「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第三章 第五十六話 宿探し

「何でさっきの捕まえなかったのよ」
「……お金、貰えたかも?」

 モミジとユキにそんなことを言われ、俺は大事なことを失念してしまっていたことに気付く。
 あの男たちを捕らえて憲兵やら自警団に突き出せば報酬金なんかがもらえたかもしれないし、それ以上にあいつらに絡まれることがなくなるのだ。
 勝手にああいう輩は何回か現れては同じ流れを繰り返すものだと思っていたから逃がしてしまったが、常識的なことを考えたら俺の行動は考えられないものだったかもしれない。

「ごめん、完全に忘れてた。俺も頭に血が上ってたのかな……」

 実際には自分の意志で捕まえなかったのだが、そんなことを二人に言えるはずもなく、俺は冷静じゃなかったと言い訳をしてその場をしのいだ。
 今度絡まれた時はちゃんと捕縛するように心に留めておこう。


 そんなこんなでチンピラ共を撃退した俺たちは、再び宿屋探しに戻っていた。
 ゴブリンロードの一件で貰った報酬のお陰で金銭的な余裕は十分にあるため、安いボロ宿ではなくそれなりにお金のかかるいい宿を探しているのだが、

「なんて言うか、どこも小さいな。いろんな意味で」

 サラッと見て回った限りでは、規模の小さい安宿しか見付けることができなかった。
 数は多く、小さい宿で良いならよりどりみどり、選び放題なのだが、客層の問題なのか俺たちが探しているような宿はこの地区にはないのではないかと思えるほどに見当たらなかった。

「もっと貴族街とかの方まで行ってみましょうよ」

 ないなら仕方ないかと俺が諦めかけていたその時、モミジがそんな提案をした。

 今まで探していたのは貴族街や住宅街からは遠い場所だったが、今度は冒険者街の中でも貴族街や住宅街に近い地域を探してみようというのだ。
 貴族街に関しては明確に区分けがされていて簡単に入ることはできないが、冒険者街と住宅街にはきっちりとした線引きがなされているわけではない。
 単純にどんな傾向があるのかの違いで呼び方が変わっているだけだから、その境の曖昧な地域なら俺たちが探しているような比較的高級な宿も見付かるかもしれないという寸法だ。

「……何でも良い。早く休もう」

 チンピラに絡まれたせいでテンションが低くなっている雪はあまり動きたくない様子。
 住宅街との境に向かって、さっさと宿に入ってしまおう。

 そうと決まればやることはただ一つ。住宅街の方へ歩いて行けば良いのだが……。

「人の少ない路地を通って迂回して行くのと、大通りに戻って最短距離で行くのとどっちが良い?」

 現在俺たちがいる地点から住宅街に行くには再び濁流に流されるのが最短なのだが、正直なところ俺はあの流れの中にまた入るのは勘弁してほしかった。
 ユキが早くしたいと言うのなら別に嫌がるほどのことではないのだが、できれば多少時間がかかったとしても迂回ルートをゆっくり歩いて行きたい。

「私はどっちでも良いわよ」
「……迂回。絶対に、迂回」

 まだ元気なモミジはもう一度大通りを通るだけの余力があるようだが、ユキは想像しただけで顔を青ざめさせていた。
 さっき渡った時は俺の背中に張り付いていただけなのにこの反応、余程人ごみの中を歩くのが嫌なのだろう。

 路地を迂回して行くことに決まり、俺たちはすぐに歩き出した。


 それから十数分、未だに安宿しか見当たらないが、住宅街に近付くにつれて段々と立ち並ぶ店の様相が変わっているような気がしてきた。
 それは勘違いなどではなく実際に街並みは変わっていて、宿の件数は少なくなっているし、売っているものの質や値段は冒険者ギルドの建物がある場所に比べると若干高くなっていた。
 もう少し探せば俺たちが探しているような宿屋も見付かるはずである。

 さあもう一息だと歩みを進めると、一際目を引く怪しげな建物が目に入った。
 その建物は真っ黒な外装で窓が少なく暗い雰囲気を携えていて、入り口らしき扉はあるもののそこから中を覗くことはできなかった。
 妙に圧迫感のあるこの建物は一体何なのだろうか。

 俺が歩く速度を落としてそれを眺めていると、入り口であろう重そうな扉が開き、中から人影が三つ出てきた。

 先頭を歩くのは大柄な男。タバコをふかしながら出てきた男は俺が撃退したチンピラ共が可愛く見えるくらいに恐ろしい、いかにも堅気の人間ではないと言った容貌をしていて、その右手には手綱のようなものが握られていた。
 その先を辿っていくと手綱は途中で二本に分かれ、首輪と繋がっていた。
 その首輪が付けられているのは獣人の女の子二人。
 片方は気が強そうな猫の獣人、もう片方は男に怯え切っている羊の獣人だった。

「あれは、奴隷か……?」

 奴隷というものがあることは知っていたが、実物をこの目で見るのは初めてだった俺は、思わずその光景に足を止めてしまう。
 当然そんなことをすれば目線の先にいる男に気付かれてしまうわけで、俺は恐ろしいことにその男に睨まれてしまった。
 別に何とも思わなかったが、こういうところからトラブルに発展することもあるだろうし、気を付けないとな。

 俺は再び歩き出した。

「中から奴隷を連れた男が出てきたってことは、あの建物は奴隷を取引するための建物なんだろうな」
「そうでしょうね。初めて見たけど歳のあまり変わらない子がああやって首輪に繋がれているのを見るのは気分の良いものではないわね」
「……私たちも、ああなっていたかもしれない」

 この二人は一度そういうことになりかねないような人たちの手に渡ったことがある。
 その時はまだ二人とも赤ん坊で記憶なんてものはないのかもしれないが、それは確かにあった事実で、二人も話を聞いて何があったのかは理解している。
 そうならなかったのはヴォルムのお陰なのだが、そう考えると他人ごとではないのかもしれないという気になってくる。

「あまり見たくはないものだけど、目を逸らしちゃいけないものなのかもしれないわね」

 日本人的な感覚で物を語ってしまうとこの世界の標準とはずれが生じてしまうような気もするが、モミジの言う通り、奴隷というものはあまり良い制度ではない。
 主が優しく扱ってくれるのならまだましかもしれないが、この世界でも基本的に奴隷は雑に扱われることが多い。
 それに気になるのは男が連れていたのが二人とも獣人だったことだ。
 獣人差別というのもまたありきたりなものだが、奴隷と同じく見ていて気分の良いものではない。

 これらに関しては社会に根付いてしまっているからすぐに変えようなんてのは無理な話だが、いつかは差別や奴隷というものがなくなるようにできることがあれば進んで取り組んでいこう。
 そんなことを考えながら俺たちは宿を探し歩いた。

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