「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。
第三章 第七十八話 頑張り
切羽詰まった状態では、良いパフォーマンスは期待できない。
自信と余裕を持つことが成功を掴む鍵である。
これは俺が日本に生きていた頃から信じている何かに取り組む姿勢を語った文言なのだが、さっきまでの問答を通して、その端っこの部分だけでも勇者たちに伝えることができただろうか。
休憩を終え、気持ち新たに修行に精を出す勇者たちの姿を見て、俺はそんなことを思った。
勇者の教育係。それは単純に戦闘能力を向上させてやれば良いというわけではない。
少なくとも俺はそう考えている。
知識を増やすこと、心を鍛えること、実際に戦闘に役立つとは思えないような技能を身に着けること。これらすべてを含めて、人間として成長できるようにしてやるのが、理想と言えるだろう。
修行に取り組む姿勢、頑張り方、手の抜き方、休み方、などなど。
これらは戦闘技術とは違って、一様にこうだと決めつけてしまえるようなものではない。
明らかに間違っていればやめた方が良いと助言することはできるが、ああしろこうしろと指図するのは、加減が難しい。
実際、今も休み方について指示を出してしまったが、それが良かったのかと訊かれると胸を張って良かったとは言えない。
結果として彼らの能力が向上した時に良かったとは言えるようになるのかもしれないが、しかしその時点においてもなお最善だったということは断言できないのである。
自覚があるくらいには伝えるのが下手な俺。
下手だからと諦めたり、雑に扱ったりは絶対にしないが、魔王という大きな存在を目標に掲げる彼らを見ていると、その責任の重さ故に、逃げ道や言い訳を作っておきたくなってしまうのだった。
俺がこんな弱気になっていてはいけない。
俺は密かに気合を入れ直し、今まで眺めているだけだった勇者たちの方へと歩み寄った。
「大事なことを言い忘れてたから、ちょっと耳を貸してくれ」
俺の一言に、勇者たちは修行の手を止め、一斉にこちらに注目した。
「だいぶ遅くなって申し訳ないんだが、俺の話を鵜呑みにして信用しきらないようにしてほしいんだ」
俺に視線を注いでいた彼らの顔が、みるみる困惑に染まっていく。
「……じゃあ、俺たちは何を信用すれば良いんだよ」
まだ俺の言っている意味が理解できていないのだろう。
コウスケが頭にハテナを浮かべたまま、訊き返してきた。
「強いて言うなら、自分かな」
「……どういう、ことだ?」
どうもこうも、言葉の通りなのだが、やはりこれだけでは伝わらないようだな。
俺は詳しく説明をすることにした。
「大事だとか言いながらこんなに遅くなってから伝えるような奴の言葉を全部信用してたらダメだってことだ。俺は良かれと思ったことを伝えるが、ポテンシャルの高いお前たちのことだから、俺の見立てが甘かったりもするわけだ。と言うか完璧に導き切れるほど俺は教育の経験がない。伝えはするが、それを活用するかはお前らが決めろ。自分に必要なものを選べるようになれ。俺が教える以外のことも訊かれたら極力答えるつもりだから、それも活用しろ」
分かったか。
そう言うと、勇者たちは静かに頷いた。
ちゃんと言えば、伝わる。
当たり前だが、意外と忘れがちな事実。
俺はそれを実感しながら、修行を再開した勇者たちを眺める存在に戻ったのであった。
それから数時間、勇者たちの様子を見ていて気付いたことがあった。
全員が、無詠唱魔術のコツを掴んでいたのである。
それに加え、彼らは長時間の修行を続けたままの状態で、まだ精度を上げているのだ。
俺も同じようなことをした経験があるから分かるが、一日中同じ作業をした疲労感というのは集中を削ぐし、手元を狂わせるし、やめたいという心へのダメージにもなる。
そのまま調子が万全の状態に戻ればいわゆる「慣れ」として定着するのだろうことは理解できるが、やればやるほど、やっている内は下手になっていくように錯覚するのだ。
だが、彼らはそれをどう捉えているのか、もう日も落ちようかという夕暮れ時になってなお、集中を切らさずに修行を続けられていた。
俺は見ているだけだから実際の所何を思って取り組んでいるのかは分からないが、同じ属性の難度が高い術に挑戦する者、苦手な属性に挑戦する者、自分なりに必要なことは何かを考えてやっているようだった。
まだ修行を初めて日も浅い。
こんな序盤からハイペースで技術を吸収できるとは。
ポテンシャルの高さが手伝ってはいるだろうが、この結果は彼らの目標に対する意識の高さによるものだろう。
俺が止めない限りは続けてしまいそうな気配を感じ始めた、というより時間の感覚などが気にならなくなっていそうだったので、そろそろ切り上げるように声を掛けることにした。
「おーい、そろそろ日も落ちるから、キリの良い所で終えるんだぞ」
瞬間、各々が発していた魔力や魔術による色とりどりの光が消え、夕陽の赤が彼らを眩しく照らした。
綺麗なライトアップ。
だが、照らされる対象が揃いも揃ってポカンと間の抜けた顔をしているのだから締まらない。
まさかとは思ったが、どうやら本当に五人全員が時間のことを忘れるほどに修行に没頭していたのだ。
しばらくして訓練場の建物に太陽が隠れたことで勇者たちが影に呑まれるまで、この珍妙な光景は残っていたのであった。
===============
「やめると、一気に疲れが……」
「体が重いわ……」
折角だから一緒にご飯でも、ということで場所をギルドの建物内にある食堂に移した俺たちは、注文を終え、料理が運ばれてくるのを待っていた。
そこで勇者たちが今日の修行について話し始めたのだが、これまた仲の良いことに彼らは口をそろえて「疲れた」という旨の話をしていた。
今日の修行内容は身体を動かしたりはしないものではあったが、それ故に魔力を操るということがどれだけ体力を消耗することなのかが分かってもらえたようだ。
元々近距離戦闘型のコウスケとブルーは基礎体力があるからかまだましなように見えるが、そういう面で一段劣るレイジや女性陣の二人は疲労困憊、今すぐにでも横になりたいといった様子。魔力が枯渇気味な気もする。
今後は走ったりなんかして、体力作りにも努めてもらいたいものである。
とは言え、辛いのは今。
このままだと明日の修行にも支障が出そうなので、俺は魔力的な疲労を手早く癒す方法を伝授することにした。
それから俺たちは運ばれてきた料理を食べながら、座学のコーナーを開催したのであった。
~コメント返信コーナー~
「もしかしたら作者もスマルと同じような食生活……?」
これは第六十九話でスマルたちがイタリアンレストラン(のようなもの)で食事をしたシーンに付いたコメントですね。
私はイタリアに行ったことがないので本場の味というのは分かりませんが、今のところ日本で提供されるイタリアの料理は好きなので、スマルが日本に住んでいた頃と比較したのであればあながち間違ってはいないかもしれません。
異世界に転生してからの食生活に関しては全く違う食生活をしているので、ほぼ想像で書いています。
また、誤字報告がありました。ありがとうございます。
自信と余裕を持つことが成功を掴む鍵である。
これは俺が日本に生きていた頃から信じている何かに取り組む姿勢を語った文言なのだが、さっきまでの問答を通して、その端っこの部分だけでも勇者たちに伝えることができただろうか。
休憩を終え、気持ち新たに修行に精を出す勇者たちの姿を見て、俺はそんなことを思った。
勇者の教育係。それは単純に戦闘能力を向上させてやれば良いというわけではない。
少なくとも俺はそう考えている。
知識を増やすこと、心を鍛えること、実際に戦闘に役立つとは思えないような技能を身に着けること。これらすべてを含めて、人間として成長できるようにしてやるのが、理想と言えるだろう。
修行に取り組む姿勢、頑張り方、手の抜き方、休み方、などなど。
これらは戦闘技術とは違って、一様にこうだと決めつけてしまえるようなものではない。
明らかに間違っていればやめた方が良いと助言することはできるが、ああしろこうしろと指図するのは、加減が難しい。
実際、今も休み方について指示を出してしまったが、それが良かったのかと訊かれると胸を張って良かったとは言えない。
結果として彼らの能力が向上した時に良かったとは言えるようになるのかもしれないが、しかしその時点においてもなお最善だったということは断言できないのである。
自覚があるくらいには伝えるのが下手な俺。
下手だからと諦めたり、雑に扱ったりは絶対にしないが、魔王という大きな存在を目標に掲げる彼らを見ていると、その責任の重さ故に、逃げ道や言い訳を作っておきたくなってしまうのだった。
俺がこんな弱気になっていてはいけない。
俺は密かに気合を入れ直し、今まで眺めているだけだった勇者たちの方へと歩み寄った。
「大事なことを言い忘れてたから、ちょっと耳を貸してくれ」
俺の一言に、勇者たちは修行の手を止め、一斉にこちらに注目した。
「だいぶ遅くなって申し訳ないんだが、俺の話を鵜呑みにして信用しきらないようにしてほしいんだ」
俺に視線を注いでいた彼らの顔が、みるみる困惑に染まっていく。
「……じゃあ、俺たちは何を信用すれば良いんだよ」
まだ俺の言っている意味が理解できていないのだろう。
コウスケが頭にハテナを浮かべたまま、訊き返してきた。
「強いて言うなら、自分かな」
「……どういう、ことだ?」
どうもこうも、言葉の通りなのだが、やはりこれだけでは伝わらないようだな。
俺は詳しく説明をすることにした。
「大事だとか言いながらこんなに遅くなってから伝えるような奴の言葉を全部信用してたらダメだってことだ。俺は良かれと思ったことを伝えるが、ポテンシャルの高いお前たちのことだから、俺の見立てが甘かったりもするわけだ。と言うか完璧に導き切れるほど俺は教育の経験がない。伝えはするが、それを活用するかはお前らが決めろ。自分に必要なものを選べるようになれ。俺が教える以外のことも訊かれたら極力答えるつもりだから、それも活用しろ」
分かったか。
そう言うと、勇者たちは静かに頷いた。
ちゃんと言えば、伝わる。
当たり前だが、意外と忘れがちな事実。
俺はそれを実感しながら、修行を再開した勇者たちを眺める存在に戻ったのであった。
それから数時間、勇者たちの様子を見ていて気付いたことがあった。
全員が、無詠唱魔術のコツを掴んでいたのである。
それに加え、彼らは長時間の修行を続けたままの状態で、まだ精度を上げているのだ。
俺も同じようなことをした経験があるから分かるが、一日中同じ作業をした疲労感というのは集中を削ぐし、手元を狂わせるし、やめたいという心へのダメージにもなる。
そのまま調子が万全の状態に戻ればいわゆる「慣れ」として定着するのだろうことは理解できるが、やればやるほど、やっている内は下手になっていくように錯覚するのだ。
だが、彼らはそれをどう捉えているのか、もう日も落ちようかという夕暮れ時になってなお、集中を切らさずに修行を続けられていた。
俺は見ているだけだから実際の所何を思って取り組んでいるのかは分からないが、同じ属性の難度が高い術に挑戦する者、苦手な属性に挑戦する者、自分なりに必要なことは何かを考えてやっているようだった。
まだ修行を初めて日も浅い。
こんな序盤からハイペースで技術を吸収できるとは。
ポテンシャルの高さが手伝ってはいるだろうが、この結果は彼らの目標に対する意識の高さによるものだろう。
俺が止めない限りは続けてしまいそうな気配を感じ始めた、というより時間の感覚などが気にならなくなっていそうだったので、そろそろ切り上げるように声を掛けることにした。
「おーい、そろそろ日も落ちるから、キリの良い所で終えるんだぞ」
瞬間、各々が発していた魔力や魔術による色とりどりの光が消え、夕陽の赤が彼らを眩しく照らした。
綺麗なライトアップ。
だが、照らされる対象が揃いも揃ってポカンと間の抜けた顔をしているのだから締まらない。
まさかとは思ったが、どうやら本当に五人全員が時間のことを忘れるほどに修行に没頭していたのだ。
しばらくして訓練場の建物に太陽が隠れたことで勇者たちが影に呑まれるまで、この珍妙な光景は残っていたのであった。
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「やめると、一気に疲れが……」
「体が重いわ……」
折角だから一緒にご飯でも、ということで場所をギルドの建物内にある食堂に移した俺たちは、注文を終え、料理が運ばれてくるのを待っていた。
そこで勇者たちが今日の修行について話し始めたのだが、これまた仲の良いことに彼らは口をそろえて「疲れた」という旨の話をしていた。
今日の修行内容は身体を動かしたりはしないものではあったが、それ故に魔力を操るということがどれだけ体力を消耗することなのかが分かってもらえたようだ。
元々近距離戦闘型のコウスケとブルーは基礎体力があるからかまだましなように見えるが、そういう面で一段劣るレイジや女性陣の二人は疲労困憊、今すぐにでも横になりたいといった様子。魔力が枯渇気味な気もする。
今後は走ったりなんかして、体力作りにも努めてもらいたいものである。
とは言え、辛いのは今。
このままだと明日の修行にも支障が出そうなので、俺は魔力的な疲労を手早く癒す方法を伝授することにした。
それから俺たちは運ばれてきた料理を食べながら、座学のコーナーを開催したのであった。
~コメント返信コーナー~
「もしかしたら作者もスマルと同じような食生活……?」
これは第六十九話でスマルたちがイタリアンレストラン(のようなもの)で食事をしたシーンに付いたコメントですね。
私はイタリアに行ったことがないので本場の味というのは分かりませんが、今のところ日本で提供されるイタリアの料理は好きなので、スマルが日本に住んでいた頃と比較したのであればあながち間違ってはいないかもしれません。
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