銃剣使いとアストラガルス ~女の子たちに囲まれる、最強と呼ばれた冒険者の物語~

夕月かなで

第18話 初めての討伐

 姫さんとミルねぇに対する簡単な訓練は終わり、街の外へと向けて俺達は歩き出す。折角装備も買ってやった訳だし、一人でも身を守れるように護衛の間は特訓を続けようかね。爺さんに言われていた、ミルねぇに対する過保護さを治す為にもなるかもしれないし、姫さんも騎士や使用人に守られるだけでは何かと不都合が起きるだろうからな。目指せ、一人でできる王女様ってことで。そうして俺達は街の外へと通ずる大きな門を抜け、街に近い位置にある平原へと辿り着いた。

「ここなら視界も良いし、奇襲はされにくいだろう。丁度他の冒険者もいないしな。さて準備はいいか?」
「ええ! まるで物語の主人公になった気分だわ!」
「決められた物語じゃねえからな、台本はねぇぞ。何が起こるかは分からない、それだけは留意しとけ」
「勿論!」

 気合充分の姫さんを連れ、平原を歩いて討伐目標であるトルターを探す。左にアリル、右にリィナ、真ん中に姫さんとミルねぇを配置して、俺は背後を警戒しつつ進んでいく。高い草がある場所は危険なので近寄らず、一度高めの丘に上がって姫さんに探させることにした。

「うーん、あれは?」
「あれは野生のショントだな、毛とかは糸になって、職人によって布へと変わる」
「あ、あれかしら?」
「あれは野生のギューニだ。今日のお昼にも食べたな」
「ど、どれがトルターなの? 私は見たことがないから難しいわ」
「あれだよ、丁度一匹で動いてる。サイズも小さめだし、狩りやすいんじゃないか?」

 俺が姫さんの隣りで指をさす方向には、一匹で平原をのんびりと歩くトルターの姿。のんびりと言っても、人間感覚での話だが。トルターにとってはあれでも全速力といった所だろうか。

「なるほど、あれがトルターなのね。依頼は全部で三匹?」
「ああ。とりあえずあいつを狩ってみよう。残りはそれから見つけるぞ」
「分かったわ!」

 もう一度隊列を組み直してからトルターの元へ歩き出す。この辺のモンスターはこれまでも冒険者に狩られてきた為、人間を見ると逃げるモンスターばかりだ。なので下手にモンスターが近寄ってくることがなく、討伐はおろか初めての街の外である姫さんには絶好のスポットだろう。

「よし、トルターはもう目と鼻の先ね!」
「じゃあ訓練で教えたことをやってみろ。いつも考えておくことは?」
「周囲警戒を怠らないこと! 任せなさい!」

 すると姫さんは短長剣ウィレルを抜いて、先程教えた基本的な構えを取る。

 構えを取ることは、次の動きへの布石になる。今回俺が教えた構えはたった一つ。前後左右への動き易さ、突然の出来事への対処のし易さ、そして振り下ろし、振り上げ、薙ぎ払い、突きなど、どの攻撃へも移り易いという父から伝授された構えだ。本来は構えへ身体に染み込ませ、そこからの動きを型として身体に覚えさせるのだが、今回は時間が無かった。少なくとも型を馴染ませるのにニ、三年は掛かるはずなので、基本の構えと振り下ろしと突きのニパターンの攻撃方法だけ軽く教えておいた。

「い、行くわ!」
「何かあれば補助はしてやる。まず必要なのは一発目を相手に食らわせる、一歩を踏み出す勇気だ」
「はぁー! やぁッ!!」

 トルターの斜め右後ろから、気合の入った声を上げながら走り近付いた姫さんは、俺に教えられた通りの動きで右後ろ足へと接近して剣を振り下ろす。トルターは動きが鈍いとは言っても、攻撃をしてこない訳ではないからな。対モンスターのセオリーとして、相手の死角から攻撃することは姫さんに教えておいた。確りと教えを体現できているようだ。

 姫さんが振り下ろした剣撃は、見事にトルターの右後ろ足の皮膚を切り裂き、肉を両断していく。だが力が足りなかった為、骨にぶつかり途中で剣が止まってしまった。アストの剣であれば、骨を両断することだって可能だろうが、流石に付け焼き刃の剣術じゃ無理だったか。そしてその事に思考が止まってしまったのか、姫さんの動きが止まった。

「フィー! 早く抜け!」

 俺の声に反射するように姫さんは剣を引き抜き、その勢いのままステップで後退する。トルターが痛みに暴れる前に距離を離すことができたが、切り裂いた時に飛び散ったトルターの血が姫さんの顔と装備を濡らしていた。咄嗟の回避行動はできた姫さんだが、トルターの悲鳴、溢れる血、そして自らの手に染み着くように広がる肉を切り裂くあの感覚が姫さんの動きを止めた。

「ち、血が」

 俺達冒険者にとっては見慣れる血だが、やはりここは王族の王女様。顔に掛かった血を反射的、生理的に拭って、手の平に付着した血に動揺を見せた。

 ここでようやっと、姫さんは知ったのだ。自分が生きているものを殺そうとしていることに。物語の中で美しく描かれていたであろう討伐という名の殺しの正当化が、彼女をどうしようもない現実へと引き摺り込んでいく。そしてその硬直は、この街の外という戦場では命取りに成りかねない行為だ。

「落ち着けフィー。モンスターの血だ、お前の血じゃない」

 俺は姫さんの肩を掴んで、目を覗く。焦ったり、思考を止めたりするのはここでは一番の危険行為。だが幸いにもこの付近には他のモンスターはいない。だからこそ俺は落ち着いて、姫さんの目が俺を見るまで待った。

「わた、わたくし、ち、血なんてみた、見たことなくて。ゆ、ユード、わ、わた」
「いいから落ち着け。駄目だと思ったら、もう討伐は諦めて帰ってもいい」

 お前がそうしたいと言うならば、護衛の俺が逆らう道理はない。

「それ、は、でも」
「だがここで戻れば、お前はもうここへは戻れない。さぁどうする?」

 唯、俺はこの王国の民として。そしてこのフリーダという王女の友人として。

「……でもぉ」
「俺はお前の選択を否定しない。お前がやりたいと思うようにやるんだ」

 この現実に打ち勝って欲しいと、願うくらいは許して欲しい。

「……すぅ、はぁ、すぅ、はぁ」

 俺の言葉に、姫さんは瞳を閉じて深く呼吸を整える。俺は前向きで、優しくて、そして諦めないという姫さんを知っている。きっと姫さんなら、冒険者がまず躓く生と死へ向き合うという行為を、乗り越えられると。そして姫さんは俺の信頼を、願いを裏切らなかった。

「大丈夫、やれるわ」

 姫さんは深呼吸をした後、俺へと血塗れたままの顔を向けて決意を込めた瞳でそう言った。俺の言葉によってかは知らないが、先程までの動揺は見る影もない。ははっ。箱入り娘のくせに、意外と根性があるじゃないか。俺は姫さんの言葉に、自分でも知らない内に笑っていた。

「おし、よく言った。相手は足を斬られた痛みで暴れてはいるが、移動手段の脚一つを封じられたことで動きを止めている。だが向こうにとっても命の危機だ。自分を殺そうとする奴が近付けば、痛みを忘れてさえも攻撃してこようとする」
「確かに。じゃあ、どうすればいいの?」
「なぁに、さっきと何も変わらん。初撃は右後ろ足を封じた。残酷かもしれんが、まずは暴れられないように動きを完全に封じよう。左後ろ足、右前足、左前足と順に斬るんだ」
「うん。分かったわ!」
「よし、トルターの注意はリィナが引いてくれ! アリルは引き続き警戒、ミルねぇは大丈夫か?」

 トルターから距離を離しているアリルの近くで、姫さんの戦いを見ていたミルねぇ。ミルねぇも討伐は初めてだから、自分の手を汚している訳ではなくとも動揺しているかもしれない。だが俺の予想を裏切って、ミルねぇは真剣にトルターを見ていた。そして俺の言葉で、俺を安心させるように笑顔を向けてくれた。

「大丈夫だよ! 私だって医院でお母さんの手伝いしてたんだもん! これくらい大丈夫!」
「そうか。気分が悪くなったり、何かあったら直ぐに言ってくれ」
「うん!」

 そして俺は姫さんへと向き直り、俺の視線を受けた姫さんは頷く。

「よし、再開だ。もう止まるなよ?」
「ええ、わたくしに任せなさい!」

 さっきまで動揺してたくせに、随分とやる気に満ちているじゃないか。だがとりあえず、もう姫さんは大丈夫だ。登るべき壁はもう、登り切った。

「悪いわね! 街の皆を守る為に、倒させてもらうわ! はぁッ!!」

 再び剣を構え、弧を描くように姫さんは走り出す。前方に立ったリィナに気を取られているトルターは、姫さんの接近に気付く気配はない。そして土を跳ね上げながら左後ろ足へと接近し、大きく足を踏み込む。構えの状態から剣を一度引いて、出来る限りの大きく弧を描く動きで、剣の重みそのものを増幅させた一撃を放り込む。剣筋はヨレヨレで、足腰も弱く踏み込みが足りない。だが、姫さんが歯を食いしばって打ち込んだその一撃は、もう迷いの無くなったその剣は、確かにトルターの後ろ左足を切り裂き抜いた。初撃よりは浅いが、その分骨に当たって止まることなく振り抜くことができたようだ。

「はッ!」
「いいぞ! 次は相手の後ろを通って前右足、相手の視界に入るなよ!」

 俺の指令に従って、姫さんは右前足と左前足を斬った。トルターの意識下に入らない、危険の少ない戦闘方法を取った訳だが、その分移動距離は増加している。既に体力が切れ掛かっていて、息も切れている姫さんだが、それはトルターとて同じだ。全ての足に傷を負ったトルターは既に暴れることすらできなかった。きっと、もう抗うということすらも諦めたのだろう。とは言え、これしきで気を抜いてはいけない。

「フィー、こいつの頭蓋骨は柔らかい。お前の剣でも充分に突き刺せる。さっさとこいつを痛みから救ってやれ」
「分かったわ。……ごめんね」

 殺しているのに救うとは、なんとも妙な言葉だと思う。死の先に救いがあるかなんてことは俺にはてんで分からないが、少なくとも痛みに耐えるという事からは救えるのだろうか。殺しと救いが紙一重なんて、皮肉なもんだと思う。

 そうして姫さんは、トルターの頭へと剣を突き刺した。突き刺しながら涙を流す姫さんの姿を、俺は忘れないだろう。それは本当に美しくて、とても残酷だった。

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