人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~
99 復讐とは幸福な未来を掴むための手段である
前線基地へと戻った僕たちを迎えたのは、生き残った兵士たちの歓声だった。
まるで英雄を迎えるのかような喝采――いや、実際そうなのかもしれない。
結果的に、ではあるけれど、絶望的な物量差があったはずの王国に勝利し、そして最後の脅威であったエリュシオンも墜ちた。
もはや帝国の勝利は確実なのだから、戦いにおいて大きな功績を残した僕らは、紛れもなく英雄なんだろう。
慣れない賞賛に、顔が熱くなる。
僕だけでなく、共に歩く百合、エルレア、彩花も恥ずかしそうにしていた。
プラナスとアイヴィは、基地の手前で待機している。
肉体的、精神的に満身創痍だったソレイユは、入り口で門番の兵に任せて医務室に案内してもらった。
さすがに王国の人間を、いきなり帝国の基地に招くわけにもいかない。
リアトリスが死んだ今、軍の指揮権を持つのは、彼女から次期皇帝に指名されたクリプトである。
彼に会うため、大勢の兵たちをかき分けながら基地中央にある施設に向かうと、その途中で1人の少女が前に現れる。
彼女は両手を強く握りしめながら、仁王立ちをするように道のど真ん中に立っていた。
ずっと不安と戦いながら、僕らの帰りを待ってくれていたんだろう。
僕と百合、エルレアの3人が足を止めると、彩花が戸惑う。
そっか、彩花にはフランの姿が見えてないのか。
そのへんはあとでどうにかするとして――まずは目に涙を浮かべた彼女をどうにかしないとな。
「フランサスさん、ただいまです」
真っ先に彼女に声をかけたのはエルレアだった。
百合と僕も続く。
「ただいま、フランサスちゃんっ」
「心配かけてごめんね、無事に帰ってこれたよフラン」
その声を聞いて、さらに涙がこみ上げてきたんだろう。
フランは下唇を強くかんで、さらに零れる涙を抑え込んだ。
どうやら、エルレアの死は彼女の心に大きな影響を与えたらしい。
こうして泣いてくれる程度に、僕らの帰りを待ちわびる程度には。
僕はエルレア、百合と順番にアイコンタクトを取ると、フランに歩み寄り、腰を落として目線を合わせ、頭を撫でた。
すると彼女の言葉を封じていた氷が溶けたように、ようやくフランは口を開く。
「もう、誰も……帰ってこないんじゃないか、って……っ。エルレアが、死んじゃって……わたし、ひとりぼっちになっちゃうのかな、って……!」
ついにボロボロと泣き出したフランを、横から近づいたエルレアが抱きしめる。
同様に百合も、手を重ねるようにその体を抱きしめた。
そして僕は、頬に手を当て、しっかりと目を合わせて宣言する。
「これからはずっと一緒だよ、もう不安になんてさせないから」
「うんっ……ぜったいだよっ!」
「約束する」
「私だって、嫌と言っても離れてあげませんからね」
「うんうん、こーんな可愛い子、離せって言われたって無理だもん」
フランの表情に、ようやく笑顔が灯る。
年相応の、子供らしい笑顔が。
その顔を見て満足していると、今度はお姉ちゃんが近づいてきた。
「おかえり、岬ちゃん、エルレアちゃん、百合ちゃん、それに彩花ちゃんもっ」
「えっ、命さんっ!?」
「そっか、彩花はお姉ちゃんが来てるのは知らなかったんだっけ」
「うんうんっ、同じクラスのみんなだけだと思ってたのに……お久しぶりですっ」
今回の作戦の全てを知っていたお姉ちゃんは、フランほど取り乱しては居なかった。
けれど、やっぱり死を経て蘇る、という無茶な魔法の存在を信じきれなかったんだろう。
その目の端には涙が浮かんでいる。
これは弟……もとい妹として、ちゃんと安心させてあげないと。
「お姉ちゃん、ただいま」
僕は彼女に近づき、その体を抱き寄せる。
こうして肌を触れ合わせることによって伝わる感触が、僕が生きてるっていう事実をお姉ちゃんに実感させるはずだから。
「岬ちゃん……よかったねぇ、本当に、うまくいってよかった……!」
お姉ちゃんも僕の背中に腕を回し、僕らは強く抱き合った。
こんな時でも、自分の不安が融解したことではなく、僕の計画が成就したことを喜んでくれる。
やっぱ優しいな、お姉ちゃんは。
敵わないや。
「あの、さ」
僕はお姉ちゃんの耳元に口を近づけ、囁く。
「帝都に戻ったら2人きりで話したいことがあるんだ」
「え、それって……」
”答え”は、あとのお楽しみってことで。
僕が体を離すと、お姉ちゃんは顔を真っ赤にして固まってしまった。
でも、硬直解除までの面倒を見る時間はなさそうだ。
次々に僕を迎える人が現れる。
近づいてくる彼を、僕は右手を上げて待ち構えた。
意図を察した彼も左手を上げると――
パチンッ!
僕とラビーは、ハイタッチを交わす。
「ありがとうラビー、君が居なきゃ死んでた所だったよ」
「ボクなんかでも力になれるものなんですね」
あんまり謙遜しないで欲しいな、冗談抜きでピンチだったんだから。
「今までもずっとそうだったじゃん、ラビーが居なきゃ帝国にもたどり着いてなかったかもよ?」
「大げさですよ、みなさんの力がほとんどです。あと、マーナとガルムも基地に居ますから、あとで会ってあげてくださいね」
魔物も受け入れるとはさすが帝国、懐が広い。
ま、彼らも人懐こい性格だったし、一度受け入れられたらみんな可愛がってくれるだろう。
さて、ラビーと軽く挨拶を済ませた所で、次にやって来たのはキシニアとクリプトだ。
「すいません、こちらから顔を見せるつもりだったのに」
クリプトの顔を見るなり、僕は頭を下げた。
なにせ相手は皇帝なんだから。
「気にするな、英雄の凱旋なのだからな」
「キッシシシ、むしろこっちが頭を下げなきゃいけないぐらいかもねェ」
想像していたよりも元気な2人の姿に、僕は安堵する。
いくら新たな兵装を装備していたとはいえ、あの大量のアニマ・アニムスと交戦して生存するのは至難の業なはず。
なのにほぼ無傷なんだから、さすが四将を名乗るだけはある。
腕だけで言えば僕なんかよりずっと上なんだろう。
誰も彼もが、僕らの帰りを好意的に受け入れてくれている。
ふと、1つの疑問が湧き上がってきた。
皇帝リアトリスの死は、すでに誰もが知っているはずなのに――なぜ嘆いていないのだろう、と。
「あの、クリプトさん。皇帝陛下のことは、どう伝えてあるんですか?」
「エリュシオンに特攻をかけたことは皆知っているさ、もちろん死んだこともな」
「でもそれにしては……」
「悲しんでるやつが居ないって? キシシ、むしろみんな讃えてるぐらいだよ、命を賭けて敵に特攻を仕掛けた偉大なる皇帝、ってね」
ああ、そっか、そういう考え方をする国なのか。
なら……良かった、のかな。
「むしろ、エリュシオンを墜としたのは皇帝陛下の功績だと思っている兵が多いぐらいだ」
「やっぱりそうなんですね」
スペルヴィアが特攻しても、エリュシオンに大きなダメージを与えることはできなかった。
僕は、水木に主砲を撃たせるためだけに、彼女の命を使ったのだ。
けれど、リアトリスが居なければ天国の門が成立しなかったのも事実。
「皇帝陛下は全てを理解した上で引き受けたのだ、あまり考え込むな」
「わかってます」
それでも、責任を感じずにはいられない。
だって、これだけ湧いている場所を見回しても、ビオラさんの姿はどこにも無いんだから。
今頃――どこかの部屋で、1人涙を流しながら膝を抱えているんだろうか。
「暗い顔すんじゃないよ、あんただってまだ四将なんだからねェ。現実はあとから嫌ってほど見えてくる、だったら今ぐらいは笑っときな、兵や、あんたの愛する女たちのためにもね」
……そうだ、キシニアの言う通りだ。
みんな生きて戻れたことを、心の底から喜んでいる。
そこに僕の身勝手で水を差すようなことはしたくない。
何もかも綺麗に解決、というわけにはいかないけれど――今だけは忘れて、僕は笑った。
◆◆◆
基地の外では、プラナスとアイヴィが大きな木の下で肩を寄せ合い、岬たちの帰還に湧き上がる基地の様子を眺めていた。
「騒がしいですね、いつになったら私たちは入れるのでしょうか」
「仕方ないだろう、今や彼女たちは帝国にとっての英雄だろうからな」
「勝利の女神と言うわけですか。ですが、おかげで私たちが帝国に受け入れられる可能性もぐっと高まったわけですね」
「なにせ四将だからな。プラナスがミサキを帝国に送ったのは、それが目的だったのだろう?」
「最初だけですけどね。最終的には随分と大事に発展してしまいました」
戦争は王国劣勢で進み、じきに帝国が勝利する――とは一体何だったのか。
最初の頃は、エリュシオンもオリハルコンも、影も形もなかったと言うのに。
「そのせいで、一度はアイヴィを失ってしまって」
「だが、そのおかげで私はプラナスへの想いに気づくことが出来た」
流れるように殺し文句を吐きだすアイヴィに、プラナスは顔を赤く染めた。
「いつの間にそんなかっこつけたセリフ、言えるようになったんですか?」
「プラナスのことを愛おしいと思うと自然に出てくる」
「ま、またそういうことを……」
プラナスの顔は、さらに耳まで真っ赤になってしまう。
ずっと夢に見てきたやり取りで、妄想の中では何度でも聞いてきたはずなのに、やはり現実となると破壊力が違う。
しかし、やられてばかりでは納得の出来ないプラナスは、反撃に出た。
「アイヴィ、こちらを向いてください」
「ん、どうした? キスでもするのか?」
「先に言わないでくださいよぉっ!」
見事にカウンターを食らってしまうプラナス。
だが、向き合ってしまった以上は、しないわけにもいかない。
「私はいつでもいいぞ」
甘く囁くアイヴィに、プラナスは不満げに膨れながらも、唇を寄せた。
柔らかく、微かに湿った感触。
幾度となく触れあった夜の記憶が蘇り――プラナスの頬を、一筋の涙が濡らした。
「プラナスも、流れる涙も、この世の何より美しいな」
顔を離すなり、アイヴィは頬に手を当て涙を拭い取る。
その宝石は自分だけのものだ、そう主張するように。
「あまりそうやって私をおだてていると……」
「どうなる?」
「……調子に乗って、人前でもアイヴィを求めてしまうかもしれませんよ?」
プラナスは、涙に濡れた瞳で上目遣いをしながら言った。
表情に変化は見えないものの、そんな彼女にアイヴィもかなりやられていて。
「構いやしないさ、どこでだって。求めてくれるのなら、私はプラナスの想いに応えたい」
言いながら、プラナスの体を抱き寄せる。
クリプトとの話が終わり、岬が呼びに来るまで――2人はそのまま、肌を寄せ合っていた。
◆◆◆
その日の夜、基地では盛大な宴が行われた。
余った兵糧を全て使い果たしてしまえ、と飲めや食えやの大騒ぎ。
誰かが用意していた祝杯用の酒も登場し、ある兵は歌い、ある兵は踊り、またある兵は服を脱ぎ始める。
野次混じりの笑い声が飛び交い、基地にはお祭りムードが満ち溢れていた。
そんな中、僕は喧騒を抜け出して、部屋に彩花を呼び出した。
どうしても再会を果たした今日のうちに、ふたりきりの時間を作りたかったから。
部屋に入った彩花はベッドに腰掛ける。
椅子に座って語らうつもりだったのに、大胆な彼女の行動に僕の心臓が跳ねた。
戸惑う僕を見て、彩花が不安そうに口を開いた。
「あれ……どうかしたの?」
「い、いや、別に。ちょっと深読みしてただけ」
どうにか取り繕い、僕も彼女の隣に腰を下ろす。
別れの日から今日まで、まだそこまで時間は経ってないはずなのに、彼女の甘い香りに僕は懐かしさを感じていた。
「……岬くんの匂いがする」
彩花も同じことを考えてたみたいで、ちょっと嬉しくなる。
調子に乗った僕は、手を重ねた。
「なんか、むず痒いね、こういうの」
恋人未満の関係を飛び越えて、すぐに肉体関係を持ってしまった僕と彩花。
だからこそ、こういう何気ないふれあいを新鮮だと思える。
「でも……今日からは、普通の恋人みたいに振る舞ったっていいんだよ、ね?」
「彩花が許してくれるなら」
「ずるいよ、そういう言い方は。まずは岬くんから言ってくれないと」
僕と彩花は、まともな告白をまだ済ませていない。
王都の時は……勢いに任せたっていうか、貪るような感じだったから。
今度はちゃんと、初恋が成就する瞬間のように、しっかりと伝えたい。
「好きだよ、彩花」
変にひねろうとは思わなかった。
気持ちは伝わっているはずだから、言葉も素直でいいんじゃないか、と思って。
「ふふ……うん、私も岬くんが好きっ」
彩花は僕の言葉に満足してくれたみたいで、上機嫌に返事をしてくれた。
あっさりしてたけど――これで、晴れて恋人同士ってことになる。
「例え血の繋がった兄妹だったとしても、離すつもりはないから」
「私も、いつまでも傍に居るね。一緒に笑って、一緒に泣いて。しわくちゃのおばあさんになったって、ずっと、ずっと」
鳴り響く鼓動に、落ち着かない気分。
自分の気持ちが浮ついているのが、よくわかる。
「……っ、ふ……えへへ……」
その時である。
僕が1人で舞い上がっていると、隣で急に彩花が涙を流し始めたのだ。
「ど、どうしたの、急に泣いたりしてっ!?」
焦った、とにかく焦った。
けど、彼女の涙に僕が焦る必要なんて全く無いみたいで――
「今度こそ、ちゃんと恋人になれるんだって思ったら……なんか、感極まっちゃったの!」
「彩花……」
「ありがとね、岬くん。私の事、救ってくれて」
そう言って、彩花は体を僕に預けた。
さっきよりも、密着度が高くなる。
感じるぬくもりに、僕は今度こそ彩花を幸せにしてみせる――と、決意を新たにするのだった。
◇◇◇
しばし彩花と2人で告白の余韻に浸っていると、彼女は突然立ち上がり、言った。
「そうだった、あんまり私が独り占めしてるのも悪いよねっ」
「へ?」
「再会できたのは私だけじゃないんだから、順番は守らないとっ」
「え、いやっ」
確かに百合とエルレアとも話したいとは思ってたけど、それを彩花が言い出す必要は――
「じゃあ、百合ちゃんかエルレアちゃん呼んでくるねっ!」
そう言って、部屋を去っていく彩花。
1人残された、手を伸ばしたまま静止する僕。
部屋に満ちた沈黙に、僕は言い表しようのない気まずさを感じていた。
「……まあ、気を使ってくれたんだろうし、彩花に甘えるかな」
と言うか、もうそうするしかない。
それから1分ほどして、部屋に誰かが近づいてくる。
明らかに走っている足音――僕は彼女の来襲に備えるために立ち上がり、両手を左右に広げた。
「ミサキッ!」
姿を現したのは、案の定エルレアで――両手を広げる僕に勢い良く抱きつき、そのままベッドに倒れ込んだ。
彼女は、あまりに近い距離で、僕を押し倒しながら見下ろす。
その顔に浮かぶのは、まるで太陽のように爛爛とした笑顔で。
見てるこっちも、釣られて笑ってしまうほどだ。
「ああ、ミサキの手はこんなにも柔らかく、繊細なものだったのですね」
エルレアは僕の手のひらを撫で回しながら言った。
さらにその指先は腕から肩へと移っていき、鎖骨に触れる。
「こ、これが鎖骨っ、ミサキの鎖骨ッ!」
何やらやけに興奮している、エルレアにそんなフェチがあったなんて。
十分に鎖骨を満喫すると次は首筋から顎のラインを撫で、耳たぶに触れる。
「ふー! ふー! 耳たぶっ、や、やわらかいですっ、ミサキの耳たぶっ!」
まるで猫のようにふーふー言いながら、興奮の最高潮に達する。
ほんと、今日のエルレアはずっとこのテンションだな。
手で僕に触れられるのがそんなに嬉しいのかな。
触るだけで幸せになってくれるんなら、いくらでも触らせてあげるけどさ。
「あ、あの、ミサキっ」
「んー? どうしたの、エルレア」
興奮冷めやらぬエルレアは、僕の頬をさわさわと触りながら言った。
「好きですっ!」
「知ってる」
と言いつつも、頬が緩む僕。
何回言われたって嬉しいものは嬉しい。
「好きです、本当に好きなのです、好きで、好きで、狂ってしまうほど、頭の中がミサキだけでいっぱいになってしまうほど、殺されてもいいと思うほど好きで――」
「うん、うん、わかってるよ」
「だからっ、キスをしましょう!」
出された結論があまりに可愛らしくて、僕は思わず吹き出しそうになってしまった。
さんざん前振りしておいて、やりたいことがキスだけとか。
そんなの、言われなくたってやるつもりだったのに。
「んっ!?」
僕はエルレアの顔を引き寄せ、乱暴に唇を重ねた。
戸惑う彼女の口内に舌を滑り込ませ、唾液を送り込む。
じきに向こうも、自ら舌を絡め始めた。
ペチャ、ピチャ、と湿り気のある音が部屋に響く。
たっぷり息苦しくなるまでキスを続けると、僕たちは「ぷはっ!」と唇を放した。
「はぁ、はぁ……口の中が、ミサキの味でいっぱいになっています。口が、ミサキに支配されている感じです」
放心状態のエルレアは、呟くように言った。
「ああ……やはり、手足が戻っても変わらないものなのですね。一度染まった心は、何があっても戻らない。少し安心しました」
さっきまでの妙なハイテンションは――そっか、自分が変わった事に対する不安を誤魔化すためでもあったのか。
「エルレアはエルレアだからね」
僕がそう言うと、彼女はほっと肩をなでおろす。
そして宣言した。
「はい、今の私は何があっても、ミサキが作り出した私です。もしミサキが望むのなら、手足も捧げる私なのです」
「嬉しいけど、今の体も綺麗だよ」
「ふふ……ありがとうございます。ですが少し未練があるので、今度は縛って、身動きがとれない私を愛して頂けませんか? 以前と同じように」
「あはは、まあ、善処してみるよ」
縛り方の書かれた本とか、跡の残りにくい縄とか、この世界にあるのかな。
いっそプラナスあたりに作ってもらった方がいいんだろうか。
「それでは……名残惜しいですが、そろそろユリを呼んできますね」
「あ、待ってエルレア!」
「どうかしましたか?」
「いや……えっと、その……」
未練を断ち切るためか、そそくさと立ち去ろうとする彼女を僕は引き止めた。
まだ伝えていないことがある。
正直、言うべきなのか迷ったけど、変に心残りを残すぐらいなら言った方がいい。
エルレアの答えはわかりきってる。
それでも――
「……いくら蘇るのがわかってたとは言え、死なせてごめん。辛かったよね、痛かったよね。僕がもっとうまくやれば、エルレアをそんな目に合わせなくて済んだのに」
「ミサキは優しいのですね」
優しいのはエルレアの方だ。
こんな僕でも、怒ることもせずに許してくれるんだから。
「私はミサキの所有物、この命は全てミサキに捧げたものです。あなたのために死ねたことは、むしろ私にとっての誇りなのですよ」
ああ、やっぱり。
謝ったのは、あくまで僕の自己満足だ。
彼女が命すら捧げてくれているのは、今まで何度も聞いてきたから。
ひょっとすると、”所有物”っていうエルレアの言葉を聞きたい、そんな願望があったのかもしれないけど。
「それでは今度こそ、ユリを呼んできますのでっ」
そう言い残して、エルレアは部屋を去っていった。
別に次の人を呼ぶシステムなんて決めた覚えは無いのに、彩花からそうするよう言われたのかな。
再び1人残された僕は、頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
◇◇◇
「てっきり彩花と一緒に居ると思ったのに」
百合は部屋に入るなりそう言った。
僕もそのつもりだったんだけどね。
と言うか――彩花もだったけど、いつの間に名前で呼びあうようになったんだろう。
フランがやけにエルレアに懐いてたのもそうだけど、僕の知らない所でみんなの関係性も少しずつ変化しているらしい。
「彩花が自分から言いだしたんだよ、独り占めすると悪いから呼んでくるって」
「……もしかしてさっきの気にしてるのかな」
どうやら名前で呼び合うことも含めて、協定のような物を結んだみたいだ。
まあ、内容は何となく怖いからあえて聞かないようにしておこう。
百合は考え込みながら僕に近づくと、そのままベッドに腰掛ける僕の膝の上に、跨るように座った。
もちろん向き合ったままで。
……大胆だな。
百合がいきなりこんなことをしてきたってことは――”やっぱり”って言うか、当然のことなんだけど。
死の記憶から、まだ抜け出せてないんだろうな。
瞳が揺れている。
本当に現実なのか、また同じような結末になりやしないか、その不安が、彼女を突き動かしている。
そんな百合に対して僕が出来ることは、そう多くない。
「さすがに、少しはしたないかな」
膝立ちの状態で僕の顔を見下ろしながら、両手で頬に手を当てる百合。
僕は彼女を見上げ、しっかりと目を見つめた。
ここにいるよ、夢じゃないよ、と語りかけるように。
トラウマは一瞬にして融解して消えるものじゃない。
些細な仕草やちょっとしたふれあいで、少しずつ溶かしていくしか無い。
「でも……いいよね、今日ぐらいは」
「個人的には、これからずっとでもいいぐらいなんだけど?」
「む、このすけべやろーめ」
頬に当てられた手が、肉をむぎゅっと掴む。
痛くはないけど、さぞ変な顔になってるんだろうな。
「ぶふっ」
……加害者の百合が吹き出してるぐらいだし。
「ご、ごめん、岬の顔があまりに可愛らしいものだから……」
「変なフォローしなくてもいいから!」
よほどおかしかったのか、百合は僕の方をちらちらと見ながら肩を震わせ続けている。
さすがにそこまで笑われると恥ずかしい。
頬を引っ張っただけで、そんなに変な顔になるもんなのかな。
「可愛いっていうのは嘘じゃないから。ほんとに、笑っちゃうぐらい可愛くって――たったそれだけで、こんなに笑えるんだもん。やっぱ、私って岬が居なきゃダメなんだね」
「僕だって百合が居なきゃ、だよ。復讐の時はずっと隣に居てくれた。記憶のほとんどに百合が映っている。もう、君無しの世界なんて考えられない」
「なんか台本みたいなセリフだね、岬じゃなかったらきゅんとしてたかも」
「えー……じゃあ、僕だったらどうなるの?」
問いかけると、百合は胸を僕の顔に押し付けた。
頭は強く抱きしめられていて、自力では逃げられそうにない。
真っ暗な視界。
視覚が閉じたからか、火照った体の熱と、ほんの少し汗ばんだ百合の香りを鮮やかに感じる。
「岬相手だと……泣いちゃうかな」
気丈にもいつも通りの口調を維持しようとして、でも微かに声が震えている。
「だって……また一緒に居られるって考えただけで泣きそうで、顔見るだけでも涙を我慢するのに必死で……っ、気づいて、なかった?」
「……気づいてたよ」
「そか、気づかれ……ちゃってたか」
誰よりも傍で見てくれて、誰よりも傍で見てきた人だから。
気づかないわけがないよ、百合。
「じゃあ、もう……泣いちゃっていいかな。うん、泣こう、泣いて、思い切り甘えよう……それで、いい?」
抱きしめる力を緩めて、見つめ合いながら、とっくに泣いてる百合は首を傾げてそう尋ねた。
愚問だ、聞くまでもない事じゃないか。
「ダメって言うわけないじゃないか。って言うか、早く甘えてくれないと僕が困る」
「どうして?」
「僕も泣きたいからさ」
百合と――みんなとまた会えたという奇跡を噛み締めながら。
返事を聞いた百合は、ベッドに僕を押し倒す。
今度は彼女が僕の胸に顔を埋める番で、僕は彼女の頭を抱きしめ、撫でる。
「岬……岬……っ、会えた、また会えた……私、やっぱり……やっぱりぃ、じにだぐなんてながっだよおぉおおおおっ! うわあああああぁぁぁぁぁあああっ!」
泣き叫ぶ彼女の声を聞きながら、僕の頬にも一筋の涙が伝った。
こんなに泣かせるなんて、恋人失格だ。
決めた。
誓うよ。
今日からは、僕が今まで復讐に費やしてきた全てを――僕が大好きな全ての人を幸せにするためだけに、使うって。
そして、いつか、今まで泣かせてきた分の不幸を精算出来たら。
『そんなこともあったね』って笑い合おう。
……薬指に、指輪でも光らせてさ。
◇◇◇
宴が終わり、夜が明けると、撤収準備が始まった。
帝都への凱旋した僕たちは、再び多くの喝采に迎えられる。
英雄たちの帰還に、湧き上がる帝都。
それは――目まぐるしく過ぎゆく日々の始まりでしかなかった。
多くの兵が傷つき、疲弊し、さらに戦争にかなりの金額を費やした影響で景気が落ち込み、一時的に帝国の治安は劇的に悪化した。
また、あちら側からの申し出でオリネス王国はインヘリア帝国の属国となり、人口のほとんどを失った王国領土とも帝国に併合されることとなった。
さらに、残った王国住民の残党や、汚染者の暗躍にと――戦後、帝国は未曾有の混乱に見舞われることとなる。
新たに皇帝となったクリプトは、その補佐であるキシニアと共に、治安改善のために奔走した。
”置物”と言われた僕も、結局そのまま四将として名を残すこととなり、国中を飛び回って仕事に追われる羽目になった。
まあ、隣には必ず誰かが居てくれたから、僕自信は寂しくなかったけれど。
さすがに全員を連れ回すわけにはいかなくて、寂しい思いをさせてしまったかもしれない。
そんな中、ラビーは両親との再会のためにオリネス王国へ帰還した。
属国となったため出入りは簡単になったが、彼の故郷であるクロッシェルと帝都ラトプシスはあまりに遠い。
それに、ラビー自身が新たに決めた目標もある。
次に会うのがいつになるのか、ひょっとすると二度と会えないかもしれない――
そんな寂しさを胸に抱きながら、僕らは最後に固く握手を交わし、別れを告げた。
そしてさらに時は流れ――気づけば、1年もの月日が過ぎ――
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