「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。
第二章 第四十四話 ギルマス
血相を変えて飛び出して行った職員さんのせいで、作業場は微妙な気まずさを含んだ静寂に包まれた。
おそらくこの建物内にいるであろう、ギルドマスターを呼んで来ると言っていたのでそんなに時間はかからないだろうが、できることなら今すぐこの場から逃げ出してしまいたくなった。
だが、そんな考えが頭をよぎった頃には時既に遅し。
件の職員さんがギルドマスターらしき人物を引き連れて戻ってきたのだった。
「ギルド、はぁ、マスターを……連れてきま、した!」
息を切らしてそう言った職員さんの隣には、一人の男が立っていた。
ギルドマスターというからには屈強そうな人が出てくるのかと思っていたのだが、そこに立っている男は割と細身で動くには適さなさそうなスーツを着ていて、モノクル越しに見える細い目からは知的な印象を受けた。
温厚そうな面持ちで息切れ中の職員さんを見やる様からは一切の威圧を感じない。
だが、一見弱そうに見えるこの男、職員さんの半分の距離とは言えここまで急いで走ってきたはずであるのに、呼吸や衣服の乱れは微塵も見受けられない。
見た目や雰囲気でカモフラージュされているが、そこはしっかりギルドマスターらしく相当な実力者のようだ。
俺がそうやって値踏みするようにギルドマスターを眺めていると、いつの間にか職員さんの呼吸が整い、ギルドマスターが口を開いた。
「こんばんは、冒険者ギルドビーグ支部支部長――マートスと申します。ギルド職員や冒険者の皆さんからはギルドマスターなんて言われています。早速ですが、もう遅い時間ですので、本題に入りましょう。ゴブリンロードを討伐したと報告があったのですが、現物を見せてもらっても?」
簡単な自己紹介から入り、無駄に時間をかける気がないのかすぐに本題に入ってくれた。
俺はマートスから死体を隠してしまうような位置に立っていたのでそこを退き、指し示す。
「これが、ゴブリンロードだ」
「ほう…………」
マートスは作業台の上に横たわる巨体に近付くと、顎に手を当てながらそれを頭の先から足の先まで順に見ていく。
十数秒かけてその作業を終えると、作業台から少し離れた。
「確かに、これはゴブリンロードですね。どこで狩って来たんですか?」
俺はその質問を聞き、あ、これこのままここで色々訊かれるやつだ、と悟る。
それから森の名前を思い出そうと思考を巡らせる。
「えーっと、なんて言ったかな。あの、近くにある森……」
「シンシールの森ですか?」
「そう! それだ! シンシールの森! あそこの木が少なくなってたところで狩ったんだ」
俺の返答を聞き、マートスはまた思案顔に戻る。
いきなり出てきた駆けだし冒険者がゴブリンロードなんていう分かりやすい強者を倒してきたと言うのだ。
真偽を疑うのは当然のことだろう。
まだ俺がゴブリンロードを倒すに足りる人物かを確認するために質問やら、最悪実技試験のようなこともさせられるのではないかと思っていたのだが、次にマートスの口から発せられた言葉は予想外のものであった。
「ご協力ありがとうございました。どうやら実力の方も問題なさそうなので、今回の件に不正はなかったと判断します。報酬に関してですが、今日はもう遅いので、また後日――具体的には明後日辺りにお話をさせていただきますので、都合の付く日にお越しください」
意外とあっさり俺たちの所業だと信じてくれたことに驚いたが、マートスがそれなりの実力者であったことを思い出し、それならと納得する。
ヴォルムが言っていたことが本当なら、強者であるほど相手との力量差というものを細かく測ることができるというのだ。
俺は自分がどれくらいの実力を持っているのかを正確には知らないが、そこらにいる冒険者よりは上にいると自負している。
そんな俺がマートスは実力者だというのを立ち振る舞いや雰囲気から察したように、マートスも俺を観察しその力量を測ったのだろう。
それでじろじろ見るような視線はあまり感じなかったというのはさすがと言ったところか。
「分かった。カウンターかどこかで呼び出せば良いか?」
「そうですね。名前を出せば支部長室まで通すように言っておきますので、そうしてください……って、まだ名前を伺っていませんでしたね」
「俺はスマルだ。支部長室にはパーティ全員で行った方が良いか?」
「ありがとうございます。できるなら全員揃っていた方が良いかと思います」
「なら――」
それから、俺とマートスは五分ほど質疑応答を繰り返し、いざ話をしようという時に滞りがないように予定を詰めていった。
そして――
「――では、解散としましょうか。本日はありがとうございました」
「こちらこそー」
そんなやり取りを最後に俺たちは作業場から解放された。
素材の件は明日行くことになっていたので、それも明後日一緒に済ませてしまう旨をマッチョに伝え、部屋を出る。
それから、もう遅いしさっさと宿に帰るかと歩みを進めようとすると、アイルが話しかけてきた。
「なぁスマル、明日はどうする? また狩りに行くか?」
アイルの心境は分からないが、ここで行くと言ったら、きっと彼らも一緒に行くと言うのだろう。
別に俺としてはどっちでも良かったのだが、彼らが自発的に「一緒に行きたい」と言わないのであれば、行く必要はないと思っている。
だから、その判断を任せるために俺は返事をする。
「俺個人としては明日は観光をしたいと思ってるが、あんまり無茶なこと言わなければお前らに合わせるぜ」
「私もそんな感じで」
「……観光、に一票」
モミジとユキも粗方賛同してくれて、俺たちの予定がアイルたちに委ねられる。
すると今度はシーナが話を継いだ。
「私たちも明日は依頼を受けずにのんびりしようと思ってるから、また明後日ってことでお願い」
「分かった。じゃ、また明後日な」
こうして俺たちは一時的に離れることとなった。
そして、宿への帰り道、
「明日は観光、しようか」
「そうしましょ」
「……賛成」
大雑把に明日の予定が決まった。
おそらくこの建物内にいるであろう、ギルドマスターを呼んで来ると言っていたのでそんなに時間はかからないだろうが、できることなら今すぐこの場から逃げ出してしまいたくなった。
だが、そんな考えが頭をよぎった頃には時既に遅し。
件の職員さんがギルドマスターらしき人物を引き連れて戻ってきたのだった。
「ギルド、はぁ、マスターを……連れてきま、した!」
息を切らしてそう言った職員さんの隣には、一人の男が立っていた。
ギルドマスターというからには屈強そうな人が出てくるのかと思っていたのだが、そこに立っている男は割と細身で動くには適さなさそうなスーツを着ていて、モノクル越しに見える細い目からは知的な印象を受けた。
温厚そうな面持ちで息切れ中の職員さんを見やる様からは一切の威圧を感じない。
だが、一見弱そうに見えるこの男、職員さんの半分の距離とは言えここまで急いで走ってきたはずであるのに、呼吸や衣服の乱れは微塵も見受けられない。
見た目や雰囲気でカモフラージュされているが、そこはしっかりギルドマスターらしく相当な実力者のようだ。
俺がそうやって値踏みするようにギルドマスターを眺めていると、いつの間にか職員さんの呼吸が整い、ギルドマスターが口を開いた。
「こんばんは、冒険者ギルドビーグ支部支部長――マートスと申します。ギルド職員や冒険者の皆さんからはギルドマスターなんて言われています。早速ですが、もう遅い時間ですので、本題に入りましょう。ゴブリンロードを討伐したと報告があったのですが、現物を見せてもらっても?」
簡単な自己紹介から入り、無駄に時間をかける気がないのかすぐに本題に入ってくれた。
俺はマートスから死体を隠してしまうような位置に立っていたのでそこを退き、指し示す。
「これが、ゴブリンロードだ」
「ほう…………」
マートスは作業台の上に横たわる巨体に近付くと、顎に手を当てながらそれを頭の先から足の先まで順に見ていく。
十数秒かけてその作業を終えると、作業台から少し離れた。
「確かに、これはゴブリンロードですね。どこで狩って来たんですか?」
俺はその質問を聞き、あ、これこのままここで色々訊かれるやつだ、と悟る。
それから森の名前を思い出そうと思考を巡らせる。
「えーっと、なんて言ったかな。あの、近くにある森……」
「シンシールの森ですか?」
「そう! それだ! シンシールの森! あそこの木が少なくなってたところで狩ったんだ」
俺の返答を聞き、マートスはまた思案顔に戻る。
いきなり出てきた駆けだし冒険者がゴブリンロードなんていう分かりやすい強者を倒してきたと言うのだ。
真偽を疑うのは当然のことだろう。
まだ俺がゴブリンロードを倒すに足りる人物かを確認するために質問やら、最悪実技試験のようなこともさせられるのではないかと思っていたのだが、次にマートスの口から発せられた言葉は予想外のものであった。
「ご協力ありがとうございました。どうやら実力の方も問題なさそうなので、今回の件に不正はなかったと判断します。報酬に関してですが、今日はもう遅いので、また後日――具体的には明後日辺りにお話をさせていただきますので、都合の付く日にお越しください」
意外とあっさり俺たちの所業だと信じてくれたことに驚いたが、マートスがそれなりの実力者であったことを思い出し、それならと納得する。
ヴォルムが言っていたことが本当なら、強者であるほど相手との力量差というものを細かく測ることができるというのだ。
俺は自分がどれくらいの実力を持っているのかを正確には知らないが、そこらにいる冒険者よりは上にいると自負している。
そんな俺がマートスは実力者だというのを立ち振る舞いや雰囲気から察したように、マートスも俺を観察しその力量を測ったのだろう。
それでじろじろ見るような視線はあまり感じなかったというのはさすがと言ったところか。
「分かった。カウンターかどこかで呼び出せば良いか?」
「そうですね。名前を出せば支部長室まで通すように言っておきますので、そうしてください……って、まだ名前を伺っていませんでしたね」
「俺はスマルだ。支部長室にはパーティ全員で行った方が良いか?」
「ありがとうございます。できるなら全員揃っていた方が良いかと思います」
「なら――」
それから、俺とマートスは五分ほど質疑応答を繰り返し、いざ話をしようという時に滞りがないように予定を詰めていった。
そして――
「――では、解散としましょうか。本日はありがとうございました」
「こちらこそー」
そんなやり取りを最後に俺たちは作業場から解放された。
素材の件は明日行くことになっていたので、それも明後日一緒に済ませてしまう旨をマッチョに伝え、部屋を出る。
それから、もう遅いしさっさと宿に帰るかと歩みを進めようとすると、アイルが話しかけてきた。
「なぁスマル、明日はどうする? また狩りに行くか?」
アイルの心境は分からないが、ここで行くと言ったら、きっと彼らも一緒に行くと言うのだろう。
別に俺としてはどっちでも良かったのだが、彼らが自発的に「一緒に行きたい」と言わないのであれば、行く必要はないと思っている。
だから、その判断を任せるために俺は返事をする。
「俺個人としては明日は観光をしたいと思ってるが、あんまり無茶なこと言わなければお前らに合わせるぜ」
「私もそんな感じで」
「……観光、に一票」
モミジとユキも粗方賛同してくれて、俺たちの予定がアイルたちに委ねられる。
すると今度はシーナが話を継いだ。
「私たちも明日は依頼を受けずにのんびりしようと思ってるから、また明後日ってことでお願い」
「分かった。じゃ、また明後日な」
こうして俺たちは一時的に離れることとなった。
そして、宿への帰り道、
「明日は観光、しようか」
「そうしましょ」
「……賛成」
大雑把に明日の予定が決まった。
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