非リアの俺と学園アイドルが付き合った結果

井戸千尋

私の恋占いの石と俺のウニイクラ丼

百五十六話





【新転勇人】






円香は石の手前で何かに躓き――
「きゃっ」
「危ないッ!」
少女漫画だとかライトノベルとかだったら颯爽とヒロインを抱き寄せて「大丈夫だったかい?君の大事な体に傷がついてしまうなんて許せないからね」とかキザでヒロインがポッとしちゃうこと言うんだろうけど、残念ながら俺は至って普通の高校生で特に取得もなく、胸張って言えることはよく出来て、結婚願望の強い彼女がいるってことだけだ。
そんな俺は、大事な彼女を――
「っ……大丈夫!?」
相撲取りの突っ張りのような形で受け止めた。
両肩を両手の平で抑えるだけならよかった。
ただ俺は、尻を突き出して、肩を受け止めた手もピンと張って、非常に不格好で、一言で言うならダサい格好で円香を受け止めていた。
俺は王子様でもなければ主人公でもない。
さて、どうしたものか。
「勇人くん……?」
俺の姫の目を見れない。
さっきまで目を瞑っていて、目を開いたらダサい彼氏がいる、なんて地獄以外の何物でもない。
なんならいつもの倍以上目を見開くだろう。
「勇人くん……?」
周りからはほっとした声や、ざわめきが聞こえる。
すべてが俺を嘲笑する声に聞こえる。
陰キャの悪い癖だ。
「勇人くん……?」
……ん?
なにか様子がおかしくないか?
さっきから同じことしか……。
「……大丈夫ならゆっくり体を起こしてもらいたいです。」
俺はゆっくりと、それでいて覚悟を決めて円香の目を見る。
俺のマヌケな姿に感謝と落胆の色のこもった瞳を向けているはずだった彼女は――
「目を開けたい気持ちやまやまなのですが、そのせいで勇人くんとの縁が切れるのは嫌なので……」
「真面目かよッ!」
俺は円香の体を元に戻して、注意の言葉を投げかける。
「そんなことより自分の命を大切にしてよ!俺が間に合ってなかったらこの石に頭ぶつけてたんだよ!?」
「それはそうですが……勇人くんとの縁も大事ですし……失敗した時のデメリットが怖いですし。」
「はぁ。まずは自分の命、ね。俺は二の次三の次でいいから。」
円香をなだめつつ、諭しているが一向に目を開かない。
断固たる意志を感じる。
「じゃあせめて次点で!でも、勇人くんと私の命は同等です!」
「んーわかった。じゃあ残り頑張ってみる?」
声の圧と未だに目を瞑っていることから、どうせ止めても「勇人くんはいいんですか!?私との縁は!」とか反発されそうだしいいかな。
神頼みしないと続かない縁なわけないしな。
もうやらせよう。それで満足するなら何度でもやらせよ。
「はい!神様も聞き飽きるくらいの願いを込めて!」
うん、飽きちゃったらまずいよね。
いいとは思うよ?いいとは思うけど重くない?全然構わないんだけどさ。
「勇人くん見ててくださいねー!」
「はーい」
そういえば忘れてたけど周りめっちゃ人いるんだよね。
現に今ヒューヒュー言ってるし。
学校では味わえない感覚だ。
なんならここに同じ学校の人いるけど、そいつらが目を丸くして口をあんぐりと開けているほどに異質な空気感だ。
「うん、そのまま真っ直ぐ。って……」
「……うん……こっちですね……」
やっぱり俺の声より匂いを頼りにこっちきちゃってるよ。
神様も呆れ顔してるだろうに。
「そのまましゃがんで?」
「はーい」
一体全体円香の鼻はどうなっているのだろうか。
不思議で仕方が無い。
だが――

「あっ!勇人くん!!これ石ですか!?石ですよね!!?」
「うん、正解。もう目開けてもいいよ。」
「はーい……わっ!本当だ!恋占いの石です!勇人くん!これ恋占いの石ですよ!!」
「うんうん。」
こんないい事ずくめで、海鮮丼でいうところのウニイクラ丼のような彼女でもいいのかもしれない。
いや、そんな円香が良いのかもしれないな。
ウニイクラ丼にトッピングでチーズが乗ってるような彼女だけどね。
彼氏である俺が言うのもなんだけど、素材、性格、容姿、声、全てが良くてそれだけで十分なのにも関わらず、彼氏の匂いを嗅ぎ分けることが出来る、だったり多少目立つポンコツでおかしな部分がある彼女だからこそ好きになったのかもしれないな。
まぁ懸念されるのは、結婚生活二年目とかに帰り同僚と寄り道したりして「ごめん!仕事終わらなくてさ!」とか言い訳した日には「勇人くんは仕事から疲れて帰ってくる時基本的に目が充血していてパソコン見てたんだなぁってはっきりわかるんですけど今は違いますよ?充血してません。で、何してたんですか?それに……これはお酒ですか……?アルコール度数十五くらい……日本酒ですか?」とか推理されることだな。


喜び、俺の手を握ってブンブン振り回してる円香を尻目に、いつの日か訪れるであろう修羅場を空想し、空へ問いかける。

神様、どうか円香に変な疑いをかけられないようにしてください。



――無理じゃ。無理無理。あの子手に負えんもん。



あっ……無理なんだ。


冬を目前に控えた今日この日、俺は神様の声を聞いた気がした。










「うへぇ広いなぁ……」
旅館の部屋についた俺たちはまずそんな声を漏らした。
俺たち、と言ったが正確には俺と浅見くんの二人だけだ。
「な!布団敷こうぜ!」
「そうだね」
キャリーバッグを玄関に置き去りにし、俺たちは押入れまで走る。
「うぉっ!これあれじゃないか?よくテレビとかで温泉特集した時に、芸能人が来てるようなやつ!」
「浴衣ってやつかな?」
「わかんねーけどそれだな!それだ!」
通常でもテンション高い浅見くんが、それよりもテンション高くなっており、ちょっと驚いている。
「うわぁ……先輩とここ来たい。来たすぎる。」
先輩と同じ部屋だったら〜と、頬を緩ませきった浅見くんが、俺ではなく先輩と止まる時の妄想を膨らませていた。
割と広い部屋で、二人でいるには十分すぎる部屋だ。
布団を敷いてみても、まだ割と余白がある。
普通にキャリーバッグとか広げられるな。
「…………なぁ。」
声のトーンをわざとらしく下げた浅見くんが真剣な表情で俺を見つめていた。
えっ……なに。
「勇人……」
いや、ちょ……えっ!?
「浅見くん?なに……」
「……新天呼んでこの部屋で一緒に寝ろよ。」
「ったく!そんな話ならなんで変な空気出した!」
勘違いしただろうが!腐的なやつかと!
「いや知らねーよ!」
大正論!!
今回ばかりは俺にしか非がない。
ていうか……。
「一緒に寝るってどういうこと!?」
「そのまんまよ。俺はそこの縁側みたいになってるとこで寝ればいいし。せっかくの修学旅行なんだぜ?由美ちゃん先生なら許してくれるだろ!」
「いや、でも……」
修学旅行前に釘刺されたばっかりだしなぁ……。
円香に相談したら同じ部屋で寝るって言って聞かなくなるだろうし、だからといってルールを破るわけには……。
「はーい男どもー入るよー――あだっ」
声がしたほうへ目を向けると、勢いよくドアを開けたはいいものの、キャリーバッグのせいでドアが開ききらずそれに反応しきれなかったのであろう、婚期見逃し見逃されさんこと由美ちゃん先生が頭を押さえて立っていた。
「うぅ痛いぃ……」
顔も身長も見方によっちゃロリっ子にしか見えないからもう怖い。
すげぇ嫌な気持ちになってくる。

幼女を泣かせてしまったと。

「あのね?先生相談あってここに来たんだけど……」
「はい。」
頭をさすりながら先生は潤んだ瞳を向けて口を開いた。


「痛いからまた後でい?」
「あ、はい。」
無機質で無慈悲なドアの音と共に、幼女…………由美ちゃん先生が去っていった。

その後俺たち二人は、先生がもう一度この部屋に来るまで自由時間を迎えられなかった。





ワールドカップ面白すぎて更新出来なかったという名の失踪ごっこをしてました。
本当に申し訳ない。
なんだかんだでみんな井戸のこと大好きで、この物語も大好きなはずだから、本当に申し訳ないことをした!
好きで好きでたまらない井戸の話を読ませてあげられなくてごめんね?
でも許して?
井戸はみんなの井戸だから。
あなただけの井戸にはなれないの。
ごめんなさい……。

コメント

  • A・L・I・C・E

    作品は好きですよ。
    ただ、この作品のこの雰囲気で更新してくだされば












    別にあなたじゃなくてもいいんですよ

    1
  • 影の住人

    うん!井戸の作品『は』好き!

    1
  • Flugel

    『井戸の作品』は好き。大好き。
    『井戸』は・・・まあ、うん、す、好き・・・だよ?・・・ははは

    とりあえず早う書け。そしてキュンキュンさせてくれ

    1
  • うみたけ

    井戸はみんなのアイドルだもんね

    2
  • 神崎律

    ワールドカップが理由なのは伸びしろですねぇ

    1
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