天の仙人様

海沼偲

閑話4

 僕が今期生の主席ということが発表されて、クラスが分けられた。成績発表は学内で一番大きな掲示板にでかでかと張り出されているわけだから、みんな誰が主席なのかがわかっていることだろう。僕は目立ちたくないわけではないし、主席になったことは素直にうれしいけれども、あんまり納得いっていない。僕自身、筆記の類では負けるつもりはないが、実技の成績だとあまり高得点が取れるはずがないと思っている。だから、今回の結果はまぐれなのではないかと思ってしまうのだ。どうしても。
 だけど、納得がいっていなくても、事実としてそれは存在するわけなのだから、文句言わないでしっかりとしていく。これで、主席の座を奪われたらそれこそ恥ずかしいからね。むしろ、そのプレッシャーに身をさらすことが出来るから、いいかもしれない。そうポジティブに考えることにしよう。
 特待生クラス。それが僕が入るクラスである。上位三十人が入ることが出来るクラスであり、このクラスに入れると、やはり他の生徒たちから尊敬の目で見られる。嬉しくもあり、複雑でもある。だが、特待生クラスの生徒が卑屈に過ごしていたら、やはり、下の生徒には示しがつかないだろう。いらだちが生まれるかもしれない。だから、僕は堂々と過ごすことに決めたのだ。
 僕はどうやら、一番最初に教室に入ってきたようで、黒板に張り出されている座席表を見て、自分の席を確認すると、席に座って静かに本でも読むことにした。王都の本屋にはいろいろと興味深い本がいくつから並んでいたので、とりあえず一冊買ってみたのだ。それを読むことにしている。いずれは、図書館に行っていろんな本を読んでみたいものだ。そんなことを考えながら、本を読んでいると、段々と人の気配が増えていく。教室がにわかに騒がしくなってくる。しかし、この騒がしさは人が存在していることで自然に起きる動作の音でしかなく、誰かの話し声というわけではない。やはり、初めての人ばかりで、みんな緊張しているのだろうな。そういう僕だって緊張しているのだけども。だからこそ、本を読むことで変に緊張していることを悟られないように努力しているわけであるのだけれども。

「……おはようございます、みなさん」

 と、綺麗に透き通った声が聞こえた。扉の方からだった。僕はついそちらへと首を向ける。そこには可愛らしい女の子がにこりと笑顔を見せて立っていた。王女様だった。やはり、王女様もこのクラスだったようだ。僕は、彼女の顔を毎日見れることの幸福で胸がいっぱいになった。絶対に特待生クラスから脱落すまいと意気込むのである。決意が終わると、僕は再び本に目を落とす。意気込みは大事だが、今から力んでもしようがあるまい。まだ勉強は始まっていないのだ。リラックスしなくては。それに、顔を上げて王女様の顔ばかりを見ていると、僕がまるで変態かのように思われてしまうかもしれない。それは嫌だ。彼女にはいいところを見せたいと思ってしまうのが男の性であった。
 先生がやってきて、僕たちの初めての授業が始まった。とはいっても最初にすることは自己紹介であったが。今年一年間、同じクラスで頑張る仲間だから、お互いの名前ぐらいは知っておいて損はないだろうということだ。僕も、みんなの名前を知らないし、自己紹介は大切だと思う。とはいえ、全員の名前を覚えられる自信がないのもまたあるわけだけれども。
 自己紹介が終わって、先生はしばらくの休憩時間とだけ言って教室から出て行ってしまった。次は何をするのだろうかと思うわけだが、それよりも本の続きを読みたいという欲望の方が強いので、本を開いてしまう。視線をじっと本に落としていると、女の子に自分の名前を呼ばれたような気がした。もしかしたら、空耳の可能性だってあるけれども、その時はなんとなく周りを見渡してみようと思った体で首を回せば、大丈夫だろう。そう言い聞かせる。
 僕は顔を上げてみると、目の前に女の子が立っていた。髪がくるくるとカールを巻いている。僕の村ではそんな髪形をする女の子なんていなかったから、この髪型の不思議な形に目が釘付けになっていた。それに、とても似合っていて可愛らしかった。

「あら、どうしましたの? そんなにわたくしの髪を見つめて?」
「あ、いやあごめん。僕はその髪型を見たのが初めてなんだ。だから、気になっちゃってね。けっこう手入れするのが大変だと思うんだけど、どうなの?」
「あ、この髪型ですの? そうですわね……確かに大変ですわ。ですが、それでもしっかりと手入れをするのが『しゅくじょのたしなみ』というものですわ」
「確かに、よく手入れされてて、綺麗な髪だよね。その髪型も君の金髪によく似合っているし。良いよね」

 彼女は、毛先をくるくるといじりながら、僕の言葉を聞いているようだった。口元にわずかながら笑みを作っているところから見ても、第一印象は好感触な気がする。わざわざ、嫌われる必要はないしね。第一関門は突破したといっても差し支えないのではないだろうか。
 そうは言うが、なんだかんだといって、僕の心臓は大きく鳴りっぱなしであった。知らない女の子とこんなに近距離で会話をするということがないために、心臓の音が彼女に聞こえていないだろうかと怯えてしまっている。だが、その心がバレてしまうのも恥ずかしいために、無理やりに笑顔を張り付けてやり過ごそうとしているのだ。浅はかな僕の心を見透かされないように祈るしかない。

「ああ、そうそう。わたくし、あなたが学年主席を取ったというのですから話しかけに来たんですのよ」
「あ、そうなの。もしかして、僕の主席の座を奪おうって宣戦布告をしに来たのかな。どうなのかな?」

 そしたら、彼女とは良いライバル関係になれそうだ。テストの点を競い合ったりしてね。それはきっと、とても楽しいことだろう。それに、彼女と一緒に勉強するのも悪くないかもね。わからないところを教え合ったり。そうやって同じレベルの力を出せるようにして、本番でより力を発揮したほうが勝ち。それはきっととても面白い。僕はこれからのことを夢想して少し顔がほころんでしまっていた。だが、それに彼女は気づいていないようである。

「ええ、そうですわ。わたくし、ミーシャ=キリルトロはあなたにの主席の座を奪って見せますわ。絶対に。首を洗って待っていなさい」
「いいよ。僕だって絶対に守り切ってみせるよ」

 僕たちはニヤッという笑みを見せる。お互いの自信の表れだった。この関係はある意味では僕が憧れていた関係ともいえる。何せ、学年の上位の成績の二人が主席の座を巡って争うんだ。これは僕自身の学力向上に大きくつながることは間違いないのだ。しかも、彼女からこの話を持ち掛けてくれるというのはすごくうれしい。心が小躍りしてしまっていることだろうね。
 その日は、学校見学として、学内の施設を見まわったりした。図書館の場所をしっかりと記憶しておいた。忘れずに通うことになるだろうからね。大事だ。次の日から、授業が始まる。初めての授業は緊張するけれども、期待もしている。どんなことを学べるのかとね。
 授業は終わった。僕はすぐに、ミーシャの元へと駆け寄る。彼女も僕が近寄ってきていることを知ると、こちらへ向いた。彼女は、僕の一つ下の学年次席だそうだ。だから、僕とライバル関係になることが出来たのだ。

「あら、どうしましたの?」
「この後暇?」

 僕は単刀直入に聞いてみることにした。僕は女の子と話したことがあまりないせいか、こういう時にどう問いかければいいかわからないのだ。しかし、今から取り返すことは出来ないので、仕方ないと思うしかない。

「なっ! 何を言っているの! わたくし、そう簡単に流されたりしませんのよ! そういうことは、もう少しお互いをよく知ってから……」

 ミーシャは顔を赤くしながら、大声で断ってきた。そこまで嫌だったとは知らなかったので軽くショックを受けたが、彼女も彼女なりの事情があるのだろうと、しっかりと呑み込む。そして、その悲しみを顔に出さないようにしっかりと表情を作っておくのだ。

「え、そうなの。残念だなあ。この後一緒に勉強でもしようと思ったんだけど。ミーシャがダメなら諦めるよ」

 僕は最初、ミーシャのことを『ミーシャさん』と呼ぼうとしていたのだが、ライバルに敬称はいらないということで、呼び捨てで言わせてもらっている。なんというか、心の距離が近づいたようなより親密な感じがして嬉しい。彼女も僕のことをルイスと呼んでくれる。

「え? あ、そ、そうですの。そういうことですのね。驚かせるもんじゃありませんわ。そんなことでしたら、いいですわよ。わたくしも復習しようと思っていましたし、あなたと二人で一緒に勉強するのも悪くないと思いますわ」
「そうだろう。いやあ、僕は憧れていたんだよね。友達と一緒に勉強するの。ミーシャと一緒に勉強できるなんてとっても嬉しいよ」
「え、ええ……そうですわね」

 彼女は顔を赤くし、目をあたりにさまよわせながらぼそぼそっとつぶやいている。彼女の赤い顔も背伸びしている普段の印象とは違い年相応の愛らしさがある。だけど、恥ずかしいから彼女の前では言わない。心の中にしっかりとしまっておくのだ。
 僕たち二人は、図書館につくと、隣り合って座って教科書や何やらを広げながら、今日の授業の復習を始める。近くにいると、彼女の匂いがふわりと漂ってきてここりよい快感に襲われてしまうが、そこはしっかりと意識を保って、授業の内容を二人ですり合わせていく。ここはこうだったとか、こういう問題が出れば、答えはこうなるとか。まだまだ簡単なことしか教わっていないけど、こういうことを習慣づけることは大事だと思う。それに、彼女と少しでも早く一緒に勉強したかったという下心もあった。助平な心に負けてしまったのである。

「――で、ここのちょうちょが飛んでいる場面だと……」
「あ、あの……ルイス? 少し近いですわ」
「ん? ああ、ごめん。気が付かなかったよ」

 気が付いたら、僕の目と鼻の先にミーシャの顔があるのだ。ふと、アラン達のことを思い出す。ここで彼らならキスをしているのだろう。毎日キスなんて恥ずかしくてできないよ。でも、彼らの愛し合う姿は羨ましくもある。
 僕の顔が熱くなっていく。なにせ、今目の前にいる少女はとても可愛らしい。もし、僕と彼女が恋仲になって将来を誓い合って、その結果……そうだな、キスとかをすると考えると、頭が爆発するほどに熱くなっても仕方なかった。考えを飛ばすように頭を振る。冷静にはなれないけど、雑念をしっかりと払い飛ばすのだ。
 この程度で顔を真っ赤にしているとは。僕に恋愛という奴はまだまだ早いということを実感させられてしまうのである。

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