-COStMOSt- 世界変革の物語

川島晴斗

第14話:文化祭③

 僕は一度家に帰り、眠りについた。殆ど寝てないのに学校に行き、帰りは午後4時……まぁまぁの時間だが、体をいつもの調子に戻すため、とにかく眠った。

 目が覚めて時計を見ると、8時30分を指していた。4時間近く眠ったらしい。家の中から声が聞こえ、家族も帰ってきてるのがわかった。
 夕飯を作るのはいつも僕だし、きっと家族のみんなは外食かインスタント食品を食べたんだろう。僕の分はないと思い、財布を持って部屋を出た。

 そこでばったり、パジャマ姿の美代に遭遇する。

「んっ、ねぼすけ兄さんだ。今日カップ麺だったんだよーっ」
「悪かったね……。明日の夕飯、美代の好きなの作るから……」
「えーっ? じゃあ、オムライスね!」
「はいはい……」

 楽な注文だったので助かった。それはともかく、本当にインスタント食品だったようで、ため息を吐く。

「じゃあ、僕は何か買ってくるから」
「……ん? カップ麺、いいの?」
「……なんでもいいけど、カップ麺だけじゃお腹は膨れないから、さ……」
「ふーん。あ、ついでに何か、おやつ買ってきて」
「……。うん」

 夕飯を作らなかったんだし、そのくらい構わないだろう。
 僕は美代と別れ、リビングには目もくれず外に出た。
 月が綺麗に映っている。青黒い空に浮かぶグレーの群れから抜けた場所に、ポツンと黄色い月がその存在を大々的に示していた。

 歩きながら、そういえば見てなかったと思い、ポケットに入れっぱなしのスマートフォンを手に取った。
 メッセージアプリの通知がいくつも来ており、僕は道端で立ち止まり、目で文章を追っていく。

〈競華:今日は楽しそうだったな〉
〈晴子さん:起きたら電話してくれたまえ〉
〈快晴:おーっす。今日学校来たか?〉
〈快晴:あれ?寝てる?〉
〈快晴:さんは返信をお待ちしております〉

「…………」

 メッセージを見て、またため息を吐いた。競華はただの煽りだし、晴子さんは電話したら面倒臭そうだし、快晴は今日一日非通知にした。
 快晴はともかく、晴子さんには連絡しなきゃいけないだろう。僕は歩きながら晴子さんに電話をした。2、3コールで彼女は通話に応じる。

《もしもし、幸矢くん?》
「ああ、晴子さん……こんばんは」
《今日は大変だったようだね》
「……。どうも……」

 競華と同じような事を言われ、またため息を吐いた。大変だったけど、ただの取り越し苦労だったから。

「それで? 電話させた理由は、何さ……?」
《ん。まずは労いさ。骨折り損とはいえ、学校を守ろうとしてくれたのだからね。ありがとう》
「……どう致しまして」

 結局ただ北野根の隠したものを回収しただけだが、気持ちは受け取っておくとしよう。
 一泊空けて、晴子さんは続ける。

《……今日帰るとき、下駄箱に北野根くんからの手紙が入っていたよ》
「…………」

 手紙と聞いても、僕は動じなかった。見つけてしまったし、何より、中身を確認していたから。

《手紙の内容としてはね、端的にまとめると、貴女はこれからどうするの、と問うたもの。生徒会長、学級委員、いろんな人から尊敬される人徳を得た。子分をたくさん作って、どうするのか、とね》
「……それが、本題なのか」
《ははっ、キミ、今馬鹿にしただろう? まぁいい、答えは決まってる。我々は多くの者が有徳者になるよう斡旋するだけ……。世界をよくする、それだけさ》
「……ああ」

 目の前に彼女が居るわけでもないのに、僕は自然と頷いていた。
 世界をよくする、僕達はそのために生きていく。目的を見失っていないなら、僕から言うことは何もないだろう。

「……晴子さん。貴女の作る未来が、僕は楽しみだよ」
《ハハッ、期待してい給え。何万年と続いた人間の歴史で、初めて理想郷を作ってみせるさ……》
「それまで、僕は貴女を支え続ける……。お互い、頑張ろう」
《ッ……フフッ、嬉しいな。わかっていても、そうやって言葉にされると、ね》

 晴子さんの笑い方は、いつもと違った。少女らしい笑い方で、きっと、僕の言葉にときめいたんだろう。
 一応、両想いなのだから。

《……じゃあ、またね。私はやる事があるから》
「ああ、またね……」

 名残惜しいけど、通話を切る。
 スマートフォンをポケットの中にしまい、僕は近くのコンビニまで小走りで向かうのだった。(※1)



 ◇



「さて――」

 幸矢くんとの通話を終え、私は机の脇にスマートフォンを置いて目の前にある3枚ノルーズリーフに目を向ける。
 そこには明日、北野根くんに文化祭を妨害されるパターンと対策を書いてあった。

 北野根くんは、私の下駄箱に手紙を入れた。あんなもの、果たし状となんら変わらないではないか。幸矢くんの次は私、妥当な順番だろう。

「対策については万全かな。競華くんを牽制する以上、直接彼女が動くことはないだろうし、爆弾も仕掛けられんだろう……」

 椅子を引き、背にもたれながら独り言を呟いた。考え事が過ぎるとつい呟いてしまう。しかし、呟いてると集中してるのがわかって、この状態が好きだった。

「ドローンは掴むか撃ち落とす、人を使ってくれば説得、警察沙汰は生徒会長としての振る舞いで対応……とにかく笑顔だな、いつもと変わらぬ……」

 ブツブツ呟いて、重要に思えたことは文字にしてルーズリーフに書く。静まり返った室内に自分の声だけが聴こえ――いや、もはやその呟きは聴こえないに等しい。
 それほどまでに集中していたから。

「学校の人? 外部の人? 何を使うかは定かではない。爆破にはすぐ対応できないが、彼女は私に止めるよう仕向けるだろう。いや、化学だからって爆発とは……」

 そこでガスの危険性も懸念するが、ルーズリーフには既に、朝の校内放送で窓を開けることを仕向けるよう書いていた。思案は尽きないが同じ事を考えるようになったあたり、もう思いつかないのだろう。

「では――」

 私はペンを置いてルーズリーフを掴み、纏めて左上をホッチキスで止める。慣れた動作だ、ホッチキスを出してから5秒もかからない。
 それから法学のテキストとノートを取り、勉強を始めた。文化祭の最中、そんなことは関係ない。習慣というのは1日とて休んではいけないだろう。明日もランニングをする、私達はそういう"無理をする"人間だ。

 私達が生まれたこの国を理想郷にしたい。

 無理しない方が無理なのだ。

 だから今日も私は、寝るまで勉学に励むのだった。

 きっとそれは、彼も同じだろう――。

(※2)

 ◇



 ガリっと右手人差し指の第一関節を噛み締めて、私はパソコンのモニターを見ていた。悔しい――その気持ちが胸に広がっている。

 富士宮競華――背の低い長髪の女生徒。その彼女に、私の行動は見破られ、幸矢くんをてのひらの上で操ってると思いきや、私は彼女の掌の上だった。賢く、私が待ち構える屋上に踏み込んでくる度胸もある。神代晴子がどの程度の人間かはまだわからないけど、その晴子より厄介かもしれない。

 さて、対抗策はまだ何も思いつかないわね。私は彼女のことをよく知らないのだから当然なのだけど。
 富士宮競華については文化祭が終わってから、ゆっくり考えましょう。なにせまだ高校一年生の秋ですもの。時間はたっぷりとある。

 それよりも、明日――文化祭2日目。
 次はみんなの慕う晴子さんで遊びましょう。
 さぁ、どんな反応をするのか、楽しみだわ――。



 それぞれが思いを強め、夜は深まっていく。
 少女に従う騎士の少年、
 世界を変えんとする少女、
 対立せんとする悪の少女。
 夜は巡り、9月26日。
 2日目の文化祭は、目前に迫っていた。



※1:晴子さんが頑張るのなら、自分も頑張ろうという意志の表れ。早く帰って頑張ろうとしている姿。
※2:彼は、幸矢のこと。

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