天の仙人様

海沼偲

閑話 ルイス2

 新入生の数は180名。それをトーナメントで消化していくとなると、恐ろしい程の時間がかかることは考えるまでもない。それを先生たちがわかっていないわけはない。というわけであって、最初は9名ずつのバトルロイヤル形式で戦うことになる。それで、勝ち残った20名でトーナメントを行う。これが最終試験の方法だそうだ。過激な試験のようにも思えるが、学校を運営していく中で最も効率のいい試験なのだと、定義づけられたのだろう。であれば、それそのものに批判をすることは難しい。実際に、何十年もの間続けられているのだから。
 とはいえ、僕はひどく憂鬱な気分であった。当たり前である。大して強くもないというのに、乱戦をまず勝ち抜かなくてはならないのだから。たしかに、戦いは必ず一対一で行われるものではない。それは試合であって、戦場という場所、戦闘という行為、その全ては同じ人数同士で戦うことを想定してある物ではないのだ。だからこそ、多人数で乱戦になっても、勝ち上れる強い生徒をふるいにかけるために初戦がそういうタイプの形式であることに異論はない。強い人間ほど世界を生き抜くだけの力があり、それを測るというのは非常に重要なことである。だが、それとはまた別の感情ではひどくつらいものがあるというだけであった。
 これは、最初に学籍番号順に組まれるらしい。僕の番号は36番だ。だから、4組目の試合に出ることになる。それまでは、観戦席で他の生徒たちがどんな戦いを繰り広げるのかを見ているのだ。少しでもポジティブな要素が見つかればいいのだろうけれど、僕にそれが理解できるような力はない。鍛えていないからね。むしろ、油断しないためにあえて身に付けないということもある。僕は、そういうタイプではないから、まだ、見ただけで力量がわかるようにはなっていないというだけなのだけれども。そうだ、そうなのだ。なにせ、明らかに弱そうに見えなくもない弟たちの技量すら一目見ただけではわからないのだから、他人の技量がわかるはずもないのである。だからこそ、誰よりも慎重に戦わなくてはいけないということでもある。
 だが、相手の力量がわからないということは比べるまでもなく恐ろしいことなのである。今目の前にいる、そして隣に座っている生徒が、平凡な姿をしていても、僕の数倍の力を持っているかもしれない。そして、それに気づくことが出来ないのである。僕は全ての生徒に対して、実力が上なのだろうという想定をしたうえで、戦わなくてはならないわけであるのだ。

「はあ……」

 僕は溜息をこぼした。誰にも聞かれないようにひっそりと。ここで、弱気なところを見せたら、それこそダメだ。だから、できるだけ悟られないようにしなくてはならない。それが難しいが。カインなんか、少しでも迷いを見せると、その隙を全力でついてくる。見せたのはわずかな目線の動きだけだというのに、それすらもあいつには、重要な要素になりえるのだ。人間の瞬間の動きを完全に把握して、それに合わせた行動を取る。それが戦うということなのだと理解してしまったのだ。弟たちとの模擬戦でね。そう考えると、どれだけ僕が弱いかということがひしひしと身に染みる。笑えて来るほど、あっけない程に、弱いのである。
 舞台に立っている九人の生徒は、緊張した雰囲気を出していて、ピリピリと空気が震えているようであった。彼らの感情がこちらにまで届いてきて、呼吸がしづらくなってくる。喉を鳴らす音がどこかから聞こえてくる。最初というのはとても怖いことだ。どうなるかがわからない。想定することが難しい。探り探りでいかなくてはならないのだから。組が進めば進むほどに有利になるであろう、この条件の中で、全生徒からの視線を浴びている中で、戦うというのはどれほどのものか。想像が容易に出来たりはしない。そもそも、しようとすらしない。それだけ、恐ろしいものに見えてくるのであるから。
 ……そして、1組目の戦いが始まった。準備が終わったと判断されれば、すぐさま始められてしまうのだ。それに、彼らは戸惑うように、体が止まった。
 それでも彼らは、一斉に戦場の中心へ行くと、そこから近場の相手に対して攻撃を始める。目の前の敵の攻撃を避けたりしているが、相手は一人だけではない。流れ弾に当たって、倒れたりしている。なんせ、魔法も使っていいのだからな。そりゃ、明後日の方向から飛んでくるさ。一組目は、僕たちにどういう試合になるのかということを教えてくれたのだ。自分たちを犠牲にしてね。僕たちにとってはこれほどに素晴らしい教材はないだろう。悪い例といい例を完全に把握することが出来たのである。戦い方というものを教えてくれるのである。
 だんだんと倒れていく生徒が現れる。彼らはすぐさま先生たちに救出されて医務室へと運ばれていく。といっても、すぐに戻ってこれる程度の軽いケガだとは思うけど。それよりも、僕は先生たちのけが人を会場から救出する手際の良さに視線がくぎ付けになっていた。たとえ、実力が明らかに劣る相手とはいえ、戦場を悠々と歩きながら、戦闘不能だと思われた生徒にはすぐさま近寄って、軽く手当てをした後、さっと消えるように、その場からいなくなるのだ。それに見惚れているのである。彼らの戦い方から参考にできることを抜き出してしまえば、実力者の戦場での立ち回りというものを見るのが普通だろう。そのなかで、一番の実力者は先生であったというだけなのだ。それほどに、圧倒的である。さらりと、草原を軽やかに歩いているかのようであった。
 勝者は決まった。あの中で一番大きな体格をした男子生徒だった。やっぱり、こういうのって男が優位だと思わざるをえない。戦うのを生業にしている人はやっぱり、男の人が多いしね。女子生徒には厳しいだろうけれども、それを乗り越える実力を持った人もいるのだから、女性だから、女子だからといって侮れはしない。
 その後も、二組の試合が行われた。どの試合もそこそこに長引いていた。そして、試合が終わりに差し掛かるほどに、僕の気持ちは暗く重くなっていくのだ。行きたくないと足が悲鳴を上げている。金縛りにでもあったかのように動きそうにない。僕の気持ちが体に全面的に表れているのだ。

「では、第4組の生徒は闘技場へ下りてきてください!」

 先生の声が聞こえて、僕の足は軽くなる。つまりはそういうことなのだ。わかっているのだ。逃げられないものだし、逃げてはいけないものだし、逃げたいと思っていないのだと。実際にやってみるまでは、嫌だと思っているが、実際にやってみたら大したことがなかった、そういうようなことなのだろう。ただ、これは大したことがあるのだからいやだなあという気持ちのまま、会場へと向かうわけである。
 僕も合わせて九人。全員がそろった。ちなみに、棄権することもできる。戦うのが得意でない人は棄権できるのだ。しかし、この試験の得点は当然0点。すくなくとも、上位のクラスには入れないだろう。なのだとしたら、ダメもとでも、出ようと考えるわけだ。全員がね。僕もそれだと思う。少なくとも、カインやアランみたいに戦うことが好きだというわけではない。
 闘技場の所定の位置に立つ。全員が立つ。

「……では。……四組目、はじめ!」

 先生の掛け声とともに、配られた剣を手に持って、真っ直ぐ中心に向かって駆けだしている。僕以外。少なくとも、あの場所で剣を振るのは僕の性に合わない。同じことをしている人は何人かいたし、僕もやって大丈夫だろう。
 とりあえずは、風を鈍器の様に扱って、胸のあたりに風の衝撃を打ち付けていく。息苦しくなる程度の強さでだ。何人かは、背中だったり、お腹だったりに当たっているが、それでも、痛くて苦しいとは思う程度の威力で放っている。まあ、当たれば痛いことには変わりはないだろうな。それに、風だから目で見えないし。魔力を認識できないと、ダメなのだ。まあ、当然、出来る子もいるよな。僕も合わせて四人が残る。三人は、僕のことをじっと見ている。僕は諦めて、中心へと歩く。そうでもしなきゃ、戦おうとは思っていないらしい。
 各々がそれぞれの武器を構え始める。僕も手にした木剣を構える。僕が魔法使いだということはわかっているだろうが、それで、剣を持っているということには戸惑っているらしいね。そういう目的もあるからね。普通は、棒であったり杖であったりするのだ。武器は護身以上のものではない。だから、積極的に攻めていく意味を持っている剣を持っているということは非常に混乱するのだ。と、父さんが言っていた。
 地面が揺れる。闘技場程度の範囲を揺らす程度なら簡単にできる。それで、三人はバランスを崩した。その隙をついて、火花を顔付近で破裂させる。それに驚いたようで完全にバランスを崩して尻もちをついた。仕上げに、地面をぬかるませる。それだけでは甘い。溶かす。地面をに水を含ませて泥に変えていく。尻が地面に埋まった。やわらかいだけはある。そこで固める。火の要素も追加する。水の要素を抜いてだ。すると、すぐに乾燥して元の地面の硬さへと戻るのだ。これで、三人は身動きが取れない。
 僕は三人の頭に一撃ずつ木剣を当てた。軽くだ。それで、勝敗は誰についたかがわかることだろう。
 勝者は決まった。先生の案内によって、僕は控室へと連れていかれる。

「ふう……」

 僕は一安心した。弱いグループに配属されたおかげで、なんとか勝つことが出来た。強いグループだったのなら、地震を発動する前に、魔力の動きの不自然さで攻撃されていたことだろう。バレないように丁寧に魔力を操っていたが、あれをアランは気づくのだからな。末恐ろしい。
 どうやら、二十人がそろったらしい。これから、学籍番号順に呼ばれていくそうだ。わかりやすいね。僕は二試合目だ。
 でも、僕としてはこの中に残れたことで満足できている。上位二十人になれているのだからね。これは、目標が低いと思われるかもしれないけど、僕の実力からしてみれば、これは上出来だと思うよ。だから、僕は誇らしい。次の試合は堂々と戦えそうだ。胸を張ってね。
 僕の初戦の相手は、速度で相手をほんろうするタイプの戦い方をするらしい。会場を縦横無尽に駆け回れることだろう。
 僕は、じっとして動かないで、彼の魔力を追っていく。魔力はどの角度でも認識できる。死角がないのだ。だから、重宝する。近寄ってきたと思ったら、そこへ剣を向ける。すると、警戒して離れていく。……そろそろいいかな。

「《弾けろ》」

 僕の呪文に合わせて、彼の目の前で小さな爆発が起きた。警戒して仕掛けてこないから、罠を仕掛けやすかったよ。びっくりして腰を抜かしたようで、立ち上がることは出来なそうだ。僕は剣を持ってゆっくりと近づくと、彼はギブアップした。これで僕の勝ちだ。何とか二戦目も勝つことが出来たな。かなりいいスタートをきれているのではないか。想像以上だ。嬉しい誤算というやつ。
 この後も、何戦かして、僕は勝ち続けた。うん、みんな対して強くないな。いや、油断しちゃだめだな。そりゃ、僕より弱い子だっているさ。でも、それ以上に僕より強い子がいるはず。油断して負けたら恥ずかしいんだから、毎試合強敵を相手にしていると思わないと。
 僕は気合を入れ直して、闘技場に入ると、そこには綺麗な女の子が立っていた。いや、この子は知っている。

「……王女様」

 まさか、王女様を相手にするとは思っていなかった。というか、王女様はここまで勝ち残れる実力があるのだろう。それに驚いている。いや、王家の人間なんだ。男爵家の人間で、ここまでまぐれで勝ち上がれたような男とは隔絶すべき実力差があるのかもしれない。きっと、家庭教師たちにスパルタ教育を受けているに違いない。僕は確信しているのだ。僕の目つきは鋭くなった。警戒の表れだった。それほどに用心しているのだ。

「…………。……はじめ!」
「はあ!」

 先生の掛け声で、王女様は僕に駆け寄ってくる。そして一振り。僕は剣の腹で受け止める。女の子らしい軽い攻撃。しかし、一撃一撃の早さ、鋭さは恐ろしいものだ。首が飛んでもおかしくないと思える一撃だ。一応木剣だから、死なないだろうが、これが真剣だとしたら、どれほどのものか。
 僕は喉を鳴らした。喉が渇いていたのだ。よほど緊張しているのだろう。ゆっくりと呼吸をする暇すらない。息が詰まるというか。距離を取って、息を整えたくても、そうさせてくれない。気迫があるのだ。それが、かっこいいと思った。美しい女性が気迫を持って戦う姿がただかっこよかった。僕はそれを見続けたくて、必死に受け止め続けていた。試合が終わらないように、真剣に。
 何度も、急所に向かって剣を振り下ろしてくる王女様。僕はそれを受け止めて、攻撃が入らないように注意する。けっこう、王女様の息が荒くなってきた。疲れが見え始めている。そして、敵に対して疲れた姿を、様子を見せてはならない。僕はそこを見計らうように、呼吸音に合わせて、風をぶつける。

「きゃっ!」

 彼女は、バランスを崩して横に倒れる。隙だらけとなって、無防備な姿をさらしているわけなのだ。その瞬間に僕は彼女の首筋に剣を当てて、周囲に槍をかたどらせた炎を浮遊させる。これは、いつでも僕の合図で発射され、そのまま彼女の体を焼くだろう。脅しのために、全力に近い熱量と威力を持たせている。実際には使わないし、使えない。先生たちも、俺が発射するという意思を見せただけで、抑え込むつもりなのだという雰囲気を伝えてきているのだから。

「……まいりましたわ」

 彼女は降参した。これで、この試合も勝てた。僕は、魔法を消すと、彼女に手を指し伸ばす。立つ手助けくらいはしないとね。

「どうぞ、マリィ様」
「……ありがとう」

 彼女は僕の手を取って、立ち上がる。そして、僕たちは別々の先生に連れられて違う場所へと案内される。僕は控室。彼女は観戦席へと。
 僕はチラリと後ろを見た。そこには後姿の王女様の……マリィ様の姿が見える。その歩く姿も気品にあふれていて、見とれてしまうほどだ。やはり、王家の人間というのはすごい、歩くだけでも僕たちとは違うのだと思わせるのだった。

 全ての試合が終わった。優勝者が決まったのだ。長かったよ。やはり、一試合ずつ消化しておくようでは、これだけの時間がかかるらしいことは言うまでもないということであろう。
 僕は、そんなことを思いながら学園長の顔を見ていた。学園長はそんな俺の顔を見ながら、うんうんと、頷いている。

「今回の、トーナメント試験での優勝者は。……学籍番号36番! ルイス=バルドランじゃ! その功績を称えて、賞を贈る。優勝おめでとう」

 僕は、表彰された。皆からの拍手が送られる。しかし、僕は納得していなかった。僕は強くないはずなのに。どうして、ここにいるのだと。どうして、優勝なんてしたのだと。僕は混乱の真っただ中にいたのだ。

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