銃剣使いとアストラガルス ~女の子たちに囲まれる、最強と呼ばれた冒険者の物語~
第03話 三兄妹の日常的光景
――思い出すのは、あの日の感覚。
――首が締まったような、呼吸ができなくなった私に。
――振り下ろされる鈍色の塊と、胸から突き出た綺麗な紅い刃。
――私はその日から。
――貴方の枷になってしまった。
「おし出来たぞ。アリル、運んでくれ」
「……分かった」
「お姉ちゃんも運ぶ!」
「駄目だ。またドジで皿を割るだろ? 待っとけ」
「あんっ、ユーくんが冷たい!」
「……当然の報い」
「アーちゃんも冷たい!?」
そうして大半の家事を担っている、俺が作った野菜と肉の炒め物と買ってきたパンをテーブルに並べる。
野菜は朝の市場で買ったピマーという緑色の苦めなものと、キャーベという黄緑でシャキシャキとした食感が美味しいものを、肉にはアリルが討伐の際に持って帰ってきたウルフォンという獣型モンスターの肉を使っている。
ウルフォンの肉は特定の部位になると、貴族たちが挙って競り落とそうとするような高級食材で、それ以外の部分もとても美味しい。
そこに道具屋さんで売っているヤクニキというタレを掛けて焼いただけのものだが、非常に調理が簡単で美味しい料理だ。
テーブルに並んだ料理を前に、三人で食前のお祈りをする。
これは国教が定めた礼儀の一つであり、別に必ずしなければいけないという訳ではないのだが、両親が律儀に守っていた事もあって今も習慣となっている。
まぁ、お祈りと言っても胸に片手を当てて、たった三文節の言葉を呟くだけなのだが。
「聖なる、命を、頂戴します」
目を閉じてゆっくりと呟いているミルねぇを置いて、さっさと祈りを済ませた俺とアリルは食事へと移る。どうでもいいけど、いや本当にどうでもいいんだけど、ミルねぇが胸に片手を置いているのがその柔らかさを強調していて眼福過ぎる。
あれは手を置いているんじゃない、手が埋まっているのだ。
「……ユー?」
「どうしたアリル。俺は何も考えてないぞ。ほら、食べよう」
「……ユー」
「あーうん、今日も美味しくできてるな。美味い美味い」
俺は視線を外して料理を食べる。
うむ、ウルフォンのお肉と濃厚なタレが絶妙にマッチしている。
そしてピマーの苦味とキャーベの食感がアクセントになって、どんどん食が進む。
だが、正面に座っているアリルは料理を食べながら、俺をジトーっと見続けている。
あまりに見続けるものだから、俺は手を止めた。
「なんだ?」
「……食べさせて」
「いや、さっきまで普通に食べてただろ? 子供じゃないんだから」
「……今食べられなくなった」
食事を止めたアリルはフォーという食べ物を突き刺して口に運ぶ食器をテーブルに置いて、俺をジッと見つめる。
アリルの口端にタレが付いているのが見えるが、突っ込んだら負けなのだろうか。
「いやさっきまで」
「……なったから」
「わ、分かったから。そんな目で見るな」
「……勝った」
あれは獲物を狩る目だ。
きっとモンスターと相対するときのアリルって、こんな目をしてるんだろうな。
でも、なんで兄にそんな目を向けれるんだろうな。
兄として心配だよ。
俺の身も心配だけど。
「ほらよ、口開けて」
「……あーん」
目を瞑って口を開いた姿は、まるで親鳥の餌を待つ雛鳥のよう。
改めてよく見ると、アリルは綺麗な顔をしている。
高い鼻に切れ長の目、そして口は小さくて可愛らしい。唇がプクッと膨らんでいて、艶があって……っと何だかまた吸い込まれそうになっていた、危ない危ない。
俺は自分のフォーを使って、アリルの皿から肉を取ってアリルの口へと運んだ。
「ほい」
「……はむ」
フォーに刺さっている肉だけを食べればいいのに、何故アリルはフォーの先も一緒に口に含むのだろうか。
分からない、いや分かりたくない。
そうしてアリルはペチャペチャと音を立てながら肉を頬張り、やがてフォーから口を離した。
アリル、行儀が悪いぞ。
「……美味」
「さいですか」
少し頬を染めたアリルは美味しそうに頬を弛ませながら咀嚼する。
おい、アリル。
俺の使っていたフォー、滅茶苦茶舐め取ったよな?
フォーから唾液が滴ってるんだが、俺はこれを使わないといけないのか?
「あー! アーちゃんずるい! ねぇユーくん、私もあーんして!」
「えー」
「むむ! アーちゃんにはやったのに私にはできないの? お姉ちゃん泣いちゃうよ!」
「分かった、分かったから。マジで泣くなよ」
俺が少し渋っただけで泣き始めたミルねぇ。
正直面倒臭いので、さっさとミルねぇの皿から肉を取って、口へと運んでやる。
現在正面に座っているアリルの隣りに、ミルねぇは座っていてアリルより距離がある。
その斜めの距離を相殺するが如く、ミルねぇがこちらへ身を乗り出した。
そのせいで、深淵のような谷間に俺の視線が釘付けになる。
「はむっ!」
悪魔の囁きのような煩悩によって、ミルねぇに向けてフォーを差し向けたまま身動きを止めていた俺を不思議そうに見ていたミルねぇだったが、我慢成らず俺のフォーへと食いついた。
そしてアリルと同じように、フォーをその妖艶な舌で舐め取る。
そしてフォーと口の間、涎が架け橋のようになり、やがて切れてしまう。
その光景はなんとも艶かしい、扇情的なものだ。
「うふふ、おいしい! こ、これで、間接キスだね!」
いや、さっきまでの取り消し。
自らやったことなのに頬を紅く染めるミルねぇは、どちらかと言うと馬鹿っぽい。
それにミルねぇの前にこのフォーを使ったのは。
「……わたしと、だけど」
「そ、そういえばそうだったー!?」
両手で頭を抱えて、如何にもショックを受けてますといったポーズだ。
涙目でこっちを見てくるが。
「もうやらないからな?」
「えー!?」
騒がしい姉と、静かだけど自分の意見をしっかり通してくる妹。
そんな二人に囲まれた晩餐は、俺の一番の楽しみだ。
皆で笑って、皆で騒いで。
こんな毎日があるからこそ、俺は毎日を頑張れる気がする。
「でもでも、ユーくんがそのフォーで食べたら関節キスだもんね!」
「ちょっと洗ってくるな」
そう言って俺はキッチンへ向かう為に立ち上がる。
流石に姉弟とは言え、ここまで舐められたフォーを使う訳にはいかないだろう。
「なんで洗うのー!? って、アーちゃんにお肉取られたー!?」
「……美味」
全く騒がしい家族だこと。
でもまぁ、飽きないもんだな。
「――それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、ユーくん。帰りは一緒に帰ってくるかな?」
「多分な。二人はお風呂に入っといてくれ。鍵は持ってるから、先に寝てていいぞ」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ! じゃあ、よろしくね」
「ああ」
晩餐の後、俺は夕食を片手で持てる大きさの箱に入れて家を出る。
持ち手も付けているので、持ち運びは快適だ。
それに料理が冷めないようにする為の蓋も付けている。
家からは少し距離があるからな。
「ふぅ、寒いな」
この国では季節というものが存在しない。
遠く離れた他の国には一年の中で様々な気候に変化する場所があると聞くが、ここでは空気が乾いていて、昼間は暖かく夜は肌寒いという状態が年中変わらず続く。
例外は雨が降ったときくらいだろう。
俺は風邪を引かないようコートを羽織って、すっかり日が落ちて暗くなった街を見渡した。
大通りに行けば街灯があって見渡し易いが、家の前にはそういった物がないので、月明かりの下で動くか若しくは周りを照らす事のできる魔法か道具を使うしかない。
例えば、こういったように。
「火が光となり、闇を照らし、行く道を見せよ、朱灯」
手馴れた赤魔法を行使し、火の玉を浮かばせ周りを照らす。
この魔法は魔力がある限り存在する。
継続して魔力が消費されるが、大した量では無いからこれくらいなら楽勝だ。
そうして周りを照らした俺が目指すのは、もう一人の家族が待つ場所。
この住宅街の外れにある自然公園の中、少し古びた教会だった。
――首が締まったような、呼吸ができなくなった私に。
――振り下ろされる鈍色の塊と、胸から突き出た綺麗な紅い刃。
――私はその日から。
――貴方の枷になってしまった。
「おし出来たぞ。アリル、運んでくれ」
「……分かった」
「お姉ちゃんも運ぶ!」
「駄目だ。またドジで皿を割るだろ? 待っとけ」
「あんっ、ユーくんが冷たい!」
「……当然の報い」
「アーちゃんも冷たい!?」
そうして大半の家事を担っている、俺が作った野菜と肉の炒め物と買ってきたパンをテーブルに並べる。
野菜は朝の市場で買ったピマーという緑色の苦めなものと、キャーベという黄緑でシャキシャキとした食感が美味しいものを、肉にはアリルが討伐の際に持って帰ってきたウルフォンという獣型モンスターの肉を使っている。
ウルフォンの肉は特定の部位になると、貴族たちが挙って競り落とそうとするような高級食材で、それ以外の部分もとても美味しい。
そこに道具屋さんで売っているヤクニキというタレを掛けて焼いただけのものだが、非常に調理が簡単で美味しい料理だ。
テーブルに並んだ料理を前に、三人で食前のお祈りをする。
これは国教が定めた礼儀の一つであり、別に必ずしなければいけないという訳ではないのだが、両親が律儀に守っていた事もあって今も習慣となっている。
まぁ、お祈りと言っても胸に片手を当てて、たった三文節の言葉を呟くだけなのだが。
「聖なる、命を、頂戴します」
目を閉じてゆっくりと呟いているミルねぇを置いて、さっさと祈りを済ませた俺とアリルは食事へと移る。どうでもいいけど、いや本当にどうでもいいんだけど、ミルねぇが胸に片手を置いているのがその柔らかさを強調していて眼福過ぎる。
あれは手を置いているんじゃない、手が埋まっているのだ。
「……ユー?」
「どうしたアリル。俺は何も考えてないぞ。ほら、食べよう」
「……ユー」
「あーうん、今日も美味しくできてるな。美味い美味い」
俺は視線を外して料理を食べる。
うむ、ウルフォンのお肉と濃厚なタレが絶妙にマッチしている。
そしてピマーの苦味とキャーベの食感がアクセントになって、どんどん食が進む。
だが、正面に座っているアリルは料理を食べながら、俺をジトーっと見続けている。
あまりに見続けるものだから、俺は手を止めた。
「なんだ?」
「……食べさせて」
「いや、さっきまで普通に食べてただろ? 子供じゃないんだから」
「……今食べられなくなった」
食事を止めたアリルはフォーという食べ物を突き刺して口に運ぶ食器をテーブルに置いて、俺をジッと見つめる。
アリルの口端にタレが付いているのが見えるが、突っ込んだら負けなのだろうか。
「いやさっきまで」
「……なったから」
「わ、分かったから。そんな目で見るな」
「……勝った」
あれは獲物を狩る目だ。
きっとモンスターと相対するときのアリルって、こんな目をしてるんだろうな。
でも、なんで兄にそんな目を向けれるんだろうな。
兄として心配だよ。
俺の身も心配だけど。
「ほらよ、口開けて」
「……あーん」
目を瞑って口を開いた姿は、まるで親鳥の餌を待つ雛鳥のよう。
改めてよく見ると、アリルは綺麗な顔をしている。
高い鼻に切れ長の目、そして口は小さくて可愛らしい。唇がプクッと膨らんでいて、艶があって……っと何だかまた吸い込まれそうになっていた、危ない危ない。
俺は自分のフォーを使って、アリルの皿から肉を取ってアリルの口へと運んだ。
「ほい」
「……はむ」
フォーに刺さっている肉だけを食べればいいのに、何故アリルはフォーの先も一緒に口に含むのだろうか。
分からない、いや分かりたくない。
そうしてアリルはペチャペチャと音を立てながら肉を頬張り、やがてフォーから口を離した。
アリル、行儀が悪いぞ。
「……美味」
「さいですか」
少し頬を染めたアリルは美味しそうに頬を弛ませながら咀嚼する。
おい、アリル。
俺の使っていたフォー、滅茶苦茶舐め取ったよな?
フォーから唾液が滴ってるんだが、俺はこれを使わないといけないのか?
「あー! アーちゃんずるい! ねぇユーくん、私もあーんして!」
「えー」
「むむ! アーちゃんにはやったのに私にはできないの? お姉ちゃん泣いちゃうよ!」
「分かった、分かったから。マジで泣くなよ」
俺が少し渋っただけで泣き始めたミルねぇ。
正直面倒臭いので、さっさとミルねぇの皿から肉を取って、口へと運んでやる。
現在正面に座っているアリルの隣りに、ミルねぇは座っていてアリルより距離がある。
その斜めの距離を相殺するが如く、ミルねぇがこちらへ身を乗り出した。
そのせいで、深淵のような谷間に俺の視線が釘付けになる。
「はむっ!」
悪魔の囁きのような煩悩によって、ミルねぇに向けてフォーを差し向けたまま身動きを止めていた俺を不思議そうに見ていたミルねぇだったが、我慢成らず俺のフォーへと食いついた。
そしてアリルと同じように、フォーをその妖艶な舌で舐め取る。
そしてフォーと口の間、涎が架け橋のようになり、やがて切れてしまう。
その光景はなんとも艶かしい、扇情的なものだ。
「うふふ、おいしい! こ、これで、間接キスだね!」
いや、さっきまでの取り消し。
自らやったことなのに頬を紅く染めるミルねぇは、どちらかと言うと馬鹿っぽい。
それにミルねぇの前にこのフォーを使ったのは。
「……わたしと、だけど」
「そ、そういえばそうだったー!?」
両手で頭を抱えて、如何にもショックを受けてますといったポーズだ。
涙目でこっちを見てくるが。
「もうやらないからな?」
「えー!?」
騒がしい姉と、静かだけど自分の意見をしっかり通してくる妹。
そんな二人に囲まれた晩餐は、俺の一番の楽しみだ。
皆で笑って、皆で騒いで。
こんな毎日があるからこそ、俺は毎日を頑張れる気がする。
「でもでも、ユーくんがそのフォーで食べたら関節キスだもんね!」
「ちょっと洗ってくるな」
そう言って俺はキッチンへ向かう為に立ち上がる。
流石に姉弟とは言え、ここまで舐められたフォーを使う訳にはいかないだろう。
「なんで洗うのー!? って、アーちゃんにお肉取られたー!?」
「……美味」
全く騒がしい家族だこと。
でもまぁ、飽きないもんだな。
「――それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、ユーくん。帰りは一緒に帰ってくるかな?」
「多分な。二人はお風呂に入っといてくれ。鍵は持ってるから、先に寝てていいぞ」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ! じゃあ、よろしくね」
「ああ」
晩餐の後、俺は夕食を片手で持てる大きさの箱に入れて家を出る。
持ち手も付けているので、持ち運びは快適だ。
それに料理が冷めないようにする為の蓋も付けている。
家からは少し距離があるからな。
「ふぅ、寒いな」
この国では季節というものが存在しない。
遠く離れた他の国には一年の中で様々な気候に変化する場所があると聞くが、ここでは空気が乾いていて、昼間は暖かく夜は肌寒いという状態が年中変わらず続く。
例外は雨が降ったときくらいだろう。
俺は風邪を引かないようコートを羽織って、すっかり日が落ちて暗くなった街を見渡した。
大通りに行けば街灯があって見渡し易いが、家の前にはそういった物がないので、月明かりの下で動くか若しくは周りを照らす事のできる魔法か道具を使うしかない。
例えば、こういったように。
「火が光となり、闇を照らし、行く道を見せよ、朱灯」
手馴れた赤魔法を行使し、火の玉を浮かばせ周りを照らす。
この魔法は魔力がある限り存在する。
継続して魔力が消費されるが、大した量では無いからこれくらいなら楽勝だ。
そうして周りを照らした俺が目指すのは、もう一人の家族が待つ場所。
この住宅街の外れにある自然公園の中、少し古びた教会だった。
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