異世界に転生したので楽しく過ごすようです
第186話 女神の真実と彼の名のようです
俺は教皇に勝てた。
その事実が俺に安堵をもたらす。
今までしてきた事が無駄ではなかったのだと言う事実に報われた気になる。
俺の視界には、戦いを見守ってくれていた信頼出来る仲間達がいる。
皆は俺が教皇を倒した事を認識し、喜び笑い合っている。中から良くやったとそういう声が聞こえてくる。
それだけで俺の心は満たされていく。自分を認めてくれている事に嬉しくなる。
だから俺は皆に向かって手を挙げて、皆と同じ様に笑う。そして一言、皆に感謝の言葉をかける。
「皆! ありが――」
「危ないっ!!!」
正確には感謝の言葉をかけようとしたのだ。
今俺の目に映っているのは、稀にしか見ない女神の必死な顔と両手を前に突き出した格好だ。
全ての動きがスローモーションになっている。思考加速がフル稼働しているのだろう。
この女神は何をしてるんだと思っていると段々距離が出来きてきた。
何故、女神は遠くに行くんだと疑問を感じた。喜んでくれるのなら普通近付いて来るのではないかと。
女神なら喜んでくれて、俺と普段と変わらない言い合いをしてくれると思っていたのに何故なんだと。
その瞬間、ふとした浮遊感に襲われた。これにより自分が今どんな事になっているのかに気付いた。
俺は今宙に浮いているのだ。
その状態になって初めて自分が女神に突き飛ばされたのだと思い至った。
そして、女神の格好が俺のトラウマの光景と偶然にも一致してしまった。
フラッシュバックするトラウマの光景。
俺を突き飛ばし、代わりに車に撥ねられる彼女。
すぐさま彼女に近寄って、名を呼びかけるのだ。
「――シオリッ!」
口にしてしまった彼女の名。
彼女が死んでから一度も口にしなかったその彼女の名を叫んだ。
俺は自分が殺してしまったという後悔と自戒の為に彼女の名を口にしないようにしていたというのに、フラッシュバックしたばかりに名を叫んてしまった。
大声で叫んだから女神にも聞こえていただろう。不審がられると思っていた。さっきのは誰だと言及されると思っていた。
しかし女神は一瞬驚いたかと思うと、嬉しそうに笑ったのだ。
俺にはその笑みの意味が分からなかった。何故、知らない人の名を呼ばれて笑ったのかという疑問が更にのしかかってきた。
「めが――っ!」
俺は女神を呼ぼうとした。彼女になぜ笑ったのか聞きたかったからだ。
だが、その女神にドス黒い何かが覆い被さった事で言葉に詰まったのだ。
「ああぁぁああ!!!」
女神の聞いたこともない絶叫が鼓膜を震わした。
俺が地面に倒れたのはその時だ。
あの時は彼女に飛ばされて怪我をしたが、今の俺はあの時よりも頑丈になっている為怪我はしていない。
「あぁあ!!! ああああああああっっ!!」
尚も彼女の絶叫は続いている。
俺はどうしていいのか分からなかった。トラウマがフラッシュバックしてきた事や予想外の事が起きたせいで取り乱してしまったのだ。
どうしていいかが分からなかったのは皆も一緒だった。呆気に囚われ、目の前で起きている事実が飲み込めていないようだった。
その後すぐにドス黒い何かは霧散していった。それにより女神は絶叫を上げ無くなり、力なく地に落ちる。
「女神!!」
俺はようやく行動が起こせるようになった。
震える足で彼女の元に急いだ。千鳥足の様で真っ直ぐ進む事は難しかったが、それでも出来るだけ急いだ。
俺は女神の元に着くと同時に、彼女の頭を抱えて、呼びかける。
「女神! 大丈夫か!」
「……ぁ」
女神はぐったりとしており、言葉を発するのもやっとの様だった。
「なま……え……」
彼女が俺の手を力なく握ってくる。
「……やっ……と……」
彼女の目から黒く濁った涙が流れる。
「……よ……んで……」
必死に次の言葉を紡ごうとする。
「くれ……た……ね……」
彼女は言い終わるとか細く笑った。その姿は触れてしまえば壊れてしまうようで、俺には怖かった。
そんな彼女が俺に言ってくれた事。
『やっと名前呼んでくれたね』
その言葉に俺は混乱する。
俺がこの状況で呼んだ名なんて一つしかない。
その事を含めて俺は混乱したのだ。
俺は恐る恐る彼女に問う。
「シオリ……なのか……?」
彼女は俺の腕の中でゆっくりと小さく頷いた。
「そん……な……そんな事って……」
「ごめん……ね……」
彼女は喋る事が辛いだろうに、申し訳なさそうに謝る。
「わた……し……まもる……って……やくそく……したのに……ね……」
「もう喋るな! それ以上は――っ!」
俺の目から頬を濡らす涙が流れる。
その涙を見た女神は俺に気丈に笑いかける。
その笑顔が痛々しくて更に俺の心を締め付ける。
「……だい……じょう……ぶ……」
「――――」
「……わたし……が……きみ……を……すくって……あげるから……」
「――――」
「……だか……ら……あんしん……して……」
「おま……え……」
生前の彼女の口癖だった言葉。
『大丈夫。私が君を救ってあげるから。だから安心して』
それを寸分違わずに口にした。
俺が今抱いているのは間違いなくシオリだと確信した。
「シオリッ! 分かったから! それ以上は話すな! またお前を失ったら俺はどうすればいいのか分からねぇよ!」
「……うれし……かった……またあえ……て……」
俺の言葉を無視して喋り続けるシオリ。俺は必至に止めるように言う。
だが、シオリは話し続ける。
「……わたし……もう……たすから……ない……みたい……」
「そんな事言うなよ! シオリがいなきゃ俺は――っ!」
「……こんど……は……あのこ……たちが……きみを……すくって……くれる……から……」
「シオリも一緒じゃなきゃダメだ! もう皆もシオリといる事が普通になってるんだよ!」
「ごめん……ね……」
やっぱり心配かけないように痛々しく笑いかけるシオリ。
「クフ……クフフフ……」
薄気味悪い悪い笑いが俺の背後から聞こえる。
「この時を待ってましたよ……」
地面に這い蹲ったままの教皇が話始めた。悪魔化した事ですぐには死ななかったのかもしれない。
「お前がやったのか」
「だとしたらどうするのです?」
俺は抱いていた女神をそっと横たえて、教皇に近付いていく。
「ひっ!」
明らかに怯えた様子を見せる教皇。
こいつだけは絶対に許さない。生きる事も死ぬ事も許さない。虚空の世界に飛ばしてやる。
俺は拳を強く握りながら、一つ一つ地を踏みしめ、恐怖を煽りながら近付いて行った。
◇◆◇◆◇
「あやつのあのオーラは一体なんだ!?」
「あそこ一帯の光が歪んでおるのじゃ!」
「彼に何が……」
彼の様子を見ていた三人の王が口を揃えて何が起こったのか、何があったのかを誰かに問う。
そこへ、神の力を使って悪魔を浄化していた少女が現れる。
「今のあの人は、深い悲しみと憎しみに囚われています。それは私のお父さんよりも強く、あの状態が続くと人としての心が壊れてしまいます」
「ニーナ! それは本当なの!?」
そこへ六人の少女が近付いてくる。彼女達の誰もが、困惑した表情をしており、落ち着きがない。
「神力の効果で、ある程度の感情の起伏は分かるようになってるから確実だと思う」
「マスターが……」
一人の少女が落ち込んだように彼を呼ぶ。
その少女だけではない。その場にいた少女達、彼をよく知っている者達、彼の異様なオーラを目の当たりにした者達、それぞれが同じような状態であった。
今の彼は、そこに倒れている教皇だった悪魔へと近付いている。地を踏みしめる度に足元の草は枯れ果て、砂になって朽ちていく。
更にあれだけの強さを持っていた悪魔を恐怖で竦ませている。殺気を直で受ける事の恐怖は遠目で見ている者より何倍もあるのだろう。
彼は遂に教皇の元へと辿り着いた。
「生きる事も死ぬ事も許されぬ虚空に消えろ。そして何事にも耐え難い恐怖を味わえ」
彼を見ていた者達は彼のその声がはっきりと聞こえていた。そして彼の手から、何色とも分からない空間が現れる。
「やめ……やめろおおぉぉぉ!!!!」
教皇は叫び声を上げ、地を這いながら無様に逃げ回る。
「お前はシオリが絶叫していても止めなかっただろ。俺がお前の言う事を聞く道理はない」
彼はそのまま教皇をその空間に捕らえて閉じ込め、虚空の入口とも言える穴を塞いだ。
「なによ……あれ……」
一人の少女がその光景を見て絶句する。
今のは人の身でできるものではないとここにいる全ての者が直感的に理解していた。しかし、たった今目の前で一人の悪魔がそれの餌食となった。
その場から誰一人として動かない。いや、動けなかった。彼のその異様なまでのオーラと、先程の意味の分からない攻撃を見たせいで。
しかし、それも終わりを告げる。
たった一人のまだ辛うじて神の状態を保っている少女によって――
◇◆◇◆◇
これで悪魔は処理した。だが、この怒り憎しみは尽きる事は無かった。
この際だ、全ての悪魔へ復讐をしに行こうか。
全てはこの悪魔が元凶だ。ならば悪魔を全て消滅させれば俺の気も治まるかもしれない。
気が狂っていた俺が悪魔の住む次元を探し始めた時だった。
「――マモル」
俺の脳を震わす一言が、懐かしい声音によって囁かれた。
それにより、俺の今やろうとしていた事や、今までの怒りと憎しみが散っていく。
そしてそこへは代わりに彼女への想いが入り込んだ。
「シオリッ!」
「……それは……ダメ……だよ……」
「済まない……シオリをこんなにされて気が狂っていたみたいだ……。もう大丈夫だ。だから安心していい」
「……う……ん……」
シオリはさっきも合わせて二度も俺を救ってくれた。感謝の気持ちでいっぱいだ。
「……いままで……ありが……とう……ね……」
唐突にシオリが感謝の言葉を口にした。俺は瞬時に嫌な予感がした。
「……さいご……まで……いっしょ……にいられ……ないの……ざんねん……だけど……たのし……かった……」
「そんな事言うの止めてくれよ……」
「……きみを……まもって……くれるひと……たち……もできた……」
「なあ……」
「……だから……もう……あんしん……だね……」
「お前がいなきゃ――」
「……マモル――」
「――だいすき」
シオリは俺の名を呼んで、この人生で今まで一番聞きたかった言葉を言ってくれた。
「シオリィィッッ!!!」
シオリの胸から黒い何かが吹き出す。
それはシオリの体に纏い、覆っていく。
倒れていたシオリの体が徐々に浮いていく。
それに比例するようにシオリの体に纏う黒い何かが、シオリを包んだまま大きな球状を形成していく。
それが空に浮かぶ太陽と重なった時、その場に留まる。
「な、なにが――」
その瞬間、その黒い球体にヒビが入る。
パリィィィン!!!
耳を劈く様な音と共に球体は割れた。
そして中から何かが生まれる。
「シオ……リ……?」
俺の口からはその言葉が出た。そうであって欲しいと言う希望が入っていたのだろう。
しかし、そんな希望はすぐに打ち砕かれた。
『我は絶望を司る神である。愚かで矮小なる全てのニンゲンよ。お前達に絶望を与えてやる。感謝するがいい』
絶望を司る神と言った者は正確には堕ちた女神、『堕女神』とも言うべき者がいた。
肌は仄暗く、目は赤黒い。悪魔だと言われても遜色ないが、背中に生えている六つ三対の黒い羽が悪魔のものではなく、天使や女神の羽である。
更に着ている服からは瘴気が漂っているのか、少し靄がかかったようになっている。
そして、この『堕女神』はここにいる者達だけでなく、遥か後ろにいる軍の方にも向かってこう宣言した。
『恐れ戦け。泣き喚け。我を楽しませるがいい!』
と――。
ここからが本番です。
その事実が俺に安堵をもたらす。
今までしてきた事が無駄ではなかったのだと言う事実に報われた気になる。
俺の視界には、戦いを見守ってくれていた信頼出来る仲間達がいる。
皆は俺が教皇を倒した事を認識し、喜び笑い合っている。中から良くやったとそういう声が聞こえてくる。
それだけで俺の心は満たされていく。自分を認めてくれている事に嬉しくなる。
だから俺は皆に向かって手を挙げて、皆と同じ様に笑う。そして一言、皆に感謝の言葉をかける。
「皆! ありが――」
「危ないっ!!!」
正確には感謝の言葉をかけようとしたのだ。
今俺の目に映っているのは、稀にしか見ない女神の必死な顔と両手を前に突き出した格好だ。
全ての動きがスローモーションになっている。思考加速がフル稼働しているのだろう。
この女神は何をしてるんだと思っていると段々距離が出来きてきた。
何故、女神は遠くに行くんだと疑問を感じた。喜んでくれるのなら普通近付いて来るのではないかと。
女神なら喜んでくれて、俺と普段と変わらない言い合いをしてくれると思っていたのに何故なんだと。
その瞬間、ふとした浮遊感に襲われた。これにより自分が今どんな事になっているのかに気付いた。
俺は今宙に浮いているのだ。
その状態になって初めて自分が女神に突き飛ばされたのだと思い至った。
そして、女神の格好が俺のトラウマの光景と偶然にも一致してしまった。
フラッシュバックするトラウマの光景。
俺を突き飛ばし、代わりに車に撥ねられる彼女。
すぐさま彼女に近寄って、名を呼びかけるのだ。
「――シオリッ!」
口にしてしまった彼女の名。
彼女が死んでから一度も口にしなかったその彼女の名を叫んだ。
俺は自分が殺してしまったという後悔と自戒の為に彼女の名を口にしないようにしていたというのに、フラッシュバックしたばかりに名を叫んてしまった。
大声で叫んだから女神にも聞こえていただろう。不審がられると思っていた。さっきのは誰だと言及されると思っていた。
しかし女神は一瞬驚いたかと思うと、嬉しそうに笑ったのだ。
俺にはその笑みの意味が分からなかった。何故、知らない人の名を呼ばれて笑ったのかという疑問が更にのしかかってきた。
「めが――っ!」
俺は女神を呼ぼうとした。彼女になぜ笑ったのか聞きたかったからだ。
だが、その女神にドス黒い何かが覆い被さった事で言葉に詰まったのだ。
「ああぁぁああ!!!」
女神の聞いたこともない絶叫が鼓膜を震わした。
俺が地面に倒れたのはその時だ。
あの時は彼女に飛ばされて怪我をしたが、今の俺はあの時よりも頑丈になっている為怪我はしていない。
「あぁあ!!! ああああああああっっ!!」
尚も彼女の絶叫は続いている。
俺はどうしていいのか分からなかった。トラウマがフラッシュバックしてきた事や予想外の事が起きたせいで取り乱してしまったのだ。
どうしていいかが分からなかったのは皆も一緒だった。呆気に囚われ、目の前で起きている事実が飲み込めていないようだった。
その後すぐにドス黒い何かは霧散していった。それにより女神は絶叫を上げ無くなり、力なく地に落ちる。
「女神!!」
俺はようやく行動が起こせるようになった。
震える足で彼女の元に急いだ。千鳥足の様で真っ直ぐ進む事は難しかったが、それでも出来るだけ急いだ。
俺は女神の元に着くと同時に、彼女の頭を抱えて、呼びかける。
「女神! 大丈夫か!」
「……ぁ」
女神はぐったりとしており、言葉を発するのもやっとの様だった。
「なま……え……」
彼女が俺の手を力なく握ってくる。
「……やっ……と……」
彼女の目から黒く濁った涙が流れる。
「……よ……んで……」
必死に次の言葉を紡ごうとする。
「くれ……た……ね……」
彼女は言い終わるとか細く笑った。その姿は触れてしまえば壊れてしまうようで、俺には怖かった。
そんな彼女が俺に言ってくれた事。
『やっと名前呼んでくれたね』
その言葉に俺は混乱する。
俺がこの状況で呼んだ名なんて一つしかない。
その事を含めて俺は混乱したのだ。
俺は恐る恐る彼女に問う。
「シオリ……なのか……?」
彼女は俺の腕の中でゆっくりと小さく頷いた。
「そん……な……そんな事って……」
「ごめん……ね……」
彼女は喋る事が辛いだろうに、申し訳なさそうに謝る。
「わた……し……まもる……って……やくそく……したのに……ね……」
「もう喋るな! それ以上は――っ!」
俺の目から頬を濡らす涙が流れる。
その涙を見た女神は俺に気丈に笑いかける。
その笑顔が痛々しくて更に俺の心を締め付ける。
「……だい……じょう……ぶ……」
「――――」
「……わたし……が……きみ……を……すくって……あげるから……」
「――――」
「……だか……ら……あんしん……して……」
「おま……え……」
生前の彼女の口癖だった言葉。
『大丈夫。私が君を救ってあげるから。だから安心して』
それを寸分違わずに口にした。
俺が今抱いているのは間違いなくシオリだと確信した。
「シオリッ! 分かったから! それ以上は話すな! またお前を失ったら俺はどうすればいいのか分からねぇよ!」
「……うれし……かった……またあえ……て……」
俺の言葉を無視して喋り続けるシオリ。俺は必至に止めるように言う。
だが、シオリは話し続ける。
「……わたし……もう……たすから……ない……みたい……」
「そんな事言うなよ! シオリがいなきゃ俺は――っ!」
「……こんど……は……あのこ……たちが……きみを……すくって……くれる……から……」
「シオリも一緒じゃなきゃダメだ! もう皆もシオリといる事が普通になってるんだよ!」
「ごめん……ね……」
やっぱり心配かけないように痛々しく笑いかけるシオリ。
「クフ……クフフフ……」
薄気味悪い悪い笑いが俺の背後から聞こえる。
「この時を待ってましたよ……」
地面に這い蹲ったままの教皇が話始めた。悪魔化した事ですぐには死ななかったのかもしれない。
「お前がやったのか」
「だとしたらどうするのです?」
俺は抱いていた女神をそっと横たえて、教皇に近付いていく。
「ひっ!」
明らかに怯えた様子を見せる教皇。
こいつだけは絶対に許さない。生きる事も死ぬ事も許さない。虚空の世界に飛ばしてやる。
俺は拳を強く握りながら、一つ一つ地を踏みしめ、恐怖を煽りながら近付いて行った。
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「あやつのあのオーラは一体なんだ!?」
「あそこ一帯の光が歪んでおるのじゃ!」
「彼に何が……」
彼の様子を見ていた三人の王が口を揃えて何が起こったのか、何があったのかを誰かに問う。
そこへ、神の力を使って悪魔を浄化していた少女が現れる。
「今のあの人は、深い悲しみと憎しみに囚われています。それは私のお父さんよりも強く、あの状態が続くと人としての心が壊れてしまいます」
「ニーナ! それは本当なの!?」
そこへ六人の少女が近付いてくる。彼女達の誰もが、困惑した表情をしており、落ち着きがない。
「神力の効果で、ある程度の感情の起伏は分かるようになってるから確実だと思う」
「マスターが……」
一人の少女が落ち込んだように彼を呼ぶ。
その少女だけではない。その場にいた少女達、彼をよく知っている者達、彼の異様なオーラを目の当たりにした者達、それぞれが同じような状態であった。
今の彼は、そこに倒れている教皇だった悪魔へと近付いている。地を踏みしめる度に足元の草は枯れ果て、砂になって朽ちていく。
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彼は遂に教皇の元へと辿り着いた。
「生きる事も死ぬ事も許されぬ虚空に消えろ。そして何事にも耐え難い恐怖を味わえ」
彼を見ていた者達は彼のその声がはっきりと聞こえていた。そして彼の手から、何色とも分からない空間が現れる。
「やめ……やめろおおぉぉぉ!!!!」
教皇は叫び声を上げ、地を這いながら無様に逃げ回る。
「お前はシオリが絶叫していても止めなかっただろ。俺がお前の言う事を聞く道理はない」
彼はそのまま教皇をその空間に捕らえて閉じ込め、虚空の入口とも言える穴を塞いだ。
「なによ……あれ……」
一人の少女がその光景を見て絶句する。
今のは人の身でできるものではないとここにいる全ての者が直感的に理解していた。しかし、たった今目の前で一人の悪魔がそれの餌食となった。
その場から誰一人として動かない。いや、動けなかった。彼のその異様なまでのオーラと、先程の意味の分からない攻撃を見たせいで。
しかし、それも終わりを告げる。
たった一人のまだ辛うじて神の状態を保っている少女によって――
◇◆◇◆◇
これで悪魔は処理した。だが、この怒り憎しみは尽きる事は無かった。
この際だ、全ての悪魔へ復讐をしに行こうか。
全てはこの悪魔が元凶だ。ならば悪魔を全て消滅させれば俺の気も治まるかもしれない。
気が狂っていた俺が悪魔の住む次元を探し始めた時だった。
「――マモル」
俺の脳を震わす一言が、懐かしい声音によって囁かれた。
それにより、俺の今やろうとしていた事や、今までの怒りと憎しみが散っていく。
そしてそこへは代わりに彼女への想いが入り込んだ。
「シオリッ!」
「……それは……ダメ……だよ……」
「済まない……シオリをこんなにされて気が狂っていたみたいだ……。もう大丈夫だ。だから安心していい」
「……う……ん……」
シオリはさっきも合わせて二度も俺を救ってくれた。感謝の気持ちでいっぱいだ。
「……いままで……ありが……とう……ね……」
唐突にシオリが感謝の言葉を口にした。俺は瞬時に嫌な予感がした。
「……さいご……まで……いっしょ……にいられ……ないの……ざんねん……だけど……たのし……かった……」
「そんな事言うの止めてくれよ……」
「……きみを……まもって……くれるひと……たち……もできた……」
「なあ……」
「……だから……もう……あんしん……だね……」
「お前がいなきゃ――」
「……マモル――」
「――だいすき」
シオリは俺の名を呼んで、この人生で今まで一番聞きたかった言葉を言ってくれた。
「シオリィィッッ!!!」
シオリの胸から黒い何かが吹き出す。
それはシオリの体に纏い、覆っていく。
倒れていたシオリの体が徐々に浮いていく。
それに比例するようにシオリの体に纏う黒い何かが、シオリを包んだまま大きな球状を形成していく。
それが空に浮かぶ太陽と重なった時、その場に留まる。
「な、なにが――」
その瞬間、その黒い球体にヒビが入る。
パリィィィン!!!
耳を劈く様な音と共に球体は割れた。
そして中から何かが生まれる。
「シオ……リ……?」
俺の口からはその言葉が出た。そうであって欲しいと言う希望が入っていたのだろう。
しかし、そんな希望はすぐに打ち砕かれた。
『我は絶望を司る神である。愚かで矮小なる全てのニンゲンよ。お前達に絶望を与えてやる。感謝するがいい』
絶望を司る神と言った者は正確には堕ちた女神、『堕女神』とも言うべき者がいた。
肌は仄暗く、目は赤黒い。悪魔だと言われても遜色ないが、背中に生えている六つ三対の黒い羽が悪魔のものではなく、天使や女神の羽である。
更に着ている服からは瘴気が漂っているのか、少し靄がかかったようになっている。
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