ああ、赤ずきんちゃん。外伝 「春夏秋冬のホラーサマー」

極大級マイソン

ああ、赤ずきんちゃん。外伝 「春夏秋冬のホラーサマー」

 赤ずきん「夏のホラー祭り2017ッッ!!!!」

 ワァーパチパチィー!! と、赤い頭巾を被った少女が、真夜中の森で喝采を上げて大はしゃぎ。『赤ずきん』という可愛らしい少女は今、たくさんの友達とともにいます。外は、夏の満天の星空が広がっていて、とても綺麗で明るく、この場にいるみんなの姿がよく見えました。

 グレーテル「……夜中に大声を出すなよ。近所迷惑だぞ」

 赤ずきんよりも四、五歳ほど年上に見えるグレーテルが、不機嫌そうな顔つきで赤ずきんを睨みます。グレーテルが不機嫌な顔をするのはいつものことですが、今日は夜中に突然起こされたということもあり、いつにも増して眉間のシワが濃いような気がします。

 オオカミ「まあまあ、どうせこの森じゃあ昼も夜も大差ないよ。昼は昼の動物が活動して、夜は夜の動物が活動するだけさ」

 そんなグレーテルを制したのが、全身体毛に覆われた2メートルくらいの大柄の男。いや、彼は人間ではなく『狼』でした。オオカミは、本来凶暴で知られている動物にしては、実に柔和な笑みを浮かべて、切り株の上にそっと座っています。

 ヘンゼル「そうやって甘やかすから、調子に乗るんだろうが。こんな夜中に人を呼び出してよぉ〜!」

 グレーテルの双子の兄で、おとぼけそうな覇気の無い調子で地べたに胡座をかくヘンゼル。彼は一つ大きな欠伸をして、眠たげな表情でオオカミを見つめてます。

 白雪姫「えーっと、赤ずきんさん。今日はどのような用事で、皆さんを集めたのですか?」

 そして、黒檀のように美しい艶やかな髪をした少女、白雪姫が赤ずきんの方を向いて問いかけます。赤ずきんと白雪姫は、共に同じ切り株の上で隣同士に座っていました。

 赤ずきん「みんなに来てもらったのは他でも無いわ! 今日はみんなで、『怪談』をしようと思います!」
 白雪姫「怪談?」
 ヘンゼル「階段?」
 グレーテル「怪談……。しかし、何故いきなり?」
 赤ずきん「何故って、そりゃあ夏だからよ!」
 ヘンゼル「えっ、今って夏なの?」
 グレーテル「確か、先日は雪が降っていたような……」
 オオカミ「遠くの谷底では、紅葉が始まっていたよ」
 白雪姫「私は昨日、赤ずきんさんと一緒に桜の花びらを集めました」
 赤ずきん「細かいことは気にしないっ! とにかく、今から怪談を始めます」
 グレーテル「不思議な強制力を感じる……」
 ヘンゼル「赤ずきん……、奴からとんでもない『闇』を感じるぜっ!」
 オオカミ「ホラーだから?」
 ヘンゼル「何にしても、どうせやるならサッサと始めようぜ。まずは、言い出しっぺの赤ずきんから」
 赤ずきん「シャベルで穴を掘っていたら骸骨を掘り当てたわ」

 そう言って赤ずきんは、切り株の裏に隠していた大人サイズの骸骨を取り出します。

 ヘンゼル「ガチモンのやばい奴じゃねえか!!」
 グレーテル「そんな死体、どこで見つけて来たんだッ!!」
 赤ずきん「昨日、白雪姫と一緒に桜を眺めに行った時、珍しい赤い桜の木の下で偶然見つけたの」
 ヘンゼル・グレーテル『白雪姫!?』
 白雪姫「あ、赤ずきんさんが楽しそうにしていたので、口を挟むのも悪いと思い……」
 ヘンゼル「なんてこった。白雪姫まで『ダークサイド』に堕ちようとしている……」
 グレーテル「赤ずきんダークサイド」
 ヘンゼル「もちろん『18禁』だぜ!」
 グレーテル「とにかく赤ずきん。その白骨死体は、元あった場所に戻して来なさい」
 赤ずきん「はーい」

 赤ずきんは素直に応じます。桜の木の下の骸骨は、ひとまず切り株の裏に隠しておくことにしました。

 ヘンゼル「さて、次は誰にする?」
 白雪姫「あ、では次は私が怪談をお話しますね」
 グレーテル「白雪姫か。どんな話を聞かせてくれるんだ?」
 白雪姫「小さい頃、お母様から聞いたお話です。町では皆が知っている、とても有名な怪談なんです」
 グレーテル「ほぉ、私達でも知っているかな?」
 白雪姫「町で実際にあった出来事を元に作られたお話だそうなので、もしかしたらご存知かもしれませんね」
 赤ずきん「それで、どんなお話なの!? 私、白雪姫の怪談スっゴク楽しみっ!」
 白雪姫「か、顔が近いですよ赤ずきんさん!」

 興奮した赤ずきんが、白雪姫と自分の頬っぺたをくっつくくらいに狭ってきます。白雪姫は、近づいてくる赤ずきんに頬を紅潮させながら少し距離を取ります。

 白雪姫「え〜っと。『……昔々、ある所に1人の少年がいました。しかしその少年は、ただの人間の男の子ではありませんでした。彼は"人喰い少年"。小さな女の子を食べ物にする悪いお化けだったのです。少年は、夜道を1人で歩く女の子を見つけては、こっそり近づいて頭からボリボリ食べてしまう悪いお化け。人喰い少年を見つけた人は、みんな無事では済みません。男は殺され、女は食べられ、……命を取られてしまうのです』」
 オオカミ「ヘェ〜」
 ヘンゼル「……恐ろしい怪物だな」
 白雪姫「話はこれだけではありません。……この怪談の本当に恐ろしい部分は、この『人喰い少年』の目撃証言が非常に多いというところなんです」
 ヘンゼル「エェ!?」
 グレーテル「……実在するお話、という事か?」
 白雪姫「はい。実はお母様も、幼い頃にその人喰い少年に遭遇したそうなんです」
 赤ずきん「ナ、ナンダッテー」
 白雪姫「幸い、命からがら逃げ出すことが出来たお母様は、その人喰い少年の似顔絵を描き、町中に貼るように手配したそうです。その時に張り出された手配書が…………これです!!」

 そう言って白雪姫が見せたのは、凶悪な笑みを浮かべたこの世のものとは思えない少年。
 その少年は、黒いマスクで顔を覆い、詳しい様相を分かりませんでした。しかし、そんな彼から即座に感じる印象は、『残忍さ』と『卑劣さ』。人々の『醜悪』を具現化させたような闇の化身が、そこに描かれていました。

 赤ずきん「これが……人喰い少年?」
 ヘンゼル「マジで怪物だなぁ、同じ人間とは思えないぜ。今にも手配書から飛び出してきそうだ」
 オオカミ「狼のぼくより怖い顔をしてるね」

 おそらく、凄腕の絵師がこの手配書を描いたのでしょう。手配書は大袈裟なくらい迫力ある絵でした。この"人喰い少年"は、相当恐れられていたようです。

 ヘンゼル「……おい、どうした? グレーテル、何故こちらを見ずにそっぽを向く」
 グレーテル「……別に」
 ヘンゼル「大丈夫だって。人喰い少年なんて実在するはずがない。全部フィクションさ、怖がんなよ」
 グレーテル「こ、怖がってなんかないっ!」
 白雪姫「小さい頃は、お父様やお母様によく言われました。『夜中に外へ出ると、人喰い少年に食べられちゃうぞ〜』って。私、あの話を聞かされた夜は、怖くてベッドに籠っていました」
 グレーテル「ひぃっ!」
 赤ずきん・オオカミ(めちゃくちゃ怖がってる……)

 知り合いの、意外な一面を見た2人でした。
 赤ずきんが続きます。

 赤ずきん「私も、ママに夜に外へは出るなって言われるわよ。夜の森には、凶暴な肉食動物や怪しい犯罪集団が現れるからって」

 ヘンゼル「夜の森……おとぎの森の夜の世界」
 グレーテル「恐ろしいぞ〜。おとぎの森は、恐ろしいぞ〜」
 ヘンゼル「人喰い狼に、人喰いライオン。子喰いの魔女に、邪神教団♪」
 グレーテル「迷った者は生きては帰らん。この世の終わり、人生の終点地♪」
 ヘンゼル・グレーテル『おとぎの森の、闇の唄〜♪』

 白雪姫「……何故、急に歌い出したんですか?」
 ヘンゼル「あ、これ。俺たちの故郷に伝わる『おとぎの森の歌』」
 グレーテル「『いい子にしないと、おとぎの森に連れて行くぞ〜』って。子供の頃に親によく言い聞かされたな……」
 白雪姫「おとぎの森って、子供達の教訓にするような場所なんですか!?」
 ヘンゼル「まあ、実際危険だしな。この場所」
 白雪姫「……あの、一刻も早く家に帰った方が良いんじゃあ」
 赤ずきん「大丈夫だよ、今日は大人同伴だしね!」
 グレーテル「その『大人』が、語り草のうちの1人なんだが?」
 オオカミ「ぼくは人間を食べないよ」
 ヘンゼル「小さい頃は、まさか本当にここで暮らすことになるとは夢にも思わなかった」

 ……さて、白雪姫の怪談も終了し、次は双子の番です。

 グレーテル「しかし、いきなり怪談と言われても何を話せば良いんだ? ヘンゼル」
 ヘンゼル「取り敢えず、『おとぎの森の恐ろしい噂話』を100個くらい言っていけば良いんじゃないか? グレーテル」
 赤ずきん「あ、私それ凄く興味がある」
 白雪姫「やめてください。本当に夜眠れなくなりそうです!」
 赤ずきん「その時は、私が一緒に添い寝してあげるわ」
 白雪姫「やっぱりそのお話聞かせてくださいお願いします」
 ヘンゼル「じゃあ話そう。そうだなぁ、まずは……」

  そうして双子達は、自分達が知る限りの怪談を次々と披露しました。
 真っ赤な服を着て森を彷徨う『血染めの少女』、大柄な身体で二本足で獲物を狩る狼『オオカミ男』、頭を3つ生やした『ミツクビコブタ』、子供を遊び道具にする『子喰いの魔女』、『変質者』。
 この森にまつわる様々な怪談をした双子は、20個目を話し終えたところで一息つきます。

 ヘンゼル「……そろそろいいか?」
 赤ずきん「えーまだ80個残ってるじゃない!」
 ヘンゼル「いや、もう十分じゃねえか。どっかで聞いたことある話ばっかだし」
 グレーテル「お前が調子乗って100個とか言い出すからだ」
 ヘンゼル「あー赤ずきん? そう言えば『血染めの少女』は、妙な拳法を使えるって噂があるんだが、実際のところどうなんだ?」
 赤ずきん「そんなの私が知るはずないじゃない」
 ヘンゼル「いや、どう考えてもお前の話だろ。その頭に被ってる赤いモノは何だ?」

 赤ずきん「……ヘンゼル、貴方に伝えたい事があるんだけど」
 ヘンゼル「何だ。急に改まって」
 赤ずきん「実は、この頭巾……。ママが私を産んだ時に流れた血を染めて作られた物なの!」
 ヘンゼル「サイコパスッ!!」

 今、明かされる衝撃の事実!
『血染めの少女』は真実だった!?

 赤ずきん「冗談よ。本当はスイカを染めて作られたの」
 グレーテル「一番しょうもない。スイカで真紅色にはならないだろう」
 ヘンゼル「本当の話かと思って、ちょっとびびった」
 オオカミ「因みに、僕の首に巻かれているスカーフは、僕が本物のウサギの血を染めて作ったんだ」
 赤ずきん・ヘンゼル・グレーテル『ヘェ〜』
 オオカミ「リアクションの違いよっ!!」

 赤ずきん「……さて、ヘンゼルの怪談ネタは尽きたみたいだし、最後はオオカミさんね」
 ヘンゼル「トリは任せたぞ。狼らしく、とびきり怖い話で驚かせてくれ!」
 オオカミ「ハードル上げないでよ〜。……うーむ、でもおとぎの森の怪談は、双子達がほとんど語っちゃったからなぁ。後、残っている怖い話と言えば…………怒った女房の話とか?」
 グレーテル「誰が喜ぶんだ、その話」
 オオカミ「本当に血を見ることになる『リアル・ホラー』だよ?」
 ヘンゼル「生傷が絶えないんだな」
 オオカミ「怒れる妻は山をも崩し、岩をも砕く!」
 赤ずきん「オオカミさんの奥さん。私と会う時は、そんなに怖い顔しないわよ?」
 オオカミ「そりゃ外面は良いからね」
 ヘンゼル「どうでもいいけど、オオカミって奥さんいたんだな」
 オオカミ「うん。子供も2匹いるよ」

 オオカミ「うーん困ったな。何も思いつかない」
 赤ずきん「なら、もうオオカミさんの昔話で良いんじゃない?」

 赤ずきんが提案します。『怪談』とは異なりますが、何も話さないよりはマシだと考えて、オオカミは自分の若かりし頃の話をすることに決めました。

 オオカミ「人間どもに地獄を見せるため、骨を貪り、肉を裂きッ!! 自慢の顎門で頭を砕く、戦勝千死の如し獰猛さ!!」
 赤ずきん「だけど人の肉は食べられない」
 オオカミ「若い頃は無理して食べてました」
 赤ずきん「でもオオカミさん。その気になれば子供くらいペロリと飲み込めるでしょう」
 オオカミ「まあ、頑張れば引退した今でも……やらないけどね! あれやるとしばらくお腹痛くなって苦しいんだよ」
 赤ずきん「だから仕方なく丸かじり?」
 オオカミ「なんだかんだで食べやすいからね。……あーそう言えば。当時は人間の『踊り食い』が流行っていたから、食べてる最中に『料理』が泣き喚いてうるさかったんだよね〜。ぼく、食事中は静かにして欲しいのに」
 赤ずきん「一昔前はそうだったらしいわね。狼の里では、よく人間の断末魔が聞こえてくるとか」
 オオカミ「『ギャァァァァァァッッ!!!!』とか、『死ニタクナイィィィィィィ!!!!』とかね。もう、ホントね! 誰があんな風習流したんだろう!? あれのせいでみんなして食事で大騒ぎしてうるさいし、上司から人間の肉を無理やり食べさせられるし!」
 赤ずきん「『俺の人肉が喰えねえのかー!』……って?」
 オオカミ「そうそう、そんな感じ。いやー、それに比べたら今はいいよ! 毎度毎度宴みたいに暴れないし、好きな肉を食べても文句は言われないし」
 赤ずきん「きっと、オオカミさんみたいな『草食系狼』が増えてきたのよ。狼なのに、草食系」
 オオカミ「はっはっは! 草食の狼は見た事ないなぁ〜! みんな肉が大好きだからね。首から血をブシャァァァァァァァ!! と吹き出して、息の根を止めた瞬間に丸かじり! これが『風流』さ」
 赤ずきん「悲鳴は嫌いなのに血飛沫は良いの?」
 オオカミ「それが狼の本分! 肉を喰らう者は血と共にあり続けるのさ!」
 赤ずきん「狼の伝統なのね。今度詳しく教えてもらおうかしら?」
 オオカミ「こらこら、頭の頭巾をさらに赤くするつもりかい?」
 赤ずきん「おっと失礼。本当に『血染めの少女』になるところだったわ」
 オオカミ「違いない」

 赤ずきん・オオカミ『ワッハハハハハハハハハ!!』


 白雪姫・ヘンゼル・グレーテル『……………………………………』
 赤ずきん「……あれ? どうしたのみんな。急に2、3歩後ろに下がったりして」
 ヘンゼル「……それ以上、こっちに近づかないでくれるかな?」
 赤ずきん「んんっ?」
 白雪姫「あ、赤ずきんさん……。赤ずきんさんがどのような方でも、私は貴女の友達ですからね?」
 赤ずきん「あれれ?」

 何故だろう。いつの間にか3人の態度がよそよそしくなっている……。
 赤ずきんは、3人の急な辺なかに戸惑いつつも、大して気にした様子もなく皆の元へ混ざりました。

 グレーテル「……さあ、もう全員回ったぞ。知り合いの意外な一面も見れた事だし、今日はもう解散にしようか」
 ヘンゼル「今後、お前らの付き合い方を考えないといけなくなったしな」
 赤ずきん「……? まだ、話し終えてない人がいるじゃない」
 ヘンゼル・グレーテル『??』

 その瞬間、赤ずきんの背後から、白い何者かがニュッと現れました。

 骸骨「…………儂じゃよ」
 ヘンゼル・グレーテル『骸骨!?』

 ナント、その正体は骸骨でした。骸骨は、切り株の裏から重い動きで身体を持ち上げて、皆の方まで歩み寄ってきました。

 骸骨「……あれは、そう。儂がまだ、王国を守護する騎士団として働いていた、『青年騎士』だった頃」
 ヘンゼル「あ、なんか喋り始めたぞ」
 骸骨「……儂たち騎士団は、当時、世間を騒がせていた悪党を捕らえるため、国中を駆け巡っていた。その悪党の名は…………『人喰い少年』と、そう呼ばれていた」
 みんな『!!!?!』

 ザザザッ!! と、骸骨の元へ集まる一同。

 白雪姫「や、やはり! 人喰い少年の話は真実だったのですねっ!!」
 骸骨「おお……別嬪なお嬢さんじゃ……。あの人喰い小僧は、お主のような女子が好みじゃった……。おとぎの国の悪夢……、世の平和を守る騎士団にとっては、まさに見過ごすことのできない相手だった」

 骸骨の話は続きます。自分が、『人喰い少年』を見つけるために、毎日のように調査に向かい、情報を集めてきたことを。人喰い少年は、非常に狡猾で逃げ足が速く、行けども行けどもすぐに逃げられ、逮捕は困難を極めたそうです。
 しかし騎士団は、少しずつ少しずつ人喰い少年を追い詰め、
 そしてようやく、彼を完全に囲むことに成功したのでした。



 *****



 青年騎士「遂に追い詰めたぞ、人喰い少年! 貴様の悪行も、今日ここまでだ!!」

 青年騎士を筆頭に、周りにはたくさんの騎士たちがいます。そして、その中心にいるのは黒いマスクを被った少年。彼こそが、騎士団が追い求めていた『人喰い少年』なのです。

 人喰い「ヒャッヒャー! なかなかやるじゃねえか騎士団ども! この俺様をここまでだ追い詰めるとはなぁ〜!!」
 青年騎士「御託は十分だ! 全員、かかれぇぇぇぇぇぇ!!」
 騎士達『ワァァァァァァァァァァァッッ!!!!』

 長い時間をかけて、ようやく追い詰めた人喰い少年にトドメをささんと、騎士たちは一斉に人喰い少年に斬りかかります。
 しかし、

 人喰い「ヒョォッ!! ヒャッハー!!」
 騎士A「ぐぉっ!?」
 騎士B「ガッハァァッ!!」
 青年騎士「ば、馬鹿な……!」

 人喰い少年は、騎士たちの攻撃を軽々と避けて反撃に出ます。人喰い少年から撃ち出される掌底は、騎士たちの急所を捉え、的確に相手の意識を奪っていきました。
 驚くことに、彼は自分の愛剣を一切抜かずに騎士たちを撃退して行ったのです。そしてあっという間に、残った騎士は青年騎士のみになってしまいました。

 青年騎士「くそっ! 化け物め!!」
 人喰い「ヒャッハッハッハ!! 化け物とは心外だなぁ〜! 将来のエリート騎士様に向かってよぉ〜!!」
 青年騎士「……!? どういう、意味だ?」
 人喰い「こいつを見なッ!!」
 青年騎士「そ、それは……!!」

 人喰い少年が取り出したのは、一枚の洋紙でした。そこには、簡単な文と独特な印があります。
 青年騎士は、その神に非常に強い見覚えがありました。そう、それは彼がずっと探していたものだったのです。

 人喰い「これが何かわかるよなぁ〜? ヒャハハ。この紙は、『敵国幹部との連絡文』。そしてこの文の持ち主は…………ヒャハハハ!! お前だよなぁぁぁ青年騎士!!」
 青年騎士「…………何のことだ?」
 人喰い「惚けんなよ、敵国のスパイさんよぉ〜! 証拠は既に揃ってるんだ。テメーがおとぎの国の重要機密を探り、自国に送りつけようとしていたことはとっくに調べがついてるんだ!!」
 青年騎士「…………」
 人喰い「『沈黙』は"肯定"と受け取るぜぇ〜〜?」

 人喰い少年は、騎士団に追われている間、何もしていないわけではありませんでした。彼は在ろう事か、逃亡の際に青年騎士の秘密に気づき、それについての情報を収集していたのです。証拠が十分に揃った人喰い少年は、あえて騎士団に追い詰められたフリをして、青年騎士を逆に捕らえることが目的だったのです。

 人喰い「ネタは既にこちらの手に……。後は、ヒャハハ! テメーとこの情報を王様に献上して、国から褒美を貰うだけだ!! そして、俺はその名誉を得て、騎士団に入団するのさ!!」
 青年騎士「な、何故だ!? 俺を捕らえて褒美を貰うのはわかる! だが、何故騎士団に入団する必要があるんだ!?」
 人喰い「……金と名誉。そして、女だぁ!! 王国の騎士はモテるからなぁ〜! 騎士になって、俺好みの女の子を手に入れてやろうって算段さ!! ……ついでに、この俺に『人喰い少年』なんて不名誉な名前を付けた王女様に、1つ仕返しをしてやろうと思ってなぁ! ヒャハハハ、ヒャァァッハッハハハハ!!」

 青年騎士「…………悪魔め」

 青年騎士は歯噛みします。自分が敵国のスパイであることは違いありませんでした。しかし、このように悪しき存在を野放しにすることも出来なかったのです。

 青年騎士「貴様の心には邪悪しかない、人喰い少年よ。それ以上その闇が膨らむ前に、ここで命を絶つ!!」
 人喰い「馬鹿な野郎だ! テメー如きがこの俺様に、勝てるはずねえだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 人喰い少年が動きます。彼の手には銀色に輝く一振りの剣。

 青年騎士と人喰い少年。
 2人の『ワルモノ』同士の戦いが始まったのです。



 *****



 赤ずきん「それでそれで! その戦いの結末は、どうなったの!?」
 骸骨「……人喰い少年の力は本物じゃった。とても敵う相手ではなかったよ。……結局、儂は奴に捕らえられ、敵国スパイであることを国に知られ牢屋送り。人喰い少年は騎士になった。……全て、奴の思い通りのことが運んだのじゃ」
 白雪姫「そ、そんな……」
 骸骨「捕まったことは仕方がない。しかし、あの悪魔を世に放り出したままにしておくことが、どうしても出来なかった……。その無念が、今でも儂の魂の奥底に残っている。未だに、儂が成仏できていないのは、そういう訳じゃ……」
 ヘンゼル「何でこの森に、あんたの死体があるの?」
 骸骨「……牢屋に捕まってからというものの、儂は人喰い少年のことで頭がいっぱいじゃった。あの悪魔は、今頃何をしているのか……。気になった儂は、遂に脱獄を決行し、何とか牢屋を脱出することが出来た。……しかし、この森に逃げ込んだのが運の尽き。瞬く間に森の獣に包囲された儂は、蹂躙され、喰い殺された。ははっ、我ながら無様な最期じゃったなぁ……」

 骸骨は自虐的に、悲しそうな声色でそう呟きます。骸骨の面で表情は分からなくても、彼が沈痛な思いでいることは、誰の目にも明らかでした。
 骸骨は、沈んだ様子で語ります。

 骸骨「……あの男に会いたい! 今の儂では、奴をどうこうすることは出来ぬかもしれない。だが、20年間。ずっと奴のことを考えていた! せめて、成仏する前に、奴が今何をしているのか、それだけが知りたい!! ……それだけが、儂の心残りなんじゃ」
 赤ずきん「骸骨さん……」

 骸骨の心残り。
 どうにかしてあげたい。そう思う赤ずきんですが、具体的な手段を何も思いつきません。
 ただ、黙っているのも性に合わない。赤ずきんはそう決断し、骸骨に向けて話出そうとします。
 その時、


 狩人「ヒャッヒャー!! こんばんは赤ずきんちゃぁぁぁん!! 今夜も良い夜空だねぇ! 絶好の誘拐日和パーティーナイトってやつだぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 赤ずきん「ぬわっ! 狩人のおじさん!?」
 ヘンゼル「師匠!! こんな夜中に何やってるんですか!?」

 突然、絶叫を上げながら皆の前に現れたのは『狩人』でした。赤ずきんのストーカー。変質者、ロリコンで知られる狩人。今日も今日とて、赤ずきんを襲撃にやってきたようです。
 ついでに言うと彼は、ヘンゼルとグレーテルの『剣』と『狩り』の先生でもあります。

 狩人「それはこっちの台詞だ。暇だから森を散歩してたら、ふと赤ずきんちゃんの匂いをがしたので辿って来てみれば、こんな時間にサバトの儀式か?」
 オオカミ「いや、何でそう見えるのさ」
 狩人「だってそこ。白骨化した死体があるじゃねえか。何らかの儀式のために使うんだろう?」

 言われてみれば、このような森で円陣を組み、中心には骸骨がいるという現状は、そう見えなくもないかも知れませんでした。後、足りないのは『魔法陣』と『邪神に捧げる血肉』でしょうか?

 ヘンゼル「俺たちは邪神教団だった!?」
 赤ずきん「物語ラストで、主要キャラの意外な真実が明かされることは、よくある話よ」
 グレーテル「かぐや姫が宇宙人だったり、豚が地獄の番犬だったりか?」
 ヘンゼル「それは、なんか違う……。そもそも、教団に入った覚えはないけどな」
 赤ずきん「そうね。『スケルトン』の骸骨さんの方がよっぽど悪の教団向き…………あら? 骸骨さん、どうかしたの?」
 骸骨「あ、あ…………ああっ!!」

 皆が骸骨の方を向くと、彼は震えていました。
 骸骨は、現れたのは狩人の方を向いて硬直しています。

 狩人「お、何だ?」
 骸骨「そ、その腰の剣…………そしてその声っ!! 貴様、まさかあの時の…………"人喰い少年"なのかぁッ!!」
 みんな『!!!?!』
 赤ずきん「ナ、ナンダッテー」

 衝撃の事実を聞いた一同は、シュバババババ!! と2人の元へと集まります。

 狩人「あ? ……何でお前、俺の昔の忌み名を知ってるんだ?」
 ヘンゼル「忌み名って……」
 骸骨「おお……! 何という事じゃ……。まさか再び出会えることができるとは……! これは、神の奇跡か?」

 骸骨は、ヨロヨロとおぼつかない足取りで、狩人に近づきます。ずっと地中に埋まっていた骸骨は、久しぶりの歩行に苦労しながらも、一歩ずつ一歩ずつ進んで行きました。

 骸骨「久しぶりだなぁ……人喰い小僧。お前と会う日を夢見てきた……」
 狩人「??」

 訳がわからないと、狩人は惚けています。

 骸骨「……20年ぶりの再会だ。貴様との対話に、言葉はいらん。さあ! この儂と再び勝負せよ!」
 グレーテル「何だと!?」

 骸骨が言ったのは、狩人……もとい、人喰い少年への再戦の申し込みでした。彼は、死んでも忘れきれなかった無念をここで晴らそうとしているのです。
 骸骨はやる気です。しかし、剣も無い状態で狩人に挑むなど無謀もいいところ。勝ち目は限りなくゼロに近い。
 狩人は、そんな骸骨をまじまじと見つめて……。

 狩人「……よく分からんが、勝負だってんなら相手になるぞ。まあ、1秒で終わるだろうがな」

 狩人は、腰の鞘から愛剣を取り出します。その剣は、20年前に見たものと、同じ姿をしていました。眩しいくらいに光る銀色の刀身。それは間違いなく、人喰い少年が所持していた剣でした。
 骸骨は構えます。全身全霊をもって狩人に……、人喰い少年に挑むために!

 骸骨「いざっ! 尋常に勝b……」
 狩人「遅い」

 刹那、2人の間に突風が荒れます。
 それは、正しく閃光の如し。
 骸骨が次の行動に移る前に、狩人は既に間合いを詰めていました。鋭い刃が上段に振り上げられ、それを下ろすだけで骸骨は真っ二つ。狩人がその行動をするのに、1秒と時間は経たないでしょう。
 この間、瞬きほどの出来事。

 狩人「死ね」

 無慈悲な一言。
 狩人は、上段に構えた愛剣を振り下ろし、骸骨にトドメをさそうとします。

 赤ずきん「狩人のおじさん、ストップ!!」
 狩人「って、おっ!?」

 その瞬間、赤ずきんの急な制しが掛けられ、狩人は振り下ろす手を慌てて停止しました。
 しかし、狩人の攻撃による余波は止まりません。爆風が生まれ、周囲一帯に激しい衝撃が走ります。

 骸骨「ぶわぁぁ!!」
 赤ずきん「骸骨さんっ!」

 特に、一番狩人の近くにいた骸骨は、そのあまりの強風に吹き飛ばされてしまいまし。宙を舞い、後方に投げ出された骨の身体は、そのまま赤ずきんと白雪姫のいる所に落下しようとします。

 白雪姫「きゃあっ!」
 赤ずきん「退避退避っ!」

 危険を察知した赤ずきんは、隣にいた白雪姫を『お姫様抱っこ』すると、一目散にその場を離れます。
 骸骨は落ち、彼は2人の少女が座っていた切り株の角に頭をぶつけました。

 バキッ!!


 みんな『…………あ』


 ……骸骨の頭にヒビが入りました。
 ただでさえ風化し、限界を迎えていた骨の身体は、そのヒビに続くように軋みをあげていきます。
 ……ビシッ! ビシビシビシッ!!

 骸骨「おお……最早これまでか。……じゃが、最期に、貴様に出会えたこと、儂はあの世でも忘れんぞ」
 狩人「……何を言っているのかサッパリだが、それってスゲー気持ち悪いぞ」
 骸骨「ふっ……。我が人生に、一片の悔い無し……………………」

 そして、遂に限界を超えた骸骨は、バラバラとその身体を崩壊させていきました。そんな彼の表情は、……見てもよく分かりませんが、非常に満足していたように思えます。
 ……骸骨は朽ち果て、後に残ったのは骨の残骸のみ。その残骸も、風の音と共に空へ羽ばたき、後には何も残らなくなりました。
 骸骨は、……清々しく成仏して逝ったのです。



 *****



 ……骸骨のために小さなお墓を作った一同は、狩人に質問攻めを開始します。

 ヘンゼル「……なあ、師匠? 師匠があの、"人喰い少年"って本当なんすか?」
 狩人「なんだ、藪から棒に……。ああ、そうだよ。20年以上前、俺が騎士団に入る前に呼ばれていた忌み名だ。全くあの王女、ちょっと暴言吐いたくらいで犯罪者扱いしやがって。誰があんなババア襲うかっつーの! この自意識過剰女がぁっ!!」

 狩人は忌々しげに答えます。
 狩人はかつて、王国最強の騎士団に所属するエリートでしたが、『色々』あって除隊されてしまい、今ではしがない狩人をしているのです。

 赤ずきん「女の子の頭をバリバリ食べてたって本当?」
 狩人「食べないよ。いや、別の意味で食おうとしたけど、ぜーんぶ失敗に終わった。何で騎士団あいつらは、普段無能なくせにああいう時だけ活動するんだ? 鬱陶しい」
 白雪姫「……騎士団の皆様は、真面目に仕事に取り組んでいますよ」
 狩人「お、そうだな(聴いてない)」

 狩人「……俺の紳士的活動は、噂に尾ひれが付きまくってどんどんおかしな方向に膨らんでいった。挙げ句の果てには、国際指名手配にされる怪人になっちまったよ。なーんで幼女と遊ぼうとしただけで指名手配されるのか、理解に苦しむぜ。まあその他にも、俺を捕まえようとした奴らを返り討ちにしたり、王族にちょっかい出したり、国の要塞をいくつか破壊したりもしたけど」
 グレーテル「大悪党じゃねえか」
 狩人「とはいえ、それは昔の話。俺は汚名を返上するため勤勉な活動に取り組み、見事手柄を立て王国騎士団に入団したんだ。時が経ち、人喰い少年の伝説は、世間じゃただの噂として片付けられた」

 そこからは、骸骨から聞いた話の通りでした。素性を隠し、隠れ蓑を探していた狩人こと人喰い少年は、王国に取り入るために敵国スパイの青年騎士を捕まえました。幸い、マスクを被っていたので素顔はバレず、彼は威風堂々と、騎士団生活を謳歌したのです。

 赤ずきん「……これが、事件の真相か」
 狩人「ああ、言っとくけど。俺、人間の肉なんて食ったことないからな。妙な誤解をしないでくれよ、赤ずきんちゃん」
 赤ずきん「心配しなくても、狩人のおじさんの好感度は、私の中では最底辺だから」
 狩人「つまり、赤ずきんちゃんのグループに俺も含まれているわけだ!」
 赤ずきん「そうだけど。……貴方も地中に20年間埋まっていればいいのに」

 ヘンゼル「あの赤ずきんに、あそこまで言わせる師匠って、逆にすごいよな」
 グレーテル「確かに」

 双子は、妙な部分で自分たちの師匠を評価していました。

 赤ずきん「……さぁて、唐突なハプニングもありましたが、無事に怪談は終了しました。今日の集会がここまでっ!」
 ヘンゼル「あー、やっと終わったぜ」
 グレーテル「早く帰って寝たい……」
 赤ずきん「明日もあそぼー!」
 ヘンゼル・グレーテル『嫌だよ!!』
 オオカミ「まあまあ、2人とも落ち着いて……」
 赤ずきん「明日は雪合戦をするわー! チーム戦やりましょう、チーム戦!」
 グレーテル「だから、今は『いつ』なんだって話だよっ!」
 ヘンゼル「あ、雪合戦なら俺もする」
 グレーテル「ヘンゼル!?」
 白雪姫「あ、あはははは……」

 子供たちはいつも元気です。昼も夜も関係なく、彼ら彼女らのハツラツとした様子を、オオカミは子を見守る親のような様子で眺めていました。

 狩人「いやー、やっぱり子供っていうのは最高だなぁ!」
 オオカミ「うん、君はもう少し自重して欲しいんだ。さぁさ、みんな! 夜も遅いし、今日はもう家に帰りなさい」
 子供達『はーい』

 オオカミの言われるままに、子供達はそれぞれの家に帰ります。双子とオオカミ、そして狩人とはこの場で別れて、赤ずきんと白雪姫は帰り道を歩きます。

 赤ずきん「あー楽しかった♪ またみんなで一緒にやりたいわね、怪談話!」
 白雪姫「そうですね。……色々と驚きの真実が明らかになりましたが、まあいつも通りですね」
 赤ずきん「そうそうっ! よく知ってる人たちがもっとよく知ってる人たちになって、何だか楽しかったしね!!」
 白雪姫(ポジティブだなー。……でも、笑っている赤ずきんさんって、何度見ても可愛いなー)

 ……おとぎの森の住民達。ちょっと不思議な人たちの生活は、いつまでも続いていくでしょう。
 時に笑い、時に驚き、時々悲しくて最後に笑う。
 彼ら彼女らの暮らしは、そんな喜怒哀楽の世界で出来ているのです。
 満天の星空が、森の生き物に光を与えます。
 赤ずきんは、そんな煌びやかな光に包まれながら、今日という日を幸せに感じて、お家に帰って行きましたとさ。



 *****



 赤ずきん「…………ところで、私。いつまで白雪姫を抱っこしていればいいのかな?」
 白雪姫「も、もう少しだけ! もう少しだけお願いします。……赤ずきんさん♪」

 そして、白雪姫も。暖かで柔らかな身体に包まれながら、幸せにお家に帰りましたとさ。


 めでたしめでたし

コメント

  • ノベルバユーザー602658

    話の内容が多くて読みごたえがありました。

    0
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