非リアの俺と学園アイドルが付き合った結果

井戸千尋

私の思いと俺の誓い

六十七話






【新転勇人】







俺たちは今、帰り道を手を繋ぎながら歩いていた。

「楽しかったですね!」
「……はい!」
今少し繋いでいた手が締められたのはきのせいかな……?
「……ここにまで来てもまだ花火の音聞こえますねぇ……」
「そ、そうですか?」
ど、どうしたんだろ。
心ここに在らずというか射的で全部出し切ったのか?





…………え?
なんで急にお祭りが終わってるんだって?
花火見てないのかって?
あぁ、そうだな。
ギャルゲーとかとと、「好き」って言葉が花火の音にかき消されて「え?今なんか言った?」みたいな展開とか、人並みに円香だけが流されていってはぐれちゃったりするけどそんなことは起こらない。
前者の場合、そもそも俺たちはカップルであるためそんなピュアな片思い街道を突っ走るようなことは怒らない。
後者の場合は今俺が左手に持っているこれ、射的でGETしたゲーム機があるためそもそも人通りの少ない林側を抜けていたからだ。
この神社のお祭りは基本的に参道に的屋が並んでいて的屋の裏である細い道などはさほど混んでいないのだ。
つまりは今回のお祭り、ギャルゲーやラブコメラノベで起こるようなきゅんきゅんで青い春のような現象は起きず、ただただ楽しく過ぎていったのである。
「勇人くんそれ大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「本当にありがとうございます。」
車道側にこんな大きな荷物を持つなんて普通だったら絶対に危ない行為だが、今日はどこの道路も渋滞で歩いた方が早く帰れる可能性すらある程だからあまり気にせず持てている。
「私の家もう少しなので……」
円香は申し訳なさそうな表情でそう言った。
ここで「私が持ちますよ」なんて言っても俺が聞かないことなんて分かっているのか。
正直重い。
腕落ちそう。
だけど円香のあんな嬉しそうな笑顔見たらそんなこと言う気にならない。

そういえば浅見くんは大丈夫かな。
せっかく先輩と回れるんだから相当気合い入れてるだろうね。
「あ、あの……!」
「どうしましたか?」
俺がそんなことを考えていると円香から微かに震えた声が届いた。
と、同時に足も止まり、俺たちは互いに顔を向かい合わせるような形になった。
「わ、私に……は……」
円香は目をギュッと瞑り、

「浅見さんと話す時のような砕けた感じで喋ってください!!!」

と、辺りを歩いている人にも聞こえるような声量で言った。

浅見くんと喋る時みたいな?
「…………敬語じゃなくてタメ口で……ってこと?」
「はぃ!」
その言葉と同時にグッと顔を近づいた。
かわいい。
ただただかわいい。
でも、
「円香も敬語だし、敬語通しの方が良くないですか?」
「よ、良くないです!」
「……それは何で……」
タメ口が嫌ってわけじゃないけど円香には敬語だって感じがするし……。


しかし円香はどこか幼く、遠いところへ届けるように言った。
「……なんか時々遠く感じてしまうのです」
「え……?」
「浅見さんと話す時の方が私と話す時より距離が近いって言うか……あっ!心のですよ!?心の!……で、私はまだ勇人くんの心と密接に慣れてないのかなぁ……って……」

あ…………。

俺はずっと“円香だから”、“あの新天円香だから”と、彼氏になった今でも“新天円香だから”という線を無意識のうちに引いて円香に寂しい思いをさせていたのか。
確かに浅見くんと話す時は砕けたタメ口で、円香と話す時は意識して敬語にしていた気がする。
そうか……だから円香はあの時手を……。
「も、もちろん今の関係は満足ですしそれ以上を求める事はまだしません!…………ただ…………今日お祭りに行ってみて分かったんです。周りには、この街には私には持ってないものをたくさん持ってる方がいました。派手で周りを気にせず彼氏とイチャつく女性や、む、胸だってそうです、それに私より綺麗で魅力的な女性もたくさん。…………だから私ふと思ったんです。そんな方に勇人くんを取られてしまうんじゃないかって……今の関係も十分だけど、私の持ってないナニカでその先を埋められる方が現れるんじゃないかって………………ぁ……」
気づけば、近づけられていた円香の頬を透明な涙がかよっていた。
「ご、ごめんなさい、泣くつもりなんて無くて……っ……ぅ……」
一度流れてしまった涙は止まらない。
とめどなくこぼれる涙はそれだけで俺が今までどれほど円香に遠く寂しい思いをさせてしまっていたのかを告げていた。
「醜い……ですよね……こんな彼女、重くて耐えられませんよね……」

「――醜くなんてないよ。」
「ぇ」
「ちっとも重くもない」
「勇人くん……語尾……」
俺は今まで何をしてたのだろうか。
こんなことにも気づかずに何が彼氏だ。
ただの童貞じゃないか。

まぁ童貞なのは変わらないんだけどさ!

と、とにかく今どんな弁解や言い訳をしても、勝手に線を引いて悲しませて寂しい思いをさせていたのは変わらないんだ。
それならいっそ消してしまおう。
“新天円香だから”なんてくだらない線はもう必要ない。
同い年で彼氏彼女の関係なんだ。
ならもう円香を悲しませない。
悲しい涙はもう要らない。
「円香、ごめん。今まで勝手に線を引いてた。」
俺が勝手に、これでいいやと決めつけていた円香との接し方。
それが必ずしも円香が喜ぶ、不快にならないなんてことは無かったんだ。
「これからでもいいかな?過去は変えられないけど、今から最も近くに、今よりも近く。」
「…………はい……」
円香は涙を止めようと必死に目を閉じて。
俺は繋がれた手を強く握り。


「これからもよろしく!円香!!」
「こちらこそよろしくです!!勇人くん!」


俺たちは再び歩き出した。






【新天円香】







素直に言ってみてよかったです。
見苦しくなってしまった時もありましたが良かったです。
勇人くんと最も密接に、今よりも距離の近いカップルに。

「あ、円香は敬語のままがいいで……いいな。」
まだタメ口に慣れていなくて突っかかる勇人くんも良きです。
「分かりました♡」
「…………?」
私の表情を見て首を傾げる勇人くんでしたが、すぐに目線を前に向けました。
なんか心做しか手の握る強さも強くなってる気がして嬉しいです。

私は握り返すように握られた手に力を込め、勇人くんの隣を歩きます。

ドーンッとさっきまでは聞こえなかった花火の音が今度はきちんと耳に届きました。

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