-COStMOSt- 世界変革の物語
第8話:察知
井之川高校――それが私の転校してきた公立高校の学校名。私が前にいた京西高校も瑠璃奈のせいで異常に思えたけれど、井ノ川高校も凄く面白い。
神代晴子。生徒会長兼学級委員。先日の始業式で法務省から賞状を貰ったらしい。まだあまり絡んでいないけれど、人脈の広さは並みの高校生ではあり得ない。彼女の周りには人だかりができ、廊下を歩けば誰もが挨拶か礼をする。
富士宮競華。会ったことのない私が京西高校の体育館を爆破した事を言い当てた。強気だけど私に対する観察は繊細だった。
黒瀬幸矢。瑠璃奈の親戚で、いつも暗い少年。見た目以上に筋肉質な体をしている。勉強もできるしスポーツもできるでしょう。何が目的か全くわからないけれど、私に対して"友達になろう"と言ってきた異常者。
同学年だけで既に3人も面白い人間と巡り会えた。彼等は思考力を失った賎民じゃない。ゲームしたり駄弁ったり時間を無駄にする馬鹿ではない。
――こんなに嬉しい事はない。
さぁ、雄弁をしましょう。議論をしましょう。戦いましょう。死合ましょう。
きっと楽しくなる、人生で最高の時間になる。興奮が絶頂を迎えるほどに私を楽しませて。
私は瑠璃奈に負けた、完敗だった。
だけど、貴方はどうなのかしら?
幸矢くん――?
◇
9月25日に文化祭をやるらしい。今は9月10日だが、僕は予定通り、嫌われ者として演じ、何も手伝いをしていない。まぁ――晴子さんがいるんだ。僕が居ても居なくても、大して変わらないだろう。
北野根は微力ながらも最初こそ手伝っていたが、3日と経たずに僕と一緒に下校するようになった。僕達1組のメンバーと口喧嘩になったらしく、北野根は黒瀬の仲間だと言われて迫害されたとも取れる。
その時に晴子さんは居たはずだが、何もしなかったのだろうか。そこは気になるけど、僕と北野根の関係が変わっていないから、追求はしなかった。
「地球温暖化の原因はどう考えても人口の増加と科学の発展。なら、私達人類は戦争をするべきなのよね。億単位で人が死ねば、世界はその分の得をする。実際、昨今頻発しているテロ事件で喜んでる人も居るでしょう」
帰り道の北野根の話。彼女は相変わらず、殺伐とした主張をするのが好きなようだった。地球温暖化、エコ、そんな事を言うのは簡単だけれど、そのために人が死んで良いか否かはあまり表立って考えられていない。
当たり前だ、テレビに出るような人が「人が死んでも仕方ない」なんて言えば、批判が殺到して業界を追われるだろう。
と言うも、僕はテレビを見ないし、あくまで憶測だが……。それはさておき。
「……地球のために、随分と熱心な発言だね。何かあったの?」
「別に……9月になっても炎天下が続いて、ウンザリしてるだけよ」
「……。春と秋は、どんどん短くなってきてる。今年は3月ですら雪が降ったね」
「この地域ではあり得ない事象だったわ。それでも起こったのだから、気候は乱れていて、原因は地球温暖化と考えるのが自然……でしょ?」
「……まぁ、そうだね」
否定こそしないが、かなりどうでもいい話だった。僕達がどうこう喚いて将来なんとかなるわけでもない。増えた人間を減らす最適な手段は弱者を切り捨てることだけど、今の世界はそれを許さない。
無論、弱者が自ら死ぬのがこの国だが……。年間自殺者3万人、それはWHOが感知してるだけで本当はもっと多いそうだ。
しかし、1年に3万人の自殺者が出ても地球温暖化は騒がれる。もっと人が死なないといけない、そんな事でいいのだろうか?
この先人口が増え続ければ、何もかもが足りなくなる。そうはわかっていても対処できない。
「今ある技術を失えば……僕達は生きていけない」
「そうね。だけど、人間なんて多少居なくても人類は生きながらえるわ……技術を進ませ、人を減らす。それが最善ではなくって?」
「…………」
そうかもしれないが、すぐに肯定できる質問ではなかった。はてさて、元から雲行きの怪しい話だったが……犯罪の匂いがする話になってきたな。
「君は……何かするつもり?」
「さぁ? ただ、私だってこの地球の上に立っているし、地球のことを考えてるって言いたかっただけよ。私は、人を殺そうとか思わないわ。ねぇ……?」
「…………」
すごく嘘くさいし、頷いてやることはできなかった。文化祭を手伝うことはなく暇な僕達は、折角の短縮授業で空いた時間を持て余していた。
最近は晴れ続きで、日差しが痛いけれど、夏の爽やかさが残っていて心地いい。だから僕も北野根も、歩調はだいぶ遅かった。
今日も駅前で別れる。「またね」とか「じゃあね」とか、そう言い合うだけでお互いにそれ以上は何も言わない。人は寂しい生き物だと言うけれど、僕は北野根と別れる時、全く寂しくないんだ。
寧ろホッとする――なんて言えば、おそらく怒られるだろう。
それでも安堵せずにはいられない。北野根は得体の知れない人間だから、知らないという恐怖が付きまとうのだろう。だったら――
◇
〈珍しいですね、貴方がメールしてくるなんて〉
パソコンの画面に映し出された本文は、身内なのに敬語という味気ない文面だった。およそ普通の女子高生なら男に送る時使うだろう絵文字とか顔文字とかいったものが全く見当たらない。
僕はさらに、返信された文章に目を通した。
〈あ。最近暇なので、メール大丈夫ですよ。電話は30分ぐらい待って欲しいですが〉
そこまでが本文で、手が空いてるということを好機に早速瑠璃奈へ返信を作る。
〈北野根椛とはどんな関係?〉
かなり安直な文章だったが、すぐ伝わる文章の方が良いだろう。送信してから単語帳の本を手に取り、数分経ってから返信の知らせがあった。メールボックスにある新着画面を開く。件名はなく、本文のみの文面に僕は目をこらせる。
〈北野根椛と会いましたか。
美しい人でしょう?美人で羨ましいです。
おおっと、質問の答えでしたね。
ただの友人……とは言えませんね。好敵手です。
珍しく科学に富んでいますが、あなたならなんとかなるでしょう。
隙を見せれば死にますけどね。
ご武運を〉
「…………」
わかりやすいメッセージだし、嬉しいんだけどさ……。
「君を試す、か……。もう少し工夫した暗号を作れば良いのに……」
呟いてから、そんなすぐには出来ないかと思い至る。ありがとうとだけ返信をし、僕はパソコンの電源を切った。
ふうっと息を吐き、また勉強でもしようと参考書を手に取ってパラパラと捲る。
そんな風にしていると、部屋にノックがあった。短く「どうぞ」と言うと、パジャマ姿の美代が入ってくる。
「失礼しまーすっ。兄さん、暇そうだね?」
「……まぁ、今は暇だけど」
「よしっ! 勉強教えて! 来週テストなんだよ〜っ!」
「…………」
胸の前で手を合わせてお願いしてくる義妹だったが、寝る準備を済ませてる癖に教える意味があるだろうか。とは言ったものの、暇なのに妹の頼みを断るのは宜しくないだろう。
「いいけど……どこがわからないの?」
「えっとねー、数学のこの連立方程式のグラフと、公民と、この話のケンジの気持ちと、あと、色々!」
「結構……ダメなんだね」
テストが割と絶望的らしく、僕は嘆息した。時計に目をやると、今は21時5分。まだ起きてられるな……。
「徹底的にやろうか。覚悟しなよ、美代……」
「30分だけ勉強大好きな私を解放してやろう! ジュワッ!」
「……1時間」
「そんなにやったら、美代は白目を剥いて死にます」
「……。取り敢えず、その数学の所を見せてよ」
「はーいっ!」
嬉々として投げ出される、所々落書きされたノートを手に取る。何故僕と彼女でここまで違うのか……もう3年は一緒に暮らしてるのに……。
でも、美代には美代の生き方があるんだから、それを否定したりはしないし、勉強ができなくても不便なだけで悪い事じゃない。僕の見解がこうだから、妹が勉強下手でも叱責する事はないし、美代は自由気ままに生きていた。
それに、兄妹で過ごす時間もあまり無いし、美代の不勉強は少しばかり兄妹仲を良くさせてると思った。
「この2つの方程式をそのままグラフ化すると三角形ができるでしょう? この交点は連立方程式の解……そして、解からyが求まると、x軸と2直線からなる三角形の面積もわかって……」
「あー、頭痛がする。兄さん、私死ぬのかも」
「……まだ3分も経ってないのに、根を上げないでよ」
結局45分まで粘らせ、今日の所はリタイアした。明日の朝は、美代の好きなものを作るとしよう。
神代晴子。生徒会長兼学級委員。先日の始業式で法務省から賞状を貰ったらしい。まだあまり絡んでいないけれど、人脈の広さは並みの高校生ではあり得ない。彼女の周りには人だかりができ、廊下を歩けば誰もが挨拶か礼をする。
富士宮競華。会ったことのない私が京西高校の体育館を爆破した事を言い当てた。強気だけど私に対する観察は繊細だった。
黒瀬幸矢。瑠璃奈の親戚で、いつも暗い少年。見た目以上に筋肉質な体をしている。勉強もできるしスポーツもできるでしょう。何が目的か全くわからないけれど、私に対して"友達になろう"と言ってきた異常者。
同学年だけで既に3人も面白い人間と巡り会えた。彼等は思考力を失った賎民じゃない。ゲームしたり駄弁ったり時間を無駄にする馬鹿ではない。
――こんなに嬉しい事はない。
さぁ、雄弁をしましょう。議論をしましょう。戦いましょう。死合ましょう。
きっと楽しくなる、人生で最高の時間になる。興奮が絶頂を迎えるほどに私を楽しませて。
私は瑠璃奈に負けた、完敗だった。
だけど、貴方はどうなのかしら?
幸矢くん――?
◇
9月25日に文化祭をやるらしい。今は9月10日だが、僕は予定通り、嫌われ者として演じ、何も手伝いをしていない。まぁ――晴子さんがいるんだ。僕が居ても居なくても、大して変わらないだろう。
北野根は微力ながらも最初こそ手伝っていたが、3日と経たずに僕と一緒に下校するようになった。僕達1組のメンバーと口喧嘩になったらしく、北野根は黒瀬の仲間だと言われて迫害されたとも取れる。
その時に晴子さんは居たはずだが、何もしなかったのだろうか。そこは気になるけど、僕と北野根の関係が変わっていないから、追求はしなかった。
「地球温暖化の原因はどう考えても人口の増加と科学の発展。なら、私達人類は戦争をするべきなのよね。億単位で人が死ねば、世界はその分の得をする。実際、昨今頻発しているテロ事件で喜んでる人も居るでしょう」
帰り道の北野根の話。彼女は相変わらず、殺伐とした主張をするのが好きなようだった。地球温暖化、エコ、そんな事を言うのは簡単だけれど、そのために人が死んで良いか否かはあまり表立って考えられていない。
当たり前だ、テレビに出るような人が「人が死んでも仕方ない」なんて言えば、批判が殺到して業界を追われるだろう。
と言うも、僕はテレビを見ないし、あくまで憶測だが……。それはさておき。
「……地球のために、随分と熱心な発言だね。何かあったの?」
「別に……9月になっても炎天下が続いて、ウンザリしてるだけよ」
「……。春と秋は、どんどん短くなってきてる。今年は3月ですら雪が降ったね」
「この地域ではあり得ない事象だったわ。それでも起こったのだから、気候は乱れていて、原因は地球温暖化と考えるのが自然……でしょ?」
「……まぁ、そうだね」
否定こそしないが、かなりどうでもいい話だった。僕達がどうこう喚いて将来なんとかなるわけでもない。増えた人間を減らす最適な手段は弱者を切り捨てることだけど、今の世界はそれを許さない。
無論、弱者が自ら死ぬのがこの国だが……。年間自殺者3万人、それはWHOが感知してるだけで本当はもっと多いそうだ。
しかし、1年に3万人の自殺者が出ても地球温暖化は騒がれる。もっと人が死なないといけない、そんな事でいいのだろうか?
この先人口が増え続ければ、何もかもが足りなくなる。そうはわかっていても対処できない。
「今ある技術を失えば……僕達は生きていけない」
「そうね。だけど、人間なんて多少居なくても人類は生きながらえるわ……技術を進ませ、人を減らす。それが最善ではなくって?」
「…………」
そうかもしれないが、すぐに肯定できる質問ではなかった。はてさて、元から雲行きの怪しい話だったが……犯罪の匂いがする話になってきたな。
「君は……何かするつもり?」
「さぁ? ただ、私だってこの地球の上に立っているし、地球のことを考えてるって言いたかっただけよ。私は、人を殺そうとか思わないわ。ねぇ……?」
「…………」
すごく嘘くさいし、頷いてやることはできなかった。文化祭を手伝うことはなく暇な僕達は、折角の短縮授業で空いた時間を持て余していた。
最近は晴れ続きで、日差しが痛いけれど、夏の爽やかさが残っていて心地いい。だから僕も北野根も、歩調はだいぶ遅かった。
今日も駅前で別れる。「またね」とか「じゃあね」とか、そう言い合うだけでお互いにそれ以上は何も言わない。人は寂しい生き物だと言うけれど、僕は北野根と別れる時、全く寂しくないんだ。
寧ろホッとする――なんて言えば、おそらく怒られるだろう。
それでも安堵せずにはいられない。北野根は得体の知れない人間だから、知らないという恐怖が付きまとうのだろう。だったら――
◇
〈珍しいですね、貴方がメールしてくるなんて〉
パソコンの画面に映し出された本文は、身内なのに敬語という味気ない文面だった。およそ普通の女子高生なら男に送る時使うだろう絵文字とか顔文字とかいったものが全く見当たらない。
僕はさらに、返信された文章に目を通した。
〈あ。最近暇なので、メール大丈夫ですよ。電話は30分ぐらい待って欲しいですが〉
そこまでが本文で、手が空いてるということを好機に早速瑠璃奈へ返信を作る。
〈北野根椛とはどんな関係?〉
かなり安直な文章だったが、すぐ伝わる文章の方が良いだろう。送信してから単語帳の本を手に取り、数分経ってから返信の知らせがあった。メールボックスにある新着画面を開く。件名はなく、本文のみの文面に僕は目をこらせる。
〈北野根椛と会いましたか。
美しい人でしょう?美人で羨ましいです。
おおっと、質問の答えでしたね。
ただの友人……とは言えませんね。好敵手です。
珍しく科学に富んでいますが、あなたならなんとかなるでしょう。
隙を見せれば死にますけどね。
ご武運を〉
「…………」
わかりやすいメッセージだし、嬉しいんだけどさ……。
「君を試す、か……。もう少し工夫した暗号を作れば良いのに……」
呟いてから、そんなすぐには出来ないかと思い至る。ありがとうとだけ返信をし、僕はパソコンの電源を切った。
ふうっと息を吐き、また勉強でもしようと参考書を手に取ってパラパラと捲る。
そんな風にしていると、部屋にノックがあった。短く「どうぞ」と言うと、パジャマ姿の美代が入ってくる。
「失礼しまーすっ。兄さん、暇そうだね?」
「……まぁ、今は暇だけど」
「よしっ! 勉強教えて! 来週テストなんだよ〜っ!」
「…………」
胸の前で手を合わせてお願いしてくる義妹だったが、寝る準備を済ませてる癖に教える意味があるだろうか。とは言ったものの、暇なのに妹の頼みを断るのは宜しくないだろう。
「いいけど……どこがわからないの?」
「えっとねー、数学のこの連立方程式のグラフと、公民と、この話のケンジの気持ちと、あと、色々!」
「結構……ダメなんだね」
テストが割と絶望的らしく、僕は嘆息した。時計に目をやると、今は21時5分。まだ起きてられるな……。
「徹底的にやろうか。覚悟しなよ、美代……」
「30分だけ勉強大好きな私を解放してやろう! ジュワッ!」
「……1時間」
「そんなにやったら、美代は白目を剥いて死にます」
「……。取り敢えず、その数学の所を見せてよ」
「はーいっ!」
嬉々として投げ出される、所々落書きされたノートを手に取る。何故僕と彼女でここまで違うのか……もう3年は一緒に暮らしてるのに……。
でも、美代には美代の生き方があるんだから、それを否定したりはしないし、勉強ができなくても不便なだけで悪い事じゃない。僕の見解がこうだから、妹が勉強下手でも叱責する事はないし、美代は自由気ままに生きていた。
それに、兄妹で過ごす時間もあまり無いし、美代の不勉強は少しばかり兄妹仲を良くさせてると思った。
「この2つの方程式をそのままグラフ化すると三角形ができるでしょう? この交点は連立方程式の解……そして、解からyが求まると、x軸と2直線からなる三角形の面積もわかって……」
「あー、頭痛がする。兄さん、私死ぬのかも」
「……まだ3分も経ってないのに、根を上げないでよ」
結局45分まで粘らせ、今日の所はリタイアした。明日の朝は、美代の好きなものを作るとしよう。
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