天の仙人様

海沼偲

第18話 鍛錬の方法

 次の日、岩の前にはゴブリンが立っていた。仁王立ちである。その姿勢は堂々としており、最も弱い生物だと言われるような存在だとは思えないほどである。こちらを見つけると、大声を上げてこちらへと近づいてくる。人間に恐れることなく近づいてくるゴブリンというのは非常に珍しいだろう。だからといって、見世物にしようとは思わないが。その程度の希少性では見世物にならないだろうし、第一、俺が気分的にいい気持ちになれはしないということだ。このゴブリンは、俺との一対一でこそ、ここまでこの本性を表せるのだ。自意識過剰だろうとそう思うことにしている。

「あら……。なかなか面白いことをするものだな。今までの文献ではそんなことをしてくるだなんて書かれていなかったからね。こうやって、外に出てみるのもいいものだ。知らないことを知れる」

 ゴブリンはこちらへ棍棒を突きつける。決闘を申し込むかのような動作に俺はふと関心してしまう。このジェスチャーは全種族共通なのか。それと、ゴブリンが他の種族に対して、挑発ともとれるポーズをとることが面白いと思った。それほど弱いゴブリンが、自分より強い種族にそのジェスチャーをするのだから。これに興味深さを覚えないほうがおかしいのではないだろうか。だが、それに対しての興味深さは枠が、その行為そのものを嘲笑したりはしない。それをバカにする権利は誰にもないのだから。俺はちゃんと向くのである。

「ギギ! ギギャ!」

 あの鳴き声に意味はあるのだろうかと、俺は思ってしまった。ゴブリンでしか扱われない言語形態は存在するのだろうか。それとも、ただ感情に合わせて鳴いているだけなのだろうか。だが、その音一つ一つにわずかなイントネーションの違いがあるのだということを確かに感じ取ったわけではあるが。
 俺は顎に手を当てて、考えている。と、ゴブリンは飛び掛かり、俺に真っすぐ棍棒を振り下ろす。俺は、さらりと避けて距離をとる。大して昨日と変わりがない。力も、速さも、同じだ。一日二日で変わられては困るが、そこまで警戒はしなくていいという安心感はあるのだ。だが、そんなに余裕ぶって攻撃を受けては恥ずかしいのでしっかりと目線はそちらへとむけたままにしておくが。

「昨日の続きか?」
「ギャギャギャ!」

 俺の疑問に答えたのだろうか? わからない。ギギャギギャ騒ぐだけでは意思の疎通が出来ないな。
 しばらくゴブリンはがむしゃらに棍棒を振り回していたが、俺にはかすりもしないとわかると、再び俺を真っ直ぐ睨み付ける。
 ……このゴブリンを鍛えたら、俺の丁度いい練習相手になるよな。実力差がありすぎると、そもそも鍛錬にならないというのが実情である。であるのならば、ゴブリンを鍛えて俺の練習の相手になってもらうというのどうだろうか。
 俺は言い考えを思いついたとばかりに、口元に笑みを作ると、ゴブリンに対して初めて構えた。

「ギ……?」

 それを見たゴブリンは警戒心をあらわにする。もしかしたら、殺されるかもしれないという考えが出てきてしまったかもしれない。それはかわいそうなことをしたと思うが、許してほしい。
 ゴブリンは、駆け出してきて、得物を振り下ろす。俺は半身で避けると、カウンタ―として腹に拳を寸止めする。

「はい」

 俺は少し離れる。それを追いかけてゴブリンが棍棒を振り回す。勢いがつく前に腕を抑えて、手刀を首筋に寸止め。また離れる。振り下ろす。今度は、間合いの更に内側へ入り込み、わき腹に触れる。

「ここががら空き」

 試しにと、一つアドバイスを入れてみた。言葉がわかるとは思ってはいないが、動きと合わせていれば何かしらの発展があるのではないだろうかと少しばかりの実験的な感覚でもって行っているだけに過ぎないわけではある。
 俺は、しばらくゴブリンの攻撃を避けて攻撃を当てる直前で止めるということをやっていた。すると、ゴブリンはがむしゃらに攻撃を振り回すということをしなくなった。まあ、懐に入られたら本来は死ぬからね。学習しているのはいいことである。その気構えは大事である。やはり、ゴブリンもこの世界で生きている生き物なのだとしっかりと理解できる。学習は生き物の基本なのだから。
 攻撃を食らわないように、しっかりとした構えをとっている。ならば、あえてその上から攻撃を仕掛けてみるとしよう。
 ゴブリンは、俺からの攻撃を避けるために横に体を動かす。が、その動きでは体を守ることが出来ていない。俺はすぐに後を追うようにしてゴブリンの顎に掌底。それを寸止め。

「ダメだろ」
「ギギ……」

 俺は離れる。ゴブリンは何かを考えるようにして俺に向く。
 俺はそのあともしばらく、昼食の時間となるまでゴブリン相手に鍛錬を行っていた。

 俺は次の日もいつもの場所へと向かう。日課である。これはこれからも変わることは出来ないだろう。それこそ、この森から離れ離れになってしまうようなことがない限り。などと考えていると、今日もゴブリンがいた。仁王立ちの姿である。最近はまっているのだろうか。

「ギギ! ギィ! ギギャギャ!」

 何を言っているのか一切わからない。だが、今日は俺は木刀を持って来ている。それを見たゴブリンは木刀を睨み付けるように見た後、俺に警戒の色を見せる。だが、俺は気にせず正眼に構える。基本である。
 ゴブリンは何を思ったか、同じ構えをとる。聞こえるのは風の音と、二つの生き物の命の音だけである。緩やかな自然の中で溶け込んでいる。
 最初に動いたのは俺だ。数瞬で間合いに入ると、一振り、二振り、三振り。頭と肩とわき腹へと木刀を振る。全て寸前で止めてある。俺の目的は殺すことではないからな。
 ゴブリンはこわばるように体を縮こまらせる。俺はすぐさま離れて再び構えをとり、体がほぐれるのを待つ。
 少しして、体が動き出したら俺に対して打ち込み始める。俺が先ほど振った姿を真似するようにして。しかし、まだ甘さが残っている。俺は見本を見せるようにゴブリンに向かって木刀を振り下ろしていく。一撃一撃に風のように水のようにしなやかに強靭な振りを見せていく。
 ゴブリンに疲れが見えてくると、俺は打ち合いをやめ、適当な場所へ座り瞑想を始める。何事にも転換というのは必要である。動き、休む。これが大事。
 面白いことに、ゴブリンはその間攻撃を仕掛けてくることはない。フェアという概念が存在するのかもしれない。敬意を持つこともあるのかもしれない。非常に面白い種族だと思わずにはいられなかった。
 それを今日の午前中、続けていたことであった。

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