「最強」に育てられたせいで、勇者より強くなってしまいました。
第一章 第十五話 力
静かになったような気がしたのは、別に俺がどうこうという話ではなく、外で行われていた戦闘が終わったからだった。
と言っても主にうるさかった原因は見ていた子供たちなのだが。
俺が戦闘が終わったと判断できたのはそれが大きいというわけだ。
しかし静寂は長くは続かない。
当たり前だ。
身内の勝利に喜ばないような奴はここにはいない。
子供たちは騒ぎながら庭へ駆けて行ったようだ。
と、知ったような口ぶりだが、実際のところ俺は何も見ていない。
俺はフィオが圧勝して騒いでるのだと確信しているが、実はイチョウが勝っていた、なんてことだって考えられる。
何もかもが予想に過ぎない。
……予想に過ぎないのだが、
『決着だ。結果はお察しの通り。みんなでフィオに群がってるから、お前も庭に出て来いよ』
ヴォルムからの念話。
どうやら予想は全て当たっていたようだ。
最早予想とも言えないような分かり切ったことだったが、その通りの展開になるのは何とも面白くないものだと思った。
まぁ、とりあえず、庭に出よう。
俺は老人の如くゆっくりと、かつだるそうに立ち上がって扉を目指した。
庭に出ると真っ先に、フィオに群がる子供たちが見えた。
密集しすぎて俺からはフィオが見えない。
なんだかイワシの群れみたいだ、とそんなことを思いながら俺は敗者であるイチョウを探した。
俺はイワシになりたくないからな。
さすがにあの団子の中にはいないだろうと視線を巡らせる。
すると、俺が庭に出た扉から左手の方に、ぐったりと横たわっている人影を見つけた。
首からは止まる気配のない液体が、見たこともないような勢いで流れ出ている――否、それは噴き出ているといった方が適当だろう。
顔は乱れた髪で隠れているが、きっと苦悶の表情を浮かべているに違いない。
あまりに凄惨な光景に、俺は腰を抜かして尻もちをついてしまう。
よく見ると――こんな状態で放置されているのはおかしいはずだが――人影の正体はイチョウであった。
ヴォルムがいながら、なぜこんなことになっているのだ。
早くどうにかしろと文句を言ってやろうとしたが、不思議なことに、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
焦りからか、鼓動が早くなっていくのを感じる。
「ヴォルム……?」
これではイチョウが死んでしまう。
別にイチョウはここの住人ではないし、俺の大切な人というわけでもない。
絶対に死なせてはならない理由など一つもなかったが、単純に目の前で人が死ぬのを俺は見たくなかった。
それに、今死なれてはお世話役が俺になってしまう。
人の生死が係っている場面で考えることではないかもしれないが、俺にとっては重要なことだ。
これは譲れない。
どうにかして助けたいのだが、俺にはそれができない。
だが、手はある。
他人に頼れば良いのだ。
そこで俺は回復魔法を使えるのが誰だったかを思い出し、名前を呼んだ。
「コルン! 来てくれ!」
紫髪の彼女は六歳という幼さで、上級の回復魔術が使えるいわゆる天才少女――もとい天才幼女だ。
きっと彼女ならイチョウを助けることができるだろう。
俺はお世話係を免れることができる。
これで一件落着だと安堵したが、コルンはこちらに気付いていないようだった。
いつ死んでしまうか分からない状態のイチョウに、一刻も早く回復魔術をかけてほしかった俺は、少し苛立ちながら直接声を掛けるべくコルンのもとに走った。
「コルン! 大変なんだ、イチョウが大怪我してる。助けてくれ!」
今度はそれなりに近くから――具体的には五メートルくらいまで近付いて声を掛けたのだが、それでもコルンは反応しない。
どこかおかしいと思ったが、さすがに身体に触れれば気付くだろうと手を伸ばした。
しかし、俺の掌は、コルンに届く前に、あるものに阻まれてしまう。
バチィ!
それは聞き覚えのある音と見覚えのあるエフェクト。
いつか俺を守ってくれたのと同じ、結界であった。
弾かれた手がビリビリと電撃を受けたように痛むが、それが気にならないほどに俺は混乱していた。
なぜ、誰がこんなものを……。
まず、確実に犯人はヴォルムだ。
こんなことをするのは他にいない。
ではこの結界は何のための結界なのだ?
おそらく物理的に隔離する以外に、この結界は認識疎外の効果もある。
それも生半可なものではなく、至近距離で大声を出しても気付かないレベルのものだろう。
そんなものをわざわざ張る理由なんて、俺には皆目見当がつかない。
これはまずいのではとイチョウに目をやると、勢いよく噴き出ていた血が弱々しく流れているだけになってしまっていた。
いよいよ身体中の血液ができってしまう寸前なのだろう。
助けるためには、俺がどうにかするしかない。
そのためにも、まずは落ち着こう。
俺は深呼吸をして自分にできることを考えた。
だが、この状況で俺ができることというのは、いくら考えても助けを呼ぶことくらいしか思い浮かばなかった。
助けを呼んでも意味がないとすると、俺のできることはなくなってしまう。
回復魔術は使えないし、結界を破るようなこともできそうにない。
ひたすらできないことが列挙され脳内を埋め尽くし、俺は軽いパニック状態になっていた。
そして、再びイチョウを見たと同時に、あることに思い至る。
身体中の血液の内、半分流れ出たら致死量ではなかったか、と。
これが正確な情報かどうかは分からないし、俺は医者ではないからどれくらいの量が出てしまっているのかの判断はできない。
ただ、医療の知識がない俺でも、明らかに危ない量が出てしまっていることは確かに分かった。
そこから俺の思考は諦める方向に傾き始め、遂には俺がこの場に来た時点でもう助からなかったのではとまで考えていた。
こう考えれば、それなら仕方ないと言って誰からも責められないし、何より俺の気が楽になるからだ。
後になって説明を求められたら、俺が来た時にはもう助からない状態だったとでも言っておこう。
パニック状態ながら無理矢理そう納得して、俺は食堂に戻ろうとする。
やけに口の中が乾いているような気がしてならないから水を飲もう。そうしよう。
しかし、俺はこの時、途轍もない嫌悪感に襲われ足を止めた。
ここで諦めてはいけない、その選択は、つまらない。
そんな声が頭に響き、グラグラと揺さぶる。
すぐに気分が悪くなり、立っているのがやっとになる。
すると、いつの間にか嫌悪感が、何か強大なものの引き金を握っているような感覚に変わった。
相変わらず気分の悪さは残っている、どころか増す一方だが、判断力の弱っていた俺は引き金をためらうことなく引いてしまう。
感覚的なもので実際に引いたわけではないのだが、カチッと音が鳴ったかと思うと、俺の視界は真っ白に染め上げられた。
来週の更新はお休みさせていただきます。
再来週までお待ちください。
と言っても主にうるさかった原因は見ていた子供たちなのだが。
俺が戦闘が終わったと判断できたのはそれが大きいというわけだ。
しかし静寂は長くは続かない。
当たり前だ。
身内の勝利に喜ばないような奴はここにはいない。
子供たちは騒ぎながら庭へ駆けて行ったようだ。
と、知ったような口ぶりだが、実際のところ俺は何も見ていない。
俺はフィオが圧勝して騒いでるのだと確信しているが、実はイチョウが勝っていた、なんてことだって考えられる。
何もかもが予想に過ぎない。
……予想に過ぎないのだが、
『決着だ。結果はお察しの通り。みんなでフィオに群がってるから、お前も庭に出て来いよ』
ヴォルムからの念話。
どうやら予想は全て当たっていたようだ。
最早予想とも言えないような分かり切ったことだったが、その通りの展開になるのは何とも面白くないものだと思った。
まぁ、とりあえず、庭に出よう。
俺は老人の如くゆっくりと、かつだるそうに立ち上がって扉を目指した。
庭に出ると真っ先に、フィオに群がる子供たちが見えた。
密集しすぎて俺からはフィオが見えない。
なんだかイワシの群れみたいだ、とそんなことを思いながら俺は敗者であるイチョウを探した。
俺はイワシになりたくないからな。
さすがにあの団子の中にはいないだろうと視線を巡らせる。
すると、俺が庭に出た扉から左手の方に、ぐったりと横たわっている人影を見つけた。
首からは止まる気配のない液体が、見たこともないような勢いで流れ出ている――否、それは噴き出ているといった方が適当だろう。
顔は乱れた髪で隠れているが、きっと苦悶の表情を浮かべているに違いない。
あまりに凄惨な光景に、俺は腰を抜かして尻もちをついてしまう。
よく見ると――こんな状態で放置されているのはおかしいはずだが――人影の正体はイチョウであった。
ヴォルムがいながら、なぜこんなことになっているのだ。
早くどうにかしろと文句を言ってやろうとしたが、不思議なことに、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
焦りからか、鼓動が早くなっていくのを感じる。
「ヴォルム……?」
これではイチョウが死んでしまう。
別にイチョウはここの住人ではないし、俺の大切な人というわけでもない。
絶対に死なせてはならない理由など一つもなかったが、単純に目の前で人が死ぬのを俺は見たくなかった。
それに、今死なれてはお世話役が俺になってしまう。
人の生死が係っている場面で考えることではないかもしれないが、俺にとっては重要なことだ。
これは譲れない。
どうにかして助けたいのだが、俺にはそれができない。
だが、手はある。
他人に頼れば良いのだ。
そこで俺は回復魔法を使えるのが誰だったかを思い出し、名前を呼んだ。
「コルン! 来てくれ!」
紫髪の彼女は六歳という幼さで、上級の回復魔術が使えるいわゆる天才少女――もとい天才幼女だ。
きっと彼女ならイチョウを助けることができるだろう。
俺はお世話係を免れることができる。
これで一件落着だと安堵したが、コルンはこちらに気付いていないようだった。
いつ死んでしまうか分からない状態のイチョウに、一刻も早く回復魔術をかけてほしかった俺は、少し苛立ちながら直接声を掛けるべくコルンのもとに走った。
「コルン! 大変なんだ、イチョウが大怪我してる。助けてくれ!」
今度はそれなりに近くから――具体的には五メートルくらいまで近付いて声を掛けたのだが、それでもコルンは反応しない。
どこかおかしいと思ったが、さすがに身体に触れれば気付くだろうと手を伸ばした。
しかし、俺の掌は、コルンに届く前に、あるものに阻まれてしまう。
バチィ!
それは聞き覚えのある音と見覚えのあるエフェクト。
いつか俺を守ってくれたのと同じ、結界であった。
弾かれた手がビリビリと電撃を受けたように痛むが、それが気にならないほどに俺は混乱していた。
なぜ、誰がこんなものを……。
まず、確実に犯人はヴォルムだ。
こんなことをするのは他にいない。
ではこの結界は何のための結界なのだ?
おそらく物理的に隔離する以外に、この結界は認識疎外の効果もある。
それも生半可なものではなく、至近距離で大声を出しても気付かないレベルのものだろう。
そんなものをわざわざ張る理由なんて、俺には皆目見当がつかない。
これはまずいのではとイチョウに目をやると、勢いよく噴き出ていた血が弱々しく流れているだけになってしまっていた。
いよいよ身体中の血液ができってしまう寸前なのだろう。
助けるためには、俺がどうにかするしかない。
そのためにも、まずは落ち着こう。
俺は深呼吸をして自分にできることを考えた。
だが、この状況で俺ができることというのは、いくら考えても助けを呼ぶことくらいしか思い浮かばなかった。
助けを呼んでも意味がないとすると、俺のできることはなくなってしまう。
回復魔術は使えないし、結界を破るようなこともできそうにない。
ひたすらできないことが列挙され脳内を埋め尽くし、俺は軽いパニック状態になっていた。
そして、再びイチョウを見たと同時に、あることに思い至る。
身体中の血液の内、半分流れ出たら致死量ではなかったか、と。
これが正確な情報かどうかは分からないし、俺は医者ではないからどれくらいの量が出てしまっているのかの判断はできない。
ただ、医療の知識がない俺でも、明らかに危ない量が出てしまっていることは確かに分かった。
そこから俺の思考は諦める方向に傾き始め、遂には俺がこの場に来た時点でもう助からなかったのではとまで考えていた。
こう考えれば、それなら仕方ないと言って誰からも責められないし、何より俺の気が楽になるからだ。
後になって説明を求められたら、俺が来た時にはもう助からない状態だったとでも言っておこう。
パニック状態ながら無理矢理そう納得して、俺は食堂に戻ろうとする。
やけに口の中が乾いているような気がしてならないから水を飲もう。そうしよう。
しかし、俺はこの時、途轍もない嫌悪感に襲われ足を止めた。
ここで諦めてはいけない、その選択は、つまらない。
そんな声が頭に響き、グラグラと揺さぶる。
すぐに気分が悪くなり、立っているのがやっとになる。
すると、いつの間にか嫌悪感が、何か強大なものの引き金を握っているような感覚に変わった。
相変わらず気分の悪さは残っている、どころか増す一方だが、判断力の弱っていた俺は引き金をためらうことなく引いてしまう。
感覚的なもので実際に引いたわけではないのだが、カチッと音が鳴ったかと思うと、俺の視界は真っ白に染め上げられた。
来週の更新はお休みさせていただきます。
再来週までお待ちください。
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