「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。

烏賊月静

第一章 第二十七話 新たな仲間

 心を守り、トラウマが発動しなくなった俺は、狼の残りの数を確かめるためにもう一度感知魔術を使う。
 すると、意外なことに狼の数は思っていたよりもずっと少ない十四匹だった。
 さっきまで三十はいるように感じていたのだが、恐怖心からそう感じてしまっていただけらしい。
 モミジとユキが何匹か殺してはいたようだが、それでも結構な差がある。
 感知魔術も心境によっては機能しなくなるってことか。

「残りは十四匹だ。二人も戦いたいだろうけど、ここは俺に譲ってくれ」

 俺が一人で戦うことにまだ納得のいっていない様子の二人に、敵が残り少ないことを伝え、何とか理由を増やす。
 もっと数が多ければ二人にも加勢してもらうつもりだったのだが、これくらいなら俺一人でも楽勝だ。
 すぐに片付けてやろう。

 俺はモミジとユキにまた木の上にいるように指示を出し、簡易結界を解く。
 二人はすぐに木に登り、もしもの時に備えてくれた。
 一方狼はというと、俺の動きが急に良くなったのを見て警戒しているのか、中々攻めてこようとしない。
 リーダーらしき一匹でさえ低く唸るだけで何かを仕掛けようという気はなさそうだ。

 野生の勘ってやつなのか、俺は攻撃を避けただけなのに狼には実力差が分かるらしい。
 これで逃げられても面白くないからな、結界でも張って閉じ込めてしまおう。

 俺は左足を一度トンと踏み鳴らし、そこから円を描くように魔力を放出する。
 すると、それに気付いたのか狼が逃げようとするが、それではもう遅い。

 地面に、半径二メートルほどの光る魔方陣が描かれ、その光が一瞬強くなったかと思うと、この辺一帯を覆う球場の結界が出現した。
 数値で言うと半径五十メートルほどの、狼を逃がさないために張った結界だ。

 魔方陣は本来、地面に直接溝を掘ったり、紙に専用のインクで描いたりするのが普通なのだが、結論から言ってしまうと、魔力がその模様の通りに流れれば魔術は発動するのである。
 逆に言うと、魔方陣が描けてもその通りに魔術が流せなければ魔術は発動しない。
 そのために魔術が流れやすいインクを使ったりするのだが、俺が今やったように、魔方陣の形さえ覚えていれば誰でも即席で魔術が放てるようになるのだ。
 とは言え、複雑な魔方陣の形になるように魔力を放出するのは難しく、並大抵の人間には到底できるようなことではない。
 それにそもそも魔方陣を覚えようとするなら詠唱を覚えようとする魔術師の方が圧倒的に多く、魔方陣が使われるのは規模の大きな魔法を放つ時がほとんどなのだそうだ。
 それでも中には簡易魔方陣や記号魔方陣で簡単な魔術を乱発する物好きな魔術師もいるようなので、是非とも会ってみたいものである。

 俺がそんなことを考えていると、結界で逃げられないということを認識した狼たちが俺と戦う以外の選択肢がないことを悟ったのか、俺を囲むように展開していた。
 正直なところ狼がどんな作戦で戦おうと、俺にとっては何の脅威にもなり得ない。
 だからと言って油断するようなことはないが、なんと言うかもっと戦い甲斐のある敵と戦いたかった。

 十四匹の狼が一斉に跳びかかって来る。
 鋭い爪と凶悪な牙を俺に向けて正面から、右から、左から、上から、背後から。
 だが、俺は何を見てももう怯まない。
 一匹一匹確実に、首に手刀を当てて無力化していく。
 手加減はしているつもりだが、恐らくすべての狼が死んでいるだろう。

 数秒の間の出来事だったが、俺はすべての攻撃をかわし、十三匹・・・の狼を屠った。

 残ったのは俺がずっとリーダーだと思っていた狼。
 無闇に飛び込んでも死ぬことが分かっていたのか、じっと俺を見つめているだけで、それ以上の動きをしようとしない。
 敵対の意志や殺気が全く感じられない。
 やはり他の狼とは一味違うみたいだ。

 俺としてはこいつを手に掛けるのにはあまり良い気がしないが、これは試験。
 仕方がない。
 どんなに嫌でも、やらなくてはならないことは、これからも絶対にあるのだ。

 俺は覚悟を決め最後の狼に近付き、頭に手を乗せる。
 普段こんなことをしたら、容赦なく噛んでくるのだろうが、不思議と大人しくしてくれると予感できた。
 狼は観念したように目を閉じ、最期の時を待つ。

「テイム」

 しかし、俺は攻撃系の魔術を唱えなかった。
 使ったのは「テイム」という獣を従属させる魔術だ。

 掌サイズの小さな魔方陣が狼の額に広がり、淡い光を放つ。
 念のため、魔方陣に重ねるように呪術用のお札を貼る。
 指を少し切って、お札の文字の上から一直線に線を引くと、お札は燃えるように、溶けるように消えていった。
 それと同時に魔方陣の光も消え、二重のテイムが完了した。

 初めて使う術な上、相手との関係によっては成功しないこともあるというから不安だったが、狼のこちらを見る目に忠誠の色が感じられたのでひとまずは成功したと言えるだろう。
 トラウマの元凶をテイムしたと言ったら、ヴォルムはどんな反応をするだろうか。

 狼が大人しくしているのを見て、モミジとユキが樹上から降りてくる。

「スマル! やったわね!」
「……大勝利」

 二人は俺のトラウマ克服と、狼との戦いに勝ったことを祝ってくれた。

「ありがとう。これも二人の助けがあったからだよ」

 そう素直にお礼を言うと、頬を赤らめて照れていたが、すぐにモミジが話題を逸らした。

「そ、そうだ! その狼の名前は何にするの? 魔物とは言えいつまでも狼、なんて呼ぶわけにはいかないでしょう?」

 言われてみると、確かにそうだ。
 俺は昔からネーミングセンスがないからペットを飼うにしても名付けをしたことがない。
 だからこういう時にどうして良いのか分からないのだが、やはり飼い主である俺が名前を付けるべきなのだろう。
 言い出したモミジが決めてくれないかとチラッと見てみたが、俺がどんな名前を付けるのかワクワクしているような様子だった。
 別に自分が名づけられるわけでもないのになんでそんなに興味津々なんだ……。

 モミジの期待に応えるためにも、良い名前を付けなくてはならない。
 が、俺にそんな能力はない。
 必死になって考えるが、どうしても安直なものになってしまう。
 さすがにポチはないと思えるだけましだと思ってくれ。

 時間がかかり過ぎてもいけないので、俺は頭に浮かんだ名前をとりあえず言ってみることにした。

「フォレストウルフだから……フォール、なんてどうだ?」

 我ながら安直だと思うが、それなりにまともな名前になったのではないだろうか。

「フォール……良いんじゃない?」
「……良い名前。よろしく、フォール」

 とりあえずモミジとユキには気に入ってもらえたようで安心する。
 肝心なのはフォール自身なのだが……。

 そう思って見ると、心なしかキラキラした目でこちらを見つめていた。
 これは気に入ってもらえたんだよな?
 うん、そうだ。
 そうに違いない。


 新たな仲間の名前が決まったところで、俺たちはヴォルムに報告をするべく、孤児院に向けて歩き出した。


「そういえばユキ、解呪のお札はいつ破ったんだ?」
「……ん? あれなら、貰って、スマルが目を離した瞬間すぐ破いた。何も起きなくてつまらなかった」

 その返答に、こいつ何気に鬼畜だよな、と思わざるを得なかった。




今年最後の更新です。
来週も年末年始関係なく更新しますので、よろしくお願いします。

遂に第一章も残りわずかとなりました。
一旦次回で終了し、閑話を何回か挟んでから第二章に入ろうと思います。

それから、やっと表紙絵を描きました!
右からモミジとユキです!
デジタルで描く環境がないもので、アナログで描いたものを読み込んだ形になり、薄いような気もしますが、当分はこの表紙になりそうです。

それでは、良いお年を!

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