-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第51話:2月になる前に

 私は、晴子の演劇があまりにも普通に終わった事を非常に残念に思っている。
 人は仲直りできるから美しい――彼女は中学生の頃も同じ事を言っていた。恨みや憎しみを忘れるのではなく、許し合う事で関係を修復できるのは人間だけ。だから、人間としての美しさが引き立っているのだと。

 確かに、許し合うことはできる。お互いがお互いに対して求めることが出来ればいい。先生と教師なら、やる気のない生徒は許せないし、生徒は難しいことしか言わなくて教える気もない教師は許さない。教え伝え、ある程度生徒が学ぶ。そんな妥協点があればいい。

 幸矢の場合、それは簡単なことだ。今までクラスの役に立たなかったのを、少しはクラスに貢献するようにすればいい。結果的に奴は球技大会で男子1位を勝ち取らせるためにクラスに貢献した。これからも協力的になれば、クラスメイトの見る目も変わるだろう。

 理想的で、実に綺麗な終わり方だ。これで晴子も幸矢の事をクラスでも名前呼びできるし、大団円だろう。
 とまぁ、いかに考察をしたとて奴等が今後どうするかは知らんし、どうでもいい。北野根も期待外れだった、あの程度で戦意を失うようでは何もなし得ない。

 もう少し、楽しくなると思ったがな――。

 私は2つのパソコンの電源を落とし、真っ暗な室内でため息を吐く。スマートフォンの操作で部屋の電気を点けると、サーバーの置かれたラックや武器の類が掛けてある壁を見て、私は考える。

 こうもつまらなかったのなら、私が劇を用意するのも1つの手だと。ちょうど、プロトタイプも近い事だ。私の力を試しておく必要もある。

 私は、晴子に引けを取らず勉強もできるつもりだ。スポーツはやればできるし、他の人間よりも反射神経が良いと自負している。一番の取り柄はPCの扱いだろう。両手が限界だが、それで十分米国国防総省をハッキングして情報を持ち出せる。
 ネットワークが私の味方だ。現代において、最強の生物はおそらく私なのだと思っている。最強とは別の秀でた存在で、瑠璃奈みたいなのが居るけれど――それは私の目指すものではない。私は誰にも負けない。かつて、雄弁では晴子に勝てなかった。だが、今なら――


 私は過去を超え続ける女。


 プロトタイプの第一陣を超え、私は生まれ変わり、晴子を――討つ。

(……勝てるかは五分といったところか。デモンストレーションにはちょうど良いだろう。これから瑛晴あきはると戦うなら、尚更……)

 見据える先は遠い。自分でそこに到達できるかもあやふやだ。
 私は、王になるつもりはない。国を統べれるほど全てを愛せる人間ではないからだ。私が王になれば、下品な輩を排斥するだろうし、それではダメだ。
 瑠璃奈の理想郷に適した人材は、やはり聖人君子なのだろう。

 奴等が上に立つ前に、戦って勝ちたい。
 私はただ、それだけなのだ――。



 ◇



 風が吹いている。1月の冷たい風だった。空気は乾燥し、早朝の屋上は水色の空が支配していた。
 鳥の声さえ聞こえてくる静かな日だった。少女は右手でフェンスを掴み、哀愁漂う背中を僕に向けている。

 少女の名を、北野根椛きたのねもみじという。2学期では随分と暴れてくれた化学の少女。僕は彼女に呼び出され、ここに来ている。
 告白――そんなものではないだろう。嫌なことが起こる予感はひしひしと伝わっていた。

「……実に見事だったわ」

 椛が言葉を紡ぐ。それは明らかな賞賛であり、おそらくは昨日の"仲直り"についての話だろう。その素晴らしいという言葉はきっと、演劇が素晴らしかったということではないのだろう。

 椛はこちらに振り返り、再び口を開いた。

「貴方、本当は――神代晴子と仲がいいのね」
「……どうしてそう思う?」
「あら、変な事を聞くのね。幸矢くんは私に、人間が協力する楽しさを説いたわ。けれど貴方は昨日、孤独の方が良いという弁論をしていた。とても興味深い矛盾だわ。あそこまで堂々と嘘を言うと、まるで演劇ね。よくもまぁ、1年も続けられたものよ」
「…………」

 僕は、どう言い返そうか少し悩んだ。別に、僕の言ったことが間違いなわけではない。全て正しい意見と疑問だった。最後はわざと負けたけれど……それ以外は特に問題ないはずだ。

 椛には、グループワークは楽しいと言った。それ間違いじゃない。
 晴子さんには、学校の団体活動から学ぶことなんてないと言った。
 これらの意見から僕と言う人間を鑑みるに、答える言葉は――

「僕は、楽しみを求める人間じゃない。だから君には、楽しみを得るための意見をしたけど……僕は得をしたいから、楽しみが欲しいわけじゃなかった」
「フフッ、そう……まだ猿芝居を続けるのね。……私の家に2人で来てくれた時、神代さんは貴方を名前で呼んだ。そこは少し引っかかってたのよ」
「…………」

 そこを言われると、どうも言い返すことはできない。あの失態はどうあっても拭えないだろう。
 まぁしかし、言いようはいくらでもある。逃げるのは簡単だ。
 晴子さんからは、バレても良いと言われている。きっと彼女にとって、バレる事が椛への復讐だったのだろう。

 10月――晴子さんはキレていた。怒りに任せてこの作戦を行い、椛と僕をくっつけ、実は僕と晴子さんが繋がっていたと知らせて驚かせる。
 簡単に言えば、やらせのNTRだ。しかも、僕も晴子さんも椛より強いんだからタチが悪い。こうなったら学校を爆破するとかしないと椛は復讐できないが、それは競華が食い止めるだろう。

 ――そこまで未来が読めると、なんとも悲しくて嫌になる。だけど、いつかはバレる事だ。それなら早い方が良い。まぁ、その前に……確認しなければならない。
 僕は椛のもとに歩み寄る。少女は黒髪を揺らし、悲しい顔で僕がくるのを待っていた。彼女の目の前に立ち、視線が交差する。手を伸ばせば届く距離――だから僕は手を伸ばして、彼女の手を引いた。

「ひゃっ!?」

 反応が遅れ、椛はバランスを崩して僕に倒れ込んでくる。触れた途端、僕は固く四角い物を感じ、彼女のカーディガンのポケットに手を入れる。
 中から出て来たスマートフォンの画面には、赤い四角ボタンの上にノイズのような信号がずっと流れている。……既に録音済み、当たり前か。

「……猿芝居でも、しなきゃならないだろう? こんなものを持たれていたら、ね……」

 僕は手を上に伸ばし、掲げたスマートフォンの録音を止めて保存したファイルを削除した。最近の盗聴器は小型らしいし、まだ隠し持ってるかもしれないけど……今はこれで十分か。
 僕は一息つくと、彼女の耳元で真実を告げる。

「確かに……僕と晴子さんは知人さ。彼女とは幼馴染でね……コンビネーションなら、5組の快晴と1、2を争う……。今までの演技……いや、演劇は、晴子さんの指示さ。人は誰とでも仲良くなれる……そう伝えるために、1年を棒に振った」
「……手駒を増やすためじゃないわけ?」
「……まぁ、信頼を勝ち得ると言うならそうだよ。だけど、晴子さんはそんなことをしなくても、学校中の信頼ぐらい得られるんだ……」
「…………」
「こう言うと嫌われるかもしれないけど、君と友達になれって、晴子さんに言われたんだ……。その結果がここにある。だけど、そうじゃなくたって、僕は君のこと、友達だと思ってるよ……」

 一歩離れ、彼女にスマートフォンを返す。強く引っ張るでもなく、普通に受け取ってくれた。彼女がスマホをポケットにしまうと、僕の顔を見る。きっと、この真実に対して頭を整理しているんだろう。僕は少しの間、彼女の言葉を待った。

 1分程度沈黙が続く。彼女はずっと僕の顔を見て、まだ何かを疑っているのか、悲しい顔や悩む顔をして、ため息を吐いた。

「……どちらにしても、貴方の死んだ目や何者にも興味を示さない失礼な性格は変わらないのね」
「……。……僕は、僕だよ。自分に従って生きている」
「晴子さんに従っているわ。……勿体無いわね。堅実で頭が良くて、身体能力もある。判断力や決断力、行動力も……。天才なのに、他人に仕えるなんて」
「……だから、そうじゃないさ。晴子さんの言うことが正しいと思ったから、ここまでやった。それだけの事だよ」
「……。なら、私が正しいことをしようとしたら、それに協力してくれるのかしら?」
「勿論」

 これについては間を作らずに返答した。良い事、正しい事をする分には邪魔するよりも手を貸した方が良い。……まぁ、椛主導で良いことをするのは、今の環境だと難しいけど……。

「……君も、ここ数ヶ月でいろいろなものを見たはずだ。転校して来て、好戦的だった頃と違うだろう……。今の君は、さなぎだ。幼い心でいろいろ考え込み、うずくまっている……」

 少女の肩を叩き、そして彼女の頬に手を添えた。美しい顔を少し持ち上げると、椛が少し驚いて吐息を漏らす。

「――君がどんな風に羽化するのか、それはこれから次第だろう。願わくば、その羽が美しいことを祈ってるよ……」
「…………」

 僕はその言葉を最後に屋上を後にする。
 この後も椛は僕と、まるで何事もなかったかのように接して来た。それは不気味でありながら、少し安心するところがあった。

 みんな成長している。僕も、きっと……。
 1月、最大の難が過ぎ去ったこの1ヶ月。
 しかし――

 難は終わらない。気持ち悪いぐらい不自然な世界は、僕に試練を与え続ける――。

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