時代を越えてあの人に。~軍師は後に七人のチート家臣を仲間にします~

芒菫

“毘沙門天”の化身。

千曲川を渡れば、直ぐに八幡原に出ることは説明しただろうか。
八幡原は東南北と川に囲まれ、西には茶臼山が聳え立っていて、一つの島のようになっている。
川中島の由来はそこから来ているのだろう。

―現在、武田本隊は千曲川を渡り、八幡原を進行中。
日もスッカリ沈み、いつの間にか夜になっていたとは···そんなことを考えている余裕がなかった。
武田の作戦は、別動隊約一万二千が妻女山さいじょさんへ進行中。そこで景虎を叩き、やむ終えず逃げてくるであろう景虎を待ち構え、挟み撃ちにするのが今回の啄木鳥戦法きつつきせんぽうの作戦内容。勿論、長尾軍には全く気付かれずに行動している訳である。誰もがこの作戦は成功すると考えていた。
しかし、この女の子だけは違っていたらしい。


「もし、全てを読まれていたと最悪なパターンを仮定しても最悪の場合、鶴翼かくよくの陣形を組めば姉上は守れるはず。私と昌景で左右を指揮する形を取れば指揮も保てる······。あぁ、でももし向こうが奇襲なんて仕掛けてきたら·········」

何やら誰かがぶつぶつ、独り言を言っていますな。鶴翼とか奇襲やら、物騒な言葉が聞こえるけど一体なんのことだろう。

「あの様子を見ると、勘助殿は最悪なパターンを予測していないでしょうな。考えてすら居ない気がしまする。効くところによれば、越後では長尾景虎が新たな陣形を作ったと言われているようです。どういった陣形かは知りませぬが、ヤツの事です。きっと我々の度肝どきもを抜かすような物なのでしょう」

ちょっと待って、聞いてる分だと戦意の無い方々のお声に聞こえるのですが。と言うか、喋ってるのって次郎と昌景だよね?一体どういうこと?

「ありがとう昌景。もしこのまま何かあったら、私に合わせて。頼んだわ」

次郎は昌景にそう頼むと、そこで話は終わってしまう。
ちょっとなんの話だったのかは、最初から聞けていなかったので分からなかったが、今の話を聞いただけで判断すると、勘助がなんかしたのか?長尾景虎ってのが新しい陣形を作ったって話も出てたけど······。とにかく、俺には理解できない話だった。


―北信濃 海津城西部 妻女山

別動隊、とは言ってもその数約一万二千。武田の本隊の兵数を軽く超えているが、長尾本陣には約一万千程の軍勢が居るとの情報があるのだから、気は抜けない。この武田の別動隊を指揮しているのは、後に「鬼美濃」の異名で恐れられる猛将、馬場信房ばばのぶふさ。そしてもう一人、後の「逃げ弾正」の異名を持つ高坂昌信こうさかまさのぶである。
どちらも、慎重に慎重に、妻女山を登り、長尾軍の伏兵に気を配った。
ただでさえ視界が悪く、何処に潜んで居るかも分からない状況下で、突っ切って攻めるのは些か情報不足であり、悪戯いたずらに兵を減らすだけになってしまう。この判断はとても重要なものであった。

「···まだ、居なそうデスネ」

警戒を怠らず、睨みを効かせていた信房が静かに声を発する。

「···はい。と、とにかく慎重に、ゆっくり···」

特に伏兵の脅威は恐ろしい。相手にとっては、それだけで士気を下げられ、兵士達の戦意が瞬く間に喪失されていく。それで見つからないよう、こうして慎重に前へ進んでいるが、果たして本当に気付かれずに長尾本陣にまで近づけるのだろうか。昌信の恐怖はどんどん増していた。

「···あ、あと少しな感じですか」

「この際、突っ切っちゃいまショウカ?」

語尾が必ず片言になる信房は、近さを理由に一斉突撃を提案する。

「ほ、本当に!?や、やられちゃいますぅ~」

「最悪な場合、私が前線を駆けますデスネ。昌信ちゃん、いいデスカ?」

と、もう一押しするように信房は再び言った。
流石に押しに弱い昌信は決死の判断でなんとなく頷く。

「や、やっちゃいましょう···か(ここまで来るのに伏兵らしき者は居なかった。となると、此方の動きに気付いていないことになる···案外、勘助さんの言う通りに事は進むのかも···」

「分かりマシタ!皆の衆!目指すは長尾本陣!!一斉攻撃デスネ!!!!」

刀を鞘より抜き出し、天高く掲げた信房は、大声で兵士達に攻撃の指示を下す。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

明け方の頃。海津城西部、妻女山にて戦の火種が切られた。
先に仕掛けたのは馬場信房ばばのぶふさ高坂昌信こうさかまさのぶ率いる武田別動隊。
兵士達は一斉に駆け出し、遂に長尾本陣に飛び掛かる。



······が、しかし。
長尾景虎の本陣は既に藻抜もぬけの殻。人っ子一人も残っておらず、辺りは静まり返っていた。
流石の状況に、信房も驚きを隠せず、兵士達も動揺している。

「な、ど、どういうことですか!?これは!?」

「···もしかして、元々勘づかれテタ?」

「え」

信房の言葉に、昌信が思わず声を漏らした。

「で、でもありエナイ!うちらは行動を読まれるような事をしていないし、数時間前まで全く行動してなかった景虎が突然動く訳なんてナ·········え?最初から読まれテタ?」

「あ、あり得ないです!!勘助様の策は、決して見抜かれません!それがあの人の強みなんですよ!の、信房さんだって、それくらい分かってて···」

信房の言葉が昌信の気に触り、感情的になって昌信は強めの口調で言う。
しかし、勘助の策が当たるなんてことは保証できないし、それは定義でも何でもない。

「もし、今回見抜かれてたとシタラ?もし、見抜かれていて向こうが先に行動を取っていタラ?普通だったら何処にイク?」

その答えは直ぐには出ず、昌信も兵士達も一斉に黙り込んでしまった。
もし、逃げたと言うのならそれは最悪な展開にはならない。
逃げたならば、互いに戦をしないで終わる。
でも、この戦に乗ったのは紛れもない景虎。となれば、逃げる根拠は何処にもない。
ならば一体何処に?そもそも、この作戦が読まれていたら?啄木鳥戦法が読まれていたら···?
私ならどうする···?
昌信は考えを纏めるために目を閉じて考えた。ずーっと考えた。すると、ある一つの考えにたどり着いた···。
しかし、その考えは余りにも最悪過ぎて現実的ではない。だが、流石にこれ以外には考えられない。
昌信は決心して、口を開く。

八幡原やはたばら······です」



―北信濃 八幡原

時は早く、明け方となり行く。此方では今か今かと長尾景虎本隊が妻女山より逃走してくるのを待ちわびていた。その為、兵士達もテンションが高い。士気が高いと言うことだ。
勿論のこと、晴信もその調子である。

「っかー、信房と昌信も慎重過ぎて大器晩成だねぇ。まだまだ降りてきそうな気配がないよ」

ずーっと目を開けているからなのか、彼女の目が充血している気がした。

「辺りも霧が酷くなって参りましたし···こりゃ朝霜ですな。まぁ、もうそろそろ日の出でござる。この霧も晴れて来るはず···」

勘助がそう言った途端、辺りの霧は少しずつ晴れ始める。
タイミングが良すぎて少々驚いたが、視界が良くなるので百歩譲って良しとしよう。
そして八幡原を包んでいた霧が、もうじき晴れようとしていたその時。

―なんだあれは···?

ある女兵士が、指を指して言った。何かと気になった俺はその方向を見てみる。

「ん···むー?え···ん···何々···?······あれ何て読むんだ?」

と、後ろを振り返った時には辺りは騒然としていた。流石に周りの空気を読むことくらいは出来る俺にとっても、この状況は何かヤバイことは直ぐに分かった。

「···ちょ、ちょっと待ってくだされ。あれは···?」

勘助も何事か、と言うようにわーわーわーわー動き始める。

「···勘助、どうやら今回は···賭けに負けたね」

晴信が、落ち着かない勘助に、ゆっくりと静かな声で言い放った。

「義とは何か。もう一度問おう、義と何か。川中島で相まみえる者達よ」

完全に晴れた霧。そして空へ棚引く“毘”と言う文字の旗。その旗下で、白い白馬にのった小さな女の子は言った。

「天下を揺るがす逆賊よ。今こそ戦の神“毘沙門天”の力の下、貴様らに天罰を下す!!」

―川中島の戦いの幕が上がった。

「時代を越えてあの人に。~軍師は後に七人のチート家臣を仲間にします~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く