本物は誰だ

桜井かすみ

はじまり

 目が覚めると、私は硬いベッドの上にいた。今までの記憶が一切ないのに、常識的な部分だけは備わっているらしく、何の違和感もなく目が覚めた。これはおそらく、本体からのせめてもの贈り物だろう。
 ベッドの横に設置されている机の上には一枚の誓約書が置かれていた。起き上がって用紙を手に取る。
 私には知るはずのない言葉がズラリと並んでいるのにも関わらず、その内容を何故だか簡単に把握してしまえる自分がいた。こんなにあっさりと理解してしまえることが、本当に不思議なくらいだった。
 私はさっき生まれたばかりのはずなんだ。
 一番不憫な存在、その名も十号。

 この世界は自殺は禁じられている。自ら命を絶つ前に、脳が死にたいという言葉を選択した瞬間に、その罰は与えられる。
 その罰は、この世界のどこかに、自分自身が生まれるということだ。
 年齢は赤ん坊ではない。思った瞬間の、その本体の年齢が反映されているらしいのだ。
 世の中に解き放たれた、いわば偽物。その存在は何の違和感もなく、この私のように常識的な部分だけを本体から贈り物として授けられ、あとは個々それぞれの人生を無理やりスタートさせられる。
他人には何の違和感もなく、あたかも、偽物の存在が赤ん坊のころからあるように創り出されている。
 そして本体は、偽物が生み出されたことによって、死にたいという感情がなくなる。気持ちが綺麗さっぱりリセットされてしまうのだ。
 だから、この世界は自殺ができないのだ。
 どんな困難もリセットされては、また一から気持ちを入れ替えられる。本体はそうやって、本物の人生を歩み、向き合っているのだ。
 だが、一方で、本体の人生の途中に生み出されてしまった偽物たちには、死にたいと思っても増殖はされない。
 その場合は、気持ちのリセットと共に寿命が縮まる。寿命が縮まっても、仮に偽物が死んでしまっても、本体から生み出された偽物の数はカウントされている、というのも掟らしい。
 とりあえずいえるのは、この世界は不思議な世界だった。
 そんな世界なのだが、そう何人も同じ顔の人間がいては困るということで、十体目が生まれた時、波乱は起こる。
それが本体争いだった。






コメント

コメントを書く

「文学」の人気作品

書籍化作品