「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。
第三章 第六十六話 目標設定
場所を移して訓練場。
今日も勇者パワーが働いたのか、ギルド職員さんに使えるかどうかと尋ねたところすぐに使えるという返事が貰えた。
昨日あれだけの醜態を晒していても、勇者というのは特別な存在なのだということがなんとなく分かった気がした。
もし魔王が何らかの形で人類を滅ぼしに来るとしても、勇者たちがいれば安心できると全人類が思えるように、強くなってもらわなければな。
ほとんど場の雰囲気に流されてここまで来てしまった俺は、半ば強引にやる気を出した。
訓練場に入ると、恐らく先ほどまでここで訓練をしていたであろう新米冒険者たちが観客席に座っていた。
その目が妙に輝いているのを見る限り、これから勇者たちが訓練する様子が見れるとでも言われてそこに座ったのだろう。
確かに「見る」ことに関しては問題なくできると思う。
だが、今回の訓練は俺がヴォルムに教わった非常識な内容も含むつもりでいる。
さすがに音声遮断などはしないが、肝心な部分が聞こえづらくなるくらいの結界は張らせてもらおう。
俺は観客に気付かれないよう、こっそりと結界を張った。
実は限定的な音声疎外というのは完全に遮断してしまうよりも設定する情報量が多いため楽な仕事ではないのだが、これを怠った後の面倒を考えると、その労力を惜しんではいられなかった。
昨日から色々と疲れが溜まっているのにまだ訓練が始まってすらいないことに気付き、俺は胃に穴が開くのではないかと少し心配になった。
さて、肝心な訓練の内容だが、まずは何から教えれば良いだろうか。
俺と勇者たちでは育ってきた環境が違うため、俺が基礎だと思っていたことが彼らにとっては発展的な内容であるかもしれないし、逆に彼らにとっての常識を俺が知らないということもあるかもしれない。
やはりここはそのすり合わせをしていくのが先決だろうか。
その前に漠然とした「強くなりたい」とは具体的に何を指すのか訊いた方が良いだろうか。
「本格的な訓練を始める前に、お前らの言う『強くなりたい』が具体的にはどういう強さなのか、それとそうなるためには何が必要だと思っているのか、聞かせてもらおうか」
迷った結果、まずは確かな目標を設定しておいた方が良いと結論を出し、訓練を始める前に聞いておくことにした。
この問いに真っ先に答えたのはコウスケだった。
「俺の言う強さってのは、戦闘能力だ。多くの人を守りながらでも敵を退けられる強さが欲しい。そのためには今までより厳しい訓練が必要だと思っている」
そう言うコウスケの姿は、昨日の正義感あふれる感じとは違い、どこか強迫的なものを感じた。
次に答えたのはブルーだ。
「俺はもっと防御面を強化しなくてはならないと考えている。必要なものは鍛錬だ」
これまた頭の固そうな回答だと思いながら、俺はユウカの方を見た。
「私は、魔力量しか取り柄がありません。だから、機動力と、魔術の精度を上げられればと思います。走ったりすれば良いんでしょうか……」
何とも弱気ではあるし、微妙にずれたことを言っているようにも見えるが、この場においては誰よりも真剣に考えている。
真面目な質なのだろう。
単純に強くなる方法が分かっていないようだから、何かヒントを与えてやればすぐに伸びそうなタイプだ。
「私は、もっと回復役として上手く立ち回れるようにしたいのと、せめて自衛できるくらいの防御力が欲しいわ。新しく魔術を覚える必要があるわね」
エルはそう言ったが、どうにも納得できていない様子だった。
きっと他にできることがあるのは分かっているのだろう。
ただそれが何なのかは分からない。
それを導いてやるのが俺の役目ってところか。
最後に残ったのは、レイジ。
未だに何か考えているようだったが、周りを待たせるのを良く思わなかったのか、すぐに口を開いた。
「俺は、位置取りと、射撃精度を高めたい。昨日の模擬戦で、お前に弾を当てるどころか、大した妨害にもなっていないようだったから。必要なことは分からない。それを教えてもらいに来た」
必要なことは分からない、か。
確かに難しい問いだったかもしれない。
だが、俺としては不完全でも考え付いたことを言ってほしかったように思う。
全員の意見を聞いて、俺はそれぞれの認識の甘さと言うか、間違った認識をしているような部分を正すことにした。
「まずコウスケ、必要なのは厳しい訓練じゃない。正しい訓練だ。その違いは分かるな?」
俺の問いかけに、コウスケは頷く。
今の一言で、ただ厳しいだけの訓練には何の意味もないということが分かってもらえたようだ。
「次にブルー、お前もただ鍛錬するだけではダメだ。守るためには攻める側の思考も知っておく必要があるぞ」
これは俺も通ってきた道だ。
防御専門魔術師を自称している俺だが、モミジやユキと一緒に習った攻め方についての知識は、守る時にも役に立っている。
「次にユウカ、機動力は大事だ、だが魔術の精度って何だ? 何をもって精度が高いとする?」
ユウカは何も言えずに、考え込んでしまった。
「エルもだ。上手い立ち回りって何だ? 防御力に何を採用するつもりだ?」
具体性に欠けるというのはそれだけで目標を見失いやすくなる。
甘えが効くようになる。
少なくとも今の時点で、そういう曖昧な覚悟は捨てておいた方が良い。
「最後にレイジ、足りていない部分は分かっているんだから、初めから他人に頼ろうとするな。あくまで俺がするのは手助けだけだと思え」
レイジ自身も先ほどの発言は良くなかったと思っているのか、深く頷いてくれた。
これで全員が何をしたいのかが分かったわけだが、俺にはそれを聞いて真っ先に足りないと感じたものがあった。
それは、知識。
どの分野とは言わない。
単純に俺の中で常識だと思っていることを、彼らは知らないのだ。
さしあたっては、全員に魔術についての知識をつけてもらおう。
「お前らの話を聞いて、足りないものが分かった。今日は魔術についての話をしよう」
そう言うと、ブルーやレイジなどは俺に必要なことなのかと疑うような目をこちらに向けて来た。
「使うにしても使われるにしても役に立つから、全員ちゃんと聞いておけよ」
俺はその二人に釘を刺し、勇者たちの訓練が始まった。
今回の更新で、年内の更新は最後になります。
一年間ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
〜コメント返信コーナー〜
「誤字報告」
まず、こういった報告をしてくださり、ありがとうございます。
誤字報告に関しては、確認ができ次第修正しています。
読み返しても何が間違っているのか分からない場合などは修正されていません。
今後もできる限り誤字がなくなるよう努めて参ります。
来週の更新は諸事情によりお休みさせていただきます。
今日も勇者パワーが働いたのか、ギルド職員さんに使えるかどうかと尋ねたところすぐに使えるという返事が貰えた。
昨日あれだけの醜態を晒していても、勇者というのは特別な存在なのだということがなんとなく分かった気がした。
もし魔王が何らかの形で人類を滅ぼしに来るとしても、勇者たちがいれば安心できると全人類が思えるように、強くなってもらわなければな。
ほとんど場の雰囲気に流されてここまで来てしまった俺は、半ば強引にやる気を出した。
訓練場に入ると、恐らく先ほどまでここで訓練をしていたであろう新米冒険者たちが観客席に座っていた。
その目が妙に輝いているのを見る限り、これから勇者たちが訓練する様子が見れるとでも言われてそこに座ったのだろう。
確かに「見る」ことに関しては問題なくできると思う。
だが、今回の訓練は俺がヴォルムに教わった非常識な内容も含むつもりでいる。
さすがに音声遮断などはしないが、肝心な部分が聞こえづらくなるくらいの結界は張らせてもらおう。
俺は観客に気付かれないよう、こっそりと結界を張った。
実は限定的な音声疎外というのは完全に遮断してしまうよりも設定する情報量が多いため楽な仕事ではないのだが、これを怠った後の面倒を考えると、その労力を惜しんではいられなかった。
昨日から色々と疲れが溜まっているのにまだ訓練が始まってすらいないことに気付き、俺は胃に穴が開くのではないかと少し心配になった。
さて、肝心な訓練の内容だが、まずは何から教えれば良いだろうか。
俺と勇者たちでは育ってきた環境が違うため、俺が基礎だと思っていたことが彼らにとっては発展的な内容であるかもしれないし、逆に彼らにとっての常識を俺が知らないということもあるかもしれない。
やはりここはそのすり合わせをしていくのが先決だろうか。
その前に漠然とした「強くなりたい」とは具体的に何を指すのか訊いた方が良いだろうか。
「本格的な訓練を始める前に、お前らの言う『強くなりたい』が具体的にはどういう強さなのか、それとそうなるためには何が必要だと思っているのか、聞かせてもらおうか」
迷った結果、まずは確かな目標を設定しておいた方が良いと結論を出し、訓練を始める前に聞いておくことにした。
この問いに真っ先に答えたのはコウスケだった。
「俺の言う強さってのは、戦闘能力だ。多くの人を守りながらでも敵を退けられる強さが欲しい。そのためには今までより厳しい訓練が必要だと思っている」
そう言うコウスケの姿は、昨日の正義感あふれる感じとは違い、どこか強迫的なものを感じた。
次に答えたのはブルーだ。
「俺はもっと防御面を強化しなくてはならないと考えている。必要なものは鍛錬だ」
これまた頭の固そうな回答だと思いながら、俺はユウカの方を見た。
「私は、魔力量しか取り柄がありません。だから、機動力と、魔術の精度を上げられればと思います。走ったりすれば良いんでしょうか……」
何とも弱気ではあるし、微妙にずれたことを言っているようにも見えるが、この場においては誰よりも真剣に考えている。
真面目な質なのだろう。
単純に強くなる方法が分かっていないようだから、何かヒントを与えてやればすぐに伸びそうなタイプだ。
「私は、もっと回復役として上手く立ち回れるようにしたいのと、せめて自衛できるくらいの防御力が欲しいわ。新しく魔術を覚える必要があるわね」
エルはそう言ったが、どうにも納得できていない様子だった。
きっと他にできることがあるのは分かっているのだろう。
ただそれが何なのかは分からない。
それを導いてやるのが俺の役目ってところか。
最後に残ったのは、レイジ。
未だに何か考えているようだったが、周りを待たせるのを良く思わなかったのか、すぐに口を開いた。
「俺は、位置取りと、射撃精度を高めたい。昨日の模擬戦で、お前に弾を当てるどころか、大した妨害にもなっていないようだったから。必要なことは分からない。それを教えてもらいに来た」
必要なことは分からない、か。
確かに難しい問いだったかもしれない。
だが、俺としては不完全でも考え付いたことを言ってほしかったように思う。
全員の意見を聞いて、俺はそれぞれの認識の甘さと言うか、間違った認識をしているような部分を正すことにした。
「まずコウスケ、必要なのは厳しい訓練じゃない。正しい訓練だ。その違いは分かるな?」
俺の問いかけに、コウスケは頷く。
今の一言で、ただ厳しいだけの訓練には何の意味もないということが分かってもらえたようだ。
「次にブルー、お前もただ鍛錬するだけではダメだ。守るためには攻める側の思考も知っておく必要があるぞ」
これは俺も通ってきた道だ。
防御専門魔術師を自称している俺だが、モミジやユキと一緒に習った攻め方についての知識は、守る時にも役に立っている。
「次にユウカ、機動力は大事だ、だが魔術の精度って何だ? 何をもって精度が高いとする?」
ユウカは何も言えずに、考え込んでしまった。
「エルもだ。上手い立ち回りって何だ? 防御力に何を採用するつもりだ?」
具体性に欠けるというのはそれだけで目標を見失いやすくなる。
甘えが効くようになる。
少なくとも今の時点で、そういう曖昧な覚悟は捨てておいた方が良い。
「最後にレイジ、足りていない部分は分かっているんだから、初めから他人に頼ろうとするな。あくまで俺がするのは手助けだけだと思え」
レイジ自身も先ほどの発言は良くなかったと思っているのか、深く頷いてくれた。
これで全員が何をしたいのかが分かったわけだが、俺にはそれを聞いて真っ先に足りないと感じたものがあった。
それは、知識。
どの分野とは言わない。
単純に俺の中で常識だと思っていることを、彼らは知らないのだ。
さしあたっては、全員に魔術についての知識をつけてもらおう。
「お前らの話を聞いて、足りないものが分かった。今日は魔術についての話をしよう」
そう言うと、ブルーやレイジなどは俺に必要なことなのかと疑うような目をこちらに向けて来た。
「使うにしても使われるにしても役に立つから、全員ちゃんと聞いておけよ」
俺はその二人に釘を刺し、勇者たちの訓練が始まった。
今回の更新で、年内の更新は最後になります。
一年間ありがとうございました。
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「誤字報告」
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コメント
モブキャラ
すみません誤字を訂正します。
部会者→部外者
私自信→私自身
モブキャラ
個人的な感想ですが序盤のフィオとイチョウの対決後、ヴォルムの索敵に引っ掛かった部会者の正体や、『癒し』の神ヨロウの代償、『娯楽』の神ボードの目の効果など保留になっていることが多い気がします。
不確定要素なので私自信としては不安です。
後々本編で登場するのを期待しています。
ノベルバユーザー284939
あけおめことよろ
十六夜 夜桜
来年も頑張って下さい!
良いお年を!
ノベルバユーザー239382
来年もv(*⌒0⌒)v頑張って♪