-COStMOSt- 世界変革の物語
第38話:スキンシップ
土曜日は、一日中パソコンの勉強をしていたら夜になっていた。昨日の言い争いから、晴子さんは連絡をくれない。かくいう僕も、連絡しようとは思わない。
言い方に迫力があっただけで、やってる事はいつもと変わらないからだ。意見を言い合って、それこそ合意形成を図る。普通のことをしただけで、悪く思ったり気が滅入ったりはしない。それに、これは彼女が言い出した事だから。
仲直りする様を見せるなんて、一見無意味にしか思えない。1年も棒に振って、なんでここまで演技をし、人を騙したのか。それだけ晴子さんにとっては、この1年に価値があると思ってるんだろう。
誰から見ても敵同士、対立するような演技。
どんなにお互いを憎しみあってても仲直りできる、つまりは誰とだって仲良くなれるという証明。他人は怖いものなんかじゃない、誰とでも仲良くなれるって、そういう事なんだろう。
それは確かに素晴らしい事だし、多くの人に伝える事だとは思う。
ただ、僕等の場合は演技に過ぎない。現実には憎しみ合えば人は人を殺してしまう。何が正しいかなんて、言えないものだ……。
ガチャッ
「とうっ!」
「…………」
思考を巡らせていると、ノックもなしに義妹が部屋に入って来た。冬着のダボダボな藍色のセーターに身を包み、その手には彼女の胴回りほどあるピンク色のヒトデがあった。
……なんだっけ、モモスターか。相変わらずふざけた顔をしたキャラだった。太眉で男泣きしながらこっちを見ている。何が可愛いのかわからない。
僕はパソコンをスリープモードにさせて、美代の方を向くように回転椅子を90°左に向けた。
「……何? 用事?」
「用事がなきゃ、兄さんに絡んじゃダメなんですか〜?」
「……そうじゃないけど」
そそれがおそらく、普通の兄妹なのだろう。用がなくたって話をしたり、一緒に出掛けたり……まぁ、一緒に出掛けることなんて滅多にないが。
「……兄さん、パソコン点けてたの? 珍しいね」
「今日は通信の勉強をしてたんだ……。よく、SSLとかLTEとか聞くけどわからないし。あとはプロトコルとか、拡張子とか……色々と、知ってて損のないことを調べてた」
「404、のっとふぉうんどってやつは?」
「……それ、調べる意味ある? あと、ノットファウンドだから……」
「別に調べなくていいかな」
「……そう」
マイペースに、特に意味がある話をするでもなく、美代はフラフラと歩いて僕のベッドにダイブした。
「……むー」
「……何?」
「逆に、兄さんからは私に言うことないの?」
「…………」
そんなこと言われても、何もない。今日が誕生日なわけでもないし……。当たり障りない事でも言っておこう。
「もう12月だし、すっかり寒くなったね……」
「11月からずーっとこんな気温でしょ。兄さん、感覚狂ってない?」
「……話をしようとした僕が間違いだった」
それだけ言って僕は机に向き直った。僕と美代じゃ共通の話題がない。僕は勉強ばかりだし、学校や友人の話は、あまりしたくない。かといって、美代の学校生活が気になるわけでもない。明るい性格だし、上手くいってる筈だから。感情が顔に出やすい性格だし、虐められてたらすぐわかるだろう。
だから、話すこともない。
「兄さん〜! ベッドを荒らすぞぉ〜!」
「好きにしなよ……」
「……はぁ。兄さんの匂いがする」
「……僕の匂いって、何さ」
「んー……汗かな?」
「汚いよ……」
マウスを握ってパソコンを見ながら、適当に相槌を打つ。後ろでバサバサ音がするけど、美代が暴れてるんだろう。グシャグシャにされたって、寝れば一緒だから構わないけど、少し気が散るな……。
僕は机に付いてる3段の引き出し、その一番下を開けてヘッドホンを取り出す。
「あぁっ!!」
「?」
すると後ろから声を上げられて、僕は振り向いた。それと同時に、ヘッドホンを美代に奪われる。
「ヘッドホン禁止! 可愛い妹とお話ししなさい!」
「……って言っても、話すことなんてないじゃないか……」
「そんなこと言わないで、兄さんなんか言ってよ」
「…………」
そんな無茶振りをされても、話の内容がつまんなければ話に付き合わないのだろう。美代はごく普通の中学生、勉強の話とか哲学的な話とか、そんなもの興味ないはず。今までもそうやって話は終わってきた。
「……じゃあ言うけど、フッ化アンモニウムって知ってる? 白い粉状のやつなんだけど……」
「沸点がいまだに不明の、火気厳禁。エッチングっていう半導体の表面処理に使われるやつでしょ?」
「…………」
饒舌に説明する彼女に、僕は石化したように動かなくなった。美代は学校では頭はいいと言っても、中学生レベルの知識の筈だ。中学生で、フッ化アンモニウムなんて単語は出るだろうか――?
エッチングなんて単語を知っている時点で異常だが、それはつまり――本当の彼女は、相当頭が良い。
「……美代。君は頭が良かったのか」
「え? これぐらい知ってて普通じゃない? 世界のニュースをお届けする番組で、どっかの犯人が使ってたよ?」
「……たった1回見ただけで、よく詳細に覚えてられるね」
とても疑わしい事だった。キモ可愛いマスコットキャラが好きな風にしてながら、そんなどこで役に立つだろう化学知識を身に付けてるのが不自然で仕方ない。たった1回見て――それは本当だろうか? 本当は参考書で何回も見てるのかもしれない。この子は、一体何者なんだ――?
「……なに、兄さん? 私がフッ化アンモニウムの事を少し話したぐらいで身構えないでよ。私が所持してるわけでもないし、兄さんに使うわけでもないんだから」
「……。それもそうだね」
まぁ、今は考えないようにしておこう。学校のことが最優先だ。他の事に気を取られてる場合じゃない。
それに、美代が僕に悪い事をした事なんて、今の今まで一度もない。実に妹らしい態度で接してくれてるように思う。
今までのが演技かどうか、そんなことは関係ないじゃないか。
僕だって、演技者なのだから――。
美代と視線が交錯する。彼女はいつも通り、にんまりと能天気な笑顔を浮かべている。その表情が画面かどうか、そんなものは知らないしどうでもいい。どうせ義母に言われて僕の部屋に来てるだけだろうし、僕との関係は変わらないだろうから。
「……兄さん、なんで私のこと見つめてんの?」
「……別に」
「ははぁ〜ん、さては美代様の魅力に気付いちゃいましたかぁ〜」
「……君に魅力を感じたことはないよ」
「スッパリ言わないのっ! そんなんだから友達できないんだよ〜だ! やーい陰キャラ陰キャラ〜、キノコ頭〜」
「…………」
僕は無言で立ち上がり、美代の前に立つ。
美代は何かを察したようで、驚いた後にベッドの上で土下座をする。
「すみませんでした! 本当のこととはいえ、言い過ぎました!」
「…………」
どうやら覚悟は決まっているらしい。僕はヒョイっと彼女の体を持ち上げ、ベッドの上に綺麗な一本背負いを決めるのであった。
……まぁ、これも兄妹のスキンシップと言えるだろう。
目に星を浮かべて大の字になる美代を見て、僕はそう思うのだった。
言い方に迫力があっただけで、やってる事はいつもと変わらないからだ。意見を言い合って、それこそ合意形成を図る。普通のことをしただけで、悪く思ったり気が滅入ったりはしない。それに、これは彼女が言い出した事だから。
仲直りする様を見せるなんて、一見無意味にしか思えない。1年も棒に振って、なんでここまで演技をし、人を騙したのか。それだけ晴子さんにとっては、この1年に価値があると思ってるんだろう。
誰から見ても敵同士、対立するような演技。
どんなにお互いを憎しみあってても仲直りできる、つまりは誰とだって仲良くなれるという証明。他人は怖いものなんかじゃない、誰とでも仲良くなれるって、そういう事なんだろう。
それは確かに素晴らしい事だし、多くの人に伝える事だとは思う。
ただ、僕等の場合は演技に過ぎない。現実には憎しみ合えば人は人を殺してしまう。何が正しいかなんて、言えないものだ……。
ガチャッ
「とうっ!」
「…………」
思考を巡らせていると、ノックもなしに義妹が部屋に入って来た。冬着のダボダボな藍色のセーターに身を包み、その手には彼女の胴回りほどあるピンク色のヒトデがあった。
……なんだっけ、モモスターか。相変わらずふざけた顔をしたキャラだった。太眉で男泣きしながらこっちを見ている。何が可愛いのかわからない。
僕はパソコンをスリープモードにさせて、美代の方を向くように回転椅子を90°左に向けた。
「……何? 用事?」
「用事がなきゃ、兄さんに絡んじゃダメなんですか〜?」
「……そうじゃないけど」
そそれがおそらく、普通の兄妹なのだろう。用がなくたって話をしたり、一緒に出掛けたり……まぁ、一緒に出掛けることなんて滅多にないが。
「……兄さん、パソコン点けてたの? 珍しいね」
「今日は通信の勉強をしてたんだ……。よく、SSLとかLTEとか聞くけどわからないし。あとはプロトコルとか、拡張子とか……色々と、知ってて損のないことを調べてた」
「404、のっとふぉうんどってやつは?」
「……それ、調べる意味ある? あと、ノットファウンドだから……」
「別に調べなくていいかな」
「……そう」
マイペースに、特に意味がある話をするでもなく、美代はフラフラと歩いて僕のベッドにダイブした。
「……むー」
「……何?」
「逆に、兄さんからは私に言うことないの?」
「…………」
そんなこと言われても、何もない。今日が誕生日なわけでもないし……。当たり障りない事でも言っておこう。
「もう12月だし、すっかり寒くなったね……」
「11月からずーっとこんな気温でしょ。兄さん、感覚狂ってない?」
「……話をしようとした僕が間違いだった」
それだけ言って僕は机に向き直った。僕と美代じゃ共通の話題がない。僕は勉強ばかりだし、学校や友人の話は、あまりしたくない。かといって、美代の学校生活が気になるわけでもない。明るい性格だし、上手くいってる筈だから。感情が顔に出やすい性格だし、虐められてたらすぐわかるだろう。
だから、話すこともない。
「兄さん〜! ベッドを荒らすぞぉ〜!」
「好きにしなよ……」
「……はぁ。兄さんの匂いがする」
「……僕の匂いって、何さ」
「んー……汗かな?」
「汚いよ……」
マウスを握ってパソコンを見ながら、適当に相槌を打つ。後ろでバサバサ音がするけど、美代が暴れてるんだろう。グシャグシャにされたって、寝れば一緒だから構わないけど、少し気が散るな……。
僕は机に付いてる3段の引き出し、その一番下を開けてヘッドホンを取り出す。
「あぁっ!!」
「?」
すると後ろから声を上げられて、僕は振り向いた。それと同時に、ヘッドホンを美代に奪われる。
「ヘッドホン禁止! 可愛い妹とお話ししなさい!」
「……って言っても、話すことなんてないじゃないか……」
「そんなこと言わないで、兄さんなんか言ってよ」
「…………」
そんな無茶振りをされても、話の内容がつまんなければ話に付き合わないのだろう。美代はごく普通の中学生、勉強の話とか哲学的な話とか、そんなもの興味ないはず。今までもそうやって話は終わってきた。
「……じゃあ言うけど、フッ化アンモニウムって知ってる? 白い粉状のやつなんだけど……」
「沸点がいまだに不明の、火気厳禁。エッチングっていう半導体の表面処理に使われるやつでしょ?」
「…………」
饒舌に説明する彼女に、僕は石化したように動かなくなった。美代は学校では頭はいいと言っても、中学生レベルの知識の筈だ。中学生で、フッ化アンモニウムなんて単語は出るだろうか――?
エッチングなんて単語を知っている時点で異常だが、それはつまり――本当の彼女は、相当頭が良い。
「……美代。君は頭が良かったのか」
「え? これぐらい知ってて普通じゃない? 世界のニュースをお届けする番組で、どっかの犯人が使ってたよ?」
「……たった1回見ただけで、よく詳細に覚えてられるね」
とても疑わしい事だった。キモ可愛いマスコットキャラが好きな風にしてながら、そんなどこで役に立つだろう化学知識を身に付けてるのが不自然で仕方ない。たった1回見て――それは本当だろうか? 本当は参考書で何回も見てるのかもしれない。この子は、一体何者なんだ――?
「……なに、兄さん? 私がフッ化アンモニウムの事を少し話したぐらいで身構えないでよ。私が所持してるわけでもないし、兄さんに使うわけでもないんだから」
「……。それもそうだね」
まぁ、今は考えないようにしておこう。学校のことが最優先だ。他の事に気を取られてる場合じゃない。
それに、美代が僕に悪い事をした事なんて、今の今まで一度もない。実に妹らしい態度で接してくれてるように思う。
今までのが演技かどうか、そんなことは関係ないじゃないか。
僕だって、演技者なのだから――。
美代と視線が交錯する。彼女はいつも通り、にんまりと能天気な笑顔を浮かべている。その表情が画面かどうか、そんなものは知らないしどうでもいい。どうせ義母に言われて僕の部屋に来てるだけだろうし、僕との関係は変わらないだろうから。
「……兄さん、なんで私のこと見つめてんの?」
「……別に」
「ははぁ〜ん、さては美代様の魅力に気付いちゃいましたかぁ〜」
「……君に魅力を感じたことはないよ」
「スッパリ言わないのっ! そんなんだから友達できないんだよ〜だ! やーい陰キャラ陰キャラ〜、キノコ頭〜」
「…………」
僕は無言で立ち上がり、美代の前に立つ。
美代は何かを察したようで、驚いた後にベッドの上で土下座をする。
「すみませんでした! 本当のこととはいえ、言い過ぎました!」
「…………」
どうやら覚悟は決まっているらしい。僕はヒョイっと彼女の体を持ち上げ、ベッドの上に綺麗な一本背負いを決めるのであった。
……まぁ、これも兄妹のスキンシップと言えるだろう。
目に星を浮かべて大の字になる美代を見て、僕はそう思うのだった。
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