銃剣使いとアストラガルス ~女の子たちに囲まれる、最強と呼ばれた冒険者の物語~
第05話 過去が残した現在
昨日は酷い目に遭った。
何とか危機は脱したが、俺はトイレに逃げ込む羽目になったし、ネムねぇはいつの間にかお風呂にお酒を持ち込んでいて、素っ裸で脱衣場から出てきたし。
アリルとミルねぇに頼んでどうにか身体を拭かせて服を着せたが、あいつら毎日毎日俺を誘惑するような行動を取りやがって、俺を殺す気か?
俺は皆が起きだす一時間ほど前に目覚め、朝食の準備を始める。
毎朝やっていることなので、考え事をしながらでも楽々と準備が進む。
ある程度出来たところで、いつも通り皆を起こしに行くことに。
まずはアリルとミルねぇの部屋。
二人で一部屋使っているので、纏めて起こすことができるのはありがたい。
女の子の部屋は何故だかいい香りがするからな、理性に響く。
二人の部屋にある家具はどれも丸かったり、ハート型だったりと、ミルねぇの好きな可愛い形をしたものばかりだが、沢山置いてある縫いぐるみに関しては全てアリルの趣味だ。
まぁどちらも可愛いものが好きなので、同じ部屋でも苦労はしていないだろう。
「起きろーアリル。ミルねぇも起きぃッ!?」
俺以外の家族は全員、寝起きの悪いので部屋の中に入って起こさなければならない。
身体を揺すらないと気付いてくれもしないのだ。
二人は両親が使っていた大きなベッドで一緒に寝ており、アリルは寝付いたままのポーズで掛け布団もガッシリと握っており、ミルねぇは寝ているのか分からないような不思議な寝相になって、身体の殆どは掛け布団から外れていた。
そして寝相の成果か、ミルねぇの上着は大きな膨らみが半分見えるくらいまで捲れ上がっており、大変危険な状態になっていた。
俺が手を伸ばせば、全てが見えてしまいそうなくらいに。
「あーもう! 起きろ!」
目に癒し、いや毒だったので、部屋の床に落ちていたワンピースを適当に拾ってミルねぇに掛けてから揺すり起こす。
ちゃんと片付けとけよ。
「朝飯できたから起きろって!」
「むにゃむにゃ、ゆー、くぅん……」
「おいやめろ! 腕を抱きしめるな!」
寝惚けたままのミルねぇが俺の腕を抱きしめるように掴み、俺をベッドへと引き込もうとしてくる。
地味に間接が極められていて身動きが取れない。
しかし、このピンチはいつの間にか起きていた剣聖様によって救われるのだった。
「……ミル、めっ」
「あいたーっ!?」
後は、アリルに任せておくか。
あれから女の子らしい香りのする二人の部屋とは正反対の酒臭い部屋に行って、空の酒瓶を抱えて眠るネムを起こした後、俺達は朝食をとっていた。
因みにミルねぇはあの後、部屋の床で正座させられた状態でアリルに怒られていたようだ。
涙目で朝食を食べる姿は珍しい、というか普通はない。
「アルは今日も討伐に行くの~?」
食事前に顔を洗ったネムねぇは、ミルねぇの様子をぽかんと眺めた後、アリルへと質問する。
「……うん。稼いでくる」
「気をつけてな、危なくなったら直ぐに逃げろよ」
「……大丈夫、任せて」
アリルは握った両手を胸の前に持ってきて、気合を入れるようなポーズをする。
無表情ではあるが、その目はやる気に満ち溢れている。……気がする。
「ミルは、いつも通りかな?」
「うん! 今日もお母さん探しに行ってくるよ!」
「……そっか。あ、あたしは今から教会に行って仕事するよ~。だから、頼んだよユードくん」
ネムねぇは俺の目を見て、真剣なトーンで言ってくる。
勿論分かってる、四年も続けてきたことだからな。
「ああ。今日もミルねぇの散歩に付き合うよ。終わったら二人で依頼を受けに行くかな」
「ありがとうユーくん!」
「……分かった。ユー、ミルをお願い」
――俺達の父親、レキドラ・ラスターは王国で一、二を争う冒険者だった。
そして母親であるアミル・ラスターは国立医院で働く医者だった。
負傷した父を、母が治療したことが切っ掛けで知り合い、俺達を生んだらしい。
あまり語らない父にはあまり昔のことを聞かなかったし、いつも笑っていて喋り上手な母は恥ずかしいからと教えてくれなかった。
それでも家族五人で暮らす毎日は、何にも替え難い楽しい日々だったのだ。
あの日、いつものように依頼へと出掛けていった二人は、いつまで経っても帰って来なかった。
母が担当している料理を、討伐に行くという母の負担を減らすために俺が担当して、アリルとミルねぇが手伝って、晩御飯の用意をして帰りを待っていたのに。
今でも鮮明に思い出せる、料理も冷め切った陽の落ちた夜。待ちわびた俺達の家へとやってきたのは、時々遊びに来ていた母親の友人でシスターの、ネムねぇだった。
――七年前。
「ユードくん、アリルちゃん!? ミルルちゃん、いる!? お願い居るならここを開けて!!」
玄関の扉の先から聞こえる、切羽詰ったネムねぇの声に俺達は玄関へ急いだ。
もしかして両親が帰ってきたんじゃないか、両親に何かあったんじゃないか。
様々な気持ちが織り交ざった俺は、笑ってるとも泣いてるとも取れるような、中途半端な顔をしていたことだろう。
そして扉を開けた先にいたネムねぇは、当時はまだ小さかった俺達を抱きしめた。
「あぁ良かった。いてくれた……。皆、落ち着いて、落ち着いて聞いてね。あのね、アミルさんたちが行方不明登録されたって、さっきギルドから通達が来たの」
「行方……不明?」
「そう。だからね、アミルさんもね、れ、レキドラさんもね、帰って、帰って来れないの」
俺はネムねぇの話す言葉が何処か遠くの国の、自分では理解すらできない言葉のように聞こえた。
理解したくなかった。
「お母さんは!? お母さんとお父さんは生きてるんだよね!?」
ミルねぇはネムねぇに飛び掛るようにして、ネムねぇの腕を抱きしめた。
その目は涙で溢れており、体が理解しても頭は理解を拒んでいるようだと俺は他人事のように思った。
「ごめんミルルちゃん、分からないの」
「どう、して? そんなのおかしいよ!」
「ミルルちゃん待って!」
当時十五歳だったミルねぇは、パニックになってギルドがある方向へと走っていった。
靴も履かずに、街の闇へと涙を振りまきながら。
急いで追いかけようとしたネムねぇだが、アリルが袖を引っ張った為再び腰を落とした。
「お姉ちゃん、お父さんたちは、どうなっちゃうの?」
「分からないわ、でもアリルちゃん。大丈夫、大丈夫だから、あの人たちは絶対に生きてる。だって、こんなの……とりあえず、ユードくんとアリルちゃんはここにいて! 走っていっちゃったミルルちゃんを追いかけるから、絶対に帰ってくるから、戸締りしておいてね!」
「わ、分かった」
「ありがとうユードくん、私がいない間アリルちゃんをよろしくね。お兄ちゃんなんだから」
「ま、任せて!」
夜の闇へと消えたミルねぇの後ろ姿を追って走っていくネムねぇを、俺とアリルはドアが閉まるその最後まで見つめていた。
「お兄ちゃん。お父さん、大丈夫だよね?」
「うん、大丈夫だよ」
「お兄ちゃん。お母さん、帰ってくるよね?」
「うん、お母さんたちが負けるわけない、帰ってくる」
「お兄ちゃん、おにぃ、お兄ちゃぁぁぁん」
「帰ってくる、だって直ぐに帰ってくるって言ってたんだ。お父さんたちが約束を破るわけない。お母さんと今度教会に遊びに行くって約束もしてるんだ、大丈夫。大丈夫、大丈夫」
俺は泣きついてきたアリルを抱きしめ、壊れたように帰ってくる、大丈夫と呟き続けた。
そうでないと両親が本当に帰ってこなくなる気がして、もう会えないかもしれないという考えたくも無い想像を打ち消したくて。
ただひたすらに、ユーが俺の前から消えないように、力強く抱きしめたまま。
アリルに見えないように、声を出さずに泣いた。
両親を失ってからアリルは表情を忘れた。
あの日までは沢山喋る、元気な子だったんだ。
それが今の、多くを語らない無口な状態になってしまった。
多分、無口だった父を無意識になぞっているのだと思う。
それはきっと、アリルの剣も同じ。
そしてネムねぇに連れられて帰ってきたミルねぇは、一晩寝るといつも通りの元気を取り戻していた。
まるで何も無かったかのように。
そしてあの日から毎朝母を探すと言って、いつも歩いていた散歩のコースを歩き始めた。
あの日まで、ミルねぇは毎朝母親と散歩をすることを一番の楽しみにしていた。
ミルねぇは毎朝母親と散歩をすることが一番の楽しみだったのだ。
そしてそれは、今も続いている。
ネムねぇは直ぐに俺達の保護者に名乗り出てくれて、以前住んでいた家を売って俺達の家に引っ越した。
聖職者という職業は街でも優遇されており、ネムねぇもかなりいい建物に住んでいた。
それを、少しでも団欒が楽しくなるようにと。
友人を失くして悲しいであろう感情を押し殺して俺達に笑わせようとしたり、率先して笑顔を振りまく為に、ネムねぇは自分のことを放り出してまで俺達と一緒にいてくれるようになった。
今になっては俺が世話をする側だが、以前は母がやってくれていた家事やアリルの着替えの手伝いを不器用ながらもやってくれたんだ。
だからこそ俺はネムねぇには頭が上がらないし、お姉さんというイメージが強くて親代わりとしては見ることが出来ないけど、俺達の恩人であることは未来永劫変わらない真実だ。
俺達の運命が変わったあの日から七年、アリルは父の背中を追っていつの間にか最強と呼ばれる冒険者になり、ミルねぇは一日も欠かすことなく母を探し続けている。
俺は、何か変わっただろうか。
両親がいた頃から何をやっても直ぐに飽きて投げ出してしまう、そんな子供だった。
俺が投げ出しても父は眉を顰めるだけで何も言わなかったし、母は仕方がないねと笑って許してくれた。
今思うと、ただぬるま湯に浸かっていただけなのかもしれない。
ただそれでも、俺は変わることが出来なかった。
冒険者として名を馳せていた時もあったが、そのせいで俺は家族を失いかけた。
ミルねぇの散歩に付き添っても、ミルねぇの心を癒すことなんてできない。
父の背中を追って冒険者になったアリルに討伐に行くなと言えない。
今でも両親が残した言葉は、俺を絡め取って逃がさない。
『行ってくるね、ユードは二人を守ってあげてね』
母さん俺は、二人を守れるのかな。
「ねぇ聞いてるのー!?」
耳元で叫ぶソプラノ声に、俺の意識は戻された。
今は日課であるミルねぇの散歩の付き添い中だ。
四年前までは悲痛な顔で周りを探し続けていたミルねぇだったが、最近は落ち着いてきたのか俺と談笑しながらの散歩ができるようになった。
まぁ、話しながらもキョロキョロと周囲を見ているようだが。
「悪い、考え事してた」
「もー! お姉ちゃん怒りますよ!」
「もう怒ってるじゃねえか」
「まだ怒ってないですー、まだまだ平常運転ですー」
「そういじけるなって。ほら、あそこのパン屋でも寄ってこうぜ」
「ちょっと待ってよ! もう、ユーくんの奢りだからね!」
「へいへい」
頬を膨らませて怒るミルねぇと共に、行きつけのパン屋さんに入って物色していく。
パンを何個か載せることができる平たい器を手に取って、今から歩きながら食べるものを一つ選ぶように伝える。
ミルねぇが持ってきた甘いクリームが入ったパンを器に受け取り、昼食と夕食に使うパンをどれだけ必要か頭の中で計算していく。
そうしていると、店を営んでいるおばさんがやってきて俺に話しかけてきた。
「ユードの坊や。さっきギルドに依頼しといたんだけどさ、よかったら今日受けてもらえないかい?」
「いいけど。どうかしたのか?」
「ちょっと厨房のオーブンが調子悪くてねぇ、見てほしいのよ」
「分かった、早めの方がいいな?」
「そうしてくれるとありがたいねぇ」
「じゃあ一番に来るよ、ギルド寄ってからだけどな」
「ありがとう! じゃあこのパン一個多めにおまけしとくからね」
「ああ。ありがと」
様々な分野に手を出しては直ぐに飽きてきた俺は、かなり幅広い知識を持っていると自負している。
魔法道具の製作や修理にも触れたことがあったので、余程のことがない限りはオーブンくらいは直せるだろう。
「じゃあ早く帰らないとね!」
「まぁそこまで急ぐもんでもないだろ」
俺がそう言うと、ミルねぇは腰に片手を当てもう一方の手を伸ばし俺を指差した。
「駄目だよ! 困ってる人がいたら早く助けてあげないと!」
「はいはい。じゃあおばちゃん、会計よろしく」
「ちょっと、聞いてよー!? 決めポーズまでしたのに!」
「はいよ、メルルちゃんもそんなに急がなくていいからねぇ。急いじゃったらこけちゃうから」
「はい! じゃあ早く歩いて帰ります!」
伊達に七年歩いてない為、散歩コースで出会う人達は全員俺達のことを知っている。
それに散歩コースは家の近辺なので、七年前以前から俺達のことを知っている人が多く、何かと助けてもらっているんだ。
特にミルねぇは酷かったのでかなり気に掛けてもらっている。
感謝は絶えないが、いつかミルねぇが母さんの影を追わなくなる日まで、協力してほしい。
その分、俺が依頼で返すから。
何とか危機は脱したが、俺はトイレに逃げ込む羽目になったし、ネムねぇはいつの間にかお風呂にお酒を持ち込んでいて、素っ裸で脱衣場から出てきたし。
アリルとミルねぇに頼んでどうにか身体を拭かせて服を着せたが、あいつら毎日毎日俺を誘惑するような行動を取りやがって、俺を殺す気か?
俺は皆が起きだす一時間ほど前に目覚め、朝食の準備を始める。
毎朝やっていることなので、考え事をしながらでも楽々と準備が進む。
ある程度出来たところで、いつも通り皆を起こしに行くことに。
まずはアリルとミルねぇの部屋。
二人で一部屋使っているので、纏めて起こすことができるのはありがたい。
女の子の部屋は何故だかいい香りがするからな、理性に響く。
二人の部屋にある家具はどれも丸かったり、ハート型だったりと、ミルねぇの好きな可愛い形をしたものばかりだが、沢山置いてある縫いぐるみに関しては全てアリルの趣味だ。
まぁどちらも可愛いものが好きなので、同じ部屋でも苦労はしていないだろう。
「起きろーアリル。ミルねぇも起きぃッ!?」
俺以外の家族は全員、寝起きの悪いので部屋の中に入って起こさなければならない。
身体を揺すらないと気付いてくれもしないのだ。
二人は両親が使っていた大きなベッドで一緒に寝ており、アリルは寝付いたままのポーズで掛け布団もガッシリと握っており、ミルねぇは寝ているのか分からないような不思議な寝相になって、身体の殆どは掛け布団から外れていた。
そして寝相の成果か、ミルねぇの上着は大きな膨らみが半分見えるくらいまで捲れ上がっており、大変危険な状態になっていた。
俺が手を伸ばせば、全てが見えてしまいそうなくらいに。
「あーもう! 起きろ!」
目に癒し、いや毒だったので、部屋の床に落ちていたワンピースを適当に拾ってミルねぇに掛けてから揺すり起こす。
ちゃんと片付けとけよ。
「朝飯できたから起きろって!」
「むにゃむにゃ、ゆー、くぅん……」
「おいやめろ! 腕を抱きしめるな!」
寝惚けたままのミルねぇが俺の腕を抱きしめるように掴み、俺をベッドへと引き込もうとしてくる。
地味に間接が極められていて身動きが取れない。
しかし、このピンチはいつの間にか起きていた剣聖様によって救われるのだった。
「……ミル、めっ」
「あいたーっ!?」
後は、アリルに任せておくか。
あれから女の子らしい香りのする二人の部屋とは正反対の酒臭い部屋に行って、空の酒瓶を抱えて眠るネムを起こした後、俺達は朝食をとっていた。
因みにミルねぇはあの後、部屋の床で正座させられた状態でアリルに怒られていたようだ。
涙目で朝食を食べる姿は珍しい、というか普通はない。
「アルは今日も討伐に行くの~?」
食事前に顔を洗ったネムねぇは、ミルねぇの様子をぽかんと眺めた後、アリルへと質問する。
「……うん。稼いでくる」
「気をつけてな、危なくなったら直ぐに逃げろよ」
「……大丈夫、任せて」
アリルは握った両手を胸の前に持ってきて、気合を入れるようなポーズをする。
無表情ではあるが、その目はやる気に満ち溢れている。……気がする。
「ミルは、いつも通りかな?」
「うん! 今日もお母さん探しに行ってくるよ!」
「……そっか。あ、あたしは今から教会に行って仕事するよ~。だから、頼んだよユードくん」
ネムねぇは俺の目を見て、真剣なトーンで言ってくる。
勿論分かってる、四年も続けてきたことだからな。
「ああ。今日もミルねぇの散歩に付き合うよ。終わったら二人で依頼を受けに行くかな」
「ありがとうユーくん!」
「……分かった。ユー、ミルをお願い」
――俺達の父親、レキドラ・ラスターは王国で一、二を争う冒険者だった。
そして母親であるアミル・ラスターは国立医院で働く医者だった。
負傷した父を、母が治療したことが切っ掛けで知り合い、俺達を生んだらしい。
あまり語らない父にはあまり昔のことを聞かなかったし、いつも笑っていて喋り上手な母は恥ずかしいからと教えてくれなかった。
それでも家族五人で暮らす毎日は、何にも替え難い楽しい日々だったのだ。
あの日、いつものように依頼へと出掛けていった二人は、いつまで経っても帰って来なかった。
母が担当している料理を、討伐に行くという母の負担を減らすために俺が担当して、アリルとミルねぇが手伝って、晩御飯の用意をして帰りを待っていたのに。
今でも鮮明に思い出せる、料理も冷め切った陽の落ちた夜。待ちわびた俺達の家へとやってきたのは、時々遊びに来ていた母親の友人でシスターの、ネムねぇだった。
――七年前。
「ユードくん、アリルちゃん!? ミルルちゃん、いる!? お願い居るならここを開けて!!」
玄関の扉の先から聞こえる、切羽詰ったネムねぇの声に俺達は玄関へ急いだ。
もしかして両親が帰ってきたんじゃないか、両親に何かあったんじゃないか。
様々な気持ちが織り交ざった俺は、笑ってるとも泣いてるとも取れるような、中途半端な顔をしていたことだろう。
そして扉を開けた先にいたネムねぇは、当時はまだ小さかった俺達を抱きしめた。
「あぁ良かった。いてくれた……。皆、落ち着いて、落ち着いて聞いてね。あのね、アミルさんたちが行方不明登録されたって、さっきギルドから通達が来たの」
「行方……不明?」
「そう。だからね、アミルさんもね、れ、レキドラさんもね、帰って、帰って来れないの」
俺はネムねぇの話す言葉が何処か遠くの国の、自分では理解すらできない言葉のように聞こえた。
理解したくなかった。
「お母さんは!? お母さんとお父さんは生きてるんだよね!?」
ミルねぇはネムねぇに飛び掛るようにして、ネムねぇの腕を抱きしめた。
その目は涙で溢れており、体が理解しても頭は理解を拒んでいるようだと俺は他人事のように思った。
「ごめんミルルちゃん、分からないの」
「どう、して? そんなのおかしいよ!」
「ミルルちゃん待って!」
当時十五歳だったミルねぇは、パニックになってギルドがある方向へと走っていった。
靴も履かずに、街の闇へと涙を振りまきながら。
急いで追いかけようとしたネムねぇだが、アリルが袖を引っ張った為再び腰を落とした。
「お姉ちゃん、お父さんたちは、どうなっちゃうの?」
「分からないわ、でもアリルちゃん。大丈夫、大丈夫だから、あの人たちは絶対に生きてる。だって、こんなの……とりあえず、ユードくんとアリルちゃんはここにいて! 走っていっちゃったミルルちゃんを追いかけるから、絶対に帰ってくるから、戸締りしておいてね!」
「わ、分かった」
「ありがとうユードくん、私がいない間アリルちゃんをよろしくね。お兄ちゃんなんだから」
「ま、任せて!」
夜の闇へと消えたミルねぇの後ろ姿を追って走っていくネムねぇを、俺とアリルはドアが閉まるその最後まで見つめていた。
「お兄ちゃん。お父さん、大丈夫だよね?」
「うん、大丈夫だよ」
「お兄ちゃん。お母さん、帰ってくるよね?」
「うん、お母さんたちが負けるわけない、帰ってくる」
「お兄ちゃん、おにぃ、お兄ちゃぁぁぁん」
「帰ってくる、だって直ぐに帰ってくるって言ってたんだ。お父さんたちが約束を破るわけない。お母さんと今度教会に遊びに行くって約束もしてるんだ、大丈夫。大丈夫、大丈夫」
俺は泣きついてきたアリルを抱きしめ、壊れたように帰ってくる、大丈夫と呟き続けた。
そうでないと両親が本当に帰ってこなくなる気がして、もう会えないかもしれないという考えたくも無い想像を打ち消したくて。
ただひたすらに、ユーが俺の前から消えないように、力強く抱きしめたまま。
アリルに見えないように、声を出さずに泣いた。
両親を失ってからアリルは表情を忘れた。
あの日までは沢山喋る、元気な子だったんだ。
それが今の、多くを語らない無口な状態になってしまった。
多分、無口だった父を無意識になぞっているのだと思う。
それはきっと、アリルの剣も同じ。
そしてネムねぇに連れられて帰ってきたミルねぇは、一晩寝るといつも通りの元気を取り戻していた。
まるで何も無かったかのように。
そしてあの日から毎朝母を探すと言って、いつも歩いていた散歩のコースを歩き始めた。
あの日まで、ミルねぇは毎朝母親と散歩をすることを一番の楽しみにしていた。
ミルねぇは毎朝母親と散歩をすることが一番の楽しみだったのだ。
そしてそれは、今も続いている。
ネムねぇは直ぐに俺達の保護者に名乗り出てくれて、以前住んでいた家を売って俺達の家に引っ越した。
聖職者という職業は街でも優遇されており、ネムねぇもかなりいい建物に住んでいた。
それを、少しでも団欒が楽しくなるようにと。
友人を失くして悲しいであろう感情を押し殺して俺達に笑わせようとしたり、率先して笑顔を振りまく為に、ネムねぇは自分のことを放り出してまで俺達と一緒にいてくれるようになった。
今になっては俺が世話をする側だが、以前は母がやってくれていた家事やアリルの着替えの手伝いを不器用ながらもやってくれたんだ。
だからこそ俺はネムねぇには頭が上がらないし、お姉さんというイメージが強くて親代わりとしては見ることが出来ないけど、俺達の恩人であることは未来永劫変わらない真実だ。
俺達の運命が変わったあの日から七年、アリルは父の背中を追っていつの間にか最強と呼ばれる冒険者になり、ミルねぇは一日も欠かすことなく母を探し続けている。
俺は、何か変わっただろうか。
両親がいた頃から何をやっても直ぐに飽きて投げ出してしまう、そんな子供だった。
俺が投げ出しても父は眉を顰めるだけで何も言わなかったし、母は仕方がないねと笑って許してくれた。
今思うと、ただぬるま湯に浸かっていただけなのかもしれない。
ただそれでも、俺は変わることが出来なかった。
冒険者として名を馳せていた時もあったが、そのせいで俺は家族を失いかけた。
ミルねぇの散歩に付き添っても、ミルねぇの心を癒すことなんてできない。
父の背中を追って冒険者になったアリルに討伐に行くなと言えない。
今でも両親が残した言葉は、俺を絡め取って逃がさない。
『行ってくるね、ユードは二人を守ってあげてね』
母さん俺は、二人を守れるのかな。
「ねぇ聞いてるのー!?」
耳元で叫ぶソプラノ声に、俺の意識は戻された。
今は日課であるミルねぇの散歩の付き添い中だ。
四年前までは悲痛な顔で周りを探し続けていたミルねぇだったが、最近は落ち着いてきたのか俺と談笑しながらの散歩ができるようになった。
まぁ、話しながらもキョロキョロと周囲を見ているようだが。
「悪い、考え事してた」
「もー! お姉ちゃん怒りますよ!」
「もう怒ってるじゃねえか」
「まだ怒ってないですー、まだまだ平常運転ですー」
「そういじけるなって。ほら、あそこのパン屋でも寄ってこうぜ」
「ちょっと待ってよ! もう、ユーくんの奢りだからね!」
「へいへい」
頬を膨らませて怒るミルねぇと共に、行きつけのパン屋さんに入って物色していく。
パンを何個か載せることができる平たい器を手に取って、今から歩きながら食べるものを一つ選ぶように伝える。
ミルねぇが持ってきた甘いクリームが入ったパンを器に受け取り、昼食と夕食に使うパンをどれだけ必要か頭の中で計算していく。
そうしていると、店を営んでいるおばさんがやってきて俺に話しかけてきた。
「ユードの坊や。さっきギルドに依頼しといたんだけどさ、よかったら今日受けてもらえないかい?」
「いいけど。どうかしたのか?」
「ちょっと厨房のオーブンが調子悪くてねぇ、見てほしいのよ」
「分かった、早めの方がいいな?」
「そうしてくれるとありがたいねぇ」
「じゃあ一番に来るよ、ギルド寄ってからだけどな」
「ありがとう! じゃあこのパン一個多めにおまけしとくからね」
「ああ。ありがと」
様々な分野に手を出しては直ぐに飽きてきた俺は、かなり幅広い知識を持っていると自負している。
魔法道具の製作や修理にも触れたことがあったので、余程のことがない限りはオーブンくらいは直せるだろう。
「じゃあ早く帰らないとね!」
「まぁそこまで急ぐもんでもないだろ」
俺がそう言うと、ミルねぇは腰に片手を当てもう一方の手を伸ばし俺を指差した。
「駄目だよ! 困ってる人がいたら早く助けてあげないと!」
「はいはい。じゃあおばちゃん、会計よろしく」
「ちょっと、聞いてよー!? 決めポーズまでしたのに!」
「はいよ、メルルちゃんもそんなに急がなくていいからねぇ。急いじゃったらこけちゃうから」
「はい! じゃあ早く歩いて帰ります!」
伊達に七年歩いてない為、散歩コースで出会う人達は全員俺達のことを知っている。
それに散歩コースは家の近辺なので、七年前以前から俺達のことを知っている人が多く、何かと助けてもらっているんだ。
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