人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~
58 偽りを暴く鏡
僕は必死に逃げていた。
攻撃は後回しだ、今は無様でもエクロジーから離れることを最優先としなければならない。
指先から放たれる光線が時折肩を掠める、きまぐれに距離を詰めては繰り出される拳を、地面を転げながら回避する。
実力差は歴然としている。
どれだけウルティオが全力で走ろうと桂はぴったりとついてくるし、時折一気に接近して攻撃を仕掛けてくるのだ。
僕が弱るのを待っているのか? だとしたら好都合だ、このままさらにエクロジーから離れてやる。
――今頃、百合たちは住民の避難を手伝っている頃だろうか。
百合もエルレアも、別れ際は泣きそうな声してたな。
そんなの聞かされたら僕だって泣きたくなるっての、今生の別れってわけでもなしに。
「リ、ア、グィル、ジーン」
桂は相変わらず謎の言語を口にしている。
性懲りもなく話しかけてくるってことは、何かしら僕に返事を期待してるってこと?
そもそもこっちの言葉は理解してるのかな。
「謝罪をご所望なら、期待しない方がいいよ。今でも僕は広瀬に”あの世から一生土下座してろ”って思ってるぐらいだから」
……反応は無かった。
けど、僕の言葉を聞いた桂を動きを止め、手のひらをこちらに向ける。
今までの攻撃とは異なる挙動。
僕は警戒し、いつでも回避出来るよう体勢を整える。
すると、桂の手のひらで魔力らしき紫の粒子が渦巻きはじめた。
その後に起きることは大体察しがつく。
「ガーンデーヴァ!」
走って距離を開きながら、右腕に展開したクロスボウを放つ。
今の動きを始めてから桂は動きを止めた、手のひらのアレを使うためにはそれだけ集中が必要なんだろう。
ならあのチャージさえ止めれば――と思ったけど、矢は手のひらに当たった瞬間に消滅してしまった。
めげずに2発、3発と繰り返し放つも、やはり効果はない。
ガーンデーヴァじゃあのクラスの相手には効果は期待できないか、反動も少ないし移動しながら使えるから便利なんだけどな。
なら次は可変ソーサリーガンで!
念じると黒い銃が光を纏いながら現れる。
相手は人間サイズ、ならば使うのは狙撃形態。
グリップを握り、引き金に指をかけ、狙いをすまして銃弾を放つ。
ドンッ!
魔力の凝縮された握り拳ほどのサイズの球体が、回避不可能な速度で桂に迫る。
「ギ、ニウッ」
バヂィッ!
ガーンデーヴァと同じく手のひらで受け止めようとするも、弾かれ溜め込んでいた魔力が霧散する。
良し、止まった。
「ラ、ルージ、カ、ヮウト」
次は両手で魔力のチャージを開始する。
先ほどと同程度の威力では止められないだろう。
けど、今のが僕の最大火力と思われちゃ困る、まだ僕には手段が残ってる。
「彩花、力を貸りるよ……スキル発動、魔弾の射手!」
スキル発動と同時に、障壁が消失する。
代償として上がる出力、さらに多くの魔力が可変ソーサリーガンに込められる。
HP0、一撃でも攻撃を喰らえば死ぬ状態。
けど、どうせ当たったら死ぬんだ、HPがあろうとなかろうと関係は無い。
しっかりと狙いを定め――発射。
ドウンッ!
サイズは変わらない、しかし色は濃く、見るからに込められている魔力量は増している。
例え両手になろうとも、そう簡単に止められてたまるもんか!
魔力同士がぶつかり、激しくせめぎ合い、火花を散らす。
「ガゥ、ジェゥア……」
バヂイィィッ!
しかし桂の手に渦巻いていた魔力は次第に押されていき、再び先ほどと同じように弾かれ、チャージした魔力は消え失せた。
彼は自分の手のひらとウルティオを交互に見つめる。
「ィ、リァング、レイ、レイ、リ、クル」
意味はわからないけど、意志は何となく伝わってくる。
『過小評価だった、戦法を組み直す』とでも言ってるんだろうね。
そうやって桂がぼーっとしてるうちに、僕はさらに遠くへと駆けてゆく。
エクロジーの町並みはもう見えない、さすがにここでの戦闘なら百合たちを巻き込むことは無いだろう。
今のうちに魔弾の射手を解除し、障壁を元の状態に戻す。
さらに、今後の戦闘で使えそうなスキルを整理しておく。
霧に消える悪意を使って姿もくらましておきたい所だけど、それで相手が諦めてエクロジーに戻られたんじゃ意味がない。
正直怖いけど、このまま姿を晒したまま逃げるしか無い。
親愛なる友は戦闘向きじゃないし、卑劣なる俯瞰者はすでに発動中、正義の味方は――ああ、そうか、このスキルのお陰でHPが減るほど耐久力が上がる、数字以上にはHPに余裕があると思っていいのか。
つまり、あと1発ぐらいなら攻撃を受ける余裕がある。
羨望せよ我が領域による攻撃は止められた、でも使い所によってはまだ役に立つはずだ。
はてさて、この手札でどうする?
ヴァジュラは真正面から受け止められたし……いや、でも可変ソーサリーガンによる狙撃は確実に相手にダメージを与えていた。
どうして? あの攻撃の時は平然としていたくせに。
チャージを中断され、腕が弾き飛ばされるという明確なアクションが無かっただけで、実は有効だったのか?
ま、どうせ都合の良い切り札なんて無いんだ。
モンスで食ったアニマから手に入れられたのも、スキルと武装がそれぞれ1個だけ。
スキル影の病――鏡が無いと使えないスキルなんて、森と山しか無いこの場所でどう使えってんだか。
武装の方も多数を相手にする時ならともかく、強い1人の相手には使い物にならないみたいだし。
辛抱強く避けて、攻撃を叩き込んでいくしか無い、か。
考えているうちに、背後から桂が猛スピードで近づいてくる。
振り返り、頭部ハイソーサリーガンを乱射して足止めを図る。
が、桂は雨のように降り注ぐ弾丸全てを器用に避け、すぐさま僕の眼前にまでたどり着く。
「シヴァージー!」
繰り出される右足を、左手の手甲剣で受け止める。
ガゴォンッ!
手に鈍いしびれ、右半身に凄まじい衝撃。
だがよろめきながらも、クリーンヒットは避けた。
しかし桂は続けざまに拳による攻撃を仕掛けてくる。
どうやら、肉弾戦が最も有効だと判断したらしい。
確かにまあ、その気になれば――この図体の差だ、こっちの攻撃なんて簡単に避けられてしまうだろう。
「っりゃあ!」
ブゥンッ。
シヴァージーによる斬撃は空を切る。
そして桂の緑色の拳が、右頬に叩き込まれた。
ガゴォンッ!
脳に吐き気がするほどの衝撃、同時に体が浮かび吹き飛ばされる。
桂はさらに吹き飛ばされているウルティオに近づき、顔のど真ん中に右ストレートを放った。
ボゴォッ!
「は、ぶぇっ」
情けない声が漏れる。
地面に叩きつけられ、何度かバウンドしながら転がると、最後は仰向けになりながら寝そべる。
頭がくらくらする、起き上がろうにもうまく体が動かない。
脳震盪に近い状態なんだろうか、アニマでもそんなことあるんだな。
朦朧とする意識の中、桂がウルティオの胸の部分に降り立ったのが見えた。
現在のHP、2400/55800。
あ、死んだなこれ。
2発も殴られて耐えられたのは、正義の味方の効果のおかげか。
でも、どうする? ここから、どうやって戦う?
仮に切り抜けたとしても、あと1発でも食らえば死ぬ状況から、どう逆転しろって言うんだか。
ぼやける視界の中で、桂が拳を振り上げているのが見える。
胸のあたりってことは、心臓でも貫くつもりだろうか。
「ッ……アグニ!」
僕は桂の体を握りしめると、手のひらに仕掛けられた火炎放射を起動させる。
密着した状態で、彼の体に高温の炎がまとわりついた。
「グ、ラァゥッ」
桂はすぐさま手を振り払うと、僕から離れていく。
はっ、やっぱまだ諦めるには早いかな。
全然効いてないわけじゃないんだ、まだまだ行ける!
桂はすぐさま反転して飛び蹴りを放ってくる、僕は転がりながらそれを回避。
ボグォオッ!
森に突き刺さった桂の蹴りは、木々の根ごと大地をえぐり、大量の土が舞い上がる。
どうにか起き上がった僕は、次に放たれた桂の拳をバク転しながら回避。
次は性懲りもなく近づいてくる彼に向けて、凍結の魔法を纏った膝蹴りを放った。
パキ……キ……!
すぐさま体を覆う氷は壊されてしまうけど、全く意味がないわけじゃない。
氷を壊すというワンアクションによって若干の動きの遅れが生じる。
「そうか、氷か……」
僕は呟きながら、頭部ハイソーサリーガンを放ちながらバックステップ。
着地と同時に――
「ヴァジュラ!」
胸部大型ソーサリーガンを放射。
桂の体は光に包まれた。
これが厄介なんだ。
確かにヴァジュラは威力が高いけど、桂の体がビームにすっぽりと覆われてしまって見えなくなる。
そして彼は平然と、そのビームの中を移動して僕に迫ってくるってわけ。
最初はそれでやられた。
けど、そう何回も同じ手でやられるわけにはいかない。
人間は学ぶ生き物なんだから。
「スキル発動、羨望せよ我が領域ッ!」
ヴァジュラの放射もそこそこに、地面を蹴り上空へ飛翔。
「ゥイ、オ、ンァ」
ウルティオの寸前にまで迫っていた桂の拳は、虚しく空を切った。
そしてすぐさまこちらを見上げる。
桂はその場から垂直に上昇、僕の次の動きを読み、下降からの飛び蹴りを待ち構えた。
でも甘いよ桂、そう同じ手を何度も使うつもりはない。
ウルティオの脚部が魔力を噴射、下降を開始するも、向かう先は桂ではない。
全く別の方向――何もない地面に向かって、だ。
「フリームスルス!」
再び冷気の魔力を纏いながら、地面に着地。
地面は凍りつく。
透き通った、不純物の無い氷が土と木々を覆う。
「アィヲ、イェ、ウ」
僕の不可解な行動に対応しきれないのか、桂の反応が若干遅れる。
罠の危険性を考慮してスピードを落としながら、こちらへ接近してきた。
そして、彼が凍った大地の上に差し掛かりそうになった時――地面に向けて、頭部ハイソーサリーガンを発射する。
土と共に、氷を舞い上がらせるために。
透き通った氷は、周囲の景色を鏡のように映し出した。
「スキル発動、影の病」
右手を前に突き出しながら、宣言。
すると宙に浮かぶ氷に映し出された桂の姿が、実体を持ち鏡と化した氷の中から這い出てくる。
それは1体だけではない。
映し出された像全て――20体以上の桂が、わらわらと氷から現れるのだ。
むろん、現れたコピーは所詮劣化したレプリカでしかないが、どうやらある程度コピーした相手に戦力は依存するらしい。
「リ、ォ、ル、ェ」
言葉から感情は読み取れない。
まあ、現れた自分のコピーに戸惑ってるんだと思っておこう。
桂は取り囲まれ、コピーたちは容赦なく桂に殴り掛かる。
1体1体は大した強さじゃない、一度殴られただけで鏡のように砕け散ってしまう。
しかしそれが20体。
ダメージは少しずつ蓄積されていく。
僕は囲まれ、殴られる桂から距離を取ると、可変ソーサリーガンを構えた。
もちろん狙撃形態で、魔弾の射手を発動しつつ。
桂の動きが鈍っている。
やはりヴァジュラも、全くノーダメージだったってわけじゃないらしい。
ただ、痛みを感じないだけで。
狙撃タイミングは、コピーがある程度減り、狙いを定めやすくなった瞬間。
遠方からの狙撃でとどめを刺す、それでおしまいだ。
けど……どうにも引っかかる。
確かに強かったけど、威力も頑丈さもヘイロス・ブラスの方が上だったように感じられたからだ。
あの時は、僕だけじゃなく百合やエルレア、フラン、キシニアまで一緒だった。
つまり、1対5の状況で、さらにはオリハルコンの暴走を誘発してどうにか勝てただけ。
なのに今回は、満身創痍とは言え、僕1人だけで倒せてしまいそう。
プラナス曰く、”羽化”した人間はオリハルコンを身にまとった時よりも更に強くなると言っていた。
あれがさらに強くなった状態だって言うんだろうか。
それとも、まだ何か――
「コ、ィ」
声が聞こえる。
桂の声は、耳を傾けてみると、最初の時よりもはっきりと、明確になっている気がする。
彼自身が、体に慣れてきたのだろうか。
そして、数の暴力に翻弄され、動きが明らかに鈍りながらも、反撃もせずに落ち着いた様子で何かを呟いた。
「ヘ、イ、ロ、ス」
聞き覚えのあるその言葉は――桂のアニマの名前。
僕は妙に納得してしまった。
彼が思ったより強くなかった理由が、なるほどそうだったのか、と。
桂の体が光に包まれる。
その向こうに見えるシルエットは、何度か交戦したヘイロスそのもの。
しかし、色は緑、体は透き通り、なにより孕む魔力の量が違う。
光が晴れ、その姿を白日のもとに晒したヘイロスは、背負った体験――エクスカリバーを引き抜くと、軽く薙ぎ払う。
バシュウッ!
切り裂くとか、砕けるとか、そういうレベルではなく、彼を囲んでいたコピーたちは一瞬にして消滅した。
「シロ、ツメ。こコ、からが……本番、だ」
剣の切っ先をこちらに向け、桂が抑揚の無い声で宣言する。
何が本番だか、もう終わってるようなものじゃないか。
僕は内心で悪態を付きながらも――退くことは許されない、と引き金にかけた指に力を込めた。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
310
-
-
1359
-
-
147
-
-
549
-
-
52
-
-
55
-
-
59
-
-
23252
-
-
4
コメント
Σ黒兎
背負った体験→背負った大剣じゃないですか?