銃剣使いとアストラガルス ~女の子たちに囲まれる、最強と呼ばれた冒険者の物語~
第08話 お嬢様、我が道を往く
建物を出た後、フィーの希望によって大通りの店を見ながらギルドへ向かうことに。
まぁ危険が直ぐ迫っているわけでもないし、貴族様にもこれくらいの息抜きが必要だろうよ。
でもな、あんまりはしゃがれるとな、俺も護衛どころじゃなくなるんだよ。
「ほら見てユード! 木で出来た兵士の像よ! かっこいいわね!」
木彫りの置物や家具を販売している店の、店頭に並べられた王国騎士団を象った置物を見て、きゃーきゃーと女の子らしくはしゃいでいるフィー。
もう既に三十分近くは店を見て回っており、一体いつまで続くんだろうか。
ミルねぇやアリルもそうだが女の子の買い物は本当に長い。
こりゃ面倒な依頼を受けちまったかなと思いながら、フィーに声を掛ける。
「そうだな。以外とかっこいいものが好きなのか?」
「お嬢様だからって可愛いものが好きってわけじゃないのよ? ユードの腰に付けてる銃? それとも剣? それもかっこいいわね」
「銃剣だよ、正式に言うとガンブレードだな。随分と勇ましい趣味を持ってるんだな」
俺は相棒を撫でながらそう言った。
最近は専らこいつを使うタイミングが無いが、毎日の手入れは欠かさず行っているので綺麗に光っている。
あんまり使いたいものでもないしな。
特に街中なんかでは。
「まぁね。本当は武芸の習い事もしたいんだけど、お父さまが駄目っていうのよ。確かに背が小さくて運動神経も良くないけど、一度くらい剣を握らせてくれてもいいのに!」
「親、か。フィーのことを心配してのことなんだろ? だったら従っとけ従っとけ」
「何? ユードも子供は親の言いなりだって言いたいの?」
「そうじゃねぇけどよ。大人ってのは色々考えた結果そう在ることを選んでるんだよ。俺達子供には分からないことも、分かってるってもんさ」
今思えば両親も色々と考えていたんだろうな。
俺達の知らない間に何を考えて何を求めて依頼を受けたんだろうか。
確か両親が行方不明になったとき、とある依頼を受けてたんだ。
爺さんから教えてもらったその内容は、正体不明のモンスターの討伐。
……まぁとにかく、親の言うことくらい聞いておいて欲しいものだ。
後悔したときにはもう遅いのだから。
「随分と知ったような口を聞くわね、俺達ってユードは何歳なの?」
「十九だよ。お前の二つ上だ」
「へぇ、じゃあユードお兄ちゃんって呼んだほうが良かったかしら?」
ニンマリと笑っている所から察するに、こいつは俺をからかってるんだろうな。
「いや、もう妹は充分だよ」
「そういえば妹がいるって言ってたわね、是非会ってみたいわ」
「貴族って庶民を馬鹿にしてる奴ばっかだと思ってたけど、お前見てると俺の知識が違ったことがよく分かるよ」
「それはユードの方がわたくしを馬鹿にしてないかしら? それより、妹さんに会わせてくれないの?」
「今日はそれが目的じゃねぇだろ。機会があればな。ほら、そろそろ行こうぜ」
「まぁそうね。じゃあ店長さん、冷やかしでごめんね」
「いえいえ、また来てくださいなお嬢さん」
「ええ。是非」
あの店長さん、所作と口調がどう見ても貴族なフィーに対しても態度を変えなかったな。
気付いてないのか? もしかするとあの庶民の服に魔法を掛けているのかもしれない。
気付きにくくする魔法とか、そういった類の魔法もあったはずだからな。
「そういえば、わたくしの護衛に選ばれたってことは、ユードは強い冒険者なんでしょ?」
「強い……か。俺はそうでもないと思うんだがな、それに今はなんでも屋って呼ばれてるし」
「なんでも屋? それはどういう意味なの?」
「住民から依頼される、街中で解決する依頼をなんでも受けてるんだよ。掃除だったり修理だったり、果てにはペットの動物探しとかな」
「それって、強いの?」
「強さはいらないだろうな。何しろ街の外へ滅多に出ない。だから同じ冒険者からは臆病者とも言われるし」
正直に言うのもなんだが、嘘を吐いても仕方が無いからな。
護衛としては不安に思われるかもしれないが、それくらいの方が危機感を持ってくれていいだろう。
現状、周囲警戒は俺任せにされているし。
いや、元々こんなお歳のお嬢様は警戒なんて知らないのかもしれない。
「へぇ。でも冒険者なんだし、モンスターを討伐したこともあるんでしょ?」
「ああ、それは勿論。結構前の事になるがな」
「それでも護衛に選ばれるってことは、相応の実力があるってことだと思うのよね」
「まぁ、そうかもな。フィーを守るくらいの実力はあると思ってくれればいいんじゃないか?」
「ふむ……」
俺の曖昧な返事に考え込むフィー。
どうせ強いと言っても、目の前で実力を見せるくらいしないと納得はしないだろう。
それも平和な王都の街中では無理難題だ。
街中で突然剣技を見せる訳にもいかないしな。
ただ、俺の態度に対してフィーがこちらを見る目に少しだけ訝しむ感情が乗った気がする。
十七歳とは言え貴族だ、相手を洞察するのは上手いのかもしれない。
数秒立ち止まって考えたフィーは、何事も無かったかのように振り向いて笑顔を見せた。
「まぁいいわ! 冒険者って怖い人かと思ってたけど、ユードは人柄もいいしね」
それだけで信用するのは貴族としてどうなんだろうな。
だが、今の俺が認められたようで少し嬉しい。
それにフィーの笑顔はなんだかこちらも笑顔になってしまう程惹き付けられる。
そういった所があるから、俺はフィーを憎めないんだろうな。
俺の家族と同じ笑顔だから。
「そうかい。そりゃ光栄だこと」
「あ、あの店は何かしら!」
「おい! 勝手に行くなって!」
その後も自由奔放なフィーに振り回されながら、歩けば二十分の道のりを一時間程掛けてギルドへと辿り着くのだった。
まだ夕方には早いギルドには、数人の冒険者と街中の依頼を物色する子供冒険者達しかいなかった。
冒険者と言っても、何を考えているかは分からない奴等ばかりだ。
フィーを出来るだけ俺の身体の影に隠しながら受付へと向かった。
こいつは小さいが、顔立ちは美少女と呼べるくらいに綺麗だからな。
……身長的には美幼女とも言えるかもしれんが。
子供冒険者に人気の高い俺ことなんでも屋は、皆から貰う挨拶を返しながら受付にいるラジクの元へと歩く。
「ラジク、護衛対象を連れてきたぞ」
「お疲れ様です、ユードさん。随分と時間が掛かりましたね。ギルド職員から捜索に行かせようかと話が出てたところですよ」
それは少なくとも俺のせいじゃないはずだ。
「すまん。こいつが行く先々で店に興味持ってな、見回ってたんだ」
「なるほど、ではギルド長室へとお連れいたしますね。ユードさんもご同行お願いします」
「ええ、お願いするわ」
「分かった」
俺とフィーはラジクの先導で、受付の中を通ってギルドの二階部分にあるギルド長室へと向かう。
ギルド長室には俺も両親関係で何度かお邪魔しているので、勝手知ったる道のりだ。
受付奥の扉の向こう、職員が書類や依頼整理などの作業をする部屋にある階段を上がると、窓は無いが明るい廊下がある。
王国内の殆どの建物には、周りを照らす魔法である朱灯を人の手を使わずに継続稼動させる、魔法照明と呼ばれるものが配置されている。
これは王国の研究者が開発したもので、王国が安く販売しているのだ。
その魔法照明によって、このギルドも同じく明るい視界を保っている。
街の大通りにもこの魔法道具は配置されており、大通りだけは朱灯を使用できる人でなくとも行動できるようになっている。
教会付近では宗教上、魔法道具の類を使用してはいけない決まりがあるので、朱灯が使用できる俺が、ネムねぇを迎えに行っているわけだが。
宗教ってのは面倒なもんだな、便利なものは使えばいいのに。
話を戻そう。
ギルド長室の扉をノックをしてから入室するラジクに続いて入ると、整理整頓された綺麗な部屋がお目見えする。
綺麗好きな爺さんの仕事場だ、見事に埃一つすら積もっていない。
真ん中に置かれた机に目を向けると、どうやら爺さんは目算で三十枚くらいの書類の束と格闘していたようで、俺達が入室すると作業を止めて顔を上げた。
「おう、無事に辿り着いたようじゃのぅ」
「お爺様! ご無沙汰しております!」
俺が爺さんに挨拶しようと思ったら、フィーが爺さんの元へと駆け寄った。
嬉しそうに爺さんへと抱きつくフィーと、俺達に向けるような優しい眼差しで頭を撫でる爺さんを見て、俺は愛する孫の護衛を依頼されたのかと疑ってしまう。
もしそうだとしたら、職権乱用じゃないか? いやまぁ、依頼だからいいんだけど。
実は爺さんは貴族だったりするのかもしれない。
「まぁ特に問題は無かったぜ。フィーが色んな店に顔を出そうとする以外はな」
「別にいいじゃないの。あまりこういう機会はないんだから、少しくらい多めにみなさい!」
「ほっほっほ、仲良くなったようで何よりじゃ。これからも頼むぞ」
爺さんの口から出た思いも寄らない言葉に、俺は咄嗟に聞き返していた。
「……ちょっとまて爺さん、これから?」
「おお、説明しておらんかったな。お主には今後ともこの子の護衛を頼みたい」
「どういうことだ? 一回限りじゃないのかよ」
「そんなこと言っておらんだろう? 今回はお試しの依頼じゃよ。この子もお主のことを気に入ったようじゃし、これから七日間ここで暮らすこの子の護衛を頼みたい」
七日間もここで暮らすってぇのか? 貴族のお嬢様が?
それにお試しの依頼って、……そんなの七年も冒険者やってて初めてのことだぞ。
「社会勉強、みたいなものなのよ。今日は楽しかったし、できるならユードにお願いしたいわ」
「勿論報酬は弾むし、アリルとミルルも一緒にやってもらいたいんじゃ」
確かになんでも屋の俺は毎日の稼ぎが少ないから、報酬は多く貰えるに越した事はない。
護衛となると一日中拘束されるだろうからミルねぇとアリルも一緒に、ってのは分かる。
でもミルねぇを巻き込むのは、あまり進んでやりたいことではないな。
どんな危険があるか分からないし。
「いきなりそう言われてもなぁ」
「すまんのぅ。実際に会ってから決めてもらいたかったんでな」
「まぁ、爺さんの頼みなら断るつもりはねぇよ。アリルも冒険者だから一緒ってのは分かる。だが、ミルねぇも一緒ってのは認められない」
「……ユード。ミルルのお嬢ちゃんを危険に遭わせたくないのは分かる。だが、このままじゃと彼女は籠の中の鳥じゃぞ? それも、お主の我が侭で」
爺さんは心配そうな目で俺を見つめる。
確かに俺はミルねぇの行動を抑制しているのだと思う。
朝の散歩には欠かさずついていくし、俺が街中で依頼を受けているときは家の中に居るようにと命令している。
精神状態は安定してきているとは言っても、ミルねぇの身に何が起こるか分からない。
それに両親との約束を守る為にも、もうミルねぇを傷付ける訳にはいかない。
「分かってるよ。でもさ、まだミルねぇには早くないか?」
「寧ろ遅いくらいじゃよ。それにもしかすると、新しい友人が出来れば何か変わるかもしれんぞ?この子ならミルルとも仲良くなれるじゃろうし」
「それは、確かにあるかもしれないけど」
「ユード。このままではミルルはお前ら家族に依存してしまう。いや、もう殆ど依存しとる。だから、ここはワシの提案に乗ってくれんか?」
爺さんの目を見れば分かる。
これはきっとギルド長としての頼みではない。
俺の家族のような爺さんから、孫のような俺への頼みなんだ。
七年前に見たときと、同じ目をしているんだから。
「……分かったよ、爺さん。ただし、ミルねぇがやると言ったらだ」
「勿論じゃ。すまんな、ユード」
「ああ」
「何やら辛気臭い顔してるわね。まぁ色々事情はあるみたいだけど、わたくしにも言えない事情はあるんだから気にしなくていいわよ!」
先程まで見守っていたフィーは自信満々に胸を張ってそう言った。
ネムねぇと違って揺れるものがない。
あるんだろうけど、俺の目からは確認できなさそうだ。
俺の不安をものともしないこいつの言葉に、思わず噴き出してしまった。
「な、何よ!? なんで笑ってるの!?」
「くく、す、すまん。ありがとな、フィー」
「え、ええ。分かればいいのよ!」
会ってからまだ一時間程の関係だが、フィーが悪いやつでないことは心底理解した。
あれだけ楽しく笑って、そして礼を言ったら照れてくれる。
なんというか可愛い妹が一人増えたような気分だ。
さて、その可愛い妹と姉にどう話を切り出したものか……。
「そういえばフリーダよ。お前さん事情を隠すのはいいが、さすがに本名くらいは伝えんか。そうせんと得られる信頼も得られんぞ?」
アリルとミルねぇに対しての言い訳を考えていると、聞き覚えのない言葉が俺の耳に入る。
いや、聞き覚えはある。
だがこんなところで聞くはずがない名前だ。
「そうですね、ごめんねユード。ネリスから言いつけられて偽名を使っていたのよ」
「お、おう。それは別にいいんだが、フリーダってまさか」
まるで悪戯に成功した子供のように、いや見た目は子供そのままなんだが、そんな笑みを顔に浮かべ、両手を腰に当てた彼女は喋った言葉は。
「改めて自己紹介するわね。わたくしの名前はフリーダ・タルダイン。このタルダイン王国の、第一王女よ」
アリルと同い年で、小さい子供のように背が小さくて。
話してみれば貴族のくせに意外と面白くて、色んなことに興味を持って行動する。
ちょっと生意気で、意外と人をよく見ていて、俺が思っていた貴族像とは全く違うお嬢様。
そんな彼女は。
「よろしくね、ユード?」
――その日俺は、王女様の護衛になった。
まぁ危険が直ぐ迫っているわけでもないし、貴族様にもこれくらいの息抜きが必要だろうよ。
でもな、あんまりはしゃがれるとな、俺も護衛どころじゃなくなるんだよ。
「ほら見てユード! 木で出来た兵士の像よ! かっこいいわね!」
木彫りの置物や家具を販売している店の、店頭に並べられた王国騎士団を象った置物を見て、きゃーきゃーと女の子らしくはしゃいでいるフィー。
もう既に三十分近くは店を見て回っており、一体いつまで続くんだろうか。
ミルねぇやアリルもそうだが女の子の買い物は本当に長い。
こりゃ面倒な依頼を受けちまったかなと思いながら、フィーに声を掛ける。
「そうだな。以外とかっこいいものが好きなのか?」
「お嬢様だからって可愛いものが好きってわけじゃないのよ? ユードの腰に付けてる銃? それとも剣? それもかっこいいわね」
「銃剣だよ、正式に言うとガンブレードだな。随分と勇ましい趣味を持ってるんだな」
俺は相棒を撫でながらそう言った。
最近は専らこいつを使うタイミングが無いが、毎日の手入れは欠かさず行っているので綺麗に光っている。
あんまり使いたいものでもないしな。
特に街中なんかでは。
「まぁね。本当は武芸の習い事もしたいんだけど、お父さまが駄目っていうのよ。確かに背が小さくて運動神経も良くないけど、一度くらい剣を握らせてくれてもいいのに!」
「親、か。フィーのことを心配してのことなんだろ? だったら従っとけ従っとけ」
「何? ユードも子供は親の言いなりだって言いたいの?」
「そうじゃねぇけどよ。大人ってのは色々考えた結果そう在ることを選んでるんだよ。俺達子供には分からないことも、分かってるってもんさ」
今思えば両親も色々と考えていたんだろうな。
俺達の知らない間に何を考えて何を求めて依頼を受けたんだろうか。
確か両親が行方不明になったとき、とある依頼を受けてたんだ。
爺さんから教えてもらったその内容は、正体不明のモンスターの討伐。
……まぁとにかく、親の言うことくらい聞いておいて欲しいものだ。
後悔したときにはもう遅いのだから。
「随分と知ったような口を聞くわね、俺達ってユードは何歳なの?」
「十九だよ。お前の二つ上だ」
「へぇ、じゃあユードお兄ちゃんって呼んだほうが良かったかしら?」
ニンマリと笑っている所から察するに、こいつは俺をからかってるんだろうな。
「いや、もう妹は充分だよ」
「そういえば妹がいるって言ってたわね、是非会ってみたいわ」
「貴族って庶民を馬鹿にしてる奴ばっかだと思ってたけど、お前見てると俺の知識が違ったことがよく分かるよ」
「それはユードの方がわたくしを馬鹿にしてないかしら? それより、妹さんに会わせてくれないの?」
「今日はそれが目的じゃねぇだろ。機会があればな。ほら、そろそろ行こうぜ」
「まぁそうね。じゃあ店長さん、冷やかしでごめんね」
「いえいえ、また来てくださいなお嬢さん」
「ええ。是非」
あの店長さん、所作と口調がどう見ても貴族なフィーに対しても態度を変えなかったな。
気付いてないのか? もしかするとあの庶民の服に魔法を掛けているのかもしれない。
気付きにくくする魔法とか、そういった類の魔法もあったはずだからな。
「そういえば、わたくしの護衛に選ばれたってことは、ユードは強い冒険者なんでしょ?」
「強い……か。俺はそうでもないと思うんだがな、それに今はなんでも屋って呼ばれてるし」
「なんでも屋? それはどういう意味なの?」
「住民から依頼される、街中で解決する依頼をなんでも受けてるんだよ。掃除だったり修理だったり、果てにはペットの動物探しとかな」
「それって、強いの?」
「強さはいらないだろうな。何しろ街の外へ滅多に出ない。だから同じ冒険者からは臆病者とも言われるし」
正直に言うのもなんだが、嘘を吐いても仕方が無いからな。
護衛としては不安に思われるかもしれないが、それくらいの方が危機感を持ってくれていいだろう。
現状、周囲警戒は俺任せにされているし。
いや、元々こんなお歳のお嬢様は警戒なんて知らないのかもしれない。
「へぇ。でも冒険者なんだし、モンスターを討伐したこともあるんでしょ?」
「ああ、それは勿論。結構前の事になるがな」
「それでも護衛に選ばれるってことは、相応の実力があるってことだと思うのよね」
「まぁ、そうかもな。フィーを守るくらいの実力はあると思ってくれればいいんじゃないか?」
「ふむ……」
俺の曖昧な返事に考え込むフィー。
どうせ強いと言っても、目の前で実力を見せるくらいしないと納得はしないだろう。
それも平和な王都の街中では無理難題だ。
街中で突然剣技を見せる訳にもいかないしな。
ただ、俺の態度に対してフィーがこちらを見る目に少しだけ訝しむ感情が乗った気がする。
十七歳とは言え貴族だ、相手を洞察するのは上手いのかもしれない。
数秒立ち止まって考えたフィーは、何事も無かったかのように振り向いて笑顔を見せた。
「まぁいいわ! 冒険者って怖い人かと思ってたけど、ユードは人柄もいいしね」
それだけで信用するのは貴族としてどうなんだろうな。
だが、今の俺が認められたようで少し嬉しい。
それにフィーの笑顔はなんだかこちらも笑顔になってしまう程惹き付けられる。
そういった所があるから、俺はフィーを憎めないんだろうな。
俺の家族と同じ笑顔だから。
「そうかい。そりゃ光栄だこと」
「あ、あの店は何かしら!」
「おい! 勝手に行くなって!」
その後も自由奔放なフィーに振り回されながら、歩けば二十分の道のりを一時間程掛けてギルドへと辿り着くのだった。
まだ夕方には早いギルドには、数人の冒険者と街中の依頼を物色する子供冒険者達しかいなかった。
冒険者と言っても、何を考えているかは分からない奴等ばかりだ。
フィーを出来るだけ俺の身体の影に隠しながら受付へと向かった。
こいつは小さいが、顔立ちは美少女と呼べるくらいに綺麗だからな。
……身長的には美幼女とも言えるかもしれんが。
子供冒険者に人気の高い俺ことなんでも屋は、皆から貰う挨拶を返しながら受付にいるラジクの元へと歩く。
「ラジク、護衛対象を連れてきたぞ」
「お疲れ様です、ユードさん。随分と時間が掛かりましたね。ギルド職員から捜索に行かせようかと話が出てたところですよ」
それは少なくとも俺のせいじゃないはずだ。
「すまん。こいつが行く先々で店に興味持ってな、見回ってたんだ」
「なるほど、ではギルド長室へとお連れいたしますね。ユードさんもご同行お願いします」
「ええ、お願いするわ」
「分かった」
俺とフィーはラジクの先導で、受付の中を通ってギルドの二階部分にあるギルド長室へと向かう。
ギルド長室には俺も両親関係で何度かお邪魔しているので、勝手知ったる道のりだ。
受付奥の扉の向こう、職員が書類や依頼整理などの作業をする部屋にある階段を上がると、窓は無いが明るい廊下がある。
王国内の殆どの建物には、周りを照らす魔法である朱灯を人の手を使わずに継続稼動させる、魔法照明と呼ばれるものが配置されている。
これは王国の研究者が開発したもので、王国が安く販売しているのだ。
その魔法照明によって、このギルドも同じく明るい視界を保っている。
街の大通りにもこの魔法道具は配置されており、大通りだけは朱灯を使用できる人でなくとも行動できるようになっている。
教会付近では宗教上、魔法道具の類を使用してはいけない決まりがあるので、朱灯が使用できる俺が、ネムねぇを迎えに行っているわけだが。
宗教ってのは面倒なもんだな、便利なものは使えばいいのに。
話を戻そう。
ギルド長室の扉をノックをしてから入室するラジクに続いて入ると、整理整頓された綺麗な部屋がお目見えする。
綺麗好きな爺さんの仕事場だ、見事に埃一つすら積もっていない。
真ん中に置かれた机に目を向けると、どうやら爺さんは目算で三十枚くらいの書類の束と格闘していたようで、俺達が入室すると作業を止めて顔を上げた。
「おう、無事に辿り着いたようじゃのぅ」
「お爺様! ご無沙汰しております!」
俺が爺さんに挨拶しようと思ったら、フィーが爺さんの元へと駆け寄った。
嬉しそうに爺さんへと抱きつくフィーと、俺達に向けるような優しい眼差しで頭を撫でる爺さんを見て、俺は愛する孫の護衛を依頼されたのかと疑ってしまう。
もしそうだとしたら、職権乱用じゃないか? いやまぁ、依頼だからいいんだけど。
実は爺さんは貴族だったりするのかもしれない。
「まぁ特に問題は無かったぜ。フィーが色んな店に顔を出そうとする以外はな」
「別にいいじゃないの。あまりこういう機会はないんだから、少しくらい多めにみなさい!」
「ほっほっほ、仲良くなったようで何よりじゃ。これからも頼むぞ」
爺さんの口から出た思いも寄らない言葉に、俺は咄嗟に聞き返していた。
「……ちょっとまて爺さん、これから?」
「おお、説明しておらんかったな。お主には今後ともこの子の護衛を頼みたい」
「どういうことだ? 一回限りじゃないのかよ」
「そんなこと言っておらんだろう? 今回はお試しの依頼じゃよ。この子もお主のことを気に入ったようじゃし、これから七日間ここで暮らすこの子の護衛を頼みたい」
七日間もここで暮らすってぇのか? 貴族のお嬢様が?
それにお試しの依頼って、……そんなの七年も冒険者やってて初めてのことだぞ。
「社会勉強、みたいなものなのよ。今日は楽しかったし、できるならユードにお願いしたいわ」
「勿論報酬は弾むし、アリルとミルルも一緒にやってもらいたいんじゃ」
確かになんでも屋の俺は毎日の稼ぎが少ないから、報酬は多く貰えるに越した事はない。
護衛となると一日中拘束されるだろうからミルねぇとアリルも一緒に、ってのは分かる。
でもミルねぇを巻き込むのは、あまり進んでやりたいことではないな。
どんな危険があるか分からないし。
「いきなりそう言われてもなぁ」
「すまんのぅ。実際に会ってから決めてもらいたかったんでな」
「まぁ、爺さんの頼みなら断るつもりはねぇよ。アリルも冒険者だから一緒ってのは分かる。だが、ミルねぇも一緒ってのは認められない」
「……ユード。ミルルのお嬢ちゃんを危険に遭わせたくないのは分かる。だが、このままじゃと彼女は籠の中の鳥じゃぞ? それも、お主の我が侭で」
爺さんは心配そうな目で俺を見つめる。
確かに俺はミルねぇの行動を抑制しているのだと思う。
朝の散歩には欠かさずついていくし、俺が街中で依頼を受けているときは家の中に居るようにと命令している。
精神状態は安定してきているとは言っても、ミルねぇの身に何が起こるか分からない。
それに両親との約束を守る為にも、もうミルねぇを傷付ける訳にはいかない。
「分かってるよ。でもさ、まだミルねぇには早くないか?」
「寧ろ遅いくらいじゃよ。それにもしかすると、新しい友人が出来れば何か変わるかもしれんぞ?この子ならミルルとも仲良くなれるじゃろうし」
「それは、確かにあるかもしれないけど」
「ユード。このままではミルルはお前ら家族に依存してしまう。いや、もう殆ど依存しとる。だから、ここはワシの提案に乗ってくれんか?」
爺さんの目を見れば分かる。
これはきっとギルド長としての頼みではない。
俺の家族のような爺さんから、孫のような俺への頼みなんだ。
七年前に見たときと、同じ目をしているんだから。
「……分かったよ、爺さん。ただし、ミルねぇがやると言ったらだ」
「勿論じゃ。すまんな、ユード」
「ああ」
「何やら辛気臭い顔してるわね。まぁ色々事情はあるみたいだけど、わたくしにも言えない事情はあるんだから気にしなくていいわよ!」
先程まで見守っていたフィーは自信満々に胸を張ってそう言った。
ネムねぇと違って揺れるものがない。
あるんだろうけど、俺の目からは確認できなさそうだ。
俺の不安をものともしないこいつの言葉に、思わず噴き出してしまった。
「な、何よ!? なんで笑ってるの!?」
「くく、す、すまん。ありがとな、フィー」
「え、ええ。分かればいいのよ!」
会ってからまだ一時間程の関係だが、フィーが悪いやつでないことは心底理解した。
あれだけ楽しく笑って、そして礼を言ったら照れてくれる。
なんというか可愛い妹が一人増えたような気分だ。
さて、その可愛い妹と姉にどう話を切り出したものか……。
「そういえばフリーダよ。お前さん事情を隠すのはいいが、さすがに本名くらいは伝えんか。そうせんと得られる信頼も得られんぞ?」
アリルとミルねぇに対しての言い訳を考えていると、聞き覚えのない言葉が俺の耳に入る。
いや、聞き覚えはある。
だがこんなところで聞くはずがない名前だ。
「そうですね、ごめんねユード。ネリスから言いつけられて偽名を使っていたのよ」
「お、おう。それは別にいいんだが、フリーダってまさか」
まるで悪戯に成功した子供のように、いや見た目は子供そのままなんだが、そんな笑みを顔に浮かべ、両手を腰に当てた彼女は喋った言葉は。
「改めて自己紹介するわね。わたくしの名前はフリーダ・タルダイン。このタルダイン王国の、第一王女よ」
アリルと同い年で、小さい子供のように背が小さくて。
話してみれば貴族のくせに意外と面白くて、色んなことに興味を持って行動する。
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