銃剣使いとアストラガルス ~女の子たちに囲まれる、最強と呼ばれた冒険者の物語~

夕月かなで

第15話 飯と依頼と賑やかな朝

 全ての依頼を終わらせた俺達は、ギルドに戻る前に夕食をとるため酒場にやってきた。

 昼食と同じ、スズの働いている酒場ウィルヘイムへとやってきた訳だが、酒を嗜まない昼とは違い酒場は大賑わいで、仕事帰りの商人や職人、そして冒険者達で溢れていた。
 俺達は料理を運んでいたスズに声を掛けて、俺達の専用部屋となった二階の個室へと余り目立たないようにしながら案内してもらった。

「うふ、うふふ。皆からありがとうって言われるの、中々いいものね」

 姫さんはとても満足そうに、しかし笑いを堪らえようとしていた。
 しかし嬉しさが勝っているのか、顔のニヤつきが止まらないようだ。

「だろう? 姫さんも今日は頑張ったな。世間知らずだから苦戦するかと思ったが、言葉遣いと容姿が綺麗なこともあって、相手との会話もよく進んでたし」
「あ、ありがと、ユード。本当、今日だけで沢山の事を学べたわ。なんでも屋って聞いていて変な仕事だと思っていたけど、わたくしの知らないことをこんなにも知ることができるなんて。人との繋がりが大事ってこと、痛感したわ」

 案内してくれたスズは俺達の注文を受けて、今は料理を取りに行っている。
 その手伝いとしてアリルとリィナも行かせた。
 よって今個室にいるのは俺と姫さん、そしてミルねぇだけだった。
 そういえば、ミルねぇが俺の仕事を近くて見るのは随分と久しぶりだった気がする。
 何度か手伝いたいと言ってきたので、連れて行ったことがあるが今の所役に立った覚えはない。
 しかしそんなミルねぇも、腕を組んで姫さんの言葉にうんうんと頷いている。
 お前は何を知っているんだ。

 組んだ腕のお陰で胸が強調されているのだが、とりあえずそちらからは目を外しておこう。

「それにしても姫さん、あんなに凄い能力を持ってたんだな。王族の血筋は必ず能力を持っている。そんな噂を聞いたことはあるが、本当なのか?」
「ええ。お父様も、私とは違う能力を持ってるわ。隠居しているお爺様もよく見せてくれたし」
「へぇ。庶民なんて能力を持っている人間の方が珍しいんだぜ?王族だし、姫さんは恵まれてるな」
「……そうでもないわよ。王族の持つ能力はこれまで国民の為に、この国を豊かにする為に使われてきたの。でも、私の能力じゃ無理だと思ってた。動物と話せるだけ、動物を操れるだけ。それだけしかできない私はこれまでの王族の中でも落ちこぼれなんだって」

 昨日あれだけ楽しそうにしてたのは、自分を戒めていた分の抑圧から開放されたものだったのだろうか。
 目につく店に寄っては商品を見て楽しそうに笑っていた姫さんを思い出すと、悩んでいる様子なんて無かったからなぁ。
 きっとこれまで沢山悩んできたのだろう。
 そんな悲しい顔をされれば嫌でも分かってしまう。

「でも、今日で分かったろ?」

 今日の依頼を通して、姫さんが落ちこぼれではないと分かったはずだ。
 ティナもシィナも、そして仲間になったリィナもラムちゃんが帰ってきて、泣くほど喜んだんだから。
 他の二つの仕事では能力を使う機会はなかったが、自分でできるだけの事をやっていたはずだ。
 人の為に何かを成せる人間が、落ちこぼれであるはずがない。

「ええ! 私の能力で人を笑顔に、国民に感謝されるなんて思いもしなかったわ! これまで王城にいて勉強尽くしで、一人しかいない後継者っていう重圧の中で生きてた。お父様みたいになれるかずっと不安だった」

 先程の悲痛な表情は何処へやら。
 口では不安だと言っても、その表情は既に晴れ晴れとしたものだった。

「そうか、ずっと頑張ってたんだな」
「うん、うん。今日なんでも屋として初めて働いて分かった。私も、ちょっとだけだけど国民の役に立てるって!」

 本当に嬉しそうだ。
 当たり前かもな、これまで否定されてきた自分の才能が、認められたようなものなのだから。

「まだ一日目だ。これからも色々な、姫さんにとって新しいものに出会えるだろうよ。そこには楽しいことも辛いことも一杯ある。だけど今感じているその自信を、姫さんが忘れなければ。どんなことだって、何とかなるさ」
「……ありがとう、ユード。お父様が私をギルドに送った理由が分かった気がするわ。それに、お爺様が私をユードに任せたのも」
「そうか? まぁ楽しんでもらえたなら良かったよ。報酬もガッポリ貰えるわけだし」
「ふふ。正直なのね」

 何故か楽しそうに笑う姫さん。
 何か面白いこと言ったか?
 ミルねぇは思わず、座っている姫さんを撫でている。
 俺なら直ぐに振り払うだろうが、姫さんは一人っ子な事もあって少し照れながら、嬉しそうに撫でられている。

 そうしていると個室の扉が開いて、料理が載った皿を持った皆が入ってきた。
 そして円卓の上に料理が並んだ後、全員が席へと着いた。

 ……って、おい。

「スズ、なんで座った?」
「ずばり! ユーさんがいる場所、ボクのいる場所ありなのだ!」
「いや、意味分からん」
「ユーさんが誘惑されないように見張るのが、ボクの役目なのだ!」

 本当にお前は俺のなんなんだ。
 普通、専属のウェイトレスは個室の前で待機するものなんだがな。
 個室って事もあって、秘密の対談とかにも使われるものなのだから。

「そんな役目、より仕事の役目を果たしてくれよ……」
「まぁまぁユーくん、人は多い方が楽しいよ!」
「……仲間外れはよくない」
「それもそう、か? いや違うような」
「スズ殿、ゆ、誘惑とは一体どのような」
「リィナには後でお話があるのだ」
「は、はい」

 スズに睨まれて肩を縮ませるリィナ。
 リィナは何か悪いことをしたのだろうか?
 リィナはここに来たことがなかった為、今日がスズとの初対面らしいのだが。

「ねぇ、そろそろ食べない? お腹空いたわ」
「そうだな。よし、食べようか」

 俺は先程まで姫さんと話していた関係上、丸いテーブルの対面に座っている。
 ここなら姫さんの背後も確認できるし、丁度席から右側に扉があって監視し易いからな。
 そして護衛として姫さんの両側にアリルとリィナを座らせる。
 そうなると必然的にミルねぇとスズが俺の両側、アリルの隣り、リィナの隣りに座ることになった。
 因みに皆が戻ってくるまでは、ミルねぇが姫さんの隣りに座っていた。
 お姉ちゃん風吹かして撫でてからな。

「それでスズ、仕事は大丈夫なのか?」
「うむ! 本来なら個室の前で待機する仕事なのだ!」
「じゃあ待機してろよ」
「寂しいからやなのだ! それにてんちょーから話は聞いているのだ、ボクも仲間なのだ!」
「事情を知ってるなら、まぁいいか? フィーはどうだ?」
「わたくしはいいわよ。スズさん、一緒に食べましょう?」
「ありがとうなのだ! これでユーさんと一緒に食事ができるのだ!」

 なんとも嬉しそうな顔をするスズ。
 まぁ分かるぞ、一人での食事ってのは寂しいからな。
 それに店長の料理は絶品だし、並んだ料理を前にして我慢するのは辛いだろう。

「はぁ、絶対分かってないわよね」
「まぁ、ユーくんだからねぇ」
「……仕方ない」
「ゆ、ユード殿……私に勝ち目はあるのか?」

 俺が料理に舌鼓を打っていると、皆が変な目で見てきていた。
 何だよお前ら。
 早く食わないと俺が全部食っちまうぞ?

 そうして賑やかな夕食は、ギルドが閉まるギリギリの時間まで続いた。
 いつになるかは分からないが護衛の報酬が貰えるはずなので、昼食もだが全部奢ってやった。
 ……一番喜んでいるのは、従業員でもあるスズだったのが何だかしゃくだ。

 因みに、その後屋台で軽くご飯を買ってネムねぇを迎えに行ったが、酒場に連れて行かなかったことをブーブー文句垂れてきた。
 明日はちゃんと呼ぶことにしよう。



 姫さんにとって初めての依頼を達成した翌日。
 俺は相変わらずの朝食を作り、全員を叩き起こし、ミルねぇとの散歩に付き合ってからギルドに行くというルーチンワークをこなした。
 そしてミルねぇとアリルを引き連れギルドへ向かい、その後起床と支度を済まさせた姫さんを連れてギルド長室へとやってきた。
 今日も、何をするかは爺さんに聞くことになっている。

 因みに昨夜ギルドで別れたリィナだが、今日は装備を調節してもらうらしく、昼に酒場で合流することになった。

「――今日はな、討伐を体験してもらいたい」

 ギルド長室へとやってきた俺達に、爺さんはそう告げた。
 その言葉に目をキラキラと光らせる姫さんに対して、俺は焦っていた。
 てっきり今日も街中で済むと思っていたから。

「おい爺さん。それは流石に拙くないか? 街の外に出たら、俺達で守り切れるとは言い切れないぞ?」
「深い森に行かなければ問題なかろう? それにユード、お主は毎日剣の修練は欠かしておらんじゃろう?」
「おいおい、どっからそんな情報を仕入れたんだよ」

 確かに、毎晩家の庭で剣の型をなぞる修練は欠かしていない。
 だが、言ってみればそれだけだ。実戦なんて数年はやっていない。

「ほっほっほ、秘密じゃよ。剣をやめていない、そして現在もなんでも屋として街を走り回っていて体力の衰えもない。そうであるならワシとしては、ユードが守れないならこの街の誰でも守れないと思うんじゃがのぅ」
「爺さん。期待は嬉しいが、それは言いすぎだぜ」

 今の俺はモンスターに対する勘も失われているかもしれない。
 それでもモンスターに遅れを取ることはないとは思うが、姫さんを怪我なく守り通せる自信はない。

「アリルのお嬢ちゃんと、見習い騎士のリィナちゃんもおるんじゃ。外の雰囲気とモンスター討伐を少しだけ味わってもらうだけでよい。頼むユード、これもフリーダには必要なことなんじゃ」

 確かに、街中の事を知っただけでは駄目なんだろうな。いずれ王になるであろう姫さんには、街の外の事も知ってもらわなればならない。アリルは感覚で戦っている節があるし、無口な性格上教えるのには向かない。リィナは学院生。いずれ騎士になる騎士見習いな訳だから、護衛を経験させておく方がいいのか。となると、俺自身の事でとやかく言う訳にもいかない、か。

「……分かったよ。ほんの少しだけだが、討伐依頼を姫さんに体験させてやるさ。それにしても爺さん、リィナのことも知ってるんだな?」
「優秀な人材をワシが見落とす訳なかろう?」
「それもそうか。腐ってもギルド長だしな」

 爺さんにも何か考えがあるんだろうな。多分、リィナの護衛練習というのも既に織り込み済みだったのだろう。いざという時は頼りになる存在だし、今回の姫さんの件も裏では考え尽くされているんだろうよ。それを表に見せないってのは、やっぱり大人ってことなんだろうかね。

「それじゃ、適当に依頼見繕いに行くか。その後は……、姫さんは装備とか持ってないよな?」
「ええ、身に着けたこともないわ。もしかして遂に私も自分の装備を持てるのかしら!?」
「お、おう。まぁ最低限だがな」
「やたっ! 憧れだったのよ!」

 小さな手で拳を突き上げる姫さん。王女様って事を忘れそうになるような振る舞いだな。そこまで嬉しいか。

「そういや初日にもそんな事言ってたな。まぁ、依頼を見てからそっちも見に行こう」
「よーし、早く依頼を決めちゃいましょう!」

 足早にギルド長室を後にした姫さんを追うように、アリルを先に行かせておく。姫さんは自分が護衛対象だって事を分かってるのかね、全く。そして俺は、ミルねぇに声を掛ける。

「ミルねぇ。討伐ってことだから、今日は家で待機してくれるか?」
「駄目! 私も行くから!」

 即座に否定。しかし、今まで街の外に出たことがないミルねぇを連れて行く訳にはいかないだろう。姫さんの護衛に集中する以上、ミルねぇをモンスターの危険に晒すわけにはいかない。

「いや、でもな」
「私だってお母さんから魔法教えてもらったんだから! 回復支援だって攻撃だってできるもの!」
「でも、ミルねぇは外に出たことないだろ」
「……嫌だよ。嫌なの! もう私の知らない場所で誰かを失うのは嫌なの!」

 そうミルねぇは俺に叫んだ。両親は俺達の知らない所で亡くなった、それを考えればミルねぇがそう考えも分かるし、俺も同感だ。爺さんは眉をへの字にして俺を見ている。……はぁ。

「分かったよミルねぇ。一緒に行こう」
「本当に? 私を置いていったりしない?」
「大丈夫だ、落ち着け。俺は絶対にミルねぇの元から消えたりしねぇ、帰ってくる。ただ言葉だけじゃ信じられねぇだろうから、今日一緒に行って俺達の力を確り目に焼き付けとけ」
「うん! うん! 絶対、約束だからね!」

 もう離さないとばかりに抱きついてくるミルねぇを抱き留め、安心させるように背中を擦る。身体に胸が変形する程圧し付けられているが、今は無心でミルねぇをあやす。……俺だってもう家族を失うのは御免なんだ。例え護衛対象が一人増えようが、俺が絶対に守ってみせる。俺はミルねぇの背中を擦りながら、そう決意した。少しして、ミルねぇは落ち着いたようで俺から離れた。その顔は、少し紅くなっている。

「んんっ、それじゃフィーちゃんとアーちゃんが待ってるだろうし、行こっか!」

 照れていても自ら行動しようとする姿勢は、ミルねぇにとっての精一杯の姉らしさなのかもしれない。

「ああ。じゃあ行ってくるわ、爺さん」
「気を付けてな。任せたぞ、ユード」

 ギルド長としての顔ではなく、俺達を家族として見てくれているような暖かい表情で、爺さんは俺を送り出す。そそくさと走って行ってしまったミルねぇを追いかけるように、俺は下へと降りていった。

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