その数分で僕は生きれます~大切な物を代償に何でも手に入る異世界で虐めに勝つ~

春野並木

自己犠牲

   目が覚めたのは、悠々と佇む木々の真ん中。その隙間からは、青空が微かに覗き込み、暑いくらいの木漏れ日が僕らを照らした。そのお陰で、今が昼頃というのは分かった。
  
  体を起こそうと両手を着くが、左に体重が傾き倒れる。左腕が無いのを忘れていた。

  ふと、あの時の睦や皆の笑いを思い出す。自分は何故、こんなことをしているのか。自分が苦しむ理由は。他に方法はないのか。何度も自問自答を繰り返す。その度に襲ってくるのは、絶望だった。

  僕が虐められない。それは神奈の秘密がバレるという事でもあるのだから。

  そんな事を考えている内に、何とか体を起こすのに成功し、それと同じくらいに皆も目覚めた様だった。

  「……ここどこ?」

  「ねぇ、本当に異世界来たとかじゃないよね?」

  「んな訳あるかよ」

  「でも、アイツの腕……」

  皆はそれ以上言葉を発すことは無かった。

  そう、僕の左腕が語っている。これはリアルだと。これは現実なのだと。僕達は遂に異世界とやらに来たのだと。

  「ど……どうすんだよ」
  
  「私に聞かないでよ」

  「あぁ!もう、ごちゃごちゃうるさい!もうなったものはしょうが無いでしょ!さっさとこの森を出ることを考えましょうよ!」

  「なんでこうなったんだよ!」

  その言葉からだった。皆がこちらを見る。

  どうしようもない事が起きた時、人は誰かのせいにしたがる。皆には僕と言う、適材がいた。

  ──また、始まる。

  「どうしてくれんだよ!」

  「家に帰してよ!」

  「お前のせいでこんな事になったんだぞ!」

  続々と僕を取り囲む。

 逃げようとして気がついたが、腕が無いと走るのも凄く難しい。バランスが全く取れないのだ。案の定、肩を打ちながら大きく転ぶ。

  みんなの罵倒の中、僕の体はボロボロにされていく。彼等の怒りが収まるまで、彼等が飽きるまで、納得するまで、ずっと。

  「ぐっ……ごめんなさい……ごめんなさい……」

  上から横から男女問わず部位を問わず方法を問わず僕を傷つける。こんな事を続けて何になるのだろうか。

  いっそ、僕一人で逃げてしまおうか。

  そうだ。それがいい。

  神奈の事はバレないし、僕は虐められない。お母さんが居ないのだから無闇にここに残る必要はない。

  ────出来たらよかった……無理だった……森の中で、一人片腕のない人間が生きていけるはずがない。結局は皆と、生活を共にするしか道はなかったのだ。

  世界はどこまでも残酷だ。弱者にとことん意地悪で、強者にとことん甘い。

  しょうがない、僕は生きてやろう。

 開き直ろう。
 慣れたはずの痛みに、苦しみに。

 勝ってやろう。
 この残酷で意地悪な世界に。


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  ──やっと終わった。

  正直、途中気を失っていた。だが、この体は傷をすぐ治した。本当に残酷なまでに僕に痛みを教えてくる。

  動く事が出来ない僕を置いて、皆は森の奥へ奥へと進んでいく。出口は分からずとも、立ち止まるよりはいいと思ったのだろう。

  また、眠くなってきた。
 どんどん進んでいく皆を見つめながら、僕はまた目をつぶった。


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 目が覚めた時、そこは綺麗にならされた砂の道の上だった。辺りを見渡せば、障害物の様なものは無く、地平線まで見渡せた。くるぶし程度の高さの草花が生い茂っていて、草原と言うのはこういう事なのだろう。

  僕は、足を動かしていないのに勝手に進んでいる事に気がつく──両足に激痛が走った。

  どうやら男子2名が僕を引きずって運んでいるようだ。

  神奈が掛け合ってくれたのだろうか。もしそうなら、助けて貰ってばかりだ。

  「目が覚めてたなら言えよ!さっさと自分で歩け!」
  
  そう言って僕の体は前方に傾き顔から地面にぶつかった。

  「うっ…………」

  倒れたことなどつゆ知らず男子2人は悠々と前へ進んでいく。
  
  動こうと少し動かすだけで激痛が走る。けれど、動かないという選択肢は無かった。激痛に悶えながら、一歩一歩、足を前に出す。すぐに、傷は癒えると心に言い聞かせて。

  砂の道はずっと続いていて、何キロ先かは分からないが、遠くに小さく城壁の様なものがあるのが見えた。そこに向かって、皆は歩いているのだろう。

  歩き出してもう1時間くらいだった頃だろうか。城壁は一向に近づく気配はなかった。

  その代わり遠くてよくわからないが黒く小さな物がこちらに近づいていた。

 そいつ正体がはっきりと認識出来るまでにそう時間は要らなかった。

  やせ細った体に黒い毛、目は赤く、体格は僕らの知っている物とは、比べ物にならないほど大きく、ざっと一メートルくらいあるだろう。昔読んだ本に出てきたヘルハウンドと言う犬の魔物によく似ていた。

  「なんだよあれ!」

  「こっち来るわよ!」

  「おい!どうすんだよ!」
  
  「神様から力貰ってるんだろ? 
 なら行けるんじゃないか?」

「なら、あんた行きなよ」

  そんな事をしている間にもあいつは近づいて来る。

  気付けばもう目の前にいた。圧倒的なまでの殺意、圧倒的なまでの経験値。

 誰も動く事が出来なかった。

  「あっ……………」

  ヘルハウンドは大きく口を開け二年の神崎悠太だったか……気弱な男に噛み付こうとした。

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  赤、青、緑、黄。言葉にすればキリがないくらい、色とりどりのインクをぶちまけたかのような奇抜な服を着て、鬱陶しい茶髪は睫毛までかかり、目は細すぎず、大きすぎず、笑って引き攣った口元の十歳くらいのをした少年がいた。

  『さぁ!黒田将太!君の自己犠牲の精神を見せておくれ』

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  真っ赤な血が落ちる。

 歯は深くまで刺さりヘルハウンドはそこから首を回し引きちぎろうと試みる。

  僕は神崎悠太の前に立ち、右腕を盾にヘルハウンドのいい的になっていた。





  
  神崎悠太を犬が噛もうとする瞬間

 僕は考えた。

 虐めに勝つ為に僕がする事は何か。
 虐めに勝つ為に僕が捧げるべきものは何か。
 虐めに勝つ為に僕がなるべきものは何か。


 自己犠牲


 全てがそれに、それだけに、まるで気付かさせるように……繋がっていた。

 馬鹿なのだろう。散々虐められて散々痛い目にあいながらそれでも、それでも尚、自分を犠牲にするのだから。

 けれど、それが本当の意味で人の心を動かす、この状況を抜け出す唯一の方法なのかもしれないと何処かで、いつからか、思っていた。

  足が地面を蹴る。

  人混みを駆け抜ける。

  ──さぁ……自己犠牲を始めよう






  腕に噛み付いた犬は離れようとしない。否、離れる事が出来ない。

  僕達の回復力は異常だった。筋肉が見る見るうちに固まり一瞬のうちに抜けなくなったのだ、。

  左腕が無いために犬へ攻撃の手段が無いが最大の武器である牙を封じられたヘルハウンドもまた同じように攻撃の手段が無かった。

  「うぐっ……あぁぁぁぁあ」

  腕が焼けるように痛い。脳が痛み以外を考える事が出来なくなり、心の中で何度も、何度も助けを呼ぶ。

 ヘルハウンドは傷一つ無い。このまま行けば僕が負けるのは目に見えている。

  ──助けて!

  その時──ヘルハウンドの下半身が吹き飛んでいた。

  視界の先には睦がいた。ヘルハウンドから出る血しぶきが僕の顔を濡らす。そんな中でも確かに見た。睦は、僕の顔を見て笑っていた。

  ヘルハウンドの牙からは力が無くなり、自力でその牙を抜く。

  傷口は大きな穴のように開いており、そこから大量に血が流れる。だが、驚く事にその血の量がみるみる減っていく。

  「…………がっ!ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

  激痛に悶えながら止血を試みる。左腕の傷口に当てていた服をとり、口を使って右手の穴を覆った。

「うっ……何でもっと早く来なかったんだよっ!」

  そう言いながら、止血している最中の僕に神崎悠太は蹴りをいれた。それは横腹を射抜き、僕は大きく横に飛ばされる。

  「うっ…………」

  「ふざけるなっ!ふざけるなっ!」
  
  神崎悠太は上から何度も何度も踏みつける。

  人間は恐怖などが一定値を超えればそれを人のせいにしたがる。彼の場合、羞恥心がキャパオーバーしたのだろう。

  虐めている相手に救われる。これほど恥ずかしことは無い。

  それでもいつか、それでもいつか、それでもいつか──勝ってやる。

  傷つきながら、激痛に悶えながら、涙を噛み締めながら、そう思った。

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「お姉ちゃん!これあげるっ!」

  そう言って、まだ5歳になったばかりのペトラと言う少女は、自己犠牲の少女、ココに花で出来た髪飾りを上げようとした。

  「ありが……」

  「こらっペトラ!この女には話しかけちゃいけません!」
  
  ペトラの髪飾りを持つ手は無理矢理抑え込まれ、そのまま母とおぼしき人物に連れていかれる。

  「私の妹にさわるんじゃないわよ!この悪魔がっ!」

  残った空間には先程ペトラが、私にくれようとした髪飾りが落ちていた。

  それをそっと拾いぎゅっと胸に抱きしめ彼女は泣きながらお礼を口にした。

  「ありがとうございます……」

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  少年少女の自己犠牲は止まらない。

  自己犠牲はいつしか感動し共感する。

  自己犠牲はいつしか暴走し狂走する。



  





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