人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~

kiki

60  『暴食』

 




 ハイソーサリーサーベルを握りしめ、僕はあえて魔物の群れへと突っ込んでいく。
 魔物が魔物を押しのけながら押し寄せてくる光景は、鳥肌がたつほどおぞましい。
 心を奮い立たせなければ、今すぐにでも立ちすくんで動けなくなりそうなほどだった。

「ガオオォォオオンッ!」

 一斉に飛びかかってくる犬型の魔物たち。
 四方八方を立体的に囲まれた状況じゃまともに戦えやしない、まずは一方向から集中的に叩く。
 ヴゥン――ザシュウッ!
 魔物をサーベルでなぎ払うと、さらに上から犬型を押し倒すように黒光りする甲虫型が襲い掛かってきた。

「キシァアアァァァッ!」

 さらに一閃。
 数は多いが所詮Lv.1の魔物、ウルティオの出力なら一撃で倒すことが出来る。
 まあ、その分だけ数が多いわけで――10匹や20匹程度・・消えた所で、群れに全く変化は無い。

「っく、りゃあああぁっ!」

 背中を引っ掻く鉤爪の感触に、慌てて振り向き、空に向かって一薙ぎ。
 一撃一撃は軽い、今のならダメージはせいぜい300程度だ。
 もっとも、今の僕にはそれが致命傷なわけだけど。
 ツプ……ザシュッ!
 迫る鳥型を突き刺し、内側から掻っ捌く。
 平面的に警戒したって無駄だ、敵は立体的に攻めてくる。
 常に四方八方にアンテナを張り巡らせろ、スキルに頼るな、あれはせいぜい参考程度にしかならない。

 再び元の向きへと振り返ると、そこには互いを踏み台にしながら壁のように押し寄せる魔物の姿。
 さらに側方の少し離れた場所には、余裕をもって魔物たちの援護射撃をするヘイロスも存在していた。

「クラウソラス、行け」

 魔物たちに気を使ってか、桂は追尾武装でこちらを狙ってくる。
 避けるには親愛なる友スウィンドラーを使って変装するしかない。
 しかしこちらに着弾するまでには若干の時間がある。
 まずは前方に迫る魔物から処理、次に背後の羽虫ども、そして最後にクラウソラスの処理を――

「アラーネア!」

 手の平から紫色の魔力球が放たれると、球は魔物の目の前で広がり、大きな網となって足止めを行う。
 モンスで喰らったアニマから奪った武装、魔導網アラーネア。
 魔力で出来た網は、微量のダメージを与えながら敵の動きを封じることができる。
 絡め取られた魔物たちが苦しみ悶える。
 とどめを刺すまでには至らないものの、雑魚にはこれで十分。
 次、まだ少し離れた場所に居る羽虫型を頭部ハイソーサリーガンを使って掃討。
 もがきながら堕ちていく羽虫たち。
 後方に若干の余裕を確保すると、最後にスキル発動ブート

親愛なる友スウィンドラー!」

 変装するのは犬型魔物。
 クラウソラスの追尾を回避しつつ、魔物の群れの中に紛れ込む。
 獣や昆虫に、この群れの中から変装したウルティオを判別する知能は無い。
 もちろんヘイロスは気づいているようだけど、魔物たちを気遣ってガラティーンを使えないのだとしたら、次に打ってくる手はエクスカリバーによる近接戦闘。
 なら、近づかれる前に少しでも魔物を減らすしかない。
 群れのど真ん中、そして空中の魔物が少ない場所にまで移動すると、変装を解除。
 ハイソーサリーサーベルによる回し斬りを放つ。
 ズザザザザザザザッ!

「グオオォオオッ!」
「ギシイィィィッ!」

 魔物たちが断末魔の叫びを上げながら、次々と真っ二つにされて倒れていく。
 ああ、それでも全く数が減った気がしない、とっくに数十体はやったはずなのに、群れは次から次にこっちに近づいてくる。
 もちろん、近づいてくるのは魔物だけじゃない、ヘイロスだって――

「しぶといな、白詰」
「フリームスルスッ!」

 エクスカリバーを振り上げたヘイロスを見て、足元を踏みつけ凍結させる。
 そしてすぐさま右に飛び退き、斬撃を回避。
 ズドォンッ!
 地面を叩いたエクスカリバーは、衝撃波だけで衝突地点に大きな穴を開け、さらに前方にある木々を根っこからひっくり返した。
 舞い上がる土と氷。

「同じ手を使うか」

 読まれてるし、混じってる土の量が多くてさっきほどは反射していない。
 けど――多少の足止めになればそれで十分!

「スキル発動ブート影の病ドッペルゲンガー!」

 ヘイロスの姿を映し出した氷から、ずるりとコピーが這い出てくる。
 その数、5機。
 どうせロクなダメージは与えられないんだ、足止めさえしてくれれば十分。
 ヘイロスから視線を外し、再びいつの間にか僕を囲んでいた魔物たちと向き合う。
 数百、あるいは数千。
 数えるのも億劫になるほどの魔物の波が迫っている。
 迫力に気圧されそうになる、”無理だ”と弱音を吐きそうになる。
 いや――果たしてそれは弱音なんだろうか、ただの正論なんじゃないだろうか。
 残り1000にも満たないHPで戦うには、ヘイロスも、この魔物たちも、あまりに容赦が成さすぎる。
 工夫や小細工でひっくり返せる戦力差じゃない。

「グルアアァァァァッ!」

 攻撃から逃れた犬型魔物の牙が、ウルティオの肩に突き刺さる。

「くっそがああぁぁっ!」

 すぐさま振りほどく。
 犬型は地面に叩きつけられ、「きゃんっ」と情けなく鳴いた。
 しかしその間にも次の魔物が攻撃を仕掛けてくる。
 甲虫型の鋭い足がウルティオの腕を切り裂く。
 サーベルで対処、攻撃はもらったものの難なく両断。
 次は背後から鳥型が迫り、くちばしで背中を啄む。

「っぐ……いった……!」

 肩甲骨の当たりに鋭い痛みが走り、反射的に声が漏れた。
 やけくそ気味に、啄んできた鳥型を切り伏せる。
 一瞬だけ魔物たちからの攻撃が止む。
 その刹那、ふいに冷静になった僕は、とある事実に気づいた。
 ――痛い?
 HPがある限りは肉体に傷は付けられない、痛みも感じない。
 つまり痛いという事は、HPが0になったということを意味しており――

「あ……あ……うわあああああぁぁぁぁああっ!」

 一気に現実味を帯びた死が恐ろしくなった僕は、がむしゃらにサーベルを振り回した。
 さらに、取り囲む魔物に対して出せる限り全ての武装を駆使し、死への恐怖に立ち向かう。
 さっきは啄まれるだけだから”痛い”で済んだ。
 今度まともに当たれば、それだけじゃ済まないだろう。
 皮が剥げる、骨が折れる、内臓が潰れる、そして死ぬ。絶対に死ぬ。避けられない運命だ。
 嫌だ――そんなの絶対に嫌だ!

「はあああああぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 喉が潰れるほど叫んだ。
 そうしないと、今にも心が潰れてしまいそうだったから。
 一度折れたらもう立ち上がれない、二度目は無い。
 ならば今に、全ての力を注ぎ込み、死力を尽くすしか無いんだ。

 頭部から放ったソーサリーガンによって甲虫型が爆ぜる。
 サーベルで犬型の下半身は両断され、さらに食らいついてきた別の犬型の口に拳を突っ込み即座にシヴァージーを展開、脳を破壊する。
 そのまま死体を鈍器のように使い、背後から近づいてきていた鳥型を殴打。
 飛びかかってきた犬型の牙をギリギリで回避、しかし肩を掠める。
 擦り切れるような痛みに呼吸が乱れた。
 この状況、テンポのズレは致命傷だ。
 地を這うワーム型の魔物が口から毒液を吹き出す、前方に跳躍して回避。
 飛沫が接触、足に焼けるような痛みが走る。
 鈍った動き、逃すまいとヘイロスがエクスカリバーを振るう。
 回避には成功したものの、衝撃波が左腕を襲った。
 メキ、と嫌な音と感触。
 左腕が、本来ありえない方向に曲がっている。
 その現実を認識した瞬間、今までとは比べ物にならない、呼吸すら困難な程の痛みを感じた。

「はっ、はっ、はっ……あ、ぐ……あぁ、はああぁぁぁぁ……っ!」

 とにかく息を吐いていないと、痛みで意識が飛んでしまいそうだった。
 右手で支えようと試みるも、左手はぷらんと力なく垂れ下がるばかり。
 しかも触れるたび、揺れるたびに激しい疼痛が走る。
 視界がチカチカする、痛みですくんで体がうまく動かない。
 こんなことをしている間にも、魔物たちはこちらに迫っていると言うのに。

「キチキチキチキチッ」

 気づけば、目の前で灰色の、カマキリのような魔物が口を蠢かせていた。
 まるで、獲物の前で舌なめずりするように。

「あ――」

 叫ぶ暇もなく、その前足がウルティオの肩にかかると、気づけば僕は地面に押し倒されていた。
 目の前にはさらに近づいた魔物の口。
 それがウルティオの頬を食らおうと近づいてくると――ガシャン、と獲物をよこせと言わんばかりに別の甲虫型魔物がのしかかる。
 すると3体目、4体目と僕に群がる魔物数は次々と増えていき、気づけば視界は魔物たちで埋め尽くされていた。
 獣のうめき声、呼吸音、虫の鳴き声、関節が軋む音、鳥のさえずり、羽虫の羽ばたき。
 様々な音が耳に入り込んでくる。
 共通しているのは、それら全てが、僕を殺そうとしていることだ。

「……っ、ぁ……」

 もう、声も出なかった。
 恐怖とかそういう境地はとっくに超えていて、頭の中が真っ白で何も考えることが出来ない。
 ギ……バキ……。

「ぅ、あが……っ」

 重量に耐えきれないのか、足の方の装甲が潰れる音がした。
 同様に、折られた左腕の周辺にも魔物たちの体重がかかり、引きちぎれそうな痛みを与えてくる。
 死ぬと思った。
 いや、もう死んでるようなものだ。
 食われる前に、このまま押しつぶされて死ぬんだ。
 だって痛いから、辛いから、苦しいから。
 脳内に満ちる、強い無力感。

 けど――なんていうかな。
 今の僕がどうしようもない無力感を覚えているのは事実、なんだけどさ。
 無力感って観点に限って言えば……彩花が死んだあの時の方が、ずっと辛かったな。

 小さい頃からずっと一緒で、初恋の相手で、今も恋い焦がれて――彩花の命は、僕にとって、僕自身の命以上に尊いものだった。
 でも、もう手遅れだった。
 救えない、それが一目瞭然の事実だった。

 それに比べて、今はどうだろう。
 僕はまだ生きている、彩花と比べれば無価値に等しい僕の命はまだここにある。
 辛くないのは当然だ、これで心が折れるとか甘えているにも程がある。
 それにさ、僕に死ぬことは許されないんだ。
 出来るとか出来ないとかじゃなくてさ、やっちゃいけないんだよ。
 だって復讐ってつまり、彩花の命の価値を証明する行為なんだから。
 僕の命はもちろん、クラス全員を束ねたって彩花の命には届かない。
 だから殺す、命を奪った連中を全員残らず殺し尽くす。
 使命だ、宿命だ、僕に死ぬのが許されるのは復讐を終えた時だけなんだ。

 は、はは、そうだ、そうだよ。
 僕は試したのか? 出来得る限りの全てを。
 僕は捨てたのか? 差し出せる全ての代償を。
 違う、違う、違う、捨ててない、足りない、この程度で努力とか頑張ったとか全力とか死力とか口が裂けても言えやしない!
 言い訳は、何もかもを吐き出したあとにやるべきだ。
 残っているのなら、無駄だと理解していても実践しろ。
 それで何もかも残らない抜け殻になって始めて、全会一致の罵倒の中で、死んだ言い訳をさせてやる。
 今、動かすべきは――口よりも、魂だ。

「ぐ……あ……ヴァジュ、ラァァァァッ!」

 むき出しになった胸部コアが輝きを放ち、死に体の機体から魔力を吸い上げていく。
 チャージ完了――発射。

 キィィィ……シュゴオオオォォォォオオッ!

 光の柱が天に向かって伸び、群がる魔物の帳に風穴を開ける。
 ウルティオを食らおうと群がっていた魔物の一部は壊滅的な被害を受けたのか、耳障りな音は聞こえなくなった。
 差し込む一筋の光、青い空。
 僕はそこに向かって手を伸ばすと――

「ぎ、いぃ……ぐ、が、ああああぁぁぁぁぁぁあっ!」

 痛みを押し殺し、勢いをつけて立ち上がった。
 でも、立ち上がったってまだ痛い。
 そりゃそうだ、腕と足が折れてるんだから。
 だとしても――!
 うめき声をあげながら魔物の山から這い出ると、僕は手頃にあった鳥型の死体に手を伸ばす。

「スキル発動ブート捕食プレデーション!」

 捕食口が開き、そこに死体を放り込むと、すぐさま咀嚼を開始する。
 魔物の装甲に牙が食い込む。
 ガリ、ゴリュ、バキ、グチ……。
 ためらいは無かった。
 オリハルコンを摂取しているとか、もうどうでもよかった。
 例え汚染されていたとしても、桂のように意志は残る、気持ち悪い言動を繰り返したとしても、この想いが失われるわけじゃない。
 クラスメイトを全員殺す、その強い意志があれば、変わり果てた僕が復讐を完遂してくれるだろう。
 なら、いい。
 例え最後に立っているのがもはや僕ではない何かだったとしても――正直言えば嫌で嫌で仕方ないし、百合やエルレアを悲しませたくは無いけれど――死ねば全て台無しだ、ならば少しでも望みを叶えられる手段を僕は選ぶ!

 鳥型魔物の捕食途中にも、魔物は襲い掛かってくる。
 転がり、這いずり、痛みに悶ながらも捕食を終え、その力を取り込むと――飛びかかってくる犬型魔物の攻撃を、僕は上空へ飛翔・・して回避した。
 奇妙な感覚だ。
 本来人間には存在しない機関、翼が生えているというのは。

「無駄な足掻きだな」

 わかっている。
 ヘイロスは、付け焼き刃で翼を手に入れたウルティオよりもよほど早く飛べるんだろう。
 実際、直後に振るわれたエクスカリバーを回避するのも、本当に紙一重だった。
 だとしても――これが僕の全てじゃあない。
 攻撃が途切れると着地、

「スキル発動ブート捕食プレデーション!」

 地面に転がる魔物を掴み捕食口に放り込む。
 捕食によりHPが上昇すれば、その分のHPは回復する。
 傷も人ならざるものの血肉によって補われていく。
 骨折は癒え、僕は再び全力疾走しながら次の魔物の死体を拾い上げた。

捕食プレデーション!」

 スキルを繰り返し発動。
 まどろっこしいと感じながらも、ヘイロスに打ち勝つためにはこうするしかなかった。
 100体も食えば届くだろうか。
 いや、足りない。こんな雑魚魔物が100体程度じゃヘイロスには勝てない。
 ならば何体食えばいい? 1000体? 2000体?
 わからない、でもそれでもまだ足りないような気がする。

捕食プレデーション捕食プレデーション捕虜プレデーション捕食プレデーションッ!」

 ひたすらに喰らった。
 魔物に追われながら、ヘイロスに翻弄されながら、時折転げ、無様な姿を晒しても、それでも喰らいついた。
 時に捕食途中の魔物を盾に使い、時に手に入れたばかりの武装で意表を突き桂の裏をかきながら。
 でも――足りない。
 いくら捕食を発動しようと、HPが増えようと、結局はその分のダメージを受けてしまう、到底ヘイロスには追いつけない。
 遅い、遅い、遅すぎる。
 この程度でヘイロスを倒そうだなんて笑わせる、復讐をやり遂げるなんて馬鹿馬鹿しい。
 否定できるか? 出来ないだろう?
 だったら喰え、悔しければ喰え、痛ければ喰え、苦しければ喰え!

捕食プレーデション

 足りない、足りない、ぜんぜん足りない。
 何が足りない?
 魔物の量? いいや十分だ。
 食べる速度? これ以上は上げられない。
 だったら――口?

捕食プレデーション

 ああ、そうだ。
 単純な話だ。
 捕食速度を上げられないのなら、口を増やせばいい。

 増やせばいい。
 増やせばいい。
 そっか、そうだったんだ。
 とても簡単な話だ。
 増えろ、増えろ、増えろ、はは、あははは、増えろ、もっと、もっと、もっと!

「白詰、そろそろ終わりにしよう」

 ヘイロスは今までで最も早い速度でウルティオに肉薄し、剣を振るった。
 フオォンッ! バギィッ!
 クリーンヒット、強い衝撃に視界が激しく揺れる。
 機体は木々をなぎ倒しながら吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、転がると――僕はその場で、ゆっくりと立ち上がった。

「……」

 桂は無言でウルティオとエクスカリバーを交互に見た。
 確かに当たった、言い訳の使用も無いほどの見事な当たり方だった。
 それが――なぜ、こうして立ち上がっているのか。
 桂はそれを不思議に思ったんだろう。
 僕も不思議だった。
 けれど考えるも億劫だったので、ちょうど襲い掛かってきた羽虫型を仕留め、スキルを発動させる。

「スキル発動ブート捕食プレデーション

 捕食口が開く。
 喰らった。喰らい尽くした。
 新たの力がウルティオに注ぎ込まれ、全身の形が変わる。
 翼が大きくなり、爪が生え、黒はさらに深い漆黒となる。
 それで――

「ガラティーン……今度こそ、殺す」

 周囲の魔物を巻き込まないため、今まで封じてきた切り札をヘイロスがこちらに向ける。
 そしてすぐさま放たれ、巨大な光が迫ってきた。
 僕はふらりと回避する。
 光は避けきれなかった右肩を焼き、瀕死のウルティオはそれで少なくとも右腕を失うはずだった。
 しかし、やはり僕は全く平気で、当然のようにそこに立っている。

「スキル発動ブート、プレデーション」

 また発動した。
 目の前には死体もない。
 けれど何となく発動できる気がして、試してみると、あっさりとが魔物を喰らい、僕の力へと還元する。
 再び、ウルティオは形を変えた。

「クラウソラス、仕留めろ」

 ヘイロスは三度僕に攻撃を仕掛けてきた。
 3本の光の筋がこちらに迫り――ウルティオに真正面から命中した。
 ドオォォオオンッ!
 着弾、同時に爆発。
 視界を爆炎が埋め尽くし、僕はふらりと少しだけよろめく。

「……どういうことだ?」

 どういうことだろうね。
 桂にわからないことは僕にはわからない、だって桂の方がずっと頭がいいから。
 それは誰にもわからないこと。
 けれど、僕は再びスキルを発動させる。

「スキル発動ブート……」

 言いかけて、僕は違和感を覚えた。
 このスキル、そんな名前でいいのかな、と。
 捕食は捕食だ。
 喰らい、ウルティオの力とする、それはたぶん変わっていない。
 でも――手元には死体は無い、だったら僕は、一体どこから喰らっているんだろう。
 我ながら疑問だったけれど、まあ喰えているならどうでもいいと、深くは考えなかった。
 ただ、繰り返し発動するうちに、何となく意味や形はわかってきた。
 きっとこのスキルは、もう捕食プレデーションなんて名前は相応しくない。
 名付けるなら、そう――

暴食グラトニィ

 発動を宣言、同時に捕食口が開く。
 ウルティオの体が裂け、グロテスクな粘膜が姿を表したように――今度は空間が裂け、醜い捕食口が姿を現した。
 1つではなく、いくつも、いくつも、僕が欲するほどに数多の口が魔物たちを喰らっていく。
 生死問わず、喰えるものなら、全てを対象として。

 アニマとは魂の形。
 エルレアが変わり果て、スキュラーと言う新たな手足を手に入れたように。
 死の間際、強い望みによって、元からあった力が変異したんだろう。
 いや、本当はよくわからないんだけどさ。
 きっと誰にもわからない、だったら、そういうことでいいんじゃないかな。

「ギ、ギイィィィィィッ!」
「グギャアアアァァァァァッ!」
「ガルゥッ、グゥゥ、ガアアァァァツ!」

 周囲の魔物たちが、一斉に不快な叫びをあげる。
 しかし、じきに歯に噛み潰され、彼らは微かに断末魔をあげて絶命した。
 種族も大きさも問わずに、弱者ならば――正確にはHPが一定以下ならば、選り好みせずにあらゆるアニマを取り込んでいく。

「そうか……防いでいたのではなく、受けたダメージ分だけ強くなっていたのか」

 冷静な分析、ありがとう。
 そう、これは単純な話。
 例えばヘイロスのエクスカリバーで3万のダメージを受けるのなら、3万だけHPを増やせばいい。
 ガラティーンが5万のHPを削るのなら、5万HPが増えるように喰えばいい。
 そのためのエサは――嫌気がさすほど、この場に大量に存在していた。

「失態だったな、数で押しつぶせば勝てると思ったのだが」

 その通り、桂が自分の力だけで僕を殺そうとしていたら絶対に叶わなかった。
 念には念を入れたつもりなのかもしれないけど……。

「裏目に出たね」
「問題はない、これ以上捕食され、戦力が拮抗する前に殺してしまえばいいだけの話だ」

 ヘイロスがエクスカリバーを構える。
 そして馬鹿正直に、真正面からウルティオに斬りかかってくる。
 そこに、桂の自信を垣間見た。
 あるいは慢心と呼ぶべきか。

「シヴァージー・マギア」

 両手首から、手甲剣が伸びる。
 だがそれは実体を持った金属ではなく、魔力の剣。
 ソーサリーサーベルとシヴァージーの両方の特性を持った新たな武装。
 もちろんそれだけじゃない、武装としての威力も向上している。
 数多の魔物を喰らい、様々な武装を取り込んだ結果、ウルティオは効率化のために、いくつかの武装を統合・・した。
 これは、そんな武装のうちの1つ。

「はぁっ!」

 ヘイロスがエクスカリバーを振り下ろす。
 衝撃波だけで吹き飛ばされるような代物だ、だからこそ今まで僕は必死になって避けてきた。
 それをあえて、手甲剣をクロスさせながら受け止める。

 バヂィッ――ゴオオオオォォォオオッ!

 衝突。
 そして生じた余波が爆風となって周囲の魔物や木々を吹き飛ばす。
 まだ……さすがにパワーじゃあっちの方が上か。
 ウルティオのかかとは、ヘイロスに押されてじりじりと後退していた。
 けど、十分すぎるほどの成果だ。
 周囲に魔物はまだ残っている、これでヘイロスの圧倒的優位という状況は崩れた。

「受け止めた……だと?」

 反応は平坦。
 羽化して感情がなくなったから仕方ない。
 でも、十分なインパクトは与えられたはずだ。
 剣同士がぶつかり合い、火花を散らす中、僕は挑発的に桂に語りかける。

「ねえ桂、さっきは”戦力が拮抗する前に殺す”って言ってたけどさ」

 そして、ここまでさんざん好き放題にやってくれた桂に対する意趣返しとして、皮肉たっぷりに言い放った。

「もう遅いんだよ」





コメント

  • にせまんじゅう

    転スラみたい!
    これからも頑張ってください‼︎

    0
コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品