時代を越えてあの人に。~軍師は後に七人のチート家臣を仲間にします~

芒菫

鬼の形相。

 ▼ 尾張国 犬山城本丸

「……結局振り出しですね」

 藤吉郎は机に手を伸ばしながら鳥のさえずりの様に静かに言った。

「……予想外じゃった。斉藤方にあのような軍師が居るとはな……」

 広場に入って、正面に置かれている椅子に座り、体の前に刀を入れている信長。そこに体重を掛けるように体を傾けていた。

「振り出しとは言っても、本当に最初からと言う訳では無いわ。一益が西美濃を分断してくれたことや、長島方面で成政たちが城落としに尽力を掛けてくれたことは無駄では無かった……これで少しは敵の勢いも凌げたはずよ」

 扇子を仰いでニヤッと微笑んでいるいつも通りに戻った長秀が言った。

「後はどうしますに? もう一度このまま美濃攻めを始めるんだにか?」

 椅子に正座しながら退屈そうに首を振る一益は早く戦がしたそうだった。しかし、これだけの痛手を負ってしまっては、迂闊うかつに攻めることはまず無理。やはり、元々目的であった墨俣に城を築くところから始めなければいけない、と信長は実感した。と言っても……

「うぅ……まさか城にまで猛攻撃されるとは思いませんでした……」

 先程、墨俣に城を築いていた佐久間信盛。彼女も斉藤軍にこてんぱんにやられて泣きながら帰って来た。これではどうしようもない。

「仕方がない……信盛以外で誰か墨俣に城を建てられる奴を探すしかあるまい。誰か、墨俣に城を築ける奴はおるか?」

 一番重要な任務であるのだが、織田家は能力主義の家。出来る奴がやれば、それだけの結果が残る。信長は誰か手を挙げるのかまった。すると、我真っ先に手を挙げたのは、殿を務め、織田軍をしっかりと守り抜いた柴田勝家。

「はいっ! 私にお任せください!」
 辺り構わぬ大きな声で勝家は言った。

「よし分かった。権六、御主に任せる! 早速行ってくるのじゃ!」

 信長は喜ぶと、勝家はせっせと背を向け、五〇〇くらいの兵士達を連れて犬山城を後にした。

 ……戻って来たのは明け方の頃。

「うわーん!! 斉藤軍が! 斉藤軍が! なんて残虐なんですか! あれじゃまるで仕打ちです! 何もしてないのに! ただ城を建てているだけなのに!!」

 と、勝家もべそをかいて帰って来た。流石にこれには信長も困った。

「……駄目じゃ。やはり、わしの作戦が甘すぎたか……」

 信長は下を向くと左右に首を振って落ち込んでいった。彼女のポニーテールも同じように左右へぶんぶん揺れていた。

「では仕方がないわ。私が行きましょう。これ以上信長様に迷惑を掛けるわけにはいかないわ」

 と、信長の姿を見ていて決心がついたのか、次は織田家重臣であり、参謀的存在である丹羽長秀が約一〇〇〇の兵を連れて犬山城を後にし、墨俣へと向かう。

「絶対に借りは返すわ……なんとしてでも墨俣に城を……」

 さて、彼女もそう言って犬山を後にしたのだが……彼女も翌日の明け方、ボロボロになりながら帰還した。

「……もう切腹してもいいかしら。生きている心地がしないのよ」

「だから早まるな馬鹿者! お主が死んで何も変わることは無いのだ!! で、なんだ。失敗したのか!? 長秀!?」

 怒って、慰めて、問い掛ける信長の言葉に反応しないかと思うと、長秀はそのままぐっすりと睡眠モードに入ってしまう。兵士から話を聞くと、勝家と同じようにいつの間にか斉藤軍に囲まれ、そのまま襲われてしまったそうだ。やはり斉藤軍恐るべし!

「……信長様、随分不機嫌そうな顔をしているな……」

 ちょうど席が隣になった藤吉郎に、良勝は小声で話した。

「そりゃあそうですよ……重臣の方々が二度も墨俣築城に失敗しているのですから……これで今日、食事で甘いものが何も出なかったら明日の信長様は荒れるでしょうね……」

 全てを悟ったように、藤吉郎は苦笑いしながら良勝に言った。

「……猿。今何か言ったか?」

 咎めるような厳しい目付きに殺意が含まれている。余計な事を言ったら確実に殺される。藤吉郎は震えながら思った。

「い、いえ! いえいえ何も! 何も言っていません! 信長様の悪口なんて何も言ってませんよ!」

 藤吉郎は思わず口を滑らせた。

「……ほう? 愚痴か……?」

 信長の顔がもっと怖くなる。恐怖に青ざめて手足がさっきよりも震えだした。信長の顔はまるで鬼の形相。見ているだけで筋が凍った。と言うか、顔を合わせられない。

「……なら猿、お主に墨俣の築城を任せようではないか……」

 藤吉郎は、信長の言葉に目を疑い、はっとなって顔を上げる。信長の顔から殺意は消えていたようだった。まるで何もなかったように。

「もしそれで失敗でもすれば……分かるじゃろう?」

 もし、墨俣築城が失敗すれば……この猿めの首は飛ぶ……でも、信長様の命令に逆らったら首が……ならば一か八かでやるしかないじゃないですか……!
 硬く決心の付いた藤吉郎は正座をすると、信長に頭を下げて申し入れをする。

「墨俣築城、この猿めにお任せください! 必ずや成功させ、美濃攻めの足掛かりに致しまする!」

 信長は頷いた。その顔は先程とは全く違い、笑みを浮かべていたのだ。そして彼女は一言。

「よかろう!」

 ……そして時間が経って、藤吉郎は自分の言った言葉にどれだけの意味があったのか再び振り返っていた。

「どうすれば……お城の図案はなんとか完成しましたけど、人材と経費とそれだけの時間が無い……」

 彼女は途方に暮れて、犬山城をぶらぶらと歩きまわっていた。

「お~い藤吉郎。なにしてんだー?」
 木陰から藤吉郎を呼ぶ声がした。振り返ると、そこには久方ぶりに見る一人の忍者。

「あら、ころくさんじゃないですか。何しているんです?」

 蜂須賀ころくだった。彼女の姿を久々に見た藤吉郎は胸が躍った。

「いや、お前さんの大将が斉藤と戦するって聞いたから来てみたら……藤吉郎が居たんで挨拶しただけよぉ」

 ころくは川並衆の頭領で、何処かの家に直属で部下に入っている訳では無い。彼女達は忍者と盗賊を兼務しており、日々活動に励んでいる。と、それを思い返していた藤吉郎に、墨俣築城の記憶が蘇ってきた。

「……ん? 墨俣……川並衆……人材……経費……時間……あ!」

 藤吉郎はなにか思い付いた様に大声で言った。ころくは驚いてビクっと体を動かした。

「なんだよ一体……?」

「いえいえ、思いついっちゃったんです! そうです、ころくさん! 川並衆を使えば簡単に出来ちゃう話なんですよ!!」

 と、藤吉郎は自分だけの妄想空間で一人語りしていた。ころくには何を言っているのか全く分からなかった。

「……で、一体何があったんだよ」

 一つ区切りを付ける様にころくは、軽く柔らかな声で言った。

「実は、実は信長様から墨俣に城を築くように頼まれまして……ですが、人材も経費も圧倒的に不足している中、どうすれば良いのかずーっと考えていたのです。そしたらころくさんが現れて……」

 藤吉郎はころくに、今までにあったことを全て話した。それを納得したかのようにころくは頷く。

「分かった、要するに我ら川並衆の力を借りたいって訳か。お安い御用だ! 藤吉郎に借りだってあるからな!」

 こうして、藤吉郎ところくの交渉は成立する。前代未聞の作戦が決行されようとしていた。それは藤吉郎の生涯で最初の大きな実績であり、名を轟かせる大きな行動でもある。後に天下人と言われる豊臣秀吉の、最初の任務が此処に始まろうとしていた。

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