天の仙人様

海沼偲

第138話

 俺は覚悟を決める。さすがにここから避ける方法は思い浮かばない。気合を入れて彼ら二体の衝突に備える。精神論でしかないが、それ以上に何かできるというのだろうか。俺は、自分自身の肉体の頑強さを信じるしかないのだ。
 しかし、衝撃は伝わってこない。俺は視線をそちらの方へとむけると、彼ら二体は体が動けなくなってしまっているようで、地面に落ちてもがいていた。だが、かろうじて体をもぞもぞと動かしているだけであり、暴れるということすらも出来てはいない。あまりにも大きな隙ではあるが、今すぐにでもその拘束から逃れそうである。俺はその瞬間に大きく後退し、彼らの攻撃範囲から離れる。おそらくだが、攻撃しようと近づいても確実に二体を倒すことは出来なかっただろう。そう思えた。
 その証明をするように、彼らは一瞬遅れて立ち上がる。金縛りは解けてしまったのだろう。なにせ、俺の両隣でハルとルーシィの二人の仙人が息を荒げながら地面に手をついているのだから。相当に苦しいようで、脂汗をかいているのだ。かろうじて、意識を保っているようにすら思える。

「アランが何気なく……やっていたものだから、私たちでも問題ないのかと……思っていたのだけれども、そんなことは……なかったわね。生命力を全て……削り切ってしまうかと思ったわ。あれだけの大きさは……まだまだ早かったというところかしら……」
「ハルちゃんの……言うとおりだよ。仙術に関しては、あたしたちはアランの……足元にも及んでいないんだって……ことを思いっきり突き付けられちゃった……かな。毎日頑張っていたんだけど、それでも、この程度でしかならないなんてね。笑っちゃいたいくらいにつらいよ……」

 彼女たちでは、あの程度の大きさを長時間拘束し続けることは出来ないのだろう。この反応を見てもよくわかる。彼女たちはここまでが限界だろうか。むしろ、ここまでだけの活躍でも十分である。なにせ、俺が無傷でいることが出来るのだから。これは非常に大きい。だからこそ、今はゆっくりと休んでいてほしい。それが俺が思うことである。むしろ、それ以外は今はいらない。
 俺はその言葉を伝える。すると、それだけでも感謝の言葉をもらえたことで気が緩んでしまったのか、今まで必死に保っていた意識を手放してしまった。俺は彼女たちの脈を確認するが、まだ生きていることはわかる。俺はほっと一息ついた。これで死んでしまっては申し訳ないと思う。だが、彼女たちが生きているのであれば、気絶したままにここに放置しているのは危険だろう。俺は背後へと視線を向けるとルクトルが立っている。彼女たちをこの場から遠ざけるように指示を出す。彼は、この場にいないことに不満を持っているかのようでもあるが、自分がいても意味がないと思ったのか、少しばかりの不満を持ちつつも頷いて彼女たちを連れて行ってくれたのである。
 今は一人になってしまった。クジラオオツバメの子供たちは体勢を立て直してしまったようで、攻撃に移行しようとでもすれば、すぐに上空に飛び立ってしまうことだろう。どうにかして、地面にくぎ付けにしておきたいところである。
 と、足音が聞こえ、こちらにやってきているように感じる。俺の隣へと寄ってきたのはカイン兄さんとルイス兄さんの二人の兄さんであった。どうやら、糸の範囲からわずかに離れていたのだろう。だから、ここまで復帰が早かったと思う。ならば、少しは俺の助けをしてくれてもいいと思うわけだが、二人はどうも、俺のことを見ていただけで、何もしてくれなかったのではないかと思う。まあ、それで死んでは意味がないから、その用心深さはいいことだが。

「さすがに、アラン一人では四体を完全に殺しきることはできなかったね。もしかしたらできるかもしれないと思っていたから、邪魔にならないように遠くから見ていたのだけどね。いやあでも、彼女たちが間に合っていなかったら死んでいたかもしれないと思うと、僕も一緒に戦うべきだったかな? それとも、耐えられたのかな?」
「だが、今度は三人で戦うとしよう。そうすれば、さすがに二体程度ならばどうにかなるだろう? なにせ、もう二体も倒しているのだからな。しかも、アラン一人の力でな。ならば、兄弟の力を見せる時とは言わないが、オレたち三人が集まって出来ないことはないんじゃあないか? 子供二体を倒す程度なら、楽勝だろう」

 兄さんたちはやる気のようだ。確かに、一体ずつを確実に仕留めることが容易になるだろう。これは非常に大きい。俺の体力も少しの休憩のおかげで、ほとんど全快までに回復しているというところも、非常に助けになることだろう。仙人の回復力は数分もすれば全快になる。これで、不安要素は可能な限り排除できたことだろう。あとは、タイミングを見計らうだけである。
 ばさりと準備をするように彼らが羽ばたいた。今の様子から見れば、少なくとも上空に逃げるわけではないとわかる。そして、今の動きが最大の隙でもある。ならば、今できたチャンスを掴まなくてはならないだろう。俺たちは、何も言わずに彼らに突撃するのである。
 別に作戦などは必要ない。俺とカイン兄さんの二人で突撃し、そのサポートを全力で遂行するのがルイス兄さんなのだから。何をするのかということが完全に理解できてしまうのだ。俺たちの突撃に合わせるように、ルイス兄さんは魔法を重ね掛けしていく。恐るべきほどの緻密な魔法である、何重にも絡まるようにして、そして一つ一つが無駄なく役割を担うように、魔法が構築されている。魔法一つが歯車であり、それが絡まり合うことで、より強大な力を生み出すように出来ているのだ。仕組みが一切理解できないが、それをわずかな時間で発現させきる兄さんの手腕には脱帽である。俺たちは、今の状態であれば、あの巨体と正面からぶつかり合っても一撃なら耐えられるほどの頑強さを持っている。それだけではない。だが、その一つだけを取り上げても、兄さんの魔法の才の深さが窺えるのだ。
 クジラオオツバメが二体とも、こちらへと突撃をかましてくる。俺たちの移動速度に負けないほどの突撃速度でもって、こちらへと突進しているのである。ここで、俺たちの魔力を消費させるようなことはしない。俺たちの魔力は彼らに攻撃をするときに全てを放出するつもりなのだ。だから、兄さんがそれまでの道を完ぺきなまでに切り開いてくれる。兄さんの魔法でほんのわずかに、風の向きを変えるのである。ある方向から吹いてくる風を、とある向きへ。普通に生活していればわからないほどの、わずかな差。しかし、今こうして高速で移動している時であれば、よりそれは大きなものとして感じてしまう。それにより大きくバランスを崩すほどに。彼らは翼を持っていかれるように、倒れ込んでしまうのであった。彼らは、魔力を空を飛ぶためにしか使用しない。だからこそ、その風を打ち消す技術がなかったのかもしれない。だが、これは大人のクジラオオツバメには通用しない。子供の、まだ拙い技術しかもっていない個体だからこそ通用する技術でもあるのだ。そして、俺たちには一切被害が出ないように計算されつくした位置へと魔法は発現されている。俺たちの得物は、もうすぐそこまで迫っている。
 くちばしがこちらへと向かってくる。ぐわんと大きく口が開けられてもいる。つついてくるのであれば、無理やりに押し通すこともできたかもしれないが、飲み込まれたらどうなるかはわからない。かみ砕かれるということをする可能性だってある。そうすれば、たとえどれだけ頑強であろうとも、死ぬ。俺ら人間なんて、どれだけ大きな体を持っていても彼らから見ればアリ程度でしかない。そんな相手をつぶすことなんて力など必要あるわけがないのだから。日常の動作で殺すことが出来るのだ。だからこそ、今すぐにでも避けなければならない。しかし、俺たちは慌てたりはしないのである。
 俺たちは無理やりに体を動かすようにして、彼らのくちばしの攻撃を避けて側面にたどり着くのだ。本来ならば、急転換により突撃のエネルギーは完全に消失してしまう。だがしかし、兄さんの魔法のサポートは当然ここでもある。急な方向転換において、その速度を失わずに実行できるのである。俺たちの魔力はまだまだ潤沢に存在している。そして、この魔力の全てを今回り込んだ首筋へ振り下ろす力へとすべて変換するのだ。それならば、ただの手刀ですら断頭するほどの一撃を持ち得ることが可能なのである。そして、俺たちは武器を手に取っている。彼らの運命は言うまでもなかった。
 全力で振り下ろされた剣は真っすぐに彼らの首筋に入っていき、そしてその勢いのままに完全に振り下ろされる。その衝撃のすさまじさははずみで彼らの首がどこか遠くへ飛んで行ってしまうほどであった。さきほどのように骨に阻まれるということなんてありえないほどに綺麗に斬り落とすことが出来た。その首はある建物の一つの屋根の上へと落下する。無骨な建物の屋根におぞましい趣味の装飾品がついてしまったのであった。
 しんと静まり返ってしまった。先ほどまでの生の暴走とでもいうかのような、生存競争が行われていたと思えないほどに静かである。風一つすら吹いていないこの空間の中で俺たち三人は佇んでいるのである。そして、ゆっくりとこぶしを握ったり開いたりとしている。実感を持つためであった。
 全ては終わった。今生きているのは、俺たち人類側の生き物のみである。ほとんどが、自分たちで放出した糸でがんじがらめになっており、抜け出せる様子を見せてはいないわけだが。これは俺が言い出した責任というものがあるが、この糸は魔力で構成されているために、しばらくすれば消えてなくなるだろう。だから、俺はそこまで慌てたりはしていない。
 周囲の形は少しばかり変わってしまった。あれほどまでに美しくなめらかな石畳はそこいらの荒れ地の地面だといっても一切の疑問を抱かないほどにぐちゃぐちゃに壊されてしまっているし、いくつかの建物は半壊である。むしろ、全壊していないだけ質が悪い。正直、立て直すのならば、一からの方が早い場合だってあるのだから。そう思うと、何とも中途半端に王都の中を暴れられてしまったというところだろう。
 とはいえ、範囲で言えば相当に小さくまとまっている。これ以上ない程の大戦果かもしれない。むしろ、恐ろしいまでに死人が少ないというところを褒められてしかるべきである。誇らしさすらある。
 俺は、彼らが安らかにあの世へと向かえるように祈りをささげ、それが一段落すると、クジラオオツバメの親の死体の近くへと戻る。やはり、彼の子供まで殺してしまったのだから。慰めてやりたいと思ったのである。殺した相手に慰められるのは悔しいことだろうとは思うが、これもまた自然選択の一つなのだとも思う。だから、恨まないでほしいというおこがましさを心の中に溜めたまま、彼の元へと行くのである。
 確かに、もう死んでいる。息を吹き返すことはないだろう。先ほどまでのわずかな生気を感じ取れなくなっている。完全なまでに死体としての、ただの肉の塊になってしまった。むしろ、魂が完全に向こうへと渡ってくれたのだろうと思える。それは別として嬉しく思うのだった。
 ふと足もとを見てみると、何かが落ちている。最初は石の破片か何かだと思っていたのだが、しっかりと見ているとどうも違うように思える。それを近くで見てみると、どうやら、石で出来ている一枚の羽であった。アクセサリーなのかもしれない。なにせ、非常に精巧な作りとなっているのが俺の心をひきつけている。とても美しい。しかし、どうやら、少しばかりベタベタとしている。もしかしたら、彼が口の中に入れていたものかもしれない。俺は水でしっかりと洗い落として手に持つ。少なくとも、この持ち主はこれを取り返すことを諦めているだろう。たとえどんな理由だとしても。ならば、俺がもらっても構わないだろうか。彼を倒した戦利品としてもらっていいだろう。そう考えたのである。
 ポケットに石細工をしまうと、もう一度手を合わせる。生まれ変わるときには、今度は寿命で亡くなることを願っている。再び、俺と敵対しないことを願っている。俺が祈ることはこれぐらいしかない。それ以上の祈りは無駄であろう。
 だんだんと、兵士たちも起き上がってくる。どうやら、糸の効果時間が切れてしまったようだ。次々と起き上がってくる兵士たちは今目の前で力尽き果てている四体のクジラオオツバメを見ながら、勝利の余韻……いいや、違うか。生存していること、生き残っていることの喜びに震えているのだろう。だからこそ、声を発することもできずにただ、それを見つめることしか出来ないのだ。俺は何も言わない。なにも話しかけたりはしない。ゆっくりとハルたちの元へと戻る。どこまで遠くへ行ったのかと探すが、ルクトルが手を振っているのが見えるので、そちらへと向かった。静かに安らかな顔で眠っている。胸がゆっくりと動いているから今もしっかりと生きていることが確認できる。俺は気を巡らせていき、彼女たちと混ざり合っていく。俺とハルとルーシィの三人の気が自然と伝って混ざるのである。そうすることで、回復を早めるのだ。彼女たちには助けられたのだから。その感謝の意味を込めるのであった。

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