天の仙人様

海沼偲

第145話

 戦いは再び振出しへと戻る。俺たちが全力を出して傷つけたそれらは全てもとに戻ってしまっているのだ。先ほどまでのまるで弱り切っていて、すぐにでも死んでしまいそうな姿からは想像できないほどに、ぴんぴんしているのであった。俺たちの全てをバカにしているかのようである。心が折れてしまうかもしれない。だが、そこで、踏みとどまらなくてはならない。それだけが、俺たちに望まれていることである。心が折れてしまえば、勝ち目なんて言うものはありえないのだから。最後の踏ん張りが負けてはならないためなのであった。
 再び、踏み出す。突撃である。それしかない。ただ、むやみやたらとするわけではなく、一つ一つ、確かめていくようにしていかなくてはならない。弱点を探していくようにである。俺たちは二人がかりで、常にキメラのそばに張り付くようにしながら、攻撃を与えていく。彼の身体能力は爆発的に高まっているが、戦闘における技術というものは、元が低いせいか、大したことはない。攻撃する前のモーションが少しばかり大ぶりなおかげで、集中さえしていれば、当たることはない。だが、少しでも、集中を切らしてしまうと、確実に命が吹き飛んでもおかしくはない攻撃をもらう羽目になる。技術のつたなさを圧倒的なまでの身体能力によってカバーできるのだから。攻撃に入るまでの動作が読みやすいことは確かだが、一旦動作が始まれば避けるのには相当な苦労が必要な速度で飛んでくるのだ。だから、油断は出来ない。見逃しが死につながってしまう。
 このとおりに、今の彼は、本当に手に入れたばかりの恵まれた身体能力で無理やり戦っているだけなのだ。だからこそ、俺たちが隙を見せないように、慎重に一撃を積み重ねていくことに対応できてはいない。だが、威力を乗せようと思ってしまうと、その瞬間に攻撃が来るからと、少し攻撃が軽くなってしまってはいる。だが、この軽い攻撃を当て続けながらも、どこが一番痛がっているのかを探していく。
 ぺちぺちと軽くたたいているようにしか思えないだろうが、別にそんなことはない。あまりにも装甲が堅いために、ダメージが逃げてしまうから、軽い音になっているだけなのだ。本来であれば、いくつもの骨を粉砕しているであろう破壊力で殴っていることは確かである。

「くそっ! ちょこまかとうっとうしい奴らだ! 絶対にぶち殺してくれる!」

 彼はどうやら俺たちが周囲に張り付いて嫌がらせのような攻撃をしてくることにストレスを感じているようであった。同じような手段を取られてしまえば、俺も同じ気持ちになることだろう。しかし、彼はここでストレスを体に出してしまうというミスを犯してしまうのだ。だからか、より攻撃は一撃で相手を倒せるように大振りへと変わっていく。そうなれば、さらに避けやすくなる。今までも攻撃を読みやすいモーションであったのが、それがさらに大きなものへと変わったのだから。これで避けられないのなら、特待クラスに在籍することなど出来るわけがない。むしろ、俺たち自身のプライドとの戦いの要素が強くなっているような気がしないでもなかった。
 と、探るように攻撃を当てていると、膝裏の一撃に対しては今までと大きく反応が違った。今までならば、何でもないかのように耐えきってみせるというのに、膝裏の一撃だけにはがくりと体を揺らしてその力を耐えることなどできないとばかりに、膝を地面に付けたのである。たしかに、膝裏を攻撃されれば、崩れることは確かだろう。だが、あまりにも人の姿から大きく変わっていたために、気づかなかったのである。その瞬間に狙っていたかのように、針のように尖らせた、黒い棒が彼の膝裏へと突き刺さる。その痛みにこらえることは出来ないと言わんばかりに、絶叫を上げている。無理やり立ち上がろうとしているが、膝に力が入らなければ立つことは出来ないだろう。彼は無様に地面にはいつくばっているのである。
 キースが用意している黒い針は膝裏だけではなく、肘や肩といった箇所に突き刺していく。まるで標本にでもされているかのようであった。だが、これで完全に彼を拘束することは出来たのである。出来ることなら拘束しておきたかったのだから、目的は達成した。なにせ、今までに見たことのない魔法陣の使用と、それに伴うキメラ化。そのどちらもが彼を殺してしまうには惜しい情報なのである。
 今この場には、ルイス兄さんがいるおかげで、まだ結界を壊す必要がないというのも大きい。王族に在籍しているともいえる人間なために、兄さんが伝える情報はそれなりの信用と価値がある。すぐさま、兄さんは尋問に入る。これで、何か重要な情報が出てくるといいのだが、当然何も知らされていない可能性だってある。とはいえ、やらないわけにはいかないだろう。

「こ、こんな拘束程度であれば、すぐにでも……」
「無理だろう。お前のような自分の身分に溺れて努力を怠ってしまった人間には決して抜け出すことは出来ないだろう。僕としては、お前がそんな惨めで無様な姿になってまで、僕の幸せを憎んでいるようであることに驚いているわけだけれども。まあ、これから先は実験動物として扱われるかもしれないね。なにせ、知性のあるキメラなんて、めったなことでは手に入るわけじゃあないからね」

 どうやら、キースが突き刺した黒い針には魔力の流れを大きく阻害する力があるらしい。抵抗しようと、魔力を操作しているように見えるのだが、しばらく動かすと、動かし方を忘れてしまったかのように、どこかへと消えてしまうのである。その間、常に集中していないとダメらしいのだが、それだけでも、非常に大きな助けとなる。少なくとも、普通ならば、こんな悠長にキメラを拘束なんてしていられないのだから。だが、キメラを拘束することにもそれなりの負担があるために、キースの額から大粒の汗が流れていることが確認できた。出来る限り早く終わらせてあげたほうが良いのだろう。
 だが、どれだけ尋問をしていても彼が口を割ることはない。何かの恩があるのか、または、また別の拘束によって情報を吐き出せないようにされているのか。だが、魔術的な拘束は、キースの魔法によって、霧散しているはずである。なにせ、魔力の流れをかき消す魔法を打ち付けられているのだから。それは、彼自身にかかっている魔法にも通用する。だから、その可能性はないだろうと俺たちはわかっているのである。となれば、彼はそれ在りに義理堅い人物であるということだった。ならば、こんなバカげた力に身をゆだねることないと思うのだが。
 何かを感じ取ったように、最も近くにいたルイス兄さんが突然飛び退いた。俺たちもそれにつられるように後退する。そして、彼の方を見てみると、どうやら異常が起きているのだということが分かった。獣のような唸り声を上げながら、無理やり立ち上がろうともがいているのであった。しかし、あの魔法を固定しているキースは汗をかきつつも確かな余裕を持っている。少なくとも、外れる心配はない。そう思っていたのだが、それを超える力を発揮しているのである。だんだんと額から流れる汗の量が増えていく。
 そして、完全に拘束は外れた。雄叫びを上げながら、立ち上がったのである。だが、そこには先ほどまでの理性を感じることは出来ない。完全なキメラへと変わってしまったのだろう。理性の糸が完全に焼き尽くされてしまえば、元に戻すことなどできないだろう。ならば、彼のためにも殺してやらねばならない。それが最善であった。この場の全員がすぐに、その結論に到達する。

「わかっているな! 今立っているのはもう人間ではないぞ! ただの暴れまわることしか考えない獣だ! 同情はするな! 全力で殺すぞ!」

 兄さんは大声を上げて、俺たちに伝える。これは大事なことだ。少しでも捕獲の可能性があってはならないのだと判断したのだから。そのために、討伐することを絶対に優先なこととして俺たちにお目標に置いておかなくてはならない。だからこそ、兄さんは大声によって、第一目標を伝える。王族側の許可という要素もあるのだ。
 だが、彼は先ほどまで以上に力でこちらを攻撃してくる。まともに近づけばひき肉になってしまうだろう。だから、懐に潜ることは出来ないし、魔法で攻撃しようにも、あまりに効いているように見えない。いや、確かにそれなりの威力を出せば、ダメージを負わせることは出来るのだが、それ以上のスピードで治癒していくのだ。キメラ特有の人体の影響を考えないような回復速度でもってである。だが、どれだけの時間を戦えるのだろうかというのはわからない。個体差があるのだ。だから、数時間持ちこたえればいいとかそういうことは言えない。最長記録は一年である。一年間戦い続けることは俺にしかできない。だから、相手が先に力尽きるのを待つという作戦は最初からないのである。
 とはいえ、俺が最も敵の注意をひきつけるのに最適だというのはわかっている。だから、俺だけがより近くにいる。だからだろう、本能で生きているような相手にはこれが通用してくれる。俺だけを狙ってくれるのである。彼の全身全霊の攻撃が俺を殺すためだけに振るわれるのである。そのおかげでもって、残りの三人は安全に攻撃できている。とはいえ、その攻撃全てが通用しているわけではないが。
 しゅるしゅるとアオが心配そうに俺の顔を見ている。だが、俺は不敵に笑う。今この場では最も説得力のある顔つきだろう。俺は大丈夫だと伝えているのである。だからこそ、アオもそれっきり心配するようなそぶりを見せたりはしない。むしろ、顎を外したのかと思うくらいに大口を開ける。
 その直後である、圧というべきだろうか。そのような空気のような透明な塊がアオの口から発射されるのである。その威力はすさまじい。俺がしっかりと地面に足をつけて踏みしめていなければ吹き飛ばされているかもしれないほどなのだから。だが、それだけの威力を直接浴びてしまえば、相手も同じように踏ん張り切れなければ、飛ばされる。そうでなくてもバランスを大きく崩す。彼は、自身の常人離れした身体能力のおかげで、なんとか吹き飛ばされずには済んだだろうが、そのおかげで、接近するのに必要な距離が長くならずに済んだ。
 衝撃波とでも言うべきものを直撃してしまったためか、ボロボロに鱗が剥がれ落ちて、つるんとした肌が見えてしまっている。当然、鱗が表皮なのだから、体中から出血している。真っ赤に染まったからだは見るも無残であるが、まだまだ息をしていることはわかっている。アオが自慢げに舌を伸ばしているが、俺はその姿を傍目に見ながらも、突撃する。今しかチャンスはないと思えた。痛みで彼の動きが止まっているのだから。ただの空気の塊をぶつけられたことによる一撃のあまりの重さに驚いてしまっているのだろう。
 俺の手刀は真っすぐに彼の首筋へと向かっており、そのまま当てる。それだけではない。そのまま首を斬り飛ばすのである。熟練された手刀は真に刀といってもおかしくはないだろうが、俺はそれだけではなく、仙術によって、手先を鋼鉄よりもさらに硬く、そして切れ味も鋭く。相当な集中が必要だが、なんとかうまくいってほっとしている。
 首は大きく宙を舞っており。それは妙に綺麗に見えた。今この瞬間まで死ぬとは思っていなかった人間のきょとんとしたような顔である。そんな顔が俺たちの頭上をふわふわと飛んでいるのであった。目を奪われてしまっても仕方のないことだろう。
 が、それで満足してはならない。今この瞬間に俺に対して全力の拳を振り下ろしてくる存在が今もまだいるのだ。首が飛ばされようとも、執念で俺を殺そうとしてくるのだ。すぐにでも距離をとる。なんとか攻撃をもらわずに済んだ。だが、一瞬でも気づくのが遅れてしまえば俺はひき肉かもしれない。少しばかり掠ってしまった左腕からは噴水のように血が噴き出しているのだから。体に直撃していれば、アオを含めて二人仲良くひき肉だろうか。そしたら、アオにあの世でどんな顔を見せればいいか分かったものではない。
 キメラは頭が吹き飛ぼうが、再生する。そのようなふくらみが首から上に出来てくる。だが、それが上手く形どることは出来ていないようで、おそらく口だろうと思える穴から、絶叫とも取れる奇声が上がる。あまりの不快な音に、俺たちは思わず耳を塞いでしまう。だが、そうでもしないと、鼓膜が破れてしまうかもしれない。そんな恐怖があった。それでも、彼は頭を再生しようとしているのだが、上手くできていないようである。それと同時に、体内の魔力が尋常ではない勢いで減少していく。もしかしたら、人間の頭を再生することは想像以上に難しいことなのかもしれない。そんな仮説が立ったところで、彼は力尽きてしまったかのように、倒れ込んでしまった。
 俺たちは近づいて、息をしているか確認をする。だが、そんな様子は見られない。完全に彼は死んでしまったのだとわかる。俺たちは、生き残ることが出来たのであった。

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