好きな人とする物』なので私にお見合いの話などきたためしがありません。
私も婚約はしたくないので父の考えにとても救われているのですが。

「そうか…」
佐久良 飛鳥が一瞬微笑んだように見えましたが、次の瞬間には無表情になりました。

「あと呼び方だが、どうすればいい?」
「普通に呼んでくだされば。」
「じゃあ、志筑?」
低い声で真剣に私の名を呼ぶ姿になぜか胸がときめいてしまいます。
「それで結構です。」
「じゃあ俺のことも飛鳥って呼んで」
「飛鳥、様?」
「様はいらない。」
「飛鳥…」
私が小さな声でつぶやくと飛鳥はうん、と頷きました。

その後も色々なお話をしてますと大広間から人が出てくる気配がしました。
「もうお開きのようですね」
「そうだな…」

私はもっと話していたいと思ってしまいましたが、慌てて考えを打ち砕きます。
男性と夜に密会していたことだけでも罪深いのに、もっと一緒に居たいだなんて!
自分の欲望を叱っていると飛鳥が私の肩に手を置きました。
「今日は話せて良かった。」
「私も、です」
はにかみながら伝えると彼は優しく微笑んでくださいました。
「また逢いにくる」
「あ、ありがとうございます」
「おやすみ」
「おやすみなさいませ。」
私がにこりと微笑むと彼は暗闇の方へ消えていきました。


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