巻き戻し

片山樹

巻き戻し

 俺の名前は富士川ふじがわ郁人ふじと
 年齢は三十ニ。妻子有りのサラリーマン。
妻の年齢は二十九で会社の元同僚だ。
 今は仕事を辞め、家事に専念している。
子供は二人居て、男の子と女の子。
 長女は五歳で長男はまだ三歳。
俺にとってかけがえのない存在だ。


「ほら、富士川君。富士川君。
 頼んだよ。今回君が行く会社を取ることが出来れば、私達の会社は大きくなれるからね」

 会社の上司。
年齢は五十代。俺達の会社のまとめ役。
 吉野原よしのはらさん。
下の名前はもう忘れてしまった。

「は、はい! 任せてください!
 絶対に契約を取ってきます!」

 俺は吉野原さんに、周りの同僚に聞こえる程の声で宣言した。

「あぁー、任せたよ。富士川君」

 吉野原さんに肩を押され、やる気に満ち溢れる。

 こうして、俺は会社の契約を取りに行くことになった。


「今回は我が社の考えたプランを持ち込みに来ました。では、こちらをご覧ください」
 パワーポイントでプレゼンテーションを始める。一通り説明を終わらせ、相手の表情を伺ってみる。

「う〜ん。だめだね。何か味気ない。
 これだったら他の企業でもできる。
 すまないが……これは無かったことに」

「では、こちらのプランBはどうでしょうか?」

「う〜ん。これも駄目だねぇー。
 こっちは何よりインパクトが無い」

「で、では……どういうのだったらよろしいのでしょうか?」

「インパクトがあるものだね。とりあえず。誰もが考えて来なかったことだよ」

 なるほど。インパクトか。

 よしっ、時間を巻き戻すとしよう。

「今回は我が社の考えたプランをお見せしようと思いましたが、こんなプランは破り捨てましょう。常識なんて関係ない。
 こんなのがあるから駄目なんだ」

 よしっ、いい滑り出しだ。
相手の表情ははぁ? って顔されてるけど大丈夫大丈夫。

「まず何より我が社が大切にしているのはインパクトです。そして誰もが考えて来なかったことをする。それを実現する為にここにやってきました」

 そして十分後。

「ではっ、よろしくお願いします!」
 俺は頭を深く下げていた。

「良いんだよ。良いんだよ。こちらこそ、よろしく頼む」

 相手側の責任者が手を差し伸ばし、俺もそれを握り返す。

 会社の契約を取ることができた。
後は会社に戻るだけだ。

 俺は地下鉄に乗る。
座席が空いていたので適当に座る。
 同時にドアが閉まった。
駅員さんが慌てて走ってきてた。
 誰か馬鹿な奴が駆け込み乗車していたのだろう。

 それにしても俺、よくやった。
会社の契約を取れた。
 やはりこの能力は最強だ。
能力名『巻き戻し』。
 この能力は自分が時間を巻き戻したい時に巻き戻すことができる能力。
 但し60秒しか戻すことはできない。
だから慎重に使うことが大事である。
 連続して使う場合は戻す前の時間から1秒後にしか使うことができない。
 なので60秒以上前に行くことはできない。記憶は継続されるが身体はその巻き戻った時間の状態になる。
 たかが、60秒皆はそう思うかもしれない。されど、60秒有れば何でもできる。
 俺がこの能力に気づいたのは中学生のテストの時だった。
 数学の問題が全く分からずに考えていた時だ。前に居る奴がめちゃくちゃ頭が良いやつでそいつの答えを見てやろうと思った。試験監督である先生にバレずに見ようとこっそり席から身体を乗り出して確認してみたらすぐにバレた。先生が鬼の様な形相でこちらに走ってくる。
 や、やばい。本気でそう思った。
その時だった。時間が巻き戻っていた。
 気づけば、先生は教卓の前に居た。
さっきまで鬼だったのに。何故?
 本当にそう思った。
そしてもう一度、巻き戻したい。
 そう思い、巻き戻した。
これが俺と能力の出会いだ。
 気付かなかっただけでもしかしたら生まれつきだったのかもしれない。


 と、思った時だ。
列車が傾いた。俺はその瞬間、巻き戻しを使った。

 何が起こった?
 あの揺れは半端じゃ無かった。
地震か? いや、違う。
 何か違っていた。
俺は何かが起こったことを悟り、1号車に向かう。

 キィィィーーーーーーン。

 電車の音が鳴り響く。
 前方が輝き始めた。
これは俺が乗っている電車のランプではない。あれは向こう側から走ってきている電車のランプだ。そんなはずはない。

 戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ。
俺は念仏を唱えるかのごとく唱える。

 電車と電車がぶつかりあった。

俺の身体は前方のガラスにぶつかった。

「はぁはぁはぁはぁ……」

 どうにか戻ってくることができた。

 あの勢い、絶対に死んでいた。
 念じていなければ死んでいた。

 どうすれば助かる?

 どうしても無理だろう。

 運転席に行った所で運転手が俺の話を信じてくれる訳がない。

 それに運転席に行くまでに時間がかかる。

 俺に残された時間は後どのくらいなのだろうか。
 そんなことを思いながら、俺は念仏を唱えるかのごとく「戻れ」と唱える。


コメント

  • ノベルバユーザー602658

    巻き戻しが便利そうですね。

    0
  • ノベルバユーザー295889

    発想面白いと思いますが 少し文章が味気ないと思いますし 少し危機感の描写が薄いと思いました……

    1
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