異世界に転生したので楽しく過ごすようです

十六夜 九十九

第95話 武道会優勝者が決定したようです

 遂に決勝戦が始まった。俺は刀を取り出し、構える。フェルトも俺と同じく構えの格好をとった。

 それからは動かず睨み合い、お互い探り合いをする。

 するとフェルトから声がかかった。

「一つだけ言っておくけど、さっきのあれはなし。あれしたら会場飛ぶから」

 そんな事になったらめちゃくちゃ大惨事だな。気をつけよう。

「了解だ」

「ちなみに会場を飛ばさないレベルのものなら何でもオッケーだから!」

 フェルトは暗に強烈な攻撃を望んでいると言っている。期待に添えることが出来るのかはわからんがまぁやるしかないだろう。

 俺は少し気を抜いたフェルトが瞬きをした瞬間に動き出す。そして、フェルトの死角へと潜り込み、気付かれないうちに接近し、刀を横薙ぐ。

 しかしフェルトは、死角からの攻撃をさも当然のように避けた。

 帝王様と戦った時もだったな……。どこにいても捕捉されている。何か種があるはずなんだが……。

 俺は頭の隅でそんな事を考えながらフェルトへ次々に攻撃を仕掛けていく。だが、その攻撃全てがフェルトには届かない。

 転移を織り込んで攻撃を始めたが、それでも届かない。

 フェルトはずっと涼しい顔をして避け続ける。

 俺はその顔を見て腹立たしくなり、触手を出しフェルトの体を固定する。

 いきなり体が動かなくなったフェルトは、驚き戸惑う。

 俺はその一瞬の隙を突き、フェルトに袈裟斬りをする。

 斬られたフェルトから鮮血が飛び、赤黒い血が流れ出す。

「ちょっと油断し過ぎた……!」

 フェルトは斬られたことに対して心の声の様なものを漏らす。

 しかし、フェルトは流石だ。

 俺が袈裟斬りをした時、がっちりと固定していたはずなのに、斬られまいと後に下がったのだ。

「ちょっと痛いけど、我慢出来ない程じゃない」

 フェルトは血を流しながら、動き始める。

 俺を殴りつけてきたり、蹴りを加えてきたりしてくる。それらの攻撃は早く、重さの乗ったものだ。

 そんな体でよくそんなことができるな……。

「……だが、そっちがその気なら……!」

 俺は即座に反撃に出る。まずはフェルトの思考を読んで裏をかくことにする。

 その為には攻撃がくるところに警戒を強め、逆に警戒が緩んでいるところへ魔法を打ち込むのが一番だろう。

 俺はフェルトの死角で、氷魔法によるアイスランスを作っていく。

 そして、気が逸れた時にそれを放つ。

 だが、またしてもフェルトが感づき俺の攻撃が躱されていしまう。

 くそっ、まただ。死角からの攻撃にも反応される……。それをどうにかしなければ。

「不思議そうな顔してるね。からくり教えてあげようか?」

 するといきなりフェルトがそんなことを言い出した。フェルトはさらに続ける。

「どうせ教えたとしても対処出来ないだろうし」

「……自信ありげだな」

「まーね」

 俺の皮肉に、鼻を鳴らし答えるフェルト。そして、種明かしが始まった。

「私達銀狼族は特別鼻がいいの。だからどこに移動しても、匂いで分かっちゃうの。それに私には魔力を嗅ぎ分ける力があるから魔法を使われても分かるというわけ」

 確かにこれは対処のしようがないな。ただ鼻を封じることが出来ればいいのだが、あいにくそれができるようなものは持ってない。

 という事はこそこそするより真っ向から勝負したほうがいいのかもしれん。

「どうする?降参でもする?」

 フェルトは煽りを入れてくる。

 ここで激情してはだめだ。冷静にならなければ。

「まさか。ちょうど真っ向勝負しようかと思ったところだ」

「それでこそだよ!やっぱり強い者との戦いは楽しいね!」

 フェルトはさっきより、一層やる気に満ち溢れている。

 しまった、ちょっとめんどくさいことになったかもしれん。

 その予想はすぐに的中した。

「ブースト1、速度制限解除。続けてブースト2、筋力制限解除……。さぁいくよ」

 フェルトは一気に二段階パワーアップをしてきた。俺は急ぎ支援魔法を発動させる。

 だが、発動させただけで完全ではない時に、フェルトが襲いかかってきた。

「強化なんてやらせない」

「ぐっ……!」

 俺は支援魔法は完全にかけることはできず、更にはフェルトの攻撃によって吹っ飛ぶ。

 受け身をしっかりとり、俺が立ち上がった時にはフェルトは既にすぐそこへと迫っていた。

 このままではジリ貧で俺は負けてしまう。何かいい方法があれば……。

 その時、頭の中であのアナウンスが流れてきた。

《分身を取得しました》

《遠隔操作を取得しました》

《予知予測を取得しました》

 新しいスキルか!これを使えば……!

 俺はまず予知予測を使った。

 するとフェルトの近くに半透明の影のようなものか見えた。思考解読と合わせて使うことでそれがフェルトの行動の一歩先を再現している事がわかった。

 俺はその影の攻撃をみて、フェルトの攻撃を躱す。そして、転移で一旦フェルトから距離を取る。

 距離を取ったらすぐに分身を使い、俺の分身を出す。分身の数は四人が限度だった。

 本物そっくりな分身は、ただそっくりなだけで、動く事はできなかった。そこで遠隔操作の登場だ。

 俺は並列思考をフル活用し、分身を操る。

「ふ、ふえた……?本物は誰……っ!匂いが全て一緒!?これだと誰が本物か分からない!」

 フェルトは分身に驚いている。

「じゃ行くぞ俺達。魔法がダメならスキルをフル活用するんだ」

「「「「おう!」」」」

 ……俺が遠隔操作しているとはいえ、自分を操作するってちょっと気持ち悪い。

「こうなったら全員相手になるしななさそうね……」

 フェルトは俺と分身の俺達を一挙に相手を始める。

 俺は分身の視界を共有のスキルを使い、リンクさせる。更には思考解読、並びに予知予測によって完全な先読みをする。

 それにより、こちらの攻撃は当たるが、フェルトの攻撃は当たらない状態だ。

 ズキッ!

 くっ、頭が!少し脳を使い過ぎたか……!

 俺の頭痛の隙を突き、俺から距離をとるフェルト。

 フェルトは俺の攻撃を食らって体が傷だらけだ。

「流石にこのままじゃ私が危ない。もうあれをするしかない……」

 俺はなおも頭痛が続き、フェルトのその呟きを聞いていなかった。

 そして、遂にフェルトが本気を出す。

「ブースト3、獣化……!」

 フェルトの体が徐々に体毛で覆われ始め、牙が現れ、爪が鋭く伸びる。

 完全に獣化が終わった時には、大きな体躯に、全身が銀色の毛、さらに狼のような風貌をしながらも半人半獣で二本の足で地面に立っていた。

 太陽の光に反射して銀色に眩しく輝き、威厳がある立ち姿は美しく見えた。

「もう手加減なしだから。いつでもかかってきなさい」

 フェルトはかかってこいと指で示してくる。

 俺は危険だと分かっていても、頭の痛みを痛覚遮断でないものとし、フェルトへ攻撃を仕掛る。

 さっきと同様に攻撃をしていくが、どこか異変を感じた。

 俺はその異変を探った。それはすぐに分かることだった。さっきまでただ攻撃を食らっていただけのフェルトが、俺の攻撃をいなし続けていたのだ。

 更にフェルトのスピードが上がったことによって予知予測の影の動きからフェルトの動きまでの差がほとんどなくなっている。

 これでは先を読んでいるというハンデがないのと同じだ。

 すると分身の一人が、攻撃を後に受け流されてバランスを崩し、腹部に膝蹴りを食らった。

 あまりにも強烈な攻撃に、一撃で分身は消え去った。

「まだまだ行くよ」

 フェルトはそう言って分身をまた一つ消し去る。

 獣化するとこれ程までに強くなるとは……!せめてフェルトの動きを封じること出来れば……!

 そういているうちに、分身の一人がやられてしまった。残りの分身はあと一人だ。

「残りの二人。さて、どっちが本物なのかな?」

 フェルトは目にもとまらぬ速さで二人同時に攻撃を仕掛けてきた。

 分身も俺もガードすることは出来たが、その重い攻撃によって分身は消え、俺は片腕が折れた。

「そっちが本物か。じゃあもう終わらせるよ」

 フェルトが俺に突っ込んでくる。

 この攻撃に当たればやられてしまうだろう。なら一か八かの賭けに出てみるものいいかもしれん。

 俺は突っ込んでくるフェルトに意識を集中し、予知予測で攻撃してくる箇所をしっかりと把握する。

 俺は今から重量操作によってフェルトを軽くする。

 だが、もし失敗すれば一撃で俺が沈むだろう。しかし成功すれば俺の勝利はほぼ確実と言っていい。

 そして遂にフェルトからの攻撃がくる。俺はしっかりと意識を集中し成功することだけを考える。

 並列思考によって極限まで集中力を高め、無駄な思考は排除する。

 すると世界が途端にスローモーションになったかのようにゆっくりと流れ始める。

 それにより、予知予測の影とフェルトとの行動に大きな差が出る。

 これならいける!俺はそう確信し、フェルトが触れた瞬間、重量操作によってフェルトの重さを限りなく小さくする。

 しかし、それを維持するにはずっと触れていなければならない。

 だから俺はフェルトの手首を握り、逃げられないようにした。

 フェルトの攻撃は重量を小さくした事によってほとんどの攻撃力を失い、俺にダメージは入らない。

 よし……!賭けに勝った!

 俺に捕まったままで軽いフェルトを手首を持ったまま一本背負いのように地面に叩きつけ、振り回し、場外へ勢いよく投げ飛ばす。

 フェルトは最初の地面への叩きつけで頭を強く打ち、気絶していた。それにより場外へ飛んでいる間の意識はなかった。

 フェルトは、意識が戻らないまま壁に激突し場外へと落ちていった。

 ……終わった、俺が勝った……!

 会場は少しの静寂の後に大きな歓声が上がる。

「たった今、今年の武道会優勝者が決定したぁ!!並み居る強者を制し、その頂に登ったのはロウリ・コーンだぁ!!」

「「「わあぁぁああ!!」」」

 俺は一気に脱力し、その場にへたりこんだ。それと同時に痛覚遮断も切れ、体全身に激しい痛みが走る。

 俺の分身がフェルトから攻撃を食らった箇所、使い過ぎた脳の痛み、それらが襲ってきたのだ。

 脳の痛みは覚悟していたが、まさか分身のものまでとは……!これは軽はずみに使えるものじゃないな……。

 俺はその場から動くことが出来ず、担架に運ばれるのであった。

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