異世界で美少女吸血鬼になったので”魅了”で女の子を堕とし、国を滅ぼします ~洗脳と吸血に変えられていく乙女たち~

kiki

14 止まった時計

 




 人間は1人では完成しない。
 先天的な才能はあるものの、彼女の人格を形成するのはあくまで周囲の環境である。

 初恋。
 最初の裏切り。
 自分を見捨てた母親。
 情緒不安定な父親。
 悪意に満ちた同級生。
 そして、味方を装う私。

 それらの日々を経て、日向千草という、酷く自虐的な人格は完成した。

「――つまり、私もあの子を殺した共犯者なの」

 私は自嘲の笑みを浮かべながら、真剣に私の話に耳を傾ける友人に向かって言った。
 しかし彼女は口を開かない、ただ聞くだけだ。
 なぜなら、答えるのは彼女ではなくて――テーブルの上で独りでに動く、二足歩行の黒猫人形リーナなのだから。

『……ミヤコは背負いすぎだよ』

 リーナは少女の声で言った。
 人形を操っている、つまり私の友人はレイア・ハーシグ。
 王城に住まう魔女であり、私たちをこの世界に呼び出した張本人でもある。
 この世界っていうのは……つまり、ここが異世界ってことで。
 まるで漫画やアニメに出てくるような、魔法なんてものが存在するとんでもない世界で、そこに私たちは強力な魔力を持つ”救世主”として呼び出された。
 理屈はよくわかんないけど、とにかく異世界の人間は、この世界に来るとすごく強い力を使うことができる、らしい。

「でも実際に、千草は私たちの目の前で死んだんだから」

 かつて妹のように可愛がっていた少女は、どういうわけか、異世界に来ると同時に床に叩きつけられてバラバラになって死んだ。
 ただでさえ、いきなり光る魔法陣に囲まれて、見知らぬ世界に飛ばされて混乱していた私と数人の生徒たちは、すぐ傍で異臭を放つ死体を見てさらに混乱した。

「それに……私は、弔うことすらできなかったわ」
『それは王国側の不手際だ、心の底から謝るよ』

 死体はすぐに回収され、話を聞くと廃棄場に捨てられてしまったらしい。
 私は酷く落ち込んだ。
 この世界に来てから、私たちはまるで英雄のような扱いを受けてきた。
 言えば、手に入る物はなんでも与えられる。
 実際、私以外の生徒たちは、豪華な部屋で複数人の女性を侍らせたり、大量の宝石を要求して、贅沢の限りを尽くしていた。
 ……そんな幸福を、加害者だけが享受して、被害者はゴミのように捨てられる。
 そんな理不尽を、私は許容できなかったんだ。

『それでも、何もミヤコがこんな質素な生活をする必要は無いんじゃないかな? もっと要求しなよ、そして嫌なことは忘れるべきだ』
「無理だよ」

 それに質素と言うが、天蓋付きのベッドが付いた部屋が質素なものか。
 他の生徒たちの部屋はもっと豪華らしいが――似たような物を望めば、嫌でも近くに住まわされる。
 私がこの部屋を選んだのは、彼らから少しでも距離を取るためでもあった。

『やらなきゃ、ミヤコが壊れるだけさ』

 レイアは突き放すように言った。
 けれど私の心には響かない。

「それでもいい。誰も日向さんの死を反省しないのなら、全ての罪は私が背負うべきだから」
『だから、背負い過ぎだってば』

 うつむく私の頭を、人形の柔らかな手が撫でる。
 心地よさを感じながら、同時に、私だけが心地よくなるなんておかしい、と私は私を責め続けた。



 ◇◇◇



 御影みかげみやこ、24歳。
 大学卒業と共に生まれ故郷に戻り、高校に教員として就職。
 そこで私は、かつて妹のように可愛がっていた少女――日向千草と再会した。

 かつてお隣さんだった日向家に長女が生まれたのは、私が8歳のとき。
 当時から日向家とうちの家族はとても仲が良くて、まだ赤ちゃんだった日向さんを抱きかかえた時のことは、今でもよく覚えている。
 まるで天使のように私に微笑みかけてくれた。
 その瞬間、私は彼女の虜になっていたのだ。

 それから、私は頻繁に日向家を訪れるようになり、休みの日なんかは一日中、彼女の相手をしていた。
 長い時間を一緒に過ごしたものだから、向こうも私にべったりと懐くようになって、喋れるようになる頃には私のことを『みゃー姉』と呼ぶようになった。
 私も彼女を『ちーちゃん』と呼んで、それはそれは可愛がっていた。
 でも、今はちーちゃんとは呼べない。呼べるわけがない。
 彼女は日向さんであり、私は御影先生なのだから。

 日向さんが小学生になると、ちょうど中学の通学路と同じ道を通っていたので、毎日一緒に登校するようになった。
 もちろん、恥ずかしげもなく手を繋いで。
 通学路で、日向さんは学校で起きた出来事を、とにかくなんでも話してくれた。
 私は彼女の話を聞くばっかりだったけど、その時間がたまらなく好きで、いつまでも終わらなければいいと思っていた。
 でも、本当は……日向さんが1年生になった年の夏に差し掛かる頃から、少しずつ嘘の内容が増えてきて。
 楽しい夏休みを終えて、秋が過ぎ、冬になる頃には――彼女が話す内容に、一切の真実は含まれなくなっていた。
 私はそれを知った上で、ニコニコと笑いながら日向さんの話を聞き続ける。
 私は、彼女の話を聞けるだけで幸せだったから。

 その頃から、夜になると日向家から両親が喧嘩する声と、彼女が泣きわめく声が聞こえるようになった。
 家にも学校にも居場所を無くした彼女は、もちろん私に縋ろうとする。
 私は――と言うか、御影家はそれを喜んで受け入れた、まるで本当の家族のように日向さんを扱った、そして彼女もまた私たちを本当の家族のように慕うようになり――私たちは、町を出ていった。
 確か、彼女が小学2年生になって、すぐぐらいのタイミングだったかな。
 両親はきっと、最後の思い出作りのつもりだったんだと思う。
 あの子を本当の家族にするつもりなんてなかった。
 けれど少しでも逃げ場があればいい、助けになれればいい、そんな中途半端な善意が……余計に彼女を傷つけることとなった。

 ――それは、日向さんが味わった、最初の裏切りである。

 種であり、起源であり、元凶でもある。
 全ては……きっと、私のせいで始まった悲劇だった。
 別れ際、瞳から光が失われ、表情が消え、涙すら流さなかったのは――たぶん、まだ幼い彼女には、耐えきれないほどの絶望が一気に襲い掛かってきたせいなんだろう。
 それでも、私は彼女の居る町から離れた。
 まるで爽やかな別れを演出するように、無表情で見送る彼女に向かって、大きく手を振って。
 知っていたのに、わかっていたのに、見て見ぬふりをして。

 引越し後、高校での生活は順調そのものだった。
 しかしほどなくして、両親がどこからともなく日向家に関する情報を仕入れてくる。

『日向さん、離婚したそうよ。奥さんの不倫がきっかけだとか』
『千草ちゃんの親権はなんとか旦那さんが死守したそうだ』

 さらに少し間を置いて、父が私にこう言った。

『千草ちゃんの父親……調べたら、あの旦那さんじゃなかったらしい』

 以降、日向家に関する情報は一切入ってこなくなった。
 あまりに悲惨だったからだろう。
 そして情報が入らなくなると、私は日向さんのことなどすっかり忘れて、普通の女子高生として生きていった。
 大学にも現役で合格し、新しい友だちも出来て、バイトもやってみたり、サークルも楽なとこを選んで所属して――そして卒業後、私はあの町に戻った。
 ”そういえば、ちーちゃんなんて呼んでた子も居たな。あの子、元気にしてるかな”、なんて、ふざけたことを考えながら。
 けれど、私は就職先の高校で、現実を知ることとなる。

『父親からの暴力が原因で左目が見えなくなったらしいよ、だけど今でもその父親と一緒に住んでるんだって、意味わかんないよね』
『ほら、あの指、無いでしょ? あれさあ、小学生の時にふざけた男子に彫刻刀で何回も刺されてああなったの。日向さんめっちゃ泣いててさあ、かなりうるさかったなー、面白かったけど』
『ああ、顔の気っ持ち悪いあれ? あれは中学だったかな。どうなるか見たいから試しに首を吊らせてみようって話になって、そしたら日向さん途中で意識失っちゃってさ。体びくびくさせて、結局その後遺症で顔面麻痺が残ったんじゃなかったっけ?』
『あんな顔じゃ絶対に彼氏とか出来ないよね。男たちもあんな顔のやつよく抱けるよねぇ、穴だったらなんでもいいのかな? どこまでいけるか、試しにこんど髪の毛めっちゃ短くしちゃおっかな。男と見間違えるぐらいに!』
『うちの学校だけじゃなくて、このあたりの生徒だったら、だいたいあの子がヤってるところの動画見たことあるんじゃないかな。それでも学校に通うとかすごいメンタルだよね、うち絶対に無理だわ』

 最初は冗談だと思った、いくらなんでもそんなことはありえないと。
 思いこんで――そう、同じ高校で働く他の教員と同じように、私は目をそらし続けた。
 本当は見えていたのに、全部事実だってわかってたくせに、それでも私は手を差し伸べることはなかった。
 けど、担任になるとそうもいかない。
 私は初めて受け持つことになった2年生のとあるクラスで、日向さんと再会した。
 もはや当時の可愛らしい少女の面影は残っていない。
 成長したとかそういう次元じゃなくて、彼女は、もはや体も心も見る影もないほど壊し尽くされていた。

『よろしくお願いします、御影先生』
『ええ、よろしくね、日向さん』

 私はまるで他人のように彼女に接した。
 その時――ひょっとすると、日向さんは、私が町を去ったあの時と同じぐらいの絶望を味わっていたのかもしれない。
 二度も彼女を裏切った私は、それでも、生徒たちの異常な暴力の矛先が自分に向かないよう、”うまくやろう”と必死で、他人のことを想う余裕などこれっぽっちも残っていなかった。

 そんなある日、疲れ果てて自分の部屋に帰った私は、気まぐれに、押し入れの奥から昔のアルバムを引っ張り出す。
 写真には、私と日向さんが楽しそうに笑う姿が何枚も写されていて、当時、私がどれほど彼女のことを想っていたか――その片鱗を、わずかながら思い出すことができた。
 そして次の日から、私は日向さんを守るようになり。
 さらに一週間後の放課後、私は日向さんの前で、男子に囲まれて犯された。
 教室に響く楽しそうな生徒たちの声。
 授業でもホームルームでも、こんなに楽しそうな彼らの姿は見たことがない。
 そんな中、泣き叫ぶ異端者である私を、日向さんは無言で眺めていた。
 翌日、私はまた犯されて、それを日向さんは無言で眺めていた。
 その次の日も、また次の日も、私は撮影された動画を餌に脅され続け、性行為を強要される。
 時に日向さんも一緒に犯されることもあったし、ただただ私の目の前で殴られ続ける時もあって。
 それは――どうしようもなく狂った空間だった。
 同調圧力の成れの果てだ、”友達もやっている”という免罪符さえあれば、人間は平気で人を殺せる。
 そして、私もそんな雰囲気に、徐々に飲まれていった。

『先生、最近かなり反応よくなったよな。意外と楽しんでんじゃねえの?』

 ある男子が私にそう言った。
 朦朧としていた私には、正常な判断力なんて残っていなくて、無意識のうちにこくんと頷く。

『やっぱそうなんだ。じゃあ俺たち仲間じゃん、仲間なら先生も日向にやることやっとかないとな』

 そう言われて、髪を引っ張られて立たされた私。
 視線の下には、無表情で虚空を見上げ、床に倒れる日向さん。
 私は――肺を震わせながら、そして口角を挙げて、足を上げ――そのまま勢い良く、彼女のお腹を踏みつけた。
 繰り返し、繰り返し、その度に『えぎゅっ』『ぶげっ』と豚のように鳴く日向さんが、なんとなく楽しくて。
 その様を見て、生徒たちはゲラゲラと笑う。
 私も真似してケラケラと笑い、同じ空気に染まる快感に酔い、何度も踏みつけ、殴り、叩きつけた。

 そして自分の部屋に帰った私は、鏡を見て、そこに映る醜い人間の形をした何かを見て、胃の中身を全部吐き出す。
 嘔吐物には、胃酸と、昼食と、白い何かが混じっている。
 それを見て、私はさらに吐いた。



 ◇◇◇



 私はクズです。私はクズです。私はクズです。
 私はクズです。私はクズです。私はクズです。
 私はクズです。私はクズです。私はクズです。
 私はクズです。私はクズです。私はクズです。
 私はクズです。私はクズです。私はクズです。
 私はクズです。私はクズです。私はクズです。
 私はクズです。私はクズです。私はクズです。
 私はクズです。私はクズです。私はクズです。
 私はクズです。私はクズです。私はクズです。
 私はクズです。私はクズです。私はクズです。



 ◇◇◇



 それは、異世界にやってきてから、初めて城下町に繰り出した日の出来事だった。
 ひたすらに沈み続ける私を見るに見かねたレイアは、(リースを使って)こう提案したのだ。

『ミヤコには息抜きが必要だ、金の心配は無いから町で思う存分遊んでくると良い!』

 持たされた財布には、見たことの無い紙幣が冗談みたいな分厚さで挟まっている。
 本当にお金の心配はないんだろう。
 だけど、ぱあっと遊ぶ気分になんてなれなかった。
 異世界というだけあって、あたりに充満している空気の匂いは、私が嗅ぎ慣れたものとはやはり違う。
 その匂いが、非日常感を象徴しているようで、もうあの悪夢のような学校に戻らないで良いのかと思うと、少しだけ救われた気分になった。
 そういう意味では、歩いているだけでも気分転換にはなるのかもしれない。
 けれど――私の頭には、いつも物騒な考えが浮かんでいて。
 この世界が、日本よりずっと治安が悪いってことは聞いていたから、いっそ急にあらわれた通り魔が私を殺してくれないか、などと妄想しながら、あえて細い路地を通ったりしていた。
 そうやって、知らない町並みの知らない道をずっと進んでいると――私はとある場所を見つけ、その前で足を止めた。

「教会……?」

 十字架は無いものの、建物の形からして、それに近しいものなんだろう。
 私は恐る恐る扉に手を伸ばし、中に足を踏み入れた。
 そこは、女神像が祀られた礼拝堂らしき場所。
 女神像の目の前まで歩き、祈りのために腕に力を込めたところで、私は首を振った。
 神に赦しなど――いや、神が赦したところで、私が私を許せないのに無意味だ。
 そもそも、許されていいことじゃない。
 私の過ちは過ちとして、一生、永遠に背負うべきものなんだから。
 そう考え、踵を返す。
 広く天井も高い礼拝堂に、カツカツという足音を響かせながら教会から出ようとする。
 すると、奥にあった扉が開く音がした。
 足を止め振り返る、そこには――

「……どう、して?」

 ――純白の修道服に身を包んだ、死んだはずの日向さんが立っていた。
 他人の空似? 異世界だから、偶然似てる人が見つかったとか?
 湧き上がる疑問は、彼女の第一声によって一瞬にして吹き飛ばされる。

「まさか、御影先生ですか……? 先生も、ここに来てたんですね!」

 ああ……日向さんが、笑ってる。
 彼女のあんな笑顔を見るのは、何年ぶりだろうか。
 胸が痛い。
 いっそ殺して欲しいほどに苦しい。
 笑顔なんて――向けられる資格、私には無いのに。
 気づけば、頬を涙が伝っていた。
 自己弁護の涙なんて要らない、反省してますよアピールなんてしたって何の意味もない!
 そう自分に言い聞かせても、私は泣き止まなくて。
 そんな私を、汚い私を、汚物の塊である私を、近づいてきた日向さんは、あろうことか。

「泣かないでください。先生は笑ってる方が素敵ですよ」

 ……優しく、抱きしめるのだった。





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