異世界に転生したので楽しく過ごすようです

十六夜 九十九

第89話 頼み事をするようです

 俺は夢を見た。いつもとは全く別の不思議な夢を。

 その夢とは、俺がある一人の男の子を救うというものだった。

 漫画やアニメでよくある話の、公園からボールが転がってきてそれを追い掛けて道路に飛びたした男の子がトラックに轢かれそうになり、俺がそれを助けるというものだ。

 当然、男の子を助けた俺は男の子の代わりにトラックに轢かれる。俺にとっては何とも救えない話だ。

 なぜこんな夢を見たのだろう。昼にあんな話をしたから?それともただの気まぐれ?

 だが、今までの夢のように誰かの死を感じることはなく、何か一種の満足感で心は満たされていた。

 それを感じてすぐに、自然と涙が零れてきた。悲しい、苦しいとかではなく、ただホッとした、安心したとかそんな時に流す涙だ。

 そんな時にふと頭の中に声が聞こえた。

 暖かく語りかけて、優しく包み込むような声。

 俺はその声を子守唄の様にして静かに目を閉じた。


◇◆◇◆◇


「うーん、私がやっても起きないなー。どうも彼の脳に負担がかかりすぎちゃってるみたい。そのせいかも」

「女神様、主様はどうなるのですか」

「んー、脳に負担がかかりすぎて損傷してた部分は私が治したし、彼の自己再生も総動員されてたみたいだし、すぐに起きると思うんだよね」

「そうですか……。良かったです」

「んんっ……ふあぁ」

「そんな事を言ってるうちにほら」

「マスターが起きたー!」

「……ん?どうしたんだ、みんな揃って」

 俺が不思議な夢から覚めた時、俺を取り囲むようにして皆がいた。

「どうしたじゃないわよ全く……。あなたが倒れてから眠り続けてたから心配してたのよ」

 ジュリが俺の質問に答えてくれた。ただ直接心配してたって言われるのは少しむず痒いな。

「そういえば訳の分からん状態になってから意識が飛んだんだったわ。なんだあれ?」

「知らないわよ。私達はあなたではないのだし」

 ですよねー。だが確かあの状態のあと激しい頭痛に襲われたんだよな。そしてそのせいで今に至ると。

 俺が自分の状況確認をしていると、部屋の扉が開いた。

「か、彼は大丈夫なのか!気絶しているのを初めて見て心配に……っ!なしなし!今のは忘れて!」

 慌しく入ってきたのはエルシャさんだった。言葉の途中で俺が起きているのに気付いて恥ずかしくなったのだろう。話の途中で切ってしまった。

「心配してくれてありがとうございますエルシャさん。俺ならもう大丈夫ですよ」

「そうか、それならいいんだ……!あ、そうだ。言い忘れていたよ、決勝進出おめでとう。あと一回勝てば優勝だ。まあ今日最後にやったような技を使えば余裕で勝てるだろう」

「そう行ってもらえるのは嬉しいのですが、どうも最後のやつは俺の頭には負担が大きい様でして」

「そ、そうだったのか……」

 俺とエルシャさんの間に会話がなくなった。

 あんな事があってすぐにというのは難しいもので、気にしないように気にしないようにと、考えるだけで気にしてしまう。

 どうしていいか分からなくなってきた時、隣から大きな声が聞こえた。

「けっ!俺に一回勝ったぐらいでいいきになんなよ!いつかお前をぶっ飛ばしてやる」

 大きな声を上げてそんなことを言ってきたのは、四肢が完全復活しているレオンだった。

「レオンか。お前は充分すぎるほどに強かったぞ」

「そんなこと言われなくても分かってんよ!ただ、負けたのか悔しいだけだ!勝ち逃げは許さんぞ!」

「分かったよ、また相手してやる」

「その上から目線気に食わねぇが負けてっから何も言い返せねぇ!」

「ちょっとは静かにできないの?ここは救護室なんだよ?」

 うるさく騒いでいたレオンを咎めるように言ったのはフェルトだった。どうやらフェルトも怪我を負っていたようだ。

 という事はジュリとフェルトの戦いも終わったという事か。

 その試合見たかった。次の対戦相手が決まるというのもあるが、それ以上にどんな戦いを繰り広げるのか楽しみだった。

「あれ?ゼロちゃんにリンちゃんそれにジュリ王女まで!みんな勢揃いだ!戦いの時はごめんね?私戦いになるとすぐ頭に血が上っちゃうの」

「誰も気にしてないからいいわ、ね?ゼロ、リン」

「そうなのー。全力で戦って負けたなら文句は言えないのー」

「は、はい。それに その戦いで新技が出来たので良かったですし」

「そう言ってもらえると嬉しい!」

 んー。なんとも言えぬアウェー感。ミルと女神なんて誰とも関わりないせいで二人で傷の舐め合い的な事してるし。

 エルシャさんはレンに俺がなぜ倒れたのかの説明を受けていた。

「あ、そういえばエルシャさんに頼みたいことがあるんでした!」

「えっ!わ、私!?」

 そうそう、忘れかけていたが昼に皆で話した事を伝えなければ。

「わ、私に頼みたいことって?」

「端的に言うと、予選の敗退者を全てこの会場に集めてほしいんです」

「えっ?この会場に?どうして?」

 まあ理由もなしに了承を得られるとは思っていない。だが、とりあえず頼み事は先に言っておいた方が何かと理解されやすいのではないかと。

「エルシャさんはこれを聞いたとこありますか?武道会予選敗退者が居なくなっていくっていう噂」

「いや、私は聞いてないな」

「それ私聞いたことある!」

「そういや聞こえてきたなそんなこと」

 エルシャさんは知らなかったが、横から入ってきたフェルトとレオンは知っていた。

「実はその噂は本当で、たちの悪いことにいなくなったのではなく連れ去られた、すなわち誘拐されているのです」

「誘拐だと?確証はあるのか?」

「ほぼ確実に誘拐です。詳しくは言えませんが私は連れていかれる人を目撃しました」

「そうか、君がそこまで言うなら本当なのだろうな」

「面白そうね!私も入れて!」

「俺も入れろ!」

 ……とりあえずエルシャさんは信じてくれたようだ。フェルトとレオンはよく分からん。

「私達はその誘拐犯を捕まえるため、会場に予選の敗退者を集めて誘き寄せようと思い至たりました」

「なるほど、それでさっきの願いか」

「へぇー、楽しそうね!」

「それでその誘拐犯とやらの目処ついてんのか?」

 レオンが痛いところを突いてきた。ある程度ぼかしながら話するか。

「ある程度の目処はついている。だが、諸事情により教えることは出来ない。巻き込みたくないしな」

「分かっているならいい。もし分からないでやろうとしているならただのバカだったんだがな」

 まあ確かにその通りだな。

「それでどうですか、エルシャさん。頼まれてくれます?」

「……ダメかもしれないがやれるだけやってみよう」

「ありがとうございます」

 とりあえず了承を得ることは出来た。後はどれだけ集まるかだ。

「後でお父様に後でこのこと言っておこ!」

「お前の親父出て来たら国家が動くぞ」

「別にいいじゃない。この国で起きている事なんだし」

 フェルトとレオンが何かを言い合っている。俺達はこの二人だけ残して救護室を後にした。

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