異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~
22 誕生祝いは血と肉がいいわ
父メリックが帰宅してからも、リリーナはリーザから離れようとはしなかった。
台所に立つ母の背中に抱きつき、夢心地のような表情を浮かべている。
「どうしたんだリリーナ、昨日から随分とママにべったりじゃないか」
何も知らない父メリックは、そんなリリーナに対して微笑みながら言った。
しかし、父に一切興味の無いリリーナは、全く返事を様子がない。
気まずい雰囲気を察したリーザがフォローするように夫に告げる。
「怖い夢を見たんですって」
「夢ねえ、そういえば俺は長いこと見てないな」
「ぐっすり眠れてるってことよ……っ、良いこと、じゃない」
「ははは、そうかもな。兵士の仕事は体が資本だ、熟睡できなきゃ話にならん」
晩酌を胃袋に流し込みながら肴をつまむメリック。
帰宅してからの妻の変化に、彼は一切気づかない。
だから今だって、台所に立つリーザが震えていることにも、一切気が付かなかった。
「ん、んふ……ふー……ふうぅ……」
口をキュッと閉じ、何かに耐えるリーザ。
そんな彼女の体に抱きつくリリーナの手は母親の上着の中に滑り込ませてあり、膨らんだ腹のへしの上あたりに直接触れていた。
そこにあるのは、もちろん”印”である。
ハートに悪魔の翼が生えた、体が人間を辞める準備を完了させた証――それをリリーナは愛おしそうに撫でていた。
「っ、ふううぅ……んっ、んっ、んっ……」
リーザは夫に気づかれないよう、必死で声を押し殺した。
彼女は耳まで真っ赤で、がに股とまではいかないものの、若干足を開いた体勢になっており、見れば異常は明らかだった。
だがほろ酔い気分のメリックは、それにすら気づかなかったのだ。
かと言って――この段階で気づいていたとしても、すでに何もかもが手遅れなのだが。
とっくにリリーナは人間をやめているし、リーザは完全に彼女の虜になってしまっているのだから。
「ママ、パパとリリーナ、どっちが好き?」
リリーナがメリックに聞こえないよう、小さな声で尋ねた。
リーザは即答する。
「リリーナよ、リリーナに決まってるわ」
「パパとリリーナ、どっちが気持ちいい?」
「そんなの、リリーナに比べればあの人なんて……」
「じゃあ、もうパパはいらないね」
「そう……ね。いらないわ、リリーナさえいれば、パパはいらない」
リーザの言葉に、リリーナは満足げに頷いた。
もはや母親は完全に自分のものである、そう確信しながら。
と、その時――ふいに父親が立ち上がった。
今、この表情を見られるのはまずい、とリーザの体が緊張に強張る。
一方でリリーナは”いっそ見られても良い”と言わんばかりに余裕だった。
気づかれたなら気づかれたでその時だ、例え相手が兵として己を磨くメリックだったとしても、半吸血鬼であるリリーナなら容易く彼を殺すことができる。
「トイレトイレ、っと……」
しかし彼は、そのまま何も無かったかのように部屋から出ていった。
2人に全く視線を向けることもないままに。
「ふふふ、気づかれないでよかったね、ママ」
「リリーナ……」
メリックが居なくなった途端に体から力が抜けたリーザは、料理の手を一旦止めると、やんわりと抱きつくリリーナの手をほどいた。
そして娘と向き合うと、唇を近づけていく。
「あは、ママったらパパが居なくなった途端にがっついちゃうんだ」
笑いながら、リリーナは母からの求愛を受け入れた。
父親不在の台所に響く母娘の水音。
強く抱き合いながら、激しく舌を絡め、体液を交換し合う。
平穏な家庭にあってはならない異常な光景に、それを自覚しながらも溺れていくリーザ。
挿し込んだ舌で必死に我が子の唾液をすくい取りながら、またメリックが戻ってくる時まで、2人はお互いの唇を貪り続けた。
◇◇◇
その後も2人は、メリックの目を盗んではまぐわった。
彼がリビングでくつろいでいるのなら、こっそり廊下へ出て唇を重ねたし、目の前で死角を利用してテーブルの下で指や足を絡め合うこともあった。
メリックは、さすがに2人の距離がやけに近いことには気づいていたが、それでもまさか2人がすでに肉体関係を結んでいるとは想像すらしていなかった。
つまりは正常である、正常だからこそ異常に気づけ無いのだ。
リリーナとリーザはその日、一緒にお風呂に入った。
さらに、同じベッドで眠った。
それが文言通りの意味でないことを知っているのは、当事者たる2人だけである。
そして翌朝、ついにメリックとの口づけを「ごめんなさい、今日はそういう気分じゃないの」と拒んだリーザは、落ち込む夫を見送った。
その様をリリーナは満足気に眺めていた。
一晩明け、少し冷静さを取り戻したリーザは、ほんの少しだが罪悪感を覚えていた。
それを証明するように、メリックを見送ったあともしばしその場で立ち尽くしている。
リリーナはそんな彼女の背後から近づくと、背中をとんとんと叩く。
反応して振り返った母の耳に唇を寄せると、優しく囁いた。
「今日はママといっしょに居たいな、学校おやすみしてもいいよね」
リーザはだらしなく頬を緩めると、「もちろんよ」と言って娘を抱きしめ、キスをせがんだ。
◇◇◇
「ただいまー」
夕方、帰宅したメリックだったが、しかし誰からの返事もない。
2人で買い物にでも行っているのだろうか。
いつもならリーザが1人で行く所だが、今のリリーナなら十分にあり得るなあ――などと考えながらリビングに到着した彼は、テーブルに置かれた一通の書き置きを見つけた。
『教会で待っています』
そこには一言だけ、そう書かれていた。
筆跡はリーザのものだ。
「なんでまた教会なんかに」
もちろんメリックは疑問を抱いたが、待っていると言うからには迎えに行くしかあるまい。
仕事で疲れた体を少しほぐすと、すぐさま彼は家を出て教会へ向かった。
外は黄昏時、空は怪しげに紫色に染まっている。
茜色なら素直に綺麗だと呟けるのだが、今日の空はやたら不気味だ。
「何だろうなあ、わざわざ教会に呼び出す用事って」
メリックは一抹の不安を抱きながら、次第に暗闇に包まれていく町を歩く。
そして十数分歩き、教会へたどり着き、そのドアを開いた瞬間――中の風景を見ることもなく、彼は意識を喪失した。
◇◇◇
頭が痛い、体も痛い、やたら硬い何かに座らされている気がする。
目を覚ましたメリックは、まっさきに周囲を見渡した。
部屋の中は薄暗く湿っぽい。
壁は味気ない灰色で、家具も何も無いせいか味気というものを感じられない。
前方には木製の扉、メリックにはあれを使ってこの部屋に入った記憶がなかった。
ならば脱出して確かめるしかあるまい。
そう思い彼は体を動かそうとするが――鎖でつながれ、身動きは取れなかった。
なぜこんなことに、そう、確か――教会に来た瞬間に意識を失って、その後は――
「メリック、目は覚めた?」
ドアが開き、その向こうからリーザが姿を現す。
そして彼女と手を繋いだ状態でリリーナも部屋に入ってきた。
「リーザ、リリーナ、ここは一体……」
「教会の中だよ、パパ。手紙を読んでのこのこと現れたから、ご主人さまが”影”で意識を刈り取って、そのまま地下室に繋いだの」
「何を言ってるんだ、リリーナ!」
娘の言葉が理解できない。
ご主人さま? 影? 地下室につなぐ?
何を言っているのか、何のためにそんなことをしたのか。
そして――なぜリーザは自分をほとんど見ずに、頬を赤らめながらリリーナの方を見ているのか。
何もかもが、メリックにとって理解不能な状況である。
そこに、さらに状況を混迷させる新たな登場人物があらわれた。
修道服を身にまとった少女――千草である。
「こんばんは、メリックさん」
「あなたは……確か、最近教会に住むようになった、チグサさん?」
「ええ、何度か顔を合わせたことがありましたね」
「どうしてあなたがこんなことを?」
「町の平和を守っている兵士さんに良いものをお見せしようと思いまして。さあ、リリーナ」
「はーい!」
千草が指示すると、リリーナはリーザの背後に回って上着をめくった。
もちろん晒されるのは、妊娠し、膨らんだ腹だ。
しかしそこには、メリックには見覚えのない――ハート型のタトゥーが刻まれていた。
「これはね、ママがリリーナのものになったって印なの」
「リリーナの、ものに?」
「見てたらわかるよ、こうやって触ってあげるとね」
リリーナの指が印に近づいていく。
すでにリーザの顔は期待からから紅潮していた。
そして指の腹が印に触れた瞬間――
「んはああぁぁんっ!」
リーザは、まるで愛撫でもされたかのように喘ぐ。
その反応を見たリリーナはさらに楽しそうに、ハートをいじり続けた。
「はっ、んあぁっ、あ……あっ、く、ひううぅうんっ!」
その度、リーザは嬉しそうに嬌態を見せつけた。
その姿を見てもなお、メリックは理解できない。
一体、今、自分の目の前で起こっている出来事は何なのか、誰がどのような目的で行っているのか。
「んふふ、ママったら気持ちよさそう。でもさっきまではね、もっとすごかったんだから。ねえ?」
「え、ええ、印を触られるよりずっと良かったわ……リリーナの指も、舌も、全部すごかったのよ、メリック」
「パパより気持ちいいって何回も言わせたよ。リリーナすごいでしょ」
そう言って胸を張るリリーナに、メリックは何も答えられない。
しかし事実として――自分の妻と娘が性的な繋がりを持ってしまったことは、受け入れるしか無かった。
どんなに受け入れたくはなくとも、受け入れるしか無かったのだ。
そしてその原因として考えられる人物は1人しか居ない。
「あんたか……あんたがこんなことをやったのか、チグサさん!」
「はい、私がやりました!」
問い詰められて、チグサはあっさりと白状した。
「とても都合の良いことに、あなたの娘さんは私が手を出すまでもなく私に懐いてくれていましたから、そこはとても簡単でしたよ」
「あんたって人は……!」
「人……ですか。ふふ、ふふふふ、本当に人なんでしょうか」
「わけのわからないこと言うな、早くリーザとリリーナを元に戻せ!」
「リーザはともかくとして、もうリリーナは手遅れですよ。人間じゃありませんから」
「なんだと……!?」
”わけのわからないことを”、と繰り返そうとしたメリックだったが――言われてみれば、昨日から娘は顔色が悪かった。
肌も白く、そしてよく見てみると目も赤くなっている。
この特徴に合致する人外の存在を、彼は知っていた。
「まさか、吸血鬼……」
「と、人間のハーフとでも言いましょうか。私は半吸血鬼と名乗っています」
「リリーナは……もう、すでに……」
「ええ、身も心も虜になって、すでに私と同じ人でなしになりました。そして今から、リーザも同じ人でなしになります、リリーナの手によってね」
「ふざけるなぁっ! そんなことをリーザが望むわけないだろう!」
声を荒げるメリックに対し、リリーナは飄々と答えた。
「違うよパパ、ママはリリーナとずっといっしょに居たいって言ってくれたし、さっきもベッドの上で喘ぎながら”私をリリーナの手で変えて欲しい”っておねだりされたんだから」
「嘘だ、そんなものは言わされただけに決まってる!」
「メリック、嘘じゃないわ。私は自分の意志で、リリーナと同じように人間を捨てるって決めたの。そうすればずっとこの子と愛し合えるし、もっと気持ちいい体になれるそうよ」
「目を覚ましてくれよリーザ! そんなのは……間違ってるんだ!」
「間違っているのは私もわかってるのよ?」
「だったら!」
夫に必死で説得されながらも、リーザの思考は完全に自分に抱きついているリリーナに向いていた。
もはや、言葉でどうこうできる段階ではないのだ。
「でも仕方ないわ。だって、あなたを愛していた時よりも、今の方がずっと幸せだもの」
「リーザぁ……」
女々しい声で妻の名を呼びながら、彼はうなだれる。
悲しみに打ちひしがれ、言葉を失うメリック。
そんな彼の中に次の感情が湧く前に、千草は儀式を開始することにした。
リリーナに目配せすると、彼女はリーザの耳元で何かを囁く。
その言葉にリーザはうっとりと目を細め、娘に自らの首を差し出すように頭を傾けた。
「やめろ……やめてくれ、リリーナ」
その程度の懇願が、今更リリーナに届くわけもない。
むしろ彼女はそれに対し、「くすくす」と嘲笑って見せた。
文字通り、悪魔の微笑みである。
リーザの張り詰めた首の筋に口を近づけると、リリーナはぺろりと舐めあげる。
自分を人ならざるものへと変えてしまう致死毒がそこで蠢いているのだと考えるだけで、リーザは熱病に浮かされたようにくらくらとした気分になった。
「ママ……いくね。リリーナが今から、ママの中に入っていくからね」
止めようとしたのか、はたまた恐怖で声が出なかったのか。
メリックが口を大きく開いた瞬間――リリーナの牙が、リーザの首に突き刺さった。
「ぁ……はっ」
リーザの口から吐息が漏れる。
自分が奈落へと堕ちていく感覚に歓喜している。
リリーナは母をもっと喜ばせようと、一生懸命に血を吸った。
処女ではないリーザの血は、千草が言うところの”臭み”を多分に含んでいたが、誰よりも愛おしい母親の血なのだ、リリーナは全く気にしていないようだ。
むしろそれこそが、彼女が自分の母親である証。
そう思うと、自分が今吸っている血が途方もなく神聖なものに思えてならなかった。
「う、あ……」
メリックは変わりゆく伴侶の姿をみて、呻くことしかできなかった。
彼に鎖を千切るほどの力はない。
かと言って、ここで喚き倒せるほど子供でもない。
千草にしてみれば少し面白みにかける、と思えてしまう反応だったが――”今はまだいい”、そう考えていた。
「はあぁぁ、んはぁ、すごいわリリーナ……こんな、こんな素敵なことが……はは、この世に、あったなんて……」
そう言いながら、彼女は必死に血を吸い続けるリリーナの頭を撫でた。
その光景だけ切り取るのなら、愛情に溢れた母娘の美しい一幕として見ることができるかもしれない。
ただし――リリーナが口付けている首は、すっかり吸血鬼の色に変わり果てて居たし、すでにリーザの体から力は失われつつ合ったが。
「はぁ……はぁ……ぁ、ん……そ、そう……そのまま、たくさん、リリーナを……ちょう、だい……」
「んく……ふ、ぅ……んっく……」
「ほら見てメリック……リリーナが……はあぁっ、私たちの……んぁ、娘、が……ああぁぁっ!」
リーザは目を剥き、よだれを垂らしながら、のけぞりながら痙攣した。
それを見てもなお、メリックにできることは「あぁ……」と呻くことだけである。
吸血鬼化は進む。
じきにリーザは意識を失い、変化は体の隅々にまで及ぶ。
リリーナは自分のお腹を擦りながら満足気に吐息を吐き、”これでいい?”と問いかけるように千草の方を見た。
微笑みながら頷く主の姿を見て、ほっと胸をなでおろすリリーナ。
初めての吸血は成功したのだ。
すでにリーザの中身には人間らしい部分は残っておらず、すっかりリリーナ――つまりは半吸血鬼で埋め尽くされている。
目を覚ませば、赤い瞳が、情欲の炎を燃やしながら自分の方を見てくれるはず。
その時、彼女は今か今かと待ちわびていた。
そして、ついに生まれ変わったリーザは覚醒する。
その視線の先にあったのは最愛の夫メリックの姿だったが、それを見ても彼女は一切興味を抱かなかった。
先ほどまでは”関係上は夫”程度の興味はあったのだが、本当に、心の底から、これっぽっちも何も思わない。
路端に落ちている石ころよりもどうでもいい。
それよりも――彼女にとって重要なのは、自分を今の体に変えてくれた娘と、主のことだ。
リリーナと目が合う、赤い瞳同士が熱く見つめ合う。
「ママ、とっても綺麗だよ」
リリーナが頬に手を当てると、顔を引き寄せる。
そして2人は、何度目か、数えるのも億劫になるほど繰り返してきたキスを交わした。
一度は人とそれ以外に別れてしまった2人が、再び真の母娘に戻った瞬間である。
彼女らにしてみれば感動すら覚えるシーンであったが、すっかり蚊帳の外であるメリックにとっては絶望の瞬間でしかない。
「パパに何か言うことは無いの、ママ」
「無いわ、あんなのには。今はとにかく早く、今の体でリリーナやご主人様と愛し合いたいの」
「そっか、そうだよね、リリーナも同じ気持ちだよ。ご主人さま、それでいい?」
「もちろんですよ、私だけでなくみなが待っています」
「だってさ、じゃあ早くいこっ」
リリーナに手を引かれ、リーザは部屋から出ていく。
そのまま一切メリックの方を振り向くことはなく、2人は扉の向こうへと消えてしまった。
彼女らが消えた暗闇の方を、涙を浮かべながら見つめる哀れな男。
特に彼に対して何かを思う、ということは特に千草にあるわけがなかったが、まだイベントは残っている。
1人部屋に残った彼女は、うなだれるメリックに近づくと、実に愉しそうに言った。
「予定日は早まると思いますので、楽しみにしていてくださいね」
そう言われて、彼はハッとした。
そうだ、お腹の子だ。
リーザが人間をやめてしまったのだとしたら――2人の愛の結晶は、果たしてどうなってしまうのだろう。
「待ってくれチグサさん、あの子をどうするつもりなんだ!」
「さあ? 私にもまだわかりません、ですがどうにかなるんじゃないでしょうか」
誤魔化したわけじゃない。
どうにかできる確信はあったが、その結果どうなるのかまでは彼女自身もわかっていなかった。
どちらにしろ、メリックにとってろくな結果にならないことは明らかだったが。
「何のために、こんなことをするんだ? 俺たち家族が何をしたって言うんだよ!」
「理由……そうですね、使命感など今までの人生では全く持っていなかったのですが、最近になって少しだけ目標みたいな物はできたんです」
千草は赤い瞳でメリックをまっすぐに見ながら言った。
「世界を優しさで包み込みたい」
それが――今の彼女が進む方向にある、最終目標である。
「これは人間には無理なことなんです。人間にとって愛と憎しみはワンセットですから、誰かに優しくして愛し慈しめば必ずどこかに憎しみは生じてしまう。ですが、今の私なら、半吸血鬼ならそうはなりません。みなが等しく愛し合っていますから、きっと誰も憎まない、理由のない暴力なんて存在しない、私みたいな人間も生まれない(・・・・・・・・)。そんな世界が実現できるはずなんです」
「そんなの、まともじゃない」
「まともじゃないから良いんですよ、人間の”まとも”って犠牲を許容する物じゃないですか。廃棄街がその象徴です、弱者を見て見ぬふりして見捨てるいかにも人間らしい場所です」
「あんただってそうじゃないか! 今こうして、俺を排除しようとしてる! それと人間と何が違うって言うんだ!」
「違いますよ」
千草ははっきりと言い切った。
「人間は人間を傷つけますが、半吸血鬼は半吸血鬼を傷つけない。同族殺しなんて以ての外。これを優しさと呼ばずに何と呼ぶのですか?」
メリックは――何も言えなかった。
反論の言葉はいくらでもあったが、それを口にする前に悟ってしまったのだ。
無理だ、論破できない、と。
彼女の言った通り、メリックと千草の間には、人間と人外というどうしようもない隔絶がある。
それは、言葉でどうこうできるものではない。
諦めたメリックを見て、千草は踵を返す。
「では、また近いうちに」
バタン、と扉が開くと、メリックは1人薄暗い部屋に取り残される。
彼を照らす明かりは、ろうそく一本のみ。
不気味にゆらめく炎を見つめながら、彼は無限にも思える時間を過ごしたのだった。
◇◇◇
それから、メリックには水だけが与えられた。
糞便はその場で垂れ流し、時折奴隷らしき少女がそれを掃除しにくる。
最初こそ少女に話しかけたりもしたが、彼女はそういう命令が下っているのか、一切口を開こうとはしなかった。
そして数日後――再びリリーナと千草があらわれた。
メリックはすっかりやつれていたが、2人がそれを気遣う様子はない。
「今日はパパに大事な発表がありまーす」
リリーナが無邪気に言った。
ふいにメリックは彼女がまだ娘だった頃の出来事を思い出す。
彼の誕生日に、ちょうど今と同じ調子で、リリーナが自分に渡すプレゼントを渡してくれたのだ。
ならば今回も、さぞ素敵な贈り物なのだろう。
「さ、早く入って」
一旦扉の向こうに消えたリリーナが連れてきたのは、リーザと――そしてその腕に抱かれた赤子であった。
死にかけていたメリックの心に、かすかな明かりが灯る。
枯れ果てたと思っていた涙がこみあげてくる。
「どう、かわいいでしょ? ママとリリーナの子供だからって名前を色々考えたんだけど、結局リズって名前で落ち着いたんだ」
リリーナが何やら意味のわからないことを言っているが、メリックの頭には入ってこない。
ただ彼女の名前だけを、かすれた声で呟いた。
「リズ……」
瞳は赤いし肌は白い。
明らかに人間の子では無かったが、それでも――メリックにとっては、確かに自分の子供だったのだ。
もっとも、リーザもリリーナも、その子を彼の子供とは思っていなかったが。
あくまでリズは、半吸血鬼となった2人の子供なのである。
「本当は嫌なんだけどね、せっかくだし、パパにリズを抱かせてあげようって」
「私の提案なんですよ。このまま死ぬのも可哀想なので」
「抱く……子供、を……」
ガギンッ!
突如鈍い金属音がしたかと思うと、メリックの両腕を拘束していた鎖が壊れる。
千草は部屋に満ちる影を操り切断したのだ。
解放されたメリックは、四つん這いになりながら、少しずつ子供を抱くリーザに近づいていった。
リーザはそんな彼のことを、虫けらを見る目で見下しながらも、仕方なしと言った表情でリズを近づける。
「リズ、粗相しないようにね」
そう言って、リズはついにメリックの腕に渡った。
「あ……あぁ、リズ……そうか、リズかぁ、女の子だったんだなぁ……」
震える声で、赤い瞳を覗き込みながら子供を抱きかかえる。
「あぅあぅあぅ」
リズは手をぱたぱたと動かしながら、じっとメリックの方を見ていた。
「はは、リーザによく似てるよ。きっと……美人になるんだろうなあ」
成長した彼女の未来の姿を、自分が見ることはないだろうが――
それでも、想像するのは容易かった。
リーザと同じぐらい美人になるなら、さぞ良い旦那さんに貰われるはずだ。
きっと自分なんて鼻で笑われるぐらい素敵な男だろう。
いっそ笑ってくれていい。
笑われる未来があるのなら、今よりもずっと幸せだろうから。
「リズ……リズぅ……」
そう何度も名前を呼びながら、赤子を抱きしめるメリック。
そして、赤子の口がちょうど彼の首に近づいた時――リズの口が開いた。
小さいが、そこには確かに牙があって、彼女が人間ではないことを表している。
つまり、すでに半吸血鬼としての本能が植え付けられている彼女にとって、自分を抱くメリックは目障りな存在だったのである。
ガリッ。
リズはメリックの首に歯を突き立てると、思い切り、その肉を噛みちぎった。
「あぐっ!?」
びくんと震え、それきり動かなくなるメリック。
首からは大量の血が流れたが、リズはそれを口から吐き出しながら、さらに傷口に牙を食い込ませる。
「あ、あぎ……ぐ、ぁ……な、なん、で……?」
もはやその傷は致命傷だった。
そのまま血を流し続ければ、彼はほどなくして死ぬだろう。
それでも、彼はリズを離さなかった。
愛していた、ということもあるし――何より、現状が全く理解できなかったのだ。
まさか、赤子に首を噛みちぎられて死ぬなど、例えそれが現実だとしても信じられるはずがない。
「俺、が……何を……した……って……」
背中から床に倒れるメリック。
それでもリズは、ひたすらに、彼が絶命するまで彼の首を食らい続けた。
そしてそんな微笑ましい光景を、リリーナとリーザは我が子を暖かく見守る親の目で優しく見つめていた。
◇◇◇
家族団欒の時間を邪魔するのは悪い――と、いつの間にか千草は部屋から姿を消していた。
彼女は思う。
こんな優しさが世界に広まれば、もう自分のような存在が生まれることは無いはず。
だから、遂げなければ。
人間では実現不可能な、誰も犠牲にならない、優しい世界を。
「そのためにはまず、この国をどうにかしなければいけませんね」
地下室から地上へ向かう階段を登りながら、彼女はとある人物の顔を思い出していた。
レイア・ハーシグ。
城に住まう魔女、王国と深い繋がりを持つ彼女ならば、この国を壊すのに役立ってくれるかもしれない、と。
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