-COStMOSt- 世界変革の物語
第41話:豪気な2人
教室を出た後、僕と椛は無言で昇降口まで降りた。夕日の差込む茜色の廊下を歩き終え、僕は靴を履き替えようとして、後ろに続く少女が立ち止まってるのに目が行き、僕も動きを止める。
「……どうしたの、椛」
「……聞きたいことがあるの」
「…………」
僕は何も答えず、彼女の方に向き直った。帰らないことから、質問を聞いてくれると思ったのだろう。椛はいつもの艶やかな目で話し出す。
「――何故貴方は戻ってきてくれたのかしら? 私のことなんて、放っておけばいいものを……」
「……。確かにね。俯瞰的に見て。僕が厄介者の君を助ける義理はない。……でも、君が無謀にもクラス全員を敵にするから、それは惨いと思って止めただけさ……」
「……。私を侮っているのね、幸矢君。酷いわ」
「…………」
椛は一歩踏み出し、右手でそっと僕の頬に触れた。大事なものを触るような慎重で優しい手。しかしその手は悪魔の手だ。この女は今、笑っている。
「――私がたった30人程度を相手にできないと思ってるのかしら? 別に、言い争う必要はない。始末してしまえば――ね?」
「…………」
なんとなくわかった、晴子さんが競華に椛の相手を任せる理由。この女、今日ここでやるつもりか――。
ニィッと笑い、椛は校舎の中へ走って行った。ひとまずは見失わないように偵察しよう。まったく、女の子の相手は疲れる――。
足音を消して走り、椛を追う。普段より遅い走りだが、普通の女の子を追うには十分過ぎた。椛を追って行くと、彼女は4階に向かって行く。何をする気かはわからないが、最善策として僕は走りながら競華に電話を入れた。
《……なんだ、幸矢?》
「もしもし、競華? 椛が動き出したよ。今4階に向かってる」
《……なんだ、そんな事か》
「…………」
呆れ果てた彼女の発言を聞き、僕は立ち止まった。なるほど、もう手は打っていたようだね……。
「今、どこ……?」
《体育館だ。北野根もなかなか手の込んだ事をする。体育館の照明全てにペットボトルを使った、小中学生が作りそうなダサい爆弾が付いていた。ボタン1つで照明の雨を降らせられただろうな》
「…………」
《案ずるな、今ハズしている》
その時、電話越しにチョキンというハサミでビニールのようなものを切る音がした。ダサい爆弾……起爆物と酸素などの燃焼材をグルグル巻きにしたのかな。
ハズしてくれるのはありがたいけれど、それより……。
「……君も椛も、どうやって体育館の天井を歩けるのか、とても気になるんだけど」
《北野根がどうしたのかはしらんが、私は普通に登ってあとは磁石の靴を履いている。宙ぶらりんで、落ちたら怖いがな。1足2kgはあるが、貴様の体重ではコイツを履いても落ちるだろう》
「……ああ、そう」
なんでそんな靴を持ってきてるのかは知らないけれど、椛と競華が全面戦争するつもりなのはわかった。しかしながら、競華の先読みには恐れ入る。椛が行動を起こす前に止めるなんて……。
《……おい、幸矢。安心するのはまだ早いぞ。北野根は4階に居ると言ったな。それが、どういう事かはわかるだろう?》
「…………」
椛は、1組に執着していた。いや、実際には晴子さんに執着していた。その彼女が今、4階に居る。球技大会の練習をしてる今なら、教室に入っても1人だろう。練習をしているみんなの荷物は、当然教室にある――。
「……人って、怖いね。その気さえあればどんな酷い事でもできてしまう」
《育ち方の違いだ。私達のように高貴なら、こんなマネはしない》
「……今度、彼女の育ち方について聞いてみるさ」
話はBluetoothの片耳ヘッドセットに乗り換え、僕はクラスに急ぐ。1組の教室に着くと、中に椛が居るのを確認し、一度その場を過ぎ去って男子トイレに入った。ここなら椛は入ってこない。
「競華……椛がやるならきっと、爆弾だよね?」
《もしくはガス類だろうな。練習から戻った所を根絶やしにできる》
「わかってるよ……窓は開けておくし、心配しなくていい」
《…………》
競華からの返事はなかった。何か変な事を言ったか……?
《……幸矢》
「うん……?」
《貴様は手出しするな。私が1組に行く》
「……何故? 使える人間は使った方がいいんじゃない?」
《貴様が北野根の妨害をして、貴様等の関係が膠着するのはまだ早い。北野根ごときのトラップ、大したことではない》
「…………」
既に1つのトラップを解除して疲弊している所に、4階まで階段で上がらせて罠を解かせるのは、女の子にやらせたくない。
――なんて言えば、富士宮競華は怒るだろうな。
「……じゃあ、君に任せるよ。僕は晴子さんの練習具合でも見学しようか……」
《フン。相変わらず、くだらんごっこ遊びを続けている。あんなのが一国主になろうとのたまうのだから、世も末だな》
「小さな夢しか語れない政治家よりは、幾分マシだと思うけどね……」
《誰でもそんなものだ。若者には希望が見えるから、つい大きく映ってしまう。私からすれば、晴子はまだまだだ》
「……。君がそう言う根拠は知らないけど、晴子さんは――」
《幸矢》
「……何?」
《4階に着いた。切るぞ》
その声が聞こえた刹那、プープーとスマートフォンからは虚しい音しか聞こえなくなった。僕は電話をポケットの中に仕舞うと、ため息を吐く。
頭がいいのは結構だが、もう少し融通のきく性格になって欲しいと願うのだった。
◇
私の信念には撤退、待機、その他の脆弱な気質など存在しない。1-1にはまだ北野根が居たが、私は臆する事なく教室に入った。
1歩踏みしめると、北野根が私を見る。獲物が掛かった――そう嬉しそうに笑う姿には吐き気を覚えた。
「――あら、富士宮さん。1組に何の用かしら?」
北野根は教室の隅にある花瓶から手を離して私を見た。その花瓶の中に何か薬品を混ぜたようだな、今回はガスか。
「北野根椛……貴様こそ何をしている、と言うのは愚問だな?」
「ウフフ、私の事をよくご存知なのね。幸矢くんに聞いたのかしら?」
「黙れよ、瑠璃奈の犬っころ」
「――ッ!?」
瑠璃奈の名前を出すと、北野根は一歩引いて驚愕した。……驚き方に恐怖が混じっていた。瑠璃奈にトラウマがあるようだな。
そんな事はいい、私も会社があるからさっさと終わらせよう。
「……富士宮さん。あなたは一体……?」
「そんな話をしてなんになる。安心しろ、今日の所は貴様をこの部屋から退室させるだけだ。なるべく手荒な真似はしない」
そう言って私は白い液体の入ったペッドボトルを3つ、近くの机に置く。白くて美味しい白サイダーと書かれたパッケージ、しかしその中身はてんで違う。このペットボトルは、体育館の天井から持ってきたものだ。
「――フッ化アンモニウムか。いつか幸矢が話していたな。こんな危険物をペットボトルに入れるなんて、イカれてるとしか言えん。せめてジャムの瓶にでも入れれば良いものを」
「……フフ、それで? ソレを使って私を退室させる、と?」
「そんなわけあるか。私は貴様と違って、そこまで見境なくない」
そう言いながら、私はブレザーの内ポケットから鍵を取り出す。
「……井之川駅のコインロッカー、2行4列目の鍵だ。そこにお前の興味を引くものが置いてある」
「……私の、興味を?」
「行けばわかる……が、明後日から某国の大統領が来日するだろう? コインロッカーは使用禁止になる」
「……話が見えてきたわ。コインロッカーは数時間後に使用禁止になる、ね」
「そういう事だ」
おそらくコインロッカーの中身は全て撤去されるだろう。17時には撤去するとネットで調べたが、実際はもっと早いかもしれない。今は15時39分、余裕で間に合うだろう。
私は鍵を廊下に向かって投げた。
その刹那、私の横を北野根がすり抜けていく。
束の間にも満たない数瞬――彼女はボソリと呟いた。
「いつか貴方も打ち倒すわ――」
その不穏な言葉に対し、私は――
「やってみろ――」
挑戦で返すのだった。
後ろを振り返れば、既に北野根の姿はない。
……さて、では私は奴の仕掛けた罠を潰すとしよう。
挑んでくるならば対抗する。
力がないならば握り潰す。
策略を、争いを。
さぁ、見せてみろ――北野根椛。
コインロッカーの中身を見て、私に萎縮しない事を願うぞ――。
「……どうしたの、椛」
「……聞きたいことがあるの」
「…………」
僕は何も答えず、彼女の方に向き直った。帰らないことから、質問を聞いてくれると思ったのだろう。椛はいつもの艶やかな目で話し出す。
「――何故貴方は戻ってきてくれたのかしら? 私のことなんて、放っておけばいいものを……」
「……。確かにね。俯瞰的に見て。僕が厄介者の君を助ける義理はない。……でも、君が無謀にもクラス全員を敵にするから、それは惨いと思って止めただけさ……」
「……。私を侮っているのね、幸矢君。酷いわ」
「…………」
椛は一歩踏み出し、右手でそっと僕の頬に触れた。大事なものを触るような慎重で優しい手。しかしその手は悪魔の手だ。この女は今、笑っている。
「――私がたった30人程度を相手にできないと思ってるのかしら? 別に、言い争う必要はない。始末してしまえば――ね?」
「…………」
なんとなくわかった、晴子さんが競華に椛の相手を任せる理由。この女、今日ここでやるつもりか――。
ニィッと笑い、椛は校舎の中へ走って行った。ひとまずは見失わないように偵察しよう。まったく、女の子の相手は疲れる――。
足音を消して走り、椛を追う。普段より遅い走りだが、普通の女の子を追うには十分過ぎた。椛を追って行くと、彼女は4階に向かって行く。何をする気かはわからないが、最善策として僕は走りながら競華に電話を入れた。
《……なんだ、幸矢?》
「もしもし、競華? 椛が動き出したよ。今4階に向かってる」
《……なんだ、そんな事か》
「…………」
呆れ果てた彼女の発言を聞き、僕は立ち止まった。なるほど、もう手は打っていたようだね……。
「今、どこ……?」
《体育館だ。北野根もなかなか手の込んだ事をする。体育館の照明全てにペットボトルを使った、小中学生が作りそうなダサい爆弾が付いていた。ボタン1つで照明の雨を降らせられただろうな》
「…………」
《案ずるな、今ハズしている》
その時、電話越しにチョキンというハサミでビニールのようなものを切る音がした。ダサい爆弾……起爆物と酸素などの燃焼材をグルグル巻きにしたのかな。
ハズしてくれるのはありがたいけれど、それより……。
「……君も椛も、どうやって体育館の天井を歩けるのか、とても気になるんだけど」
《北野根がどうしたのかはしらんが、私は普通に登ってあとは磁石の靴を履いている。宙ぶらりんで、落ちたら怖いがな。1足2kgはあるが、貴様の体重ではコイツを履いても落ちるだろう》
「……ああ、そう」
なんでそんな靴を持ってきてるのかは知らないけれど、椛と競華が全面戦争するつもりなのはわかった。しかしながら、競華の先読みには恐れ入る。椛が行動を起こす前に止めるなんて……。
《……おい、幸矢。安心するのはまだ早いぞ。北野根は4階に居ると言ったな。それが、どういう事かはわかるだろう?》
「…………」
椛は、1組に執着していた。いや、実際には晴子さんに執着していた。その彼女が今、4階に居る。球技大会の練習をしてる今なら、教室に入っても1人だろう。練習をしているみんなの荷物は、当然教室にある――。
「……人って、怖いね。その気さえあればどんな酷い事でもできてしまう」
《育ち方の違いだ。私達のように高貴なら、こんなマネはしない》
「……今度、彼女の育ち方について聞いてみるさ」
話はBluetoothの片耳ヘッドセットに乗り換え、僕はクラスに急ぐ。1組の教室に着くと、中に椛が居るのを確認し、一度その場を過ぎ去って男子トイレに入った。ここなら椛は入ってこない。
「競華……椛がやるならきっと、爆弾だよね?」
《もしくはガス類だろうな。練習から戻った所を根絶やしにできる》
「わかってるよ……窓は開けておくし、心配しなくていい」
《…………》
競華からの返事はなかった。何か変な事を言ったか……?
《……幸矢》
「うん……?」
《貴様は手出しするな。私が1組に行く》
「……何故? 使える人間は使った方がいいんじゃない?」
《貴様が北野根の妨害をして、貴様等の関係が膠着するのはまだ早い。北野根ごときのトラップ、大したことではない》
「…………」
既に1つのトラップを解除して疲弊している所に、4階まで階段で上がらせて罠を解かせるのは、女の子にやらせたくない。
――なんて言えば、富士宮競華は怒るだろうな。
「……じゃあ、君に任せるよ。僕は晴子さんの練習具合でも見学しようか……」
《フン。相変わらず、くだらんごっこ遊びを続けている。あんなのが一国主になろうとのたまうのだから、世も末だな》
「小さな夢しか語れない政治家よりは、幾分マシだと思うけどね……」
《誰でもそんなものだ。若者には希望が見えるから、つい大きく映ってしまう。私からすれば、晴子はまだまだだ》
「……。君がそう言う根拠は知らないけど、晴子さんは――」
《幸矢》
「……何?」
《4階に着いた。切るぞ》
その声が聞こえた刹那、プープーとスマートフォンからは虚しい音しか聞こえなくなった。僕は電話をポケットの中に仕舞うと、ため息を吐く。
頭がいいのは結構だが、もう少し融通のきく性格になって欲しいと願うのだった。
◇
私の信念には撤退、待機、その他の脆弱な気質など存在しない。1-1にはまだ北野根が居たが、私は臆する事なく教室に入った。
1歩踏みしめると、北野根が私を見る。獲物が掛かった――そう嬉しそうに笑う姿には吐き気を覚えた。
「――あら、富士宮さん。1組に何の用かしら?」
北野根は教室の隅にある花瓶から手を離して私を見た。その花瓶の中に何か薬品を混ぜたようだな、今回はガスか。
「北野根椛……貴様こそ何をしている、と言うのは愚問だな?」
「ウフフ、私の事をよくご存知なのね。幸矢くんに聞いたのかしら?」
「黙れよ、瑠璃奈の犬っころ」
「――ッ!?」
瑠璃奈の名前を出すと、北野根は一歩引いて驚愕した。……驚き方に恐怖が混じっていた。瑠璃奈にトラウマがあるようだな。
そんな事はいい、私も会社があるからさっさと終わらせよう。
「……富士宮さん。あなたは一体……?」
「そんな話をしてなんになる。安心しろ、今日の所は貴様をこの部屋から退室させるだけだ。なるべく手荒な真似はしない」
そう言って私は白い液体の入ったペッドボトルを3つ、近くの机に置く。白くて美味しい白サイダーと書かれたパッケージ、しかしその中身はてんで違う。このペットボトルは、体育館の天井から持ってきたものだ。
「――フッ化アンモニウムか。いつか幸矢が話していたな。こんな危険物をペットボトルに入れるなんて、イカれてるとしか言えん。せめてジャムの瓶にでも入れれば良いものを」
「……フフ、それで? ソレを使って私を退室させる、と?」
「そんなわけあるか。私は貴様と違って、そこまで見境なくない」
そう言いながら、私はブレザーの内ポケットから鍵を取り出す。
「……井之川駅のコインロッカー、2行4列目の鍵だ。そこにお前の興味を引くものが置いてある」
「……私の、興味を?」
「行けばわかる……が、明後日から某国の大統領が来日するだろう? コインロッカーは使用禁止になる」
「……話が見えてきたわ。コインロッカーは数時間後に使用禁止になる、ね」
「そういう事だ」
おそらくコインロッカーの中身は全て撤去されるだろう。17時には撤去するとネットで調べたが、実際はもっと早いかもしれない。今は15時39分、余裕で間に合うだろう。
私は鍵を廊下に向かって投げた。
その刹那、私の横を北野根がすり抜けていく。
束の間にも満たない数瞬――彼女はボソリと呟いた。
「いつか貴方も打ち倒すわ――」
その不穏な言葉に対し、私は――
「やってみろ――」
挑戦で返すのだった。
後ろを振り返れば、既に北野根の姿はない。
……さて、では私は奴の仕掛けた罠を潰すとしよう。
挑んでくるならば対抗する。
力がないならば握り潰す。
策略を、争いを。
さぁ、見せてみろ――北野根椛。
コインロッカーの中身を見て、私に萎縮しない事を願うぞ――。
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