銃剣使いとアストラガルス ~女の子たちに囲まれる、最強と呼ばれた冒険者の物語~

夕月かなで

第16話 討伐任務とアストルテ

「――ねぇアリル。これは?」
「……ウルの討伐。ウルっていうのは、四足歩行の獣型モンスター。ウルのボス的存在がいて、ウルフェンって言う。動きが素早いから、初心者には向かない」
「じゃあ駄目ね。うーん、わたくしでもできるような依頼はあるかしら?」

 俺がギルドの依頼掲示板へと辿り着くと、姫さんとアリルが依頼を物色している最中だった。先に着いていたミルねぇは、部屋の隅っこの方で胸を押さえて深呼吸をしている。そこまで弟にあやされたのが恥ずかしかったかね。

「よう、いい依頼は見つけたか?」
「遅かったわね、ユード。わたくしができる範囲を探したいのだけど、生憎モンスターの知識が無いから」
「そうだろうな、フィーは仕方がない。んで、アリル。あったか?」
「……これなら場所も近いし、動きが遅くて戦い易いと思う」
「トルターか。説明するぞ、フィー。こいつは四足歩行で背が低く幅が広い、大きな甲羅と呼ばれる殻を持ってるモンスターだ。横幅が大体一メートルということもあって動きは遅いが、甲羅はちょっとやそっとでは壊れない程の耐久度を持つ」
「それじゃあ、わたくしには無理じゃない? 自慢じゃないけど、力なんてないわよ?」

 そりゃ流石に箱入り娘な姫さんには求めてねぇよ。だがこのモンスターなら姫さんでも倒せるだろう。

「大丈夫だ。こいつの弱点は甲羅から出ている四つの足と頭。その部分については簡単に刃が通るから、初心者向けのモンスターとして知られてるんだ」
「へぇ、それならわたくしでも?」
「ああ。大丈夫だと思うぞ」
「分かったわ! これにしましょう!」

 即決だな、多分早く装備を見たいんだろう。目先のものへの集中力がないのはいただけないな。

 そうして今日も姫さんに依頼の手続きをしてもらう。昨日と同じ、ラジクが担当している受付へと進む姫さんは、後ろから見ていても楽しい嬉しいのだと分かる、体が浮くような歩き方だった。依頼の受付を完了して姫さんが出口へと向かおうとした時、ラジクは俺を手招きしてきた。何か情報があるのかと思い近付いた俺へと、ラジクは耳打ちした。

「最近、問題を起こす冒険者が増えています。充分にご注意を」
「問題? また新参者か?」
「はい。新しくこの街へやってきて、横柄な態度で他の冒険者を困らせている、果てには怪我をさせている人が増えています」
「そいつは……。ギルドも動いているんだろ?」
「勿論動いていますが、管理する側はどうしても後手に回ってしまいますので。不穏な動きをする奴を見つけた場合は、近付かないようにしてください。姫様もいますからね」
「分かった。……ったく、面倒なこって」
「そうですね。本当に」

 とりあえず気にかけておかないとな。アリルと、後で合流するリィナにも伝えておかないと。俺が討伐依頼を受けていた頃からいる冒険者達は大丈夫だろうが、それ以外は要注意だ。最近の新参者は礼儀がなってないのかね、全く。爺さんはこんな状況と分かっていても姫さんに討伐依頼をさせるのか。……いや、あの爺さんのことだ。何か考えがあるというのだろうか。

「何してるのユード! 早く行くわよ!」
「はいはい、直ぐ行くよ」

 早く早くと急かす姫さんの声に応えながら、ギルドの入口で待つ三人の元へと俺は歩いて行く。とりあえずこいつらを守れるように動かなければ。特にミルねぇと姫さんは戦闘経験が無いに等しいだろうから、警戒しとかないとな。



 まだリィナに合流するまで時間がある。そこで先に、姫さんお待ちかねの工房へと向かうことにした。行き先は俺とアリルが装備の購入、そして整備をしてもらっている行きつけの工房だ。五年前、俺が武器を探しているときに見つけた工房で、癖の強い職人と腰の低い弟子の二人で経営している。心の篭った良い物を作る工房だ。

「ほれ、あそこが工房街だ」
「おー! 凄いわね、工房って感じの建物が一杯あるわ!」
「工房だからな」

 商業区の大通りから一本、路地に入ると見つかる石造りの建物達。その路地に広がっている沢山の工房全てが作業場は外に設けている為、建物の間から金属を叩く音や、薪が燃えていく音が大きく反響してくる。そして炉を使って金属を打ち鳴らす為、密集した路地にも凄まじい熱気が伝ってくる。こういった音と温度という面で商人達の店の近くに配置する訳にはいかないと、国が工房を纏めた地域を作ることを制定した。その場所を、工房街と呼ぶ。

「あ、暑いわね」
「工房だからな」

 俺としてもあまりここには居たくない。居るだけで汗が出る。こういった暑さの理由もあり、工房で働いてる奴は殆どが男だから、その部分でも暑苦しさがある。まぁ、今から行く所は女性がやっている所なんだが。そうこうしている内に、目的地へと辿り着いた。

「さて、着いたぞ。中は冷房を効かしてるはずだから、さっさと入っちまおう」
「そうね、入りましょ!」

 暑さに少しダレていた姫さんだったが、到着としたとあってはテンションが戻らざるを得ないみたいだ。それとも冷房という言葉に反応したのか。ともあれ姫さんを先頭に、俺達は工房『紅のアストルテ』に入っていった。

「いらっしゃいませです。紅のアストルテへようこそですって、ユードさん!? お久しぶりです。」
「おう、ルーテ。邪魔するぞ」

 工房の表にある扉を入ると、魔法道具で送り出される冷ややかな風が俺達を包み込む。そして多種多様な武器や防具が立ち並ぶ中、カウンターにうつ伏せでだらけていてた女の子、ルーテが起き上がって声を掛けてきた。

 オレージという甘い果実をイメージした橙色の半袖に、昨日食べたギューニという動物の革を使って作られた茶色のオーバーオールを着ている少女。真っ赤な髪の毛の中に埋もれるように垂れた耳と、お尻に空けた穴から出ているフカフカそうな尻尾が彼女が人間ではなく、獣人と呼ばれる存在であることを示している。獣人には多くの種族があるらしく、彼女は犬獣人と呼ぶ一族らしい。獣人は総じて人間より小さく、彼女も百二十センチというとても小柄で慎ましい体形をしていて、まるで子供のようだがその実、二十ニ歳という歳上のお姉さんだ。そんな彼女は取ってつけたような敬語で、嬉しそうに尻尾を振り耳をヒクヒクと動かしながら、カウンターから出てきた。

「ユードさんならいつでも歓迎です。アリルさんは十日振りくらいです?」
「……うん。こんにちは」
「こんにちはです! 後の御二方は……。まさかご新規さんです!?」
「いやまぁ、ご新規っちゃあご新規かな。一回きりだと思うが」
「それでも嬉しいです! あ、そうです。ししょーも呼んで来るです。ルーテはここで店番でしたが、ししょーは今外で装備を打ってるのです」
「邪魔にならないなら、頼むわ」
「お任せくださいです!」

 ししょーししょー、と言いながらカウンターの中にある扉の向こうへと消えたルーテ。姫さんとミルねぇは初めて会うだろうが、ルーテの師匠兼この工房の長もどうやらご在宅なようだから、そちらも合わせて自己紹介した方がいいだろう。この店は周りの工房や外にある作業場から音が聞こえないように作られているので、ルーテが消えた途端シーンとした空間に包まれる。と言ってもジッと待っているのも何なので、皆で商品を見ていくことに。姫さんは興味深そうに鎧を眺めては顎に手を当てて何かを考え、アリルも壁に掛けられてある銃剣を見つめて、ミルねぇはそんなアリルを嬉しそうに観察している。姫さんが装備を見ながら質問してくるのを答えていると、ルーテが消えた扉からこれまた真っ赤な髪をポニーテールした女の子が入ってきた。

「やーやー、ユーしゃんにアーしゃん、それに新規さんまでこんちわー」
「おう、アスト」
「……こんにちは」
「ししょー、初対面の人もいるんですからもっと礼儀を持つです!」
「ええやんええやん、わっちの癖やからしゃあないわ」

 このフレンドリー且つ、種属独特の訛りを持つ少女はアスト。この工房の長で、俺の装備を専属で見てくれている人だ。身長百五センチという超小柄な癖にアリルより大きな胸が、ルーテと色違いの紫の半袖と、その上の茶色のオーバーオールを圧迫している。ルーテと同じ真っ赤な髪は作業に邪魔だからとポニーテールに纏めており、髪からはルーテより尖り気味な耳、お尻からは細長い尻尾が出ている。猫獣人、という種族らしい。因みに歳は二十七歳。更に因みにルーテはビーで、アストはジー。何が、とは言わないが。

 そんなアストは先程まで作業をしていたからか髪も肌も服も汗でビッショリで、ルーテから手渡された布で顔の汗を拭っている。まだオーバーオールを着ていて良かった。これが薄着だったら、肌に張り付いたお胸様が大変なことになっていただろうからな。なんたって、中には何も着けないと言い張っているし。それでも綺麗な形を保っている事から、その部分だけアリルが敵視しているらしい。そうしてアリルがアストの胸を睨む中、姫さんとミルねぇの自己紹介を済ませた。

「なるほど、そっちユーしゃんとアーしゃんのお姉さんでミーしゃん。あんたがユーしゃん達の護衛対象であるフィーしゃんやな」
「み、ミーしゃん?」
「ふぃ、フィーしゃん?」
「諦めろ。こいつがつけたニックネームは二度と変わらん」
「全くししょーは、です! 毎回頭を抱えるこちらの身にもなってくださいです!」

 ぷんぷんです! と声に出して起こるルーテと笑うアストだったが、俺が本題に入ろうとするとルーテがアストの頭を叩いて黙らせた。おい、ししょーをそんな扱いでいいのか。そうしてルーテの提案で、店内に設けられている椅子に座って、ルーテが出してくれた冷たいお茶を一啜りしてから話し出す。というかアストも手伝えよ。

「とりあえず、ミルねぇとフィーに身軽で防御範囲が広い装備を買いたい。今日の昼には討伐に出るから、既存品でいいぞ」
「えー。二人共素材がええし、プリチーな装備をオーダーメイドちゃうんか?」
「時間がねぇよ。で、どうだ?」
「まぁ、大丈夫や。ユーしゃんと同じタイプの装備で、軽め且つ防御範囲の広い奴があったはずや。ルーテ、ちょっと持ってきて」
「分かりましたです」

 ルーテは意気揚々と立ち上がって、扉の向こうへと再び消えていった。アストはその間にもう一口お茶を飲む。ここまで弟子を扱き使うのは、師匠の特権というものだろうか。

「それにしても、ユーしゃんは随分と久しぶりちゃうか? 心配しとったんやで?」
「悪いな。でもなんでも屋の話は聞いてるんだろ?」
「それはもうよー聞くけどなぁ。装備の手入れはちゃんとやっとるか? 刃毀れとか起こしてへんか?」

 その様子はまるで子を心配する母である。自らが造り出した装備なのだし、強ち間違ってはいないのかもしれない。

「大丈夫だ。そんなに心配しなくても、自分の手ではどうにもならない場合は持っていくさ」
「ほんまかー? ま、ユーしゃんとアーしゃんはわっちの店以外は行かんって信じてるからな」
「まぁ今の所はここ以外行くつもりはないぞ」
「ありがたいわー。ユーしゃんにもアーしゃんにも愛想尽かされてへんように精進するわ」

 そんな他愛もない現状報告と、信頼を確かめていると、ルーテが蹌踉めきながら装備を抱えて戻ってきた。装備自体が大きい為蹌踉めいているが、獣人は力持ちなので俺が手伝う必要はない。ただ、見た目は子供だから思わず腰を上げそうになる。

「これです! 目算ではありますが合うサイズを選びましたです。それと動きやすい服も用意しましたです」
「流石ルーテや。ほんじゃあ服装も着替えてから着付けてみよかー。ささ、皆さん奥の部屋へどうぞ。あ、ユーしゃんはあかんで? 女の子の裸見たいって言うんやったら、わっちがいつでも見せたるから!」
「わ、私だって見せてもいいよ! ユーくんになら!」
「……わたしは、いつも手伝ってもらってるし」
「ゆ、ユード。貴方そんなことを」
「おい待て。俺を犯罪者に仕立て上げるな。アリルのそれは装備を着せるのを、だぞ。服の上からだからな!」
「わ、わたくしの着替えを覗いたら死刑ですから!」
「覗かねえよ!」

 そうして俺以外が店の奥へと消えて、なんとなく寂しい雰囲気になった俺は、お茶を飲み干してから腰に下げてある武器を抜いた。この銃剣を久々に使う時が来たんだ、しっかり確認しておかないとな。

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