-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第36話:球技

 球技大会の練習1日目――今回は普通にサボった。それが晴子さんの台本アジェンダである。
 台本台本と言ってきたけれど、PDF3枚でイベント毎にやる事が書いてあるだけで、細かい指示とかは何も書かれていない。今日の部分はサボれと言われたからサボった、それだけの事。

 僕がサボって校門を出ると、その後ろを椛も付いて来た。彼女にとっても、球技大会はどうでも良いらしい。

 僕も本心からどうでも良いと言える。まぁ、競華が晴子さんの居る我らが1組に勝ちたがってるし、快晴は馬鹿だから普通に楽しんでる。
 スポーツなんて、プロにならない限りは将来役に立たない。会社員になってサークルに入って交流を深めたり出会いを求めたり、そう言った事はあるかもしれないけど、結果として何か新しいものが生まれるわけじゃないし、それなら勉強したいと思う。

 まぁ、そんな事を晴子さんの前で言ったら怒られるだろう。根拠はない。なんとなく、彼女の性格を考えて、そう思っただけ。

 色々と空想を重ねていると、井之川の駅前まで来ていた。後ろからついてくる椛は何も喋らないが、ふと後ろを見ると、薄笑いを浮かべて僕の顔を見ている。

「……何?」
「別に何も。ただ、面白いなって思っただけよ」
「……そう」

 何が、とは聞かなかった。普通に球技大会というイベントをサボる腐った性根が面白いって事だろう。
 球技大会……椛も無関心だろう。

 球技の内容はバレーボールとハンドボール。毎年違うらしいが、バレーボールは中学でも体育でやったし、運動神経だけで考えれば晴子さんのいる1組、競華のいる4組、快晴のいる5組が有利だろう。友人たちの名前しか挙げていないが、50m走6.5秒未満、スタミナは毎朝のランニングから言わずもがな、球技においても申し分ない腕利きだ。体育の評価が5より下だったことはない。

 他にもヤンチャな人間は体育が出来るが、この3人に比べたら1つランクが下がる。快晴はサッカー部とサッカーをしても、普通にドリブルで抜き去ったりするし……。

 バレーもハンドも、晴子さんや競華なら、

「所詮は物理量の話だろう? 我々のスタミナ量は走る時間で決まるし、ボールをどの角度でどの体制から打つのが一番強いのかを適宜推測すること、相手の打つ態勢を見て運動方向はわかるし、頭でわかることをしっかり体に反映させればいいだけ」

 なんて言いそうだが、それができないからスポーツは白熱するんだろう。まぁ、僕の知るところではないが……。
 椛なら、なんて言うだろう。

「……椛は、球技ってどう思う?」
たま遊び、娯楽の一種でしかないわ」
「……遊び、か」

 椛は得意そうだな、なんて思っても、運動なんてまるでしてなさそうだから、そうでもないか。

「娯楽なのに、君は参加しないんだね……」
「貴方にだけは言われたくないわ」
「……それもそうか」

 娯楽よりも知識を深めたり勉強した方がいい。だから球技大会なんて出るつもりはない……と思っても、晴子さんのシナリオ通り動く事に、変わりはないのだけど。

 僕は晴子さんと対立して、なんとか和解する。
 そう言う方針で動くけれど、椛はどうだろう?
 僕がこの先、晴子さん側に寝返ったら――学校でも爆破するんだろうか。それは阻止したい。

 晴子さんは、僕を成長させたいと言った。椛と僕の事で、彼女は僕を助けてくれないだろう。
 これからクリスマス、球技大会と2つのイベントがある。その2つもなるべく僕の手で椛を制して……。

 それができるか不安で仕方ないのが現状なのだった。
 僕がため息を1つ吐き出すと、椛はニコニコ笑って僕の隣に立つ。

「それで、今日はどうする? 家に寄ってく?」
「……どっちがいい?」
「ふふ、1人は寂しいわ」

 嘘吐きめ――とは言わなかった。血も涙もない女が寂しいなんて片腹痛い、それは思うだけにとどめる。
 こんな感情を抱きながら椛と接してるのも、不純極まりないし、僕も最低だけどね……。
 まぁ――最低同士、仲良くしよう。

「……じゃあ、行こうか」
「ええ」

 彼女は僕の手を掴むと、北野根家に向かって案内して行った。今日も罠を張ってるのかな――なんて考えつつ、僕は付いていくのだった。



 ◇



 玄関を開けた瞬間にマヨネーズが噴射してくるなどの嫌がらせを受けたが、なんとか避けることができて家に上がる。最早この程度は朝飯前だった。
 アロマが焚いてあって眠気を誘ったりするが、いつも眠いからそれは気にせず椛の部屋に入る。すると彼女はいつも通り、着替えを持ってリビングに行ってしまう。普通なら、僕をリビングに待たせて自室で着替えるものだけど、いろいろと準備があるのだろう。1人だけ眠気覚ましにコーヒーを飲んだりとか、ね……。

「…………」

 1人になると、決まって単語帳を取り出す。少しでも時間があれば勉強する、その1日5分10分の無駄も積み重ねれば1日や2日に匹敵するのだから。
 椛が私服に着替えて戻ってくると、その手にはティーセットの乗ったお盆があった。ポットから香る匂いから察するに、ココアを入れてきたらしい。

「おまたせ。眠くない? 大丈夫?」
「……いつも眠いし、気にしないで」
「そう? ココア入れてきたから、飲みましょうか」

 彼女は眼前のテーブルにティーセットを置き、カップを1つひっくり返してココアを注いでいく。2つのカップに茶色い液体を入れると、チョコみたいに甘い匂いがアロマの香りと混ざり合う。とても甘ったるいが、僕が麻痺してるのか、不思議と嫌じゃなかった。

 アロマに何か入ってるんだろうなって、そう邪推できたから。

「……アロマに何入れてるの?」
「ラベンダーの香りよ? それ以外に何があるのかしら?」
「……粉々にした睡眠薬」
「……。なんでわかるのかしらね。ベンゾジアゼピンを混ぜてるわ」
「…………そう」

 ピッタリと感が当てはまったらしい。化学に詳しくないからそんな睡眠薬の名前なんて知らないけど、名前をわざわざ言うあたり、有名な睡眠薬なのだろう。殺傷性がないとはいえ、平気でこんな事をするんだから、椛は十分危険だ。

「……飽きないね。よくやるよ、君……」
「ずっと負けっぱなしですのも。1回は勝ちたいじゃない」
「……そう。ただ、負けた後が怖いし、僕も負けないよ……」

 睡眠薬とか媚薬とか、僕が気を失ってる間に何かあったら怖いからね……。最近は慣れてしまったのか、スッカリ抗体もついたみたいだ。この空気を吸っても普通でいられる。

「……最近、つくづく思うのよ。貴方はやっぱり、瑠璃奈の親戚なんだって。瑠璃奈は瑠璃奈で、私のことなんて道端の石ころみたいに扱ったわ。そして、貴方も――石ころとは言わないけれど、私を見ているようで、私を見ていないのね」
「…………」

 何を言いたいのか、いまいちピンとこなかった。僕は椛を見ている。彼女の心理を理解した上で立ち回ろうとしているのに、彼女を見ていないわけがない。

 石ころを見ているよう――というのは、椛という人間自身を見ていないということだろう。北野根椛という人間を理解しようとしない、雑踏の中ですれ違う人と同じように扱うこと。
 僕はあくまでも椛の更生を目的に動いている。椛の事を見ているつもりだけどな……。

「……友達なんだから、君の事を見ていないわけないだろう?」
「そう、友達だからよ。貴方は私と居ても全く楽しそうにしないわ。持論を振りかざして神代晴子に突っかかっても、私の罠を破る時も、普段勉強する時も、貴方は笑わない。何故――世界は退屈でしかないと言う態度なの。これだけ娯楽を与えてるのに……少しは笑ってくれてもいいじゃない……」
「…………」

 不思議な事を言う女だった。彼女にとっては爆破事件や人に投薬したりという迷惑行為は娯楽なのかもしれないが、僕にとっては全然そうじゃない。当たり前だろう、貞操とか命とか、大切なものがかかってるんだから。

 しかし、彼女からしたら僕を楽しませようとしてくれてたみたいで、それは友達としてか僕をオトしたいからかわからないけれど、嬉しかった。

「……まぁ、世界に絶望するような事も昔あったよ。笑わなくなったのはそれからだけど、笑いたい時は笑うさ……」
「ふーん。私の前で笑って欲しいものだけど……ダメかしらね?」
「…………」

 少し考えるも、答えは決まっていた。人前で笑うと言うことは余裕を見せること。僕はあまり好きじゃない。隙を与えれば付け入られるから。まぁ、だから――

「……君の前にいる時、僕は真剣なんだよ……。笑うだなんて油断はしないし、まだ気を許せないからね……」
「……そう。ショックだわ。これだけ一緒にいて、まだ信用されてないなんて」
「信用なんて、するかしないかって言うなら、しないって言われた方がいい。信用するなんて言葉は、殆ど嘘だろう」
「そうね……。貴方はさっぱりした性格だから、平気でそう言える。それも貴方の良さだわ」

 微笑んで褒める様子は、まさしく恋する乙女の顔だった。まっすぐ僕を見つめる瞳はブレることなく、焦点が僕に合っている。
 でも、その恋は叶えてやれない。
 君もわかってるんだろう。

 告白してこないんだから、さ――。

 椛なりに何か考えてるんだろう。クリスマスも近い。2人で過ごす時間は多くなっても、今はこの距離感のままで――。

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