天の仙人様

海沼偲

第77話

 お披露目パーティも終わり、入学式も終わった。その間は、王都の店を回ったりしていたのだが、王都の流行というものがどのようなものかというのがよくわかるものであった。それよりも、やはり、美術館に行った時の方が楽しかった。古代から残されている、数々の絵画、彫刻を見ていると、心が安らぐというか、動かされるというか、美しいものを見るというのは素晴らしいものだと再認識できるのである。
 今日は、入学後のクラス分けを行うための試験であるとして、学校に呼ばれている。兄さんたちもこの試験で主席になっているのである。俺も当然、その成績を取ることを期待されているわけである。当然、両親を喜ばせたいという思いと共に、子供が受けるような試験で主席を取れなかったら、恥ずかしいという考えもあった。国語と、数学は出来るだろう。確かに社会科系の科目は世界が違うので知識をしっかりと仕入れないと難しいだろう。とはいえ、それぐらいである。それに、地理や歴史もしっかりと、学んできている。そこを放置などはしていない。
 俺たち四人は席がそれぞれ離れていた。そう、彼女たちも全員が合格しており、入学することが出来たのである。しかし、そのすぐ後にクラス分けの試験を行うというのは大変だろうなとは思う。彼女たちもわずかながらに文句を口にしていたように思う。どうせなら、入学試験とクラス分け試験を同時に行えばいいのにと思わないでもない。そうしたら、貴族の子女が落第でもしたのだろうか。それなら、この制度に変わってしまったのも頷けてしまうが。だが、平民よりも頭の悪い貴族などいるのだろうか。金を持っている人間は必然的に貧乏人よりも学があってしかるべきだと思うのだが。
 俺は席について、静かに待っていると隣に綺麗な長髪の薄い黒髪をなびかせている少女が俺の隣に座った。彼女は、パーティで見たことがないから、おそらくは、平民の出であるだろう。彼女は俺と目が合うと、ぺこりと静かにお辞儀をした。俺もそれに従って頭を下げる。彼女のお辞儀は様になっている。綺麗な姿であった。淑女を体現するかのような気品さを持っていた。ああ、彼女は平民だとしても、それなりに裕福な家の出身なのだろう。そう感じるほどに美しいのである。心の美しさは顔にも体にも出る。彼女は美しいのだ。
 俺は、再び前を向いて試験が開始されるのを待っていた。もうすぐ来るだろう。時計の針はカチカチと試験の時間まで進んでいく。先生が教室に入ってきて、俺たちの中に緊張感が生まれる。入学試験をした人たちは一度味わっているのだろう。逆にそれをしていない人たちは、この空気に飲まれる。より緊張してしまうのだろうと思う。それほどにこの空気は独特なのである。ただ、クラス分けという名目ですら、これほどの静まり返る空気を見せつけてくれるのだから。
 試験用紙が配られていく。久しぶりにこの空気を味わっている身としては、非常に心地よく感じている。なつかしさに顔から笑みがこぼれてしまうほどである。なんともいいものである。ピリピリと張り詰められている空間というのは。試験が始まると同時に、空気はまた別の様相を示してしまうのも面白い。画一化された音がかんかんと鳴り響いていくわけであった。それを環境音としながら、俺もまた同じ音を鳴らしていくのである。俺たちはある種の楽団であるのだ。指揮者など存在しない。それぞれがバラバラに、そしてピンとして、演奏するのであった。
 試験は終わりを告げる。子供向けの問題ということもあり、やはり簡単な問題である。少なくとも筆記試験の成績だけならば、主席確実であろう。そこまでの自信があるし、自信がなくてはいけないのだ。そう考えると、俺はずるをしているような気分である。悪さをしているかのような心持ちになる。気分が悪くなる。ただ普通に生きているだけなのだが、それでもやはり、前世から記憶を引き継いで生まれ変わり、この試験で満点の成績を取って優越感に浸っている。そう捉えられるようなものであった。やはり、俺自身、主席になりたいという思いはない。むしろ、なってはいけないとさえ思うのだ。俺は異常存在なのだと思っている。そもそも一人だけ……ハルたちもそうだったが種族が仙人である。人よりも一段階上の存在である。それが学校に通って、テストを受けて、それが満点で……。それになにを誇ればいいのかと思えて仕方がない。こういう時には自分自身という存在を否定したくなってくる。俺は、彼らと同じような努力が出来ないのだ。悔やむべきことだろう。たとえ、自分という人格の消失を恐れたとしても、生まれ変わるときに、記憶なんぞ持ってくるべきではないと思えてならなかった。
 だが、両親は俺を俺として愛してくれている。そこには前世がどうとかは関係ないだろう。両親は俺が前世の記憶を持っているから愛してくれるわけではない。俺は俺としてこの地に生きていると思うし、それそのものを両親や、ハル、ルーシィ、更にはルクトルは愛してくれている。そして、その両親が俺が主席を取ることを望んでいるのだ。ならば、逃げようのないインチキをしっかりと受け入れて、今この場をやり遂げるしかないであろう。俺はこぶしを握り締める。やはり、悔しい思いがあるのである。
 俺たちは移動をして、魔力試験の会場へと到着する。魔力の量で点数を決めるという簡単な試験である。だからこそ、小細工の一切が通用しない試験ともいえた。そして、俺が彼らとなんとなく同じ土俵に立てる試験でもある。前世に魔法がなくてよかったと心から思うのだ。そこは前世に感謝したいことであった。
 魔力は、魔法を使えば増える。それは、今まで生きてきて、どれほど魔法に親しんできたのかということを簡単に証明することが出来るのだ。魔力が多い人は当然、魔法の扱いも上手い。それに当てはまらない人はいないと言われている。当てはまらないのであれば、それは薬物か何かで、ドーピングをしているのだろうという疑いが強くなることに違いない。それと同様に、魔法が下手な人は基本的に、魔力も少ない。これもまた同じであった。シンプルでありながら、言い逃れできない程明確にわかる試験である。
 俺は、水晶に触れる。そして魔力を流していき循環させる。水晶はだんだんと黒く変色していき、闇のように黒く染まった。夜よりも黒い。ただ黒という概念がそこに存在しているかのような色である。俺はそれに引き込まれるかのようであった。ただ黒い、真っ黒なだけの水晶にここまでの美しさを見たのは初めてかもしれないのであった。

「……さすがですね。ルイス君の弟なだけはありますね。ここまで綺麗な黒色の水晶を見せたのは、あなたたち三兄弟だけですよ。惜しい子たちはいたのですが、やっぱりここまで真に黒い子はいませんでしたね。……まあ、私が試験管をやっている期間の話ですけどね」

 彼女は、慣れたようにそれだけを言うと、武術試験への道を案内してくれる。俺が見とれてしまうほどの黒く鮮やかな水晶を何でもないかのように扱えるというのは素直に称賛できるものであった。俺がもし、試験官として座っていて、水晶があの輝きを放ったのならば、これが試験だということを忘れて、ただそれを眺めつづけていたに違いない。それをこらえて、普段と変わらないように処理できるという、彼女のプロ意識というものにひどく感動している。さすがだと思わざるを得ない。
 武術試験の会場に到着すれば、型を何人かで見せているようである。武術もまた、前世ではやってこなかった。だから、喜びが顔に表れるのだ。これも気負うことなどない。俺の順番が回ってくれば、自分の実力を最大限出せるようにしっかりと、一撃、一振りに、しっかりとした役割を持たせる。雑然と振るのではなく、そこに想像を見出すのである。敵は何人か、どの武器を持っているか、どの立ち位置にいるか、それを合わせて仮想の模擬戦を行うのである。ただ、これは型である。実戦のような生々しさを持ちつつも、魅せるための剣である必要がある。剣術に芸術性を持たせるわけである。川のように、雲のようにさらさらとつかみどころのない剣を踊るように魅せていく。
 型が終われば、試験官は息を吐いている。感嘆の息である。俺の剣に見惚れてくれたということである。これは、美しさをより強調するように振っていた。実戦でも使えるようにしながらも、芸術としてまとめているのである。一振り一振りに肉体の美を見出させるのである。それに試験官は気づいていたようである。そして、それに感嘆させることが出来たのである。俺は誇らしく思えた。俺が生きてきた努力の証を証明できたのだから。俺は一礼をして他の生徒たちの後についていく。
 俺は静かに、この後に残っている試験を待っていた。最後の一つである。楽しみというわけではない。だが、同じ生徒たちがどのように戦ってくるのかというのに非常に興味を持っているのである。戦いはいろんな手を知っておけば、おくほどに応用が利くというものである。さすがに、尻尾を使うという肉体の限界を持つことは無理であろうが、それでも、相手の体つきによって、どの手が繰り出されるのかをあらかじめいくつか用意することが出来る。全ては無駄にならないのである。無駄なものを探そうと頭をこねくり回すことが無駄ですらある。
 と、俺が顔を上げると再び彼女と目が合う。筆記試験で隣だった少女である。運命とは言わないが、こういうこともあるのだと思った。目が合うと、彼女はこちらへと近づいてきた。にこりと穏やかな笑みを浮かべている。俺もそれにつられるようにして笑顔を見せている。彼女は俺の隣にピタリと立つと、静かに俺と同じ方向を眺めている。横顔もまた、しんとして美しくあった。彼女を一日鑑賞できるのであれば、そうしていたいと思わせる。それほどであるのだ。
 俺は彼女の顔を間近に見ているわけだが、わずかに額から突起が生えているのに気づいた。それはほんの小さいものであったが、確かにこぶというにはいささか大きいものであった。なんだろうかと思って、じっと見ていると、その視線に気づいたのか、彼女はその突起を触る。失礼なことをしてしまったと思い、とっさに頭を下げるが、あまり気にしていないようで、頭を上げさせる。

「やっぱり珍しいですよね。わたくしも、わたくしの家の人間以外では見たことがありません。これは、角ですよ。わたくしは昔々の、おじいしゃんからずうっと、角が生えている家なんです。驚きました」
「ああ、確かに驚いたよ。角が生えている家というのは初めて聞いた。それは、何かあるのかい? たとえば、人の気配を感じられるとかさ」
「いいえ、なにもありゃしませんよ。ただ出っ張っているだけです。でも、わたくしの、おとうしゃんが角が生えていまして、おじしゃんも角が生えております。わたくしの家の血を受け継ぐと、角が生えてきちゃうのですよ」

 彼女はそれを得意げに言っている。彼女にとっては、角が生えているということに対するコンプレックスはないようだ。たしかに、彼女の髪型は角が生えているということを隠すようではなく、それを映えさせることでより愛らしい姿にするかのようなものであった。この世界では、人と自分の姿が違うのが当たり前だからこそ起きる、価値観であると思う。アイデンティティを種族により起因させていくのだ。俺は、彼女の種族が何かはわからないが、その自信を誇りに思っている姿をただ美しく見ていた。

「そんなに見られると恥ずかしいですね。ほかの男の子にはそんなに真剣に見られたことはありはしませんでしたので」
「あ、ああごめんよ。どうも、俺の性分なんだ。気になるというか、綺麗というか、美しいものから目を離したくないと思ってしまうんだ。どうにも、これは直せそうにないみたいだ」

 というと、彼女は目を丸くして俺の顔をじっと見ているわけである。なんだろうかと俺もまた彼女の顔を見ているわけであるが、ふいとそっぽを向いてしまった。もしかしたら、いや、初対面の女子に綺麗だとか言ってしまうのはやはりまずいことだっただろうか。思ったことを口に出すわけじゃないが、綺麗だと思うことを隠していたくはないと思う、正直者が顔を出してしまうのだ。

「わたくしだからいいですけど、他の女の子にはそういうことは言わないほうが良いですよ。あなたみたいな、素敵な顔の殿方に言われたら、本気にしちゃう人が出てきてもおかしくはないですよね」

 俺は初対面である彼女に注意されてしまう。確かにそうだろう。彼女の言葉には、からかっているような、お世辞のようなニュアンスはなかった。本気で言っているのだ。ならば直せるかと言われると、無理な話であった。頑固ではないのだ。意地っ張りな阿保たれなのである。救いようがなかった。

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