人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』で成り上がる~

kiki

50  たったひとつの冴えたやりかた

 




「うんうん、やっぱり挨拶は大事だよね。わたしの思った通り、お兄さんは素敵な人だっ」

 僕とのやり取りに満足してるのか、フランサスはニコニコと機嫌が良さそうだ。
 ”一度攻撃を仕掛けた相手にはスキルの効果が発動しない”とエルレアが考察していたけど、いきなり姿が見えるようになったってことは、正解だったのかな。
 使い手であるフランサスだって、その特性は利用しているはず。
 なのに甘噛みなんかして、あえて姿を見せたのは――敵対するつもりは無いってこと?

「どうして……今まで隠れていたのに、僕の前に姿を現したの?」
「わたしはゲームに負けたから」
「ゲーム?」
「倍々(バイバイ)皆殺しゲーム! 毎日殺す人数を倍にしていって、皆殺しにできればわたしの勝ち。でも邪魔されちゃったから、わたしの負け。あーあ、あの場にいる全員を殺せたら今日は成功するはずだったのに、まさか攻撃されちゃうなんて」

 当てずっぽうだったけど、あれ本当にゲームだったのか。
 そして精神的に成熟していないというのも、的中していた。
 フランサスの年齢は僕より5歳以上下に見える、成熟していないのも当然のことだ。

「負けたら、本当はその時点で殺すのはやめにしてゲームはおしまい。この町ともお別れしないといけないんだけど、どうしてもお兄さんとお話したいから、つい”かぷっ”てしちゃった。仕方ないよね、わたしの存在に気づいてくれたのは、お兄さんで2人目だもん。やっぱり人を沢山殺したから、死の気配が見えてたんだよね? お兄さんの周りにも死が渦巻いてるもん。キシニアも同じだった。ううん、お兄さんの方がもしかたらもっとすごいかも」

 よほど僕と話すのを楽しみにしていたのか、フランサスは畳み掛けるように僕に話しかけてくる。
 ただでさえ彼女の登場で混乱してる所に、この情報量。
 脳が受け止めきれるはずがなかった。

「待って、フランサス」
「フランでいいよ、お兄さんなら」
「じゃあフラン、1つずつ確認してもいいかな?」
「うん、わたしのことなら全部おしえてあげる」

 素直だ。
 殺気も感じられない。
 けど、足元にはおそらく沢山の人を殺してきたであろう、血に塗れた、フラン自身の身長とそう変わらないサイズの銀色の凶器が転がっている。
 その形に一番近い工具・・はニッパーだろうか。
 鋭い先端を背中から突き刺し、グリップ部分を広げることで体を真っ二つに引き裂いてしまうんだろう。

「まずは、フランのスキルの説明を聞きたいな」
「わかった。わたしのスキルは善悪の彼岸インヴィジブル。じょーじはつどう型のスキルで、相手に攻撃を加えるまで何をしても気づかれない」
「常時発動型って……自分じゃ切れないの?」
「うん、だからわたしを見つけてくれたお兄さんは素敵な人なの♪」

 フランの存在に気づいたのは、僕で2人目だって言ってた。
 1人目が、王都で交戦した帝国のアニマ使いキシニアだって言うんなら、この子はそれまでどうやって生きてきたんだろう。

「おーい岬、聞いてるー?」
「さっきから随分と静かですが、どうかしましたか?」

 百合とエルレアが僕に話しかけてくる。
 やはりフランの存在には全く気づいていないようで、僕は今までずっと黙っていたことになっているらしい。

「フラン、みんなに君のことを知らせてもいいかな?」
「いらない。お兄さんが居たらそれでいい。わたしとだけお話しようよ」
「百合に、エルレアに、ラビー。みんなとの出会いがあって、初めて今の僕になれた。みんなと出会わなかったら、フランの存在に気づくこともできなかったかもしれない」

 一方的に巻き込んでばかりで、そんな素敵な出会いでもないけども。

「むー、お兄さんわがまま」
「ごめんね、けどこれだけは譲れないから」
「わかったよぅ、じゃあちょっと待っててね」

 フランはとてとてと小走りで百合に近づくと、「えいっ」という掛け声と共に軽いグーパンチを彼女の頬に当てた。

「うわっ、何っ、誰っ!?」

 素っ頓狂な叫び声を上げながら、椅子からずり落ちそうになる百合。
 続けて、百合の膝の上にいるエルレアにパンチ。

「ひゃっ!」

 そして最後に、ラビーの脛にキック。
 ゴスッ、という鈍い音が響く。

「いっつうぅぅぅ……!」

 なんかラビーの扱いだけ酷くない?
 何はともあれ、全員に攻撃を仕掛けたおかげで、フランの姿が見えるようになったようで。
 2人の視線は、僕の傍に戻ってきた彼女に集中した。
 ラビーはまだ脛をさすりながら苦しんでいるようだ。

「岬、まさかその子……例の殺人鬼じゃ」
「うん、そうだよ。わたしはフランサス・スペクタヴィリス。お兄さんがどうしてもって言うから姿を見せてあげたの」
「お兄さん、ですか?」

 ”お兄さん”という言葉を聞いて、百合とエルレアの視線がラビーに向けられる。

「違うよ、お兄さんはミサキお兄さん。そこのラビーとかいうちんちくりんなやつじゃないの」
「脛蹴られた上にちんちくりんって……」

 ラビーは1人でショックを受けている。
 まあじきに復活するだろうから彼は置いといて。
 あまりに自然に”お兄さん”って呼ばれるもんだから、違和感無かったな。
 いや、本来はお兄さんで正しいはずなんだけど、そういや今の僕って女なんだよね。
 下を向いて見える2つの膨らみを見てそれを再確認する。

「でも、なんでお兄さんは胸にそんな物入れてるの? 体も細いし、髪も長いし、顔も女の人みたい」

 本当に男だと思われてたのか。

「女だからね」

 僕の言葉だけでは納得出来ないのか、フランは僕の胸をむぎゅっと鷲掴みにした。
 意外と痛い。
 そのまま何度か揉みしだくと、驚いた表情をして僕の顔を見ながら言った。

「ほんものだ」

 そりゃそうだよ。
 続けてフランはズボン越しに僕の股間にぺちぺちと軽く触れると、またまた驚愕しながら言った。

「上があって、下がない!」

 言わなくてもわかってるっての。

「おっかしーなー、わたしの感覚が外れたことなんて無いのに。男の人と人殺しの匂いが染み付いてるよ?」
「元々男だったからね、色々あってこんな体になっちゃったっけど」
「色々あったら、女になれるの?」

 それはむしろ僕が聞きたいぐらいだ。
 魔法によって任意の性別に戻せるんなら、男に戻して欲しいんだけど。

「お兄さん……ううん、お姉さんは不思議な人なんだね。それぐらいじゃないとわたしを見つけられないってことなのかな」

 顎に手を当て、首を傾けるフラン。
 特異な人間であることは否定しない。
 この体にならなければ、アニマ使いになれなければ、復讐なんてことも考えなかっただろうから、あながち間違いとも言えないのかな。

「それでミサキさん、そのフランサスって子と何を話してたんです?」

 ラビーが脛をさすりながら、若干の敵意を持ってフランを睨みつけて言った。

「聞きたいことが沢山あったから、ちょうど質問をしてた所だったんだ。さて、じゃあさっきの続きだけど、フランは帝国から来たってことでいいのかな?」
「うん。王国に沢山迷惑をかけてこいって、クリプトおじさんから言われて送り出されてきたんだ」
「クリプト?」
「王国の人はぜんぜん知らないんだね。四将の1人だよ、クリプト・ザフォニカ。ルールに厳しいめんどくさいおじさんなの」

 僕を王国の人間と呼んでいいのかは微妙な所だ。
 けど、王都にいる間も四将なんて名称は一度も聞いたことがなかった。
 アイヴィがキシニアと交戦した時も、将官クラスとしか言っていなかったし、帝国の中だけで通っている俗称なんだろう。

「つまりそのクリプトって男に指示されて、王国を攻撃するためにやって来た、と」
「指示ってより、伝言かな。キシニアがそうして欲しいって言ってたって。クリプトとキシニアは仲が悪いのに珍しいなとは思ってたけど、仲直りしたならそれが一番いいよね!」

 いい……のかな。

「フランサスちゃん、ひょっとするとそれは……」
「どうかしたの?」
「クリプトという人に、騙されたのかもしれません」
「騙す? どうして?」
「キニシアさんという方を孤立無援にするため、でしょうか」

 エルレアが僕が思っていたことを先に言ってくれた。
 要は厄介払いだ。
 フランは四将のうちの1人であるものの、実質的にはキシニアの部下のような扱いだったに違いない。
 彼女のスキルを使えば、暗殺などお手の物。
 その存在は、キシニアと対立するクリプトにとっては厄介極まりないものだったはずだ。
 しかし、フランには致命的な弱点があった。
 所詮は幼い少女に過ぎないということだ。

「……キニシア、もしかしてピンチ?」

 エルレアがこくりと首を縦に振る。
 すると、フランの顔色がさーっと青ざめ、一歩、二歩と後ずさる。

「ど、どど、ど……どーしよ!? 早く帝国に帰らなきゃ! あっ、でもお姉さんたちのことも気になっちゃうよぉ!」
「そういや、フランサスちゃんが帝国に帰るんなら、私たちの案内も頼めばいいんじゃない? タヴェルナさんを殺したのこの子なんだし」

 確かに百合の言うとおり、単身で帝国からやって来たフランなら、案内ぐらいは出来るかもしれない。
 けど、彼女の場合は能力を駆使して強引に突っ走ってきた可能性もあるからなあ。
 まともに案内出来るか不安だ。

「タヴェルナって、だあれ?」
「酒場のおじさん。私たちを帝国に案内してくれる予定だったの。と言うか、あの人って帝国軍の人間なのに、殺して良かったの?」
「そう言えば、モンスに味方が居るとか言ってたような……わたし、キシニアに怒られるかもしれない……」

 みるみるうちに落ち込んでいくフラン。
 なんか、見てるとこの子が町の人たちを惨殺したとは到底信じられないな。
 返り血とあの凶器さえなければ、だけど。

「あっ、でもお姉さんたちを連れて行ったら、キニシアも喜んでくれるかも!」

 さっきからキシニアキシニアって、よっぽど彼女のことが好きなんだな。
 姉代わり、ってやつだろうか。

「そうと決まれば、早くこの町の人たちを殺して出発しよう!」
「殺す必要があるのですか? 私個人としては、それでも構いませんが」
「わたしが殺したいわけじゃないよ。ゲームには負けたから、わたしの都合はそれでおしまい。けど、お姉さんたちはソレイユって人を助けたいんだよね?」
「その話も聞いてたんだ」

 プライベートもへったくれも無いな。
 モンスに入ってからの会話は、全てフランに盗み聞きされている可能性があるわけか。
 確かに便利だ、キシニアが彼女を手放さない理由もよくわかる。

「でも、なんで町の人たちを殺すことがソレイユを助けることになるの?」
「あの人には復讐以外に何もない、だから今のまま商人ギルドの人たちを殺して復讐を終えても、真実を知ってフォードキンやラクサって人たちを殺しても、どちらにしても危ういって話なんだよね」
「そういういことになってるね」
「じゃあ簡単だよ、新しい生きがいを作ってあげたらいいの!」

 フランは両手を腰に当てて、「ふふん」と得意げだ。
 そんな簡単に生きがいなんて作れるなら、誰も苦労しないっての。

「生きがいって、例えば?」
「町の人を殺した、お姉さんたちに対する復讐だよ」

 一瞬面食らって、少し間を開けてから――”ああ、そっか”と、妙に納得してしまった。
 復讐が終わっても、また新たな復讐さえあれば、ソレイユは生きていける。
 その対象が自分自身なら、確かにとても簡単なことだ。
 町の人々を殺すだけで、条件を満たすことができる。
 本当はこんな王国の町なんて最初から滅ぼしたかったぐらいだし、アニマだって喰える。
 一石二鳥……いや、それ以上じゃないか。

「待ってよフランサスちゃん、そんなことしたら今度はボクたちが追われることになる」
「フランサス、ちゃん?」
「……フランサス、さん」

 ラビーに対してはやけに高圧的なフラン。
「なんでボクだけこんな扱いなんだよ」と愚痴りながら、ラビーは言い直した。

「どうせ帝国に行くんだから追いかけられないよ。それこそ、軍や王国の力を借りない限りはねっ♪」

 何の後ろ盾もない人間が、国境を行き来するのは難しい。
 それに、もしソレイユが軍に参加するのだとしたら。
 あらかじめ彼女の存在をプラナスに知らせておけば、オリハルコンの件で追い詰められた彼女への援軍も送ることが出来る。
 加えて――

「ラビー、ソレイユの両親が死んだ事件の資料さ、もし彼女が見たとして……ひと目で信用して貰えるような内容かな?」
「正式な書類であることを証明する印も押してありますし、モンス出身のソレイユさんならわかると思いますよ」

 ――それなら、いい。
 うん、とてもいい。

「なっ、待ってくださいよミサキさん、まさか本当に町の人たちを殺すつもりですか? ソレイユさんを敵に回すことになるんですよ?」
「それでいいんだよ、むしろ殺さない理由が無くなった」

 思わず口角が上がる。
 単純に王国の人間を殺すのが楽しみだし、それにただ殺すだけで僕の利益になるんだから。
 こんなにうれしいことはない。

「ありがとうフラン、おかげでもう悩まなくて済みそうだよ」
「わたし、えらい?」
「うん、えらいえらい」

 褒めてやると、フランは甘えるように頭を差し出してきたので、望みどおり撫でてやる。
 柔らかな髪の感触が指に絡む。
 フランは「んふふー」と上機嫌に笑った。
 そうやってしばらくフランの頭を撫でていると――百合とエルレアがじーっとこちらを見ていることに気づいた。
 僕は思わず苦笑いを浮かべると、フランの頭から手を離し、百合、エルレアの順番で2人の頭を撫でた。
 ったく、褒めても無いのに無意味に撫でられて、何が嬉しいんだか。
 とか言いながら、僕もにやついてるんだけど。

「ラビーくんも撫でてもらったら?」
「遠慮します!」

 必死に拒否するラビーを見て、僕たちはケラケラと笑った。

 日本に居た頃は、実家でもクラスでもこんな空気を感じたことは無かった。
 唯一、姉――みこと、もしくは彩花とふたりきりになった時は、気が楽だったり、心が安らいだりはしたけど。
 それとはまた違う。
 心地よい空気感、僕だけの居場所、人殺しになったからこその――



◇◇◇



 やがて日が落ちる。

 百合は鼻歌を歌いながら上機嫌に。
 エルレアは頬を紅潮させながら発情したように。
 フランは踊るようにスキップしながら。
 そして僕は、希望に溢れた未来に思いを馳せながら。

 人々が寝静まった夜深く。
 4人のアニマ使いは、モンスの町に引導を渡すべく、意気揚々と宿を出た。





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