天の仙人様

海沼偲

第87話

 今日はルーシィと共に、王都の散策をしていた。今までも何度か町を回ったことはあるのだが、今日はルーシィに行ってみたいところがあるということで、その目的地までの景色を見て回っていたのである。足取りはその目的地へとまっすぐ進んでいるのだが、それでも、一つ一つの建物の外観やら人並みやらを眺めていたくなってしまい足が止まってしまいそうになる。そのたんびに彼女に手を引っ張られているのであった。
 朝早くから、町に出ているために、大通りでは市場が広がっている。朝市というものであった。それぞれが大声を張り上げて、接客にいそしんでいるのである。この時間帯ではいまだに眠っているような怠け者がいないので、みんなして気を使うことなく大声を出していられるのであった。それに、この市場のあるおかげで、無駄に眠ってしまうということがない。それもまた生活リズムを崩すことがないことに貢献していた。この朝市はあまりにもうるさいために、町の外からでもかすかに聞こえるほどらしい。何を言っているかは外から聞いているとわからないが、今がどれくらいの時間かを太陽を見なくてもわかるのである。これがいいことかはわからないが。でも、王都一帯がこの剣層に包まれるというのもまたなかなかに趣があると思う。
 これが続くのは正午までである。それが終われば、大通りから露店の類は全て撤収して、店舗を構えている商売人たちの売り込みが始まる。とはいっても、そこまで大きいものではなく、店の前で声掛け程度だから、騒がしくなることはない。小さなものである。可愛らしくすらある。
 その光景をしり目に、俺たちは通りを歩いていると、目的の場所についたようで、ルーシィは足を止めた。その目の前には罠に囚われた獣を模したマークを掲げる建物が建っていた。このあたりではそれなりの大きさを誇る建物である。自分たちの組織の大きさを表しているかのようである。大きさよりも装飾が凝っているのである。眺めているだけでも面白いと言えるかもしれない。一般にハンターギルドと呼ばれる建物であった。
 俺たち二人は、扉を開けて、中に入っていく。そこには、数多くのハンター、または狩人ともいうのだが、その人たちが狩ってきた獲物を自慢しながら、ギルドへと卸している様子が広がっている。
 何故ここに来たのか。それは、ルーシィが彼らの働いている姿を見てみたかったからである。彼女がハンターを夢見ていたのは言うまでもない。ならば、彼らがどのような仕事をしているのかというのを、見てみたいと思うのも無理はないだろう。うちの村でも狩人といえる人はいたが、こう、組織だって所属しているわけではなかった。勝手に名乗っているに過ぎない。村ではそれでもいいのだが、町だと、そうはいかない。だからこそ、職業ハンターを見に、今日は来たのである。まあ、ここではハンターたちが狩りをしている様子は見られないが。それでも、普段は彼らがどのようなことをしているのかということを知りたいと思うのもいいではないか。
 ハンターギルドには、直営の食堂が併設されているため、まずはそこへ立ち寄る。俺たちはまだ食事をとっていないので、ついでに朝食も取る。そのために、学校の食堂では食事をとらなかったのだ。それに、こういう場所に来るのであればここで食事をとるのも悪くはないだろう。
 朝から肉というのは、ボリュームがあると言わざるをえないが、ルーシィはハイエナの獣人であるし、俺は仙人だ。少なくとも、朝食がどんなものかでその後がめちゃくちゃになったりはしないのである。
 彼女は、朝から骨がついているような大きな肉をほおばりながら、食堂にいる人々や、卸し場の受付に並んでいる狩人たちの姿を見ていた。彼らは談笑しながら自分たちが狩ってきた獲物を自慢していたりしている。当然だが、今こうして狩りをしてきた者たちは、夜に外に出て夜行性の生物を狩っているのである。それだけで、どれほどまでの実力者かわかることだろう。
 このギルドの大きな目的は、ハンターたちに食用となる肉、または有用な部位を集めてきてもらうことである。その肉を市場へと流すのはギルドの役目である。そうして、多くの肉が俺たちの手に渡るのである。そのため、家畜肉ではない、動物や魔物の肉を取り仕切っている巨大な企業であると言えた。
 直営店では、卸したばかりの新鮮な肉を使用した料理があるので、それを求めて一部の美食家がたまに足を運んできたりする。新鮮な肉料理を食べたいとなると、ギルド直営の店でしか食べられないのだ。
 俺はそこまで肉に対する情熱がないために、いつもより美味しいという感じでしかないが、獣人であるルーシィはそうは思ってないようで、目を輝かせながら黙々と口を動かしていた。その目の輝きは肉に向いているのか、ハンターに向いているのか、どちらかはわからないが。

「ハンターの人たち、すっごい、筋肉だよね。がっしりとしていて、大きな得物も肩に担いで持って来ちゃうんだねえ。それに、女の人もハンターとして登録しているんだねえ。手に持っているのは小動物ばかりだけど、どれも、美味しいお肉だよね。見ているだけでよだれが出てきちゃう」
「たしかにそうだな。でも、ああいうのを見てよだれが出てきているようじゃ、卸す前に自分で食べちゃったりするんじゃないか。ルーシィはさ」
「むう、そんなこと……ないとは言い切れないけど、でも、もしハンターになったとしてもそんなことはしないもん。しっかりと、こっちに卸しに来るよ」
「つまみ食いもしないのか?」
「たぶん」

 確かに、手に持っている肉はどれも美味で有名な生き物たちである。ルーシィでなくとも、つまみ食いぐらいはしている人もいるかもしれない。どうなのかはわからないが。彼らが狩ってきている生き物は、別に大量に狩られているわけではなく、一人ひとり、多くても二体くらいの割合であった。絶滅しないような配慮をされて狩っているというのがわかる。
 掲示板を見てみると、どうやら、市場にその肉が多いから価格が下落しているようである。肉の買い取り価格一覧と書かれている掲示板が卸し場の隣に設置されているのである。みんな、ここを見て、なにを狩りに行くのかを決めているのだろう。高額で買い取ってくれる、肉は、やはり、その生き物そのものの格が高く、強いので一般に手を出せないような生き物たちばかりである。子供の竜の肉は美味しいという話を聞いたことがあるが、だからといって狩れるかと聞かれて、はいと答えられないようなものである。
 ハンターになるには、当然成人していなくてはならないのだが、成人という扱いは、大体十五歳前後である。そのため、少年のようにしか見えない、人がハンターとして活動しているのもおかしくはない。今も、成人したばかりの少年がハンター登録をしているところである。だが、どうも、弱々しく見えてしまっているようで、なかなか登録させてもらえないようだ。ハンターは軍人の次に命の危険がある職業といわれているからな。無駄に命を散らす必要はないだろう。担当している女性は心優しいのだろう。ちょっと面倒くさがりだと、新人の強さなどをあまり考えずに登録させてしまい、そのまま死んでしまったという事件があったりする。ああいう人たちは、筋肉の付き方や目つきを見て、判断しているらしい。目利きである。
 基本的に、肉が上手い生物、つまりは買い取ってくれるような生物は強い。むしろ、弱い生き物は軒並み肉がまずいか、毒を持っている。そうすることで、種族を守っていくのである。ゴブリンぐらいであろう。肉が毒に汚染されておきながら、他の生き物に殺されてしまう生き物は。哀れな生き物である。だが、同情したからといって、彼らの生き方が変わるわけではないのだ。悲しい。
 そういうこともあり、基本的にはハンターになるにはそれだけの実力を必要としているわけで、生半可な気持ちでなれるような温い職業ではないということなのである。あの少年もおとなしく諦めることをお勧めする。受け付けてもらえないことはつまりはそういうことなのだから。
 俺の料理に出てきた、骨をルーシィにプレゼントすると、喜んで食べてくれる。あーんしてあげる。骨をあーんして食べさせるというのは、初めてである。彼女は目を閉じて大きく口を開けているのである。歯でも噛み砕けるような力強い歯が並んでいる。にわかな背徳感が俺を襲っているのであった。
 登録を断られた少年はむかっ腹がたっているようで、ずんずんとこちらに向かってくる。とはいっても、こちらは食堂の方向なので、食堂で何かを食べるつもりなのだろう。
 と思っていると、何か気に障ったのか俺たちの方へと目をつけてしまったようである。面倒臭そうなので、彼から目を離して食事に戻ると、俺たちの席の目の前で止まってじっと見下ろしているのである。ルーシィはあまりにも面倒臭そうに彼のことを睨み付けている。それにはわずかながらに少年も怯んでしまったようだ。

「何か用でしょうか。俺たちはただ食事をとっているだけなのですが。席に座りたいのでしたら、他にもたくさん席は空いていますよ。そこに座るのがよろしいと俺は思いますけどね。俺たちはもう少し食事をしている予定ですので、あなたが望んでいようともすぐにはこちらをたつことはしませんよ」
「……貴様たち、俺のことを見て笑っていただろう。この僕ががハンターに登録させてもらえていない様子を見て指さして笑っていただろう」

少年は、怒りを隠しきれないようで、睨み付けるようにしている。俺たちはその程度の目つき程度で怯えるほど生ぬるい世界で生きてはいないので、気を抜いたような顔のまま彼のことを見ている。それが余計に彼のプライドとやらに刺激してしまったのだろうというように、ぎしぎしと歯ぎしりを鳴らしているのである。
 だが、俺がしていないことを勝手に勘違いされて、怒りの矛先を向けられているというのはあまり好かないことである。バカバカしく思えてならなかったのである。

「まあ、ハンターギルドで追い返されるような貧弱な肉体なんて、普通に生活していたら、あり得ませんからね。どんな生ぬるい世界の人間なんですかね。それとも、成人していないのではないですか」

 彼は怒りに身を任せて、俺に拳を振り下ろしてくるが、俺はそれを受け止める。そして、掴んだまま離すことなどしない。彼の力ではびくともしないことだろう。それにだんだんと焦りが見えてくる。彼の攻撃は何の恐ろしさもなかった。たいていは怒りが乗っている場合であれば大なり小なりの殺意がこもっていてもおかしくないのであるが、どうもそれがなかったような気がする。それとも、俺が気づかないほどの小さな弱々しい意志なのだろうか。それなら、もう救いようはないだろう。彼にとってみれば、ハンターどころか、戦闘を生業とする職業全てが無理である。何もできない。
 俺は、あと少し力を入れれば、骨にひびが入ってもおかしくはないというところまで込める。それに気づいたのか、彼の瞳には恐怖が映りこんでいた。なので、俺は落ち着かせるように笑顔を作る。それにさらに怯えてしまったのか血の気が引いたような顔を見せてくる。なかなかに失礼だとも思ったが、これ以上手を掴んでいると、のけぞった勢いで倒れてしまうだろうからと、手を離した。それでも尻もちをついてしまったが。
 その後すぐに、ぴゅーっと逃げ出してしまった。だが、彼はこれで子供にすら負けてしまうほどの貧弱な力しかもっていなかったといううわさが広がることだろう。それで、彼が再びこの地に足を運べることが出来るだろうか。無理であろう。みじめな男である。わずかな同情もあるにはあるが、それ以上に、恥ずかしさでこの通りを歩けないだろうなというような考えの方が頭に浮かんでいた。
 俺はほんの僅かばかり罪悪感を感じていたと思う。だが、先に向こうが絡んできたのも事実。俺が悩んでいる様子をすぐに感じ取ったのか、隣に座ったルーシィが俺の頭をなでてくれた。彼女が心配そうに俺のことを見つめている。俺は何でもないように、にこりと笑みを作るのである。

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