-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第24話:疑念

 同刻――

「まさか、飲み物を持って戻ってくるとはね。しかも、この時間にコーヒーを飲ませようとは……キミは罪深い」
「阿呆な事をぬかすな、晴子。この時間は冷える。ホットコーヒーを飲むのが心地いいのだ」
「キミの趣味だろう? 私ならお茶を買う」
「知らん」

 仲が良いのか悪いのか、晴子と競華は共にフェンスに寄り掛かっていた。晴子はフェンスの向こうの世界を見て、競華はフェンスを背に空を見て。共に手には缶コーヒーを持ち、仕事を終えたOLが黄昏てるように映るかもしれない。

 黄昏るよりも深刻な問題を抱えているのだが――。

「晴子、何故北野根を潰さなかった?」

 競華は空を見たまま問いかける。晴子は表情を変える事なく、無言を貫く。静寂が続くと、競華は続ける。

「お前の名前を汚した女だ。名を騙ったことを償わすなり、奴の携帯を使ってなかった事にするなり、できたと思うが? それに、奴の処分を幸矢に任せるなど、怒りを持つ人間のすることではない」
「……怒り、ねぇ」

 晴子は目を光らせ、その感情の名前を呟いた。晴子が北野根に対し抱いていた紛れもなき感情。しかし、結果はどうだろう? 怒りを解消するには、仕返しが少ないように思えた。

 晴子はゲームに勝っただけで、肉体的ダメージを与えたわけでもない。プライドを少し、傷つけた程度。その程度で今日は許したから、それが競華は気になったのだ。

 幸矢の前だと、汚い事を言えないかもしれない。だから2人になろうとしたのだ。

「――競華くんは、私が怒るように思うかい?」

 その不思議な言葉に、競華は顔を晴子に向けた。澄まし顔を続ける晴子に競華は何も発さずその瞳を見つめ、こう返す。

「怒らぬ人間などいない。それは貴様とて変わらない。特に我々女という感情的な生き物は、怒りにめっぽう弱いだろう」
「……ああ、そうだね。キミの言うことは実に正しい」
「……?」

 晴子はフェンスにもたれるのをやめ、競華の顔を見つめ返した。月明かりに照らされる少女は艶やかな顔で、自らの胸中を明かした。

「――私はね、理性が強い。この思考力と道徳性があるからね、当然の事さ。……だけど、"怒り"には勝てず、私は体を"怒り"に預けた。しかし、流石は私の"怒り"、狡猾で欺瞞に満ちていた。賢い人の怒りは静かなものだと、本当にそう思うよ」
「…………」

 競華は黙り、晴子の話を静かに聴いている。晴子は一度空を見て、淡く光る月を寂しそうに見た。

「しかもね、まだ"怒り"が敷いたレールを我々は歩いている。止める気もないけどね。北野根くんに制裁を下す事自体は悪いことではないのだし……けどね、少し怖かったよ。怒りに身を任せた自分が、自分で敷いたレールを無視し、北野根くんを潰してしまうじゃないかとね。そして、彼女を追い詰める事に快楽を感じるのが、とても怖かった」
「怒りを晴らす先にあるのは快楽だ。何かを破壊したり、叫んだり、邪魔をしたり……そうやって、自分の優位性を示す行動を取りたがるのが"怒り"というもの。人間に感情があるのは当然の事だ、恥じることはない」
「……よし給え。私にとっては恥に他ならないのだ。甘えさせるようなことを言わないで欲しい」
「貴様がそう言うのなら、何も言わないさ」

 1つの語らいが終わり、静寂が戻ってくる。競華は缶コーヒーを一口飲み、苦味の塊を飲み込んだ。
 晴子は何も言わずに、高い所からの夜景をしみじみと見つめる。
 それを不思議がり、競華はまた尋ねた。

「どうした? もう帰っていいぞ」
「……キミは、自分の用だけ済ませて、早く帰れと言うのかい」
「……? なんだ、用があるならそう言え。私もそろそろ戻りたいのでな」
「ああ、ならば単刀直入に聞こうか」

 晴子はそう言いながらポケットに手を突っ込み、素早い動作で競華の頭にその黒い物体を突き付けた。
 幸矢に置いていかせた、エアガンだった――。

「……なんのマネだ?」
「北野根くんが富士宮本社このビルの屋上に居たのが不思議でならない。キミならまず、こんな事を疑われない為にビル内に入れない筈だ。しかし、キミは彼女をこのビルに入れ、屋上に待機させていた。……何が目的か言い給え」

 普段通りの晴子の声。穏やかで優しい少女の声。しかし、彼女の目は極めて真剣なものだった。

 もし競華と北野根が組んでいたのなら、これ以上厄介なことはない。グル級ハッカーとネット民を使ってイタズラできる北野根、面倒な事になる事は必至だ。
 出る目は潰す、そう思っての行動。

 スタンガンを使えばいいものを、エアガンで脅迫するあたり、まだ優しさがある。それは親友だからという信頼があっての事。中学の3年間を共にした仲間を、簡単には見限れない。

「――勘違いをするな、晴子」

 競華も、いつもの口調で返した。そんな脅迫は無意味だと言わんばかりに。疲れたような顔をしながら、彼女は続ける。

「私は文化祭の1日目で、奴の行動を潰している。私も敵視されてるのだ。……確かに、その後に手を組むこともできたかもしれないが、私だって自分の誇りは汚したくない。わかるだろう?」
「…………」
「私は、下品なのは嫌いだ。あのような小娘と行動を共にするわけがないだろう」
「……。確かに、キミが彼女と組んで、私達と敵対する理由はないね」
「私も貴様等も、潰れれば世界の損害だ。将来上に立つ人材を潰すことに、意味はない」

 理由も付けてはっきりと断言する。競華には晴子と対立する理由もなく、将来的には自分にとっても迷惑なのだ。
 晴子もそれが理解できると、エアガンをポケットに戻す。

「疑って悪かったね。キミほど高貴な人間が、彼女と組むわけないか」
「構わん。そのうち疑われるかと思っていた。北野根をここに入れたのは、別に私の意思じゃない。この時間はもう受付嬢も退社しているからな。止める術がなかっただけだ」
「……もう少し、警備をしっかりした方が良いんじゃないかい?」
「案ずるな。入れてはならん者の区別はついているし、サーモ付き防犯カメラもある。私が会社にいる間は、このビルぐらい守ってやるさ」
「だと良いけどね」

 安心して、競華から視線を逸らす晴子。ここまで、およそ高校一年生の会話ではなかったが、彼女達が普通じゃないだけだろう。

「ところで晴子」
「……む?」
「遊んで欲しいのなら、私も遊んでやるぞ?」

 競華は笑って提案するのだった。いつも目つきの悪い彼女はニコリと笑い、女子高生らしい態度での提案。
 なのに、晴子はブワッと全身に鳥肌が立つのだった。
 いつもは絶対に笑わない競華、その競華がニッコリと笑っている。
 まぁそれはつまり……

(……エアガンを突きつけたこと、相当キレてるなぁ、これは)

 苦笑する晴子はその提案を、やんわりと断るのだった。
 友を疑うと死にかねない、そう心に深く刻みながら――。

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