異世界に転生したので楽しく過ごすようです

十六夜 九十九

第191話 護る力のようです

 俺は堕ちてしまった女神を見据える。

「詩織。お前に貰った沢山のものは俺の宝物だ」

「ニンゲン。その力はどこで手に入れた?」

「これは俺の――俺だけの力だ。元々ニンゲンは神と同等の力を持っていたみたいだな」

「こんな事が有り得るわけがない」

「今まで前例がなかっただけだろ。今こうやって俺がこの力を使っているんだ。認めろよ」

 この力は、俺自身と俺と繋がりがある人達を護る為にある。

 決して誰かを攻撃するものではない。ただ護る事に特化した能力。

 この力があれば女神を救い出す事が出来るかもしれない。

「私達も一緒に戦うわ」

「マスターだけが戦う必要ないもん!」

「あの女神を正気に戻す」

「あぁ、そうだな。皆の力も頼らせて貰う」

「ようやく本当の意味で主様が頼ってくれましたね」

「本当よ。全くあなたは頭が堅いんだから」

「すまない」

 こんな状況だと言うのに皆が笑っている。

 この中に女神も入れば完璧だと思っている。それは皆同じ気持ちだ。

「詩織。今そこに行くからな」

 俺は誰に聞かせるでもなくただそう呟いた。

 そして。

「行くぞ皆!」

「「「了解!」」」

 俺はその場で力を溜める。

 その間に皆が女神へと近づいて行く。真っ先に攻撃を仕掛けたのはフェイだった。

「女神! こんな事しててあなたは辛くないの!? 好きな人に殺してしまう程の攻撃をして!」

「黙れ。我と共にあるのは絶望だけだ」

「そんな事ない! 女神はいつも私達を笑わせてくれて、辛い時は助けてくれた! 私はそれが嘘だとは思わない!」

「黙れと言っている」

「いや黙らない! 女神が元に戻るまでは!」

 説得をしながら堕女神へ鋭い一撃を繰り出していたが、堕女神に払われて当てることは出来なかった。そしてそのまま衝撃波を食らって飛ばされていく。

 俺の能力でダメージはないと思うが、慣性はどうにも出来ないようだ。

「めがみ! マスターに意地悪するのやめるの! マスターは女神の事が好きなの! だからやめるの!」

「……我にそんなもの必要……ないのだ」

「嘘は吐いたらダメなの! 今のめがみは悲しそうなの! だからマスターの好きをちゃんと受けるの!」

「……必要ない!」

「そんな事ないもん! わたしは分かるもん! 女神がマスターの好きをどれだけ欲しかったか!」

 ゼロも自分の分体を作り大量に堕女神に押し寄せていたが、フェイの時とは違い、全方位への衝撃波により全て飛ばされていく。

 次に攻撃を仕掛けたのはレンとリンだった。

「主様からの好意を受けながら、それを自ら放棄するなど考えられません」

「私達は正直にあるじさまに想いを伝えました! 後は女神さまがちゃんと元の姿に戻って幸せになるだけです!」

「……幸せなど! そんなのは不要なのだ! 我には絶望だけあればいいのだ!」

「絶望だけなんてそんなの悲しいだけですっ! 女神さまはいつも希望を持っていたではないですかっ!」

「主様の記憶の中で女神様は主様を命を掛けて護ったのですよ。それは主様の事を愛していたからにほかならないのではないですか?」

「幸せなど不愉快だ……っ!」

「不愉快だと、そう言うなら何故そんなに焦る必要があるのですか?」

「焦るのは女神さまの心に幸せを求める心がまだあるからじゃないのですかっ!」

 レンとリンは互いにの攻撃の時に堕女神に出来る死角から攻撃をしていた。

 だか最後にはそれも見切られ、レンが掴まれてリンの方に飛ばされる。リンはレンを受け止めて後ろへと飛んでいった。

「私は女神さんの事よく分かりません。ただ同じ神の力を扱う者として女神さんが苦しんでいる気がしているんです」

「我を憐れむな! 我はお前のような紛い物とは違う!」

「確かにそうです。ですが、紛い物なりに出来る事だってあるんです。女神さんは一人で塞ぎ込んでいた私を救ってくれた人の一人です。だから私は女神さんを助けます」

「私はこれで完全体なのだ……っ! だから――っ!」

「そうです。そうやって心を揺らして下さい。そしてその心が揺れる意味を。揺れた意味をよく考えて下さい」

 ニーナは神力を言葉に乗せ、言霊として攻撃をしていた。

 それは堕女神の心を直接揺らし、そしてその奥にいた一人の存在を目覚めさせる事に集中する。

 それが鬱陶しい堕女神はニーナに神力を乗せた光線を放ち、ニーナを戦線離脱させようとする。

 ニーナは重心を下げ、遠くまで飛ばされるのを防いだが、後方まで飛ばされる。

「女神。そこまでにした方がいい。そのまま誰かを傷つけるなら彼が――マモルが悲しむ」

「――っ! う、うるさい! そんなのしった事か!」

「女神は誰かが傷つくのを許さない。中でも一番はマモル。だったらマモルの悲しむ姿だけは自分で作っちゃダメ。あたし達もマモルの悲しむ姿なんて見たくない」

「だからなんだ……! 私は――私はぁ!!」

「あたし達は女神を信じてる。だからすぐに戻ってくるといい」

 いつもミルは魔法を軸に戦うスタイルをとっているが、今回だけは接近していた。

 魔力転化を使って、出来るだけ善戦できるようにしていた。

 だが、堕女神の振りかざした拳によって飛ばされてしまう。

 ミルは飛ばされていても持ち前の魔法で次々に攻撃を行っていた。

 そして最後にジュリが近付いていく。

「女神。私が櫻井愛美だって知ってたみたいね。だからなの? マモルをこの世界に連れて来たのは?」

「知るわけない! 私は絶望を司る神だ!」

「私はあの時マモルを助けて死んだ。詩織だってそうだったんでしょ? だったら絶望なんてなくて、少しの未練と多くの誇りに満ちてたんじゃないの?」

「――うあああぁ!!!」

「心残りだった未練だってこの世界に来れた事でなくなった。櫻井愛美だった時のお父さんとお母さんは元気だってわかったから。詩織。あなたの心残りってマモルの側にずっといる事じゃなかったの? そのままじゃ叶えられるものも叶えられなくなるよ」

「――ああああああああああ!!!!!」

 ジュリは一切攻撃を仕掛けなかった。ただ、女神を――詩織を想った慈しみの囁きだけを堕女神にぶつけた。

 それによって堕女神は錯乱状態に落ち込んだ。辺りに所構わず衝撃波や閃光を放ちまくる。

 堕女神の中では皆の呼び掛けで目覚めた詩織が必死で頑張っているのだろう。

 堕女神の一人称が『我』から『私』になった事もそのせいかもしれない。

 ただ苦しいのだろう。堕女神の人格と詩織の人格は互いに殺しあっているようなものだ。

 そんなのは悲しいではないか。だったら俺が。

「……今から行くからな」

 俺は錯乱している堕女神に近付く。

 衝撃波や閃光をスキルを駆使し受け流して、確実に一歩ずつ。

「ああぁあああぁああぁああ!!!」

 俺が堕女神の元に辿り着いたとき、彼女の目には黒い涙が流れていた。

「女神……辛いよな。今、楽にしてやるからな」

 俺は優しく堕女神に抱擁した。

 それと同時に俺の護る力を堕女神に流し込む。

 すると徐々にだが堕女神は落ち着きを取り戻し始める。

「堕女神はニンゲンの怨念じゃないかって思っていたんだ。教皇がお前を作ったのなら、その可能性があるって。だけど怨念だけを持っていても辛いだけだ。もう楽になってくれ。お前がどれだけ幸せを望んでいたかは分からないが、今は辛くてもいつからは幸せになれるから」

 俺は堕女神に向かってそう話しかける。

「……我は幸せを求めていたのか」

「それはお前の流してる涙が証明してくれるさ」

「……そうか。我は……幸せ……に……」

 堕女神が徐々に浄化されていく。流れていた黒い涙が徐々に透明になり、全体的に黒かった体が本来の白く輝く肌に戻っていく。

 堕女神が行使していた鏡と盃は『希望の鏡』と『創造の盃』へと本来の姿を取り戻した。

 そして堕女神が完全に浄化されたとき、彼女が再び俺の元に戻ってきた。

「おかえり、詩織」

「ただいま、護琉」

 『ただいま』と言った詩織の頬は濡れていた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品