「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第七十四話 死闘

 何故、俺はパンツ一丁の恥ずかしい姿でモミジとユキの二人に身体を拭かれているのか。
 その問いに、二人は一度顔を見合わせてから説明を始めた。

「えっと、部屋に入る前に、身体を拭いてから寝るように言ったの、覚えてる?」

 第一声でこんな質問で返されるという時点で、俺がその言いつけを守らなかったのは明白である。
 こういう話の流れになるとつい言い訳と言うか、弁明を始めてしまいそうになるが、俺は二人に俺を咎める意思がないことを感じ取って、素直に答えた。

「いえ、全く……」
「じゃあ、私たちが拭き終わったら部屋に向かうからその時にもう一度明日の予定をちゃんと立てようって言ったのは?」

 俺が感じていた通り、モミジは特に怒ったような様子は見せず、次の問いに移った。
 勿論、と胸を張って言うのはおかしな話であるが、そんなことを言われた記憶もないので、俺は首を横に振る。

「うーん、この部屋に入ったくらいの記憶はある?」

 視点を変えての記憶に関する質問。
 俺はこれに記憶障害のある人にする問診みたいだなんて感想を抱きながら、自分の行動を思い返す。

「一応。ベッドに横たわったことだけは覚えてる」

 これに関してはその直前の記憶がないわけだし、確かな記憶とは言い難いのだが、答えられることがあるなら伝えておいた方が良いだろう。

「部屋の前で話してる時にはもう半分くらい寝ちゃってたみたいね」

 うーん、と少し考える素振りを見せてから、モミジがそう言う。
 俺にはその時の確かな記憶がないから何とも言えないが、あの場で俺のことを見ていたモミジが出した結論は、決して大きく外れているようなことはないだろう。
 と言うか、むしろ記憶がないのだから、眠っていたと判断するのが妥当なくらいだ。
 ユキも無言で頷いている。

 話を全く聞いていなかったことや、こうやって今説明してもらっていることに申し訳ないという思いが込み上げてきたが、俺はここで結局何故身体を拭いていたのかの説明がまだされていないことに気付く。
 無言で続きを待っていると、モミジがその説明を始めた。

 しかしこの時、幸か不幸か、無意識の内に神様から貰った眼の能力が発動してしまった。
 しかもその発動した能力というのが三つあって、障害物を透過して見たいものだけを見ることができる「透視」自分の眼球から半径五十メートル以内という範囲制限付きで視点を変更できる「視点変更」視界の数を増やすことができる「複眼」という、今の状況において最悪と言っても過言ではない能力であったのだ。
 まず複数の能力を並行して発動できることに驚きがあるのだが、そんなことはどうでも良くなるくらいに俺の目には衝撃的で、刺激的な光景が映っていた。
 すぐに能力を解除しようとするが、上手く制御ができず、つまりは暴走した状態の能力が俺に見てはいけないものを無理やり見せてきているという状態が作り出されたのだ。

 最早暴力。
 裸のユキに膝枕をされ、裸の二人に身体を拭かれているという場面を、客観視点、モミジアップ、ユキアップの三つの視点から見る。
 一体何のお店かと言いたくなるような、耐性のない俺にはいささか刺激の強すぎる景色を前に、俺は頭の中に「自制心」と書き殴り続けることで対抗した。
 しかしそんな文字さえも透過して、神の眼は俺の脳みそに直接映像を送りつけてくる。

 その時の二人はと言うと、ユウカのことを「透視」を使って見た時はすぐに気付いて怒ったくせに、自分たちが見られているのには気付いていないという様子だった。
 気付かれるのも困るから気付いてほしいとは言えないが、俺の視線を完全に考慮していない二人の無防備であられもない姿を見続けるというのは背徳感の塊みたいなもので、非常に気が引けた。
 そして、この上なく俺の心を乱した。

 だから俺は、何故二人が自分が見られている時は気付けないのかという疑問を考えることで気を紛らわし、モミジの説明に耳を傾けることで視覚よりも聴覚を優位に置いた。
 それでも眼の能力が収まるわけではないので断続的にそっちに意識を持って行かれてしまう。
 せめて反応はするなと俺は自分に言い聞かせ、モミジの説明を聞き続けた。


「――それで、身体を拭いてたってわけ。分かった?」

 要約すると、俺が身体を拭かずに汚れたまま寝ていて起きないから服を脱がせて拭いていたという趣旨の話だった。
 俺は最後の問いかけに、精神的に満身創痍の状態で頷く。
 肩で息をし、立っているのがやっとと言ったところだ。
 だが、これはあくまで心の状態だ。
 身体的には内心が外に出ないように力を抜き切っている。
 その甲斐あってか少し体温が上がっているくらいしか外的変化はなく、見る限りでは二人が俺の変化を感知したような様子もない。
 力を抜いたり、体温が上がっていたりすることによって感覚器官が鋭さを増し、接触面からダイレクトかつ明瞭に幸せな感触が伝わって来るという弊害もあったが、気付かれていなければオールオッケー。
 最早何を言っていても二人の声が魅了の呪文のように聞こえてしまうが気にしない。
 あとは二人がこの場から去れば俺の勝ちである。

 と、最後の力を振り絞って自分を鼓舞したのは良いものの、この状況でそう長く持つはずがない。
 どうにかして二人にご退出願いたいところなのだが、頭の回らない俺は二人を部屋に返す口実を見付けられずにいた。
 そこで俺は何もしないよりはマシだろうととにかく思い付いたことを言ってみることにした。

「そういえば、俺が目を覚ます直前に二人が何か言っていたような気がするんだが、何を言ってたんだ?」

 ほぼ考えずに、パッと浮かんだ疑問を口にする。
 すると二人は少し顔を赤らめ、恥じらいながらその会話を再現してくれた。
 その内容を聞く前から恥ずかしげな表情によって大ダメージをくらい、膝から崩れていた俺だが、

「スマルの、ここはどうしよう」
「……やるしか、ない?」

 俺の唯一隠されている部分を指さしながらの言葉に、俺は遂に致命傷を負ってしまう。
 それはオーバーキルと言っても過言ではないほどの大打撃で、地に倒れ伏した俺は、命が尽きる前に何とかしなければという義務感と気力だけで動いた。

「お前ら……」
「違う! そこも綺麗にした方が良いと思って!」
「……全然、起きないから」

 まだ外面には出ていない。
 確信はなかったが、そうであることを信じて俺は言葉を繋ぐ。

「分かった。分かったから、ちょっと部屋に戻っててくれ、拭いたらそっち行くから」

 ユキが俺を膝からゆっくりと下ろし、二人は俺の部屋から逃げるように出て行った。
 俺はその後ろ姿を眺めながら、理性によって抑えていた欲望に呑まれていく。
 この能力の暴走は、一体何が原因だったのだろうか。
 酔いのせいなのか、動揺のせいなのか、神の仕業なのか、はたまた自分が真に求めるものだったのか。
 いずれにせよ、さっきまでの光景を神眼を授けてくれた神――ボードも見ていたと思うと、腹立たしく思えた。


 それから再び意識を手放した俺が女子部屋を訪ねたのは、一時間ほど経ってからだった。

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