異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~
33 苦い記憶のお口直しに、やっぱりデセール
城の地下にある薄暗い牢獄。
鉄格子で仕切られた、カビたベッドと便器だけが置かれた部屋の中に彩路は居た。
「俺は間違ってない、俺は間違ってない、俺は間違ってない、俺は間違ってない」
見開かれた目、やつれた頬、昨晩から一睡もせずに同じ言葉だけを繰り返す言動。
彼は、どうみても狂っていた。
それでも彩路は自分が正しいと信じてやまなかったし、自分を牢に閉じ込めた、王直属の騎士たちもすでに”やつら”に洗脳されてしまったのだと、完全に信じ切っていた。
だから、差し出される食事にも手を出さない。
あれには人肉が入っているに違いないと信じ込んでいるからだ。
「俺は間違ってない、俺は間違ってない、俺は間違ってない、俺は間違ってない」
なぜ毒を仕込んだのか、騎士の取り調べに対し、彼はその理由すら語らなかった。
ひたすらに同じ言葉を繰り返すばかりで、もはやコミュニケーションを取ることすら難しい。
ゆえに、残された証拠は、彼が使った毒と、その容器の小瓶だけである。
しかし少量を摂取するだけで体を溶かす毒など聞いたことは無かったし、未知の毒となると真っ先に疑われるのは研究者であるレイアだったが、彼女には完璧なアリバイがあった。
つまりは、まだ何もわかっていないということである。
おそらくこのまま、騎士たちが真相にたどり着くことは無いだろう。
彼らにそれだけの能力は無いし、何より――おそらく間に合わないからだ。
膝を抱え、座り込む彩路の耳に、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
食事を運ぶ騎士とは違い、複数人だ。
とはいえ、彼にとっては誰だろうと関係はない、念仏のように同じ言葉を言い続ける。
そして来訪者たちは牢の前で足を止め、彼に声をかけた。
「お久しぶりです、風岡さん」
その名字で彼を呼ぶのは、召喚された誰かだけだ。
しかし声は、生存している桜奈でもなければ冬花でもなく、ましてや都ですらない。
他に誰か居ただろうか、と彩路は微かに顔を上げ、視界の端に彼女たちの姿を捉えた。
桜奈と、冬花と、そして……知らない誰かだ。
いや、だがその顔には見覚えがある、よくよく考えてみれば似た声も知っている。
しかし、仮に彩路が知っている彼女だとしたら、障害か何かで顔の筋肉が常に引きつっていたはずだし、声はもっとかすれていたし、何より――こんなに自信に満ちた表情はしないはずだ。
ならばこれは誰だ、目の前に居る自分を見下すこの存在は一体誰だと言うのか。
「おや、私のことすら忘れてしまいましたか? さすがにそれはつまらないですよ」
「日向千草……」
「はい、正解です。よかったです、脳をいじりすぎて記憶すら曖昧になってしまったかと思いました」
「嘘だ、死んだはずじゃ……」
「死んでましたよ、飛び降り自殺と同時に召喚されましたからね。それはもう粉々でした。ですが優しい誰かのお心遣いのおかげで蘇ったんです、人間では無くなってしまいましたが」
「人間じゃ、ない?」
千草はドッキリのネタバラシ、とでも言わんばかりに明るい表情で言った。
「影を操る半吸血鬼です。影というのは、光の当たらない場所全般のことを言います、例えば人間の脳なんかも常に影の中にあります、だから私はそれを操ることができる」
「脳を操る? まさか……」
「例えば幻聴を聞かせたり、幻覚を見せてみたり、心当たりはありませんか?」
彩路は乾ききった眼球を、さらに大きく見開いた。
心当たりは嫌というほどある。
そして――”誰が”自分にこんなことを、という答えも、そうだ、日向千草が生きていたというのなら、彼を殺したいほど恨むだけの理由が十分あるのだ。
ここでようやく完全に顔を上げた彼は、牢の前に立つ千草と桜奈、冬花がどういう状況なのかを初めて認識した。
妙だとは思ったのだ、桜奈と冬花が、牢に閉じ込められている彩路に対して一言も言葉を発しないのが。
2人の首には、赤い首輪が付けられていた。
そこから伸びるリードは、千草に握られている。
しかし、桜奈も冬花もそれに対して一切嫌な顔をしていない。
むしろ頬を赤くし、目を潤ませて、舌を突き出しながら、「へっへっへ」と呼吸を荒くし――まるで飼い犬が主に甘えるかのように陶酔しきっている。
「桜奈と冬花がどうかしましたか?」
「どうかって……それは……」
「ああ、首輪のことですね。見ての通りです、2人は私にやってきたことを土下座して足を舐めて謝ってくれたんですよ、そして自分から”私たちをあなたの所有物にしてください”って頼み込んできたんです」
「そんなことあるわけないだろッ!」
彩路は鉄格子にしがみついて、千草に怒鳴りつけた。
しかし凄まれても、牢の中では迫力に欠ける。
彼女は「くすくす」と笑うだけだ。
「風岡さんは目の前の現実が受け入れられないそうですよ、桜奈」
「わんっ」
「おや、そういえばそうでした。覚えてますか風岡さん、数か月前に私を犯した時のあれ、”犬の鳴き声でしか喋られないゲーム”。懐かしいでしょう? ふと思い出して、桜奈と冬花にもやってみたんですよ」
説明しながら、千草は桜奈の顎を撫でた。
「あふっ、くうぅぅん……」
すると桜奈は文字通り犬のように甘えたような声を出す。
それを見て主はにこりと微笑むと、そのまま顔を引き寄せて唇を重ねた。
「はむっ、ぷちゅ……ちゅ、んふっ、ふうぅっ、ちゅ、ちゅぱっ……!」
千草はほとんど動かない。
唇を差し出し、舌を垂れ下げるだけだ。
桜奈は、それに必死になって吸い付き、唾液を一滴たりとも逃さないと言わんばかりに味わっている。
そして、嚥下するたびに体を震わせた。
「はふ……いい子ですね、桜奈は」
「わうぅん……」
「わふっ、わふっ」
すると桜奈とのやり取りに嫉妬したのか、冬花が怒り気味に鳴きながら千草の袖を引っ張った。
「嫉妬するなんて冬花は仕方ない子ですね、昨晩あれだけ可愛がってあげたのに」
「わんっ!」
「それだけでは足りないと。ふふふ、欲張りな所も可愛らしいですよ、以前のあなたよりもずうっと」
千草は冬花の唇も奪い、同じように舌を挿し込む。
何が起きているのか、彩路にはさっぱり理解出来なかった。
あれだけ千草のことを嫌っていた桜奈と冬花が、自分たちと一緒に虐げていたはずの2人が、なぜかそいつに心酔し、キスまでしている。
これもまた幻覚なのではないか、彩路がそのような結論に至ってしまうのは当然の帰結であった。
だが、その時――
「ぐがっ!?」
彩路の喉から絞り出すように声が漏れた。
右腕に激痛が走ったのだ。
見ると、腕の関節がありえない方向にぐにゃりと曲がっているではないか。
「あ、言っておきますが今は何も操っていませんよ、幻覚も幻聴もありませんから……ふむ、少し足が疲れてきましたね」
「わふっ!」
千草の言葉を聞いて、冬花は嬉しそうに四つん這いになると、誘うように尻を左右に振る。
そんな彼女の頭を千草は軽く撫でると、背中に座った。
出遅れた桜奈が、不安そうな顔で見上げる。
見かねた主人が、その場で靴と靴下を脱いで生足を見せつけると――桜奈は千草の足元に仰向けに寝転がり、「へっへっへ」と舌を出しながら小刻みに呼吸をした。
「物分りが良いペットは好きですよ」
千草は微笑みながら、桜奈の顔の上に足を置いた。
「むふっ、ん、んが……も、ご、ちゅ……ぺちゃ、れるっ……はっ、むちゅ……っ」
すると桜奈は必死でその足を舐め始める。
足裏から来るもどかしいぬるりとしたくすぐったさに、千草は微かに頬を染めた。
「ぁん……桜奈も冬花もいい娘ですね。2人ともあとでご褒美をあげないと」
必死で足の指に舌を絡める桜奈と、主の重みに明らかに興奮している冬花。
そんな2人を、うっとりと愛でる千草。
自分を”まとも”だと自負する彩路には、およそ許容できない光景だった。
だから彼は叫ぶ、理不尽を前にして怒りを露わにする。
「ふざけんなよ……どうかしてるよお前ら!」
「ふふふふっ、面白いジョークですね風岡さん。無抵抗の相手を罵倒して殴って蹴って犯して自殺させても謝罪の一言もない貴方の方がよっぽどどうかしてます」
まくし立てるような千草の言葉に、彩路は気圧された。
「いえ、ですが私がこうして愛に目覚めたのも、あなた方に虐げられた経験があってこそ、かもしれませんね。人の過ちを誰よりも知っているからこそ、人を見限ることができた」
「何が愛だよ、峰と凰弥を殺しておいて!」
「殺したのはあなたですよ、勝手に妄想を暴走させて、被害妄想に陥って、心の底から友人であるあなたを心配してくれた彼らを、無残にも殺してしまったんです」
「お前が操ったからだ!」
「確かに私は幻覚を見るよう仕向けましたが、あくまで最初の仕掛けだけです。どういう幻覚を見て、どのような結果になるのか、それは風岡さんに委ねていました」
それを助長すべく、随所に仲間である半吸血鬼を忍ばせたりはしたものの、最後の最後で峰と凰弥を信用できなかったのは、他でもない彼自身の問題だ。
要するに彩路は、友人を信用していなかった。
峰は彩路を心の底から親友だと思っていたが、彩路にとって峰は”一緒に居て楽な相手”程度の認識でしかなかった。
彩路が本当に友人のことを想っていれば、”やつら”に共に抗おうと提案するはずなのだ、彼らが敵になるはずはなかったのだ。
「要するに、風岡さんは性根が腐っていたんですよ。だから河岸さんと土崎さんを殺してしまった。それ以外に事実はありません」
「くっ……でも、それでも、お前がッ!」
「どんなに責任転嫁をしようとも、王国の人々が受け止める事実は1つです。あなたは大量殺人を犯した罪人、そして住民たちはほどなくして行われる処刑というイベントを楽しみに待っている」
「処刑……だと?」
「あ、知りませんでした? 確か明日だったはずです、生かしていてもどうせ証言は取れませんし、大量殺人の犯人を処刑することで、町で起きている殺人事件に対する住民の不安を払拭しようという狙いのようですね」
「うそだ……うそだ、うそだ、うそだっ! 俺じゃない、俺はなにも悪くないんだ! お前がやったんじゃないか、千草! なのになんで俺がしななくちゃならないんだよ! そうだ、今すぐ騎士たちにお前を突き出してやる、真犯人がわかれば俺の無実は証明されるはずだっ!」
「くふふふふっ、おめでたいですねえ、風岡さん。”私が殺人を犯したのは吸血鬼に操られたせいです、だから私は悪くありません”なんて証言、誰が信じるんですか?」
ましてや、彩路は幻聴や幻覚を見るような状態だ。
例え事実だったとしても、彼の主張に一切の信憑性は無い。
「くっそおぉぉおおおおおッ! 千草ぁっ、てめえゴミの分際で何調子乗ってんだよ、今に見てろよ、今度は犯す程度じゃすまねえ、殺してやる! 犯しながら殺してやるうぅぅぅぅ!」
「無様ですね、そんなことできっこないのに。あなたにできることは、せいぜい檻の中で動物のように喚いて、屠殺の瞬間を今か今かとギロチンの刃が切りやすいように首を長くして待ちわびることだけなんですよ」
「おい桜奈っ、冬花っ、目を覚ませ! いいのかよこれで、こんなやつに良いように使われてよぉっ!」
千草には何を言っても無駄だと悟ったのか、彩路は足を舐め続ける桜奈と、全身に汗を滲ませて紅潮する冬花に呼びかける。
無論、無駄である。
彼女たちの耳には彩路の言葉は届いていない。
すでに半吸血鬼と化した2人にとって、人間のオスなど、そのあたりに転がっているただの石ころと同じなのだ。
むしろ、こうして会話をしている千草が優しいほどだ。
「そう言えば、桜奈と冬花は風岡さんと親しかったんですよね。コメントを聞いてみましょうか。風岡さんの処刑についてどう思いますか?」
そして優しい千草は、彩路の代わりに桜奈と冬花に問いかける。
帰ってくる答えはもちろん――
「わふっ!」
「わんっ!」
そんな鳴き声だけだ。
「ふふふっ、どうでもいいそうですよ、風岡さん」
「う、ううぅ……うううぅぅぅぅうううっ!」
最後の希望すら失った彩路は、鉄格子を片手で掴んだまま崩れ落ち、喚いた。
その有様を見て、千草は言い知れぬ優越感を覚えていた。
ああ、自分にもそんな下品な感情があるのだなと感心しつつも、彼女は”悪くない”とも思う。
人間的ではあるが、それは自分の中にある負の記憶を解放するプロセスとして必要なものだ。
もはや風岡彩路は、千草にとっての脅威ではない。
彼女を散々弄び、傷つけてきた男は、今は千草の前にひれ伏し、呻くことしか出来ない哀れな存在なのだから。
そしてその仲間である峰と凰弥は彩路の手によって死に、桜奈と冬花は相互理解を果たし、互いに愛し合うまでに至った。
これが可能ならば――と千草は全ての計画の成功を確信した。
最も憎んでいた相手と分かり合えた以上、世界は、この世に存在する全ての人間は、等しく愛されたも同然であると。
ここに来た目的は果たした。
つまり、その時点で、彩路は千草にとって無価値な存在に変わった。
もはや、言葉を交わすことすら必要無かった。
「それでは帰りましょうか、私たちの部屋へ」
千草は足にまとわりついた桜奈の唾液を影で拭き取り、冬花の椅子から立ち上がる。
もちろん2人は不満げな顔をしたが――
「2人へのご褒美もあげないといけませんからね」
その言葉に、すぐに笑顔を取り戻す。
そして立ち上がると、千草にリードを引かれながら、四つん這いの体勢で牢獄を後にした。
残された彩路は、その後しばらく立ち上がることができなかった。
◇◇◇
翌日、彩路の処刑は、多くの民衆の前で行われた。
ギロチンによる処刑は、やはりこの世界においても祭りめいた一大イベントなのだ。
台に固定された彩路、そんな彼の横に立つ女性兵士が、その罪状を読み上げた。
そこに羅列された内容には――峰や凰弥、兵士たちの殺害はもちろん、町での不可解な殺人事件までもが含まれていた。
ほとんど城から出ていない彩路には不可能な殺人であったが、そこは彼が異世界人であることを利用し、”魔法でどうにかした”と無理やりこじつけてある。
「あいつらが……あいつらがやったんだ、俺は悪くない……」
彼は処刑の直前までそう呟いていたが、もちろん誰も取り合わなかった。
民衆は町を恐怖のどん底に陥れていた謎の殺人犯が処刑されるとあり、大いに盛り上がっている。
彼らは誰ひとりとして真実を知らない。
城で行われた殺人以外の全てが濡れ衣であり、本当の犯人は町に潜む半吸血鬼という化物であることを。
そしてすでに、彼女たちによる侵食は取り返しのつかない段階まで進んでおり、例えばギロチン台の横に立つ女性兵士――彼女たちもすでに人間では無くなっていることを。
何も知らない。
きっと、知らないまま近いうちに男は死に、女は化け物になってしまう。
「俺が……救わなきゃ。終わる……みんな、終わっちまう……」
彼の警鐘は正しく、本来ならこの時点で人類は全ての力を使って半吸血鬼を潰すべきだったのだ。
だが、やはり彼の言葉は届かない。
兵士は剣を振り上げ、ギロチンの刃を支えるロープに向かって振り下ろす。
「俺、は――」
刃は無慈悲に彩路の首を断つ。
口を開き、涙を流す彼の首は、そのままの状態でステージ上に転がる。
濁濁と切り口から流れ出す血液を見て、観衆が湧き上がった。
◇◇◇
彩路たちが召喚されたあと、元の世界――日本では彼らの失踪が大きなニュースとして取り上げられていた。
教室から突如姿を消した6人の生徒と1人の教師。
生徒のうち5人の素行が悪かったこと、千草が酷いいじめを受けていたことなど、メディアやネット上で様々な情報が錯綜する。
親族は、みな千草の両親を除いて必死で彼らの行方を追い、少しの目撃情報でもいいから寄越してくれと呼びかけた。
誰も知らない。
男子生徒はみんな死んでいることを。
誰も知らない。
女子生徒はみんな人間ではなくなっていることを。
そう、誰も知らないのだ。
消えた先が異世界である以上、知る術もない。
だから事件はやがて風化するし、7年も経てば失踪宣告が行われ彼らは死人扱いになる。
家族にも看取られず。
死体はゴミ同然に捨てられ。
魂は見知らぬ世界を彷徨う。
「とてもお似合いですよ、みなさん」
千草は虚空を見上げながらつぶやく。
そこに苦悶の表情を浮かべながら漂う3人の魂を見たような気がして――彼女はにこりと、幸せそうに微笑んだ。
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